40.『饒舌』な休日⑥
各教室に学年とクラスが割り振られているがそこは省略し、教員室、図書室、食堂、実験室、音楽室、美術室、資料室といった特徴のある場所の説明を叔父がしていく。
移動中にこの街の成り立ちや経歴、どのような出来事があったか、どのような貢献があったかなど、まるで歴史の講義を受けているようだった。
普段とは違う講義の様相に、馴染んだこの場所も少し違って見える。
階段を進み、講堂のある八階まで到着する。――収容規模は小さいが、ここが一番豪華で特別な場所であることが一目でわかる場所でもあった。
床も壁も天井もどこに視線を向けても、絵になるほど完成された意匠が凝らされている。シックで落ち着いた色合いで統一しているのだった。北を除く三方に階段状に席が並び、中央に壇上がある。
北には大きな窓が付いており、この学園を一望できるような場所でもあった。
叔父が呼んだ側使え達が大きな窓を開けると、陽光が入り一気に部屋が明るくなった。
先ほどいた噴水の場所からでも見えるが、ここには入れる時が限られているということもあり、高所から見下ろす景色は先ほどとは比べものにならないほど、広く遠くまでよく見える。
嬉しそうに駆け寄るエリーチェに、ゆっくりとした足取りでついていくリタとフィフスが同じように窓の外を見ていた。
既視感のある光景だ。
姉たちに伴われ、案内してもらったときのことをやたらと今日は思い出す。――彼らが新しい制服を身に着けているからだろうか、それともあの時に見ていた後ろ姿が似ているからだろうか。
姉たちも同じように窓へ近付くので、同様に見に行く。
「すごいね~。こんなに高いところまで登って来たんだ!」
「ここは階段が多くて上に来るのも一苦労だな……。これが『たたき上げ』ってやつなのか?」
景色よりも、道中の道のりに納得がいかないのかフィフスの表情が曇っている。不思議な感想と不満げな様子を、エミリオが笑っていた。
「城も学校も寮もどこも階段だらけですよね。――向こうは高い建物ってないのですか?」
「あるにはあるが……、一段一段上る必要がないから高い場所でも苦労と思ったことはないな。」
難しい顔をしており、説明に困っているようだった。――その様子をヴァイスがくすりと笑い、隣に並んだ。
「聖国の高い建物は全部神の被造物だもんね。――ここは人が作った建物ばかりだから、ひとつひとつ登らなきゃいけないけど、向こうは不思議な力で行きたい場所に簡単に着くんだ。だから屋内の長距離の移動が慣れないんだよね」
代わりに説明してもらえたからか表情が晴れ、ヴァイスを見ている。
「僕も最初ここに来た時そうだったな~。――いくら歩いても部屋に帰ることもままならなくて、友人の部屋によく転がり込んだもんだ。……男子寮の最上階を与えて貰ったけれど、毎回上り下りするのつらいって兄さんとぼやいていたのを思い出すよ」
と、ウィンクと共に話す。
「そのうち慣れて、苦じゃなくなったね。――おかげで足腰も丈夫になったんだから、ある意味よかった思い出だねっ」
三人が興味深そうに聞いているのが心配になる。レティシア以外、ヴァイスのことをよく知っている人物たちは特に何も言わなかった。
「でも三人とも全然平気そうだよね。フィフスくんとエリーチェくんは鍛えてるだろうけど、リタくんが平気そうなのが意外だったよ」
「その、よく走らされているので慣れたというか……。私も意図せず鍛えられているというか……」
何かつらいことでもあるのか、沈痛な表情で眉間に皺を刻んでいる。
「――確かに、リタはよく走っているな。毎回私のところに駆け込んで来る。」
「そうなの? やっぱりリタってフィフスのことが好きなのね」
腕組しながら心当たりがある様子のフィフスに、レティシアが嬉しそうだ。
「違います。微塵も違います。その誤解は死ぬほど嫌なのでやめてください」
一気に気温が下がるような冷たい言い方だ。すぐ隣に本人がいるのに――。彼女の豹変に、叔父やエミリオと一緒に驚いていると、フィフスを指さし、レティシアに据わる目をむけた。
「普段こいつを盾にしているだけです。利害が一致しているだけのただの同僚です。なんなら便利な道具として使えるな~程度の認識しかありません。悪口だってあと300個くらい言えます」
どうやら女子とヴァイスはなにかを知っているようで動じた様子がない。
早口で説明されるも、朝一緒にいた時はそんな気配なかったのに、本人を前にそこまで言えるのか。
「リタは私の事が嫌いだもんな。」
「そこまで行くと……、って言ってしまったら堂々巡りかしら。フィフスってば可哀そう」
「大丈夫だ。いつもの事だから気にしていない。」
叔父も今のやり取りに言葉を失っており、この空気をどうしていいか分からないようだ。
「やっぱりマザコンでファザコンでナルシストってところがダメなのかしら――。実際そうなの?」
レティシアが頬に片手を当てながら小首を傾け、ため息交じりにそうつぶやいた。
人の気質を尋ねるには、いささか失礼な単語が並んでいた気がする――。聞き間違いかと思ったが、姉が慌てて従姉の口を塞ごうとしていた。
先ほどから姿勢の変わらないフィフスは、リタとエリーチェを見ている。二人は彼と視線が合うと大きく頷き、彼に親指を立てた。
「よく言っておいてくれたな。」
「初日にバシっと全員に広めておいたわ。全員ドン引きよ」
先ほどまでひどく冷たい言葉だったリタが打って変わり、やり遂げた感のある充実した声で返答している。フィフスもなぜか満足げに二人に同じく親指を立てていた。
「……もしかして嘘なの?」
姉が呆気に取られ、気の抜けた声で尋ねた。レティシアもその反応は意外だったようで、珍しく困惑の表情を見せている。――なにか分かり合っている三人と、ヴァイスだけが笑顔なのが何とも言えない疎外感だ。
「嘘じゃない。母も好きだし父も好きだし自分も好きだ。――はっきりそう言っておけば女子の興味を八割減くらいにはできるだろうと思って、二人に言いふらすよう頼んでおいた。いちいち興味のないことで絡まれたら面倒だからな。」
「堂々としすぎて眩しいよフィフスくん――」
わざとらしく涙を拭うような仕草をする、ヴァイスが視界の端に入る。飲み込めない状況に置いて行かれるばかりだ。
「聖国でも女性に尋ねると、この三つの要素は恋愛の対象から除外される。ましてエリーチェたちの入った女子寮は上流階級が集まる場所だ。彼女たちは将来のことを考えて行動するし、顔も広い人物が多いだろう。――そこで関心を下げておけば、噂も広まって一石二鳥だ。」
淡々と意図を説明している。――やり方が少々心配になるが、彼の計画の内なのかとなんとか納得する。
「なるほど、確かに合理的ね……。今のは聞かなかったことにしてあげる、――代わりにマザコンでファザコンでナルシストって話は広めておいてあげるわね」
目の前の堂々とした人物を面白がっているようで、レティシアはいつもの調子に戻った。
今ここにいる姉弟の中ではレティシアが一番顔が広く、いろんな人と交友関係があるといえるだろう。恋人も男女合わせて八人いるのだ。
きっと友人や恋人に頼んであれこれ伝えるのかもしれない。――当人にとっていいことなのだろうが、複雑な気持ちが胸中に湧く。
「あぁ、よろしく頼む。」
「……昨日街で電話番号を集めていましたが、彼女たちに連絡はされないのですか?」
今までのやり取りに困惑しつつも、気になっていたことをエミリオが恐る恐る尋ねた。
「電話はもちろんしている。でも私が直接話すわけじゃない。――もっと会話上手な連中がいるからな、彼らと話をしてもらっている。」
「えぇ……? ――それでいいのですか?」
「あれだけ同時に番号を受け取ったのを見ているから、代理から連絡が来ても案外受け入れてくれる。――顔は知っていても会話がつまらないヤツよりも、顔も知らない話の面白いやつと話す方が互いに有意義だと思わないか?」
「実はフィフスくんに頼まれて、今朝も追加で電話を持って行ったんだ~。――なかなかの台数揃ったよね」
「今朝もありがとうございました。おかげで順調に事が運んでいます。」
あの静かな宿舎で既にそんな事態になっていたとは、――ただただ驚くばかりだ。
「……有能だとは聞いていたが、君はずいぶん振り切っているな……」
叔父もようやく状況に追いついたのか、そんな言葉を漏らす。
「速戦即決・短期決戦が青龍商会の売りだもんねっ」
「えぇ。存分に我らの叡智をご覧に入れましょう。」
ヴァイスがにこにこと無害そうな笑顔を浮かべ、フィフスを見た。――それを受け、胸に手を添え不敵な笑みを湛えたフィフスが全員に顔を見せる。
青龍商会というものがどういうものなのか、それを作った当代という人物がどのような人物なのかが分からない。
どの言葉も本当なのだろう。ふとリタが言っていた『便利な道具』という言葉が鼓膜の奥で残った。
「ねぇ、私からも頼みがあるの。――よく女性を縛っていると聞いたから、ぜひ私にもしてほしいわ。普段使うのはどういったものなのかしら。なんでも用意できるわよ」
レティシアが、唐突に父親の前でそんな言葉を口にした。
フィフスから笑顔が消え、叔父を見た。それに気付いていないが叔父は落胆を見せ、長女の自由さに頭を痛めた。
「父の前でそういうことはやめないか……?」
「初日にその話を聞いてから、ずっと気になっていたの。緊縛ってまだやったことがないな、って……。二人に聞いたら本当によく女性を縛っているみたいだからぜひと思ったのだけど。――どうかしら?」
今度はエリーチェとリタをそっと見ている。――リタは目を逸らし、エリーチェは目を閉じ、耳を塞いでいた。――予定外の話なのだろう。
絡まれたら面倒といっていた事態が、目の前で起きてしまったようだ。
従姉の横に行き、興味の視線を妨げた。
「レティシア――、彼が困っている。別に仕事でしていることなんだから、そんなことを頼むのはお門違いだろう」
「ディアス……? ――でも、それなら熟練の技が見れるじゃない。楽しそうだと思わない?」
「……叔父上も気まずそうだ」
「そうよレティシア。隣国から来た方にお願いするようなことでないしょう?」
いとこたちに止められ、少し考え込んでいる。
「――もし私がダメなら、他に誰か人を用意するわ」
「……ごめんなさい、さっきは言いすぎたわ――」
リタがこんな状況になってしまったからかフィフスに謝っている。まだ戸惑っている様子だ。どう場を収めるべきなのか考えているのかもしれない。
「一度やってあげたらきっと満足すると思う」
「リタ、なに頼んでるの!? ダメダメ! フィーもしなくていいからね――!」
諦めた様子のリタに一瞬レティシアの目が輝き、慌ててエリーチェがフィフスを庇おうと肩に抱き着く。――そのまま二人がヴァイスにぶつかった。
「おっと、大丈夫かい? だいぶ面白い状況になってきたねぇ。――何なら僕がやってあげようか?」
「やめろやめろ! お前は出張るな!」
「そうね……、ヴァイスのは『本物』っぽくて、ちょっと違うのよねぇ」
本気で慌てる叔父と、残念そうな従姉が同時にヴァイスに言った。
「良かれと思ったんだけど……、残念。君の力になれなくてごめんね」
エリーチェとフィフスの肩に手を乗せ、しおらしくしていた。
「いえ、お心遣いありがとうございます。――やはり私が、」
「もういい! 次へ行こう! この話は終わりだ! もう誰も口に出すなよ!」
腹を決めそうだったフィフスに焦り、叔父が無理やり切り上げた。
側使え達に部屋を元に戻してもらい、全員をここから追い出そうと急かす。――出口である扉の傍らに、キールとエミリオがいた。
年長者たちのどうしようもない会話を末弟に聞かせたくなかったのだろう。彼の優秀な判断力に胸をなでおろす。
「――巻き込んでごめんなさいね。レティシアは悪い子じゃないんだけれど、別の意味で好奇心旺盛で……」
追い立てられ皆早足になる中、姉がフィフスに謝っていた。
「大丈夫だ。――ああいう手合いの対策を考えていなかったこちらの落ち度だ。次回までに検討しておこう。――アストリッドもディアスも庇ってくれてありがとう。」
順番に視線を送り短く礼を伝えている。――レティシアは自由人ではあるのだが、以前なら少し注意すれば控えていたはずだ。
止めきれなかった不甲斐なさと同時に、ずっと思い出さないようにしていたことが少しずつ出てきているような不安感に襲われる。
思い出したところで、何も元に戻る訳じゃないのに――――。




