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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月3日 日曜日
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38.『饒舌』な休日④

 料理は悪くないものだったようで、姉も弟も満足そうにしていた。

 セルフでという話だったが、二人がご機嫌な様子に料理人たちが喜んだらしく、あれもこれもと持ってきてくれた。今も机の上に食べきれないほどのデザートが乗せられ、さながらデザートブッフェのようだ。

 先ほど届けたチョコレートも再び(ふた)が開かれ、気になるものを分けてもらった後、他の者に届けるとフィフスが言い、残りを持って行った。彼のいなくなった席にも小皿にチョコレート置かれており、戻ってから食すらしい。

 そのひとつ向こうにはまだコートが残っている。後で誰かが運ぶのかもしれないが、やはり無頓着(むとんちゃく)な様子にどんな態度であれ本人なのだと感じる。

「美味しかったわね。ディアスも少し頂けばよかったのに」

 ティーセットを姉の侍女が方々に配膳(はいぜん)し、順番に紅茶が注がれていく。

「まだ機会はあるし、タイミングが合ったときにでもチャレンジしてみたらいいんじゃない。すぐ近くなら、また顔を出したらきっと皆喜ぶよ」

 注がれていくティーカップからこぼれる香りがずいぶん華やかだ。普段口にしているものと違うのかと、姉が香りを楽しんでいる。

「これはどこの茶葉なの? 素敵な香りね」

「ここで用意していただいたものだと思うけど、――ちょっと待っててね」

 エリーチェが席を立ち茶葉が入っていた缶を手に戻り、姉と一緒に並んで見ている。

「フヤリルモーネ……って、こちらの? こんなに香りが良かったかしら」

「新作とかなのかな? 秋摘みのものだったりして」

 芳醇(ほうじゅん)な香りが心地よく、ひと口飲んでみれば渋みが少なく、砂糖も入れていないのに深い甘みを感じる。渋いのが苦手な弟もこれはお気に召したようで、珍しくストレートで飲んでいる。

 リタは先ほどヴァイスから受け取った予定表に目を通しており、並んだ黒板のひとつに今日の日付から順番に予定を書き始めた。

「リタは何をしているの?」

「――情報共有だよ。紙で周知しても忘れちゃうから、こうやってみんなが集まるところに書いておくの。最初に用意しておけば、後から誰かが予定を書き足せるしいつでも確認ができるから、後で知らなかったって言わせないようにしてるんだ」

 特にめぼしい予定は8日舞踏会、15日後続隊の着任、19日誕生会、20、21日学園祭準備期間、22、23、24日学園祭、25日撤収日、27日予行練習日、28日締結式――、こう見ると月の後半に予定が詰まっていることが分かる。リタが書き終わると、ちょうど箱を手にしたフィフスも戻ってきた。

 どこまで何をしに行っていたのか不明だが、思ったより早い帰還(きかん)に驚く。――そんなこととは関係なく、彼は黒板の予定を確認しているようだった。

「足りない部分は書き足してね」

「あぁ、感謝する。……この誕生会ってなんだ?」 

「兄さまの誕生日を祝う日です! この時にも舞踏会が開かれるそうですよ」

 昨日知った知識と兄のハレの日ということで、自慢げに披露するエミリオに三人の顔がこちらを向いた。

 ――三人とも気の毒そうな顔をしているのはなぜなのか。

「なんていうか、大変そうだな……。」

「そりゃ王子さまだもんね。ただのキラキラ役職って訳じゃないよねぇ」

「エリーチェ、失礼なことを言わないで。大事なお役目なんでしょう。皆さんに敬意を持ちなさい」

 小さな声で憐れみの混じる声でやり取りを目の前でされる。

「……どうして三人ともそんな顔になっているの?」

 姉が思わず尋ねた。――昨日叔父たちと話しながら憂鬱(ゆううつ)だと思ったが、その様子を知るはずのない彼女たちにそんな顔をさせるようなことはなかったはずだ。

 姉の言葉にエリーチェとリタが目線を反らす。

「だって舞踏会ってあれだろ? ――学園での己の序列が思い知らされる恐怖のイベントだって聞いている。」

 神妙な顔で出された言葉に今度は姉弟も止まった。背後の黒板の予定をもう一度確認し、フィフスは言葉を続ける。

「そんなのが今月二回もあるなんて……。しかも誕生日にやらされるなんて――。」

 手にした箱を机の上に置く。――中身はまだたくさんあるようで、(ふた)を開け、引き出しを出し、机の上にそれぞれ並べ、こちらに差し出した。

「景気付けに好きなのを取るといい。」

「よかったらこれもどうぞ。――美味しいですよ」

 エリーチェも立ち上がり、近くにあった適当な皿を差し出してくれる。二人のささやかな優しさを感じるが、その気遣いがなんだか受け取りづらい。

「あの……、舞踏会は伝統ある行事ですし、そのようなことは決してないのですが。――どうしてそのような話が伝わっているのでしょうか」

 勝手に主人を憐れまれるのはままならないと言った様子か、後ろからアイベルがフィフスに尋ねた。

「ラウルスの文官たちから聞いた。――舞踏会に参加するために相手が出来るかどうかで選別(せんべつ)され、当日までに相手が消えるか約束を守ってもらえるかで優劣(ゆうれつ)が決まり、舞踏会後にまだ関係が続けられるかで勝敗(しょうはい)が決すると。終わった後も相手について身内から聞かれ、全てを完遂(かんすい)できたかどうかで周囲の評価も決定されるから、極力参加したくないという話だ。」

「――待った。ディアス様だよ? ……よく考えたら王子さまとあの根暗共(ねくらども)と一緒にするのは、お門違いというものじゃないかしら」

 リタが急にフィフスの前に手を出し制止させた。言葉の端に彼女の辛辣(しんらつ)さが出ている。

「ふむ、確かに一理あるな……、元から格が違うか。――あいつら王都の舞踏会の時、何かと用を作って帰らないしな。」

「そうなんだ……? それって、聞いて大丈夫なお話だったかしら――」

 少しだけ姉の肩が揺れている。義務として学園で毎月行われる舞踏会には出ていたが、面倒だと思ったことはあった。

 だが、それよりもずっとネガティブな感想を持つ者がいることを知り、口元に手を当て思わず目を()らした。――両脇の姉と兄の様子に少し置いてけぼりの、エミリオが疑問符を浮かべている。

「大丈夫だろう。陛下も薄々気付いているし、彼らが以前からそういう連中だってこともご存知(ぞんじ)のはずだ。」

「……陛下もご存じなのですか?」

 思わぬ回答に、アイベルの声に驚きが混じる。

「あぁ、――学生の頃、何かと理由をつけて参加しなくなったから、陛下が舞踏会を切り上げてヴァイス卿と探しに来たそうだ。……どうやら陛下も面倒だとは思っていたらしいんだが、会場に人がいなんじゃつまらないから来いと言われて、それ以降は渋々参加するようになったらしい。」

「……お父様はそういうのお好きなんだと思っていたわ。あまり変わらないのね――」

 弟たちを見比べる姉はご機嫌そうだった。学園(ここ)では聞いたことのない父の一面だ。

 ――人望(じんぼう)のある方だとは思っていたが、自分たちとあまり変わらないときもあったのだ。遠くにいる父のことを考えた。

「やっぱり三人とも舞踏会は楽しみだったりするの?」

 想像と違う反応だからか、エリーチェが尋ねた。リタも興味があるようで、席に座りこちらを(けわ)しい顔で見ている。

「レティシアは楽しそうだけど――、はどちらかというと面倒だと思っているわ。……ディアスもでしょ?」

「そうですね、俺もあまり得意な方では……」

「エミリオはまだ出られないから分からないでしょうが、5年後楽しみにしているといいわ」

 5年後という言葉に、その頃は姉も兄もいないことを想像して小さく落ち込んだ。

「――それまでにいろいろ教えてあげるから、大丈夫よ」

 小さな背と肩に両側から手が添えられ、末弟は顔を上げる。

「はい、たくさん教えてくださいね――」

 にこりと両隣の姉と兄に小さな弟は答えた。

「話したいことがあるんだが。」

「……あんた、この空気でよく口を挟めるわね。なに?」

 リタがすぐ近くにいるフィフスをじろりと(にら)んだ。

 当人は気にした風もなく、スケジュールが記された隣の黒板へ移動すると、手前に引き出した。――どうやら位置を調節しているようだ。

「エリーチェにも教えておこうと思って。――これだ。」

 裏にも書けるタイプの黒板だったようで、上下をくるりと回すと、黒板に五つの四角い立体が記され、縦横高さであろうか、一部記されている。――ひとつは左に、残りは二つがペアになっているようで、どちらも右端にはてなの記号が書かれている。大なり小なりの記号と共に、ペアを比べているらしく、賛同者(さんどうしゃ)なのか小さく下に名前が(つら)なっている。

「左が王子、――この真ん中の数字が女王だ。」

 紹介されてエリーチェが立ち上がり黒板の前で観察している。

 意味は分からないが、なぜだか昨日測量(そくりょう)していたのを思い出した。――王子と言われ、姉と弟の視線がこちらに集まる。後ろにいる侍従たちの視線も心なしか感じる。

 彼女には何か分かったのか、驚いた表情と共に両手を口に当てフィフスを見ている。

「うそ……? まさか私のために――?」

「そうじゃない。でも確かにデカかった。――ちゃんと許可を取って測量したからな?」 

 どうやら予感が当たったようで思わず苦笑が出た。リタも何なのか分かったらしく、顔色が悪くなる。

「――――おばかっ! 許可を取れば、何してもいいと思ってるんじゃないわよ!」

「いや、構わない――」

 戦慄(わなな)きながら立ち上がるリタを制止する。――三人の間でどういうやり取りがあったのか分からないが、どうやらそういう話があったようだ。

「……ディアス、何の話?」

「昨夜、部屋に来た際、俺のベッドに驚いたフィフスが計測していまして、――恐らくそれかと」

 戸惑う姉に説明しながら、黒板を見た。

「――どうして祖母のベッドサイズまで分かったんだ?」

「調べにいったからだ。場所は事前に教えて貰っていたからな。」

 自慢げに中央の数字を指さしている。

 ――昨日叔父からもそんな話を聞いていた。本当に行ったのかと予測のつかない行動が面白くなっていく。

 目の前の机に肘を置き、繰り広げられる展開を見守ることにした。

「お前も行ったことないって言ってただろう? 代わりに見てきてやったぞ。」

「殿下を巻き込むなっ! 自慢もするな――ッ!」

 リタの驚嘆(きょうたん)の声など誰も気にしていないのか、姉が立ち上がり黒板を見に行った。

「……この空いているのは? ――貴方、本当におばあ様のところに行ったの?」

「こっちは陛下だな。さすがに分からないから皆で予想を立てていたところだ。――女王のは、昨日ゾフィが場所を教えてくれたから確認ついでに寄ってみたんだ。」

 散歩にでも行ってきたかのような軽い調子に、リタは頭を抱え、エリーチェは彼の話に耳を傾け、姉は驚くばかりだ。

「――どうやって中に?」

「鍵はかかってなかったからそのまま。――電話を借りたかったからついでに測量(そくりょう)してきた。」

「……電話? それなら俺の部屋にもあったが――」

「知らないかもしれないが、聖国に(つな)がりやすい電話がこの学園には三つあるんだ。――ひとつはヨアヒム殿下の執務室、あとは女王の執務室と寝室だ。……あの時、執務室は人がいたから、寝室のを借りに行った。」

 説明を聞けば聞くほど合理的なのに、その内の一手が不合理すぎる。

 ――――何故、よりによって祖母なのか。

 恐れて誰も近寄らない祖母の元に、堂々と立ち入るフィフスを想像してみるが――。元々祖母の部屋も知らない。ただただその豪胆(ごうたん)さが面白くなっていく。

「ちなみにこの宿舎のは聖国に(つな)がらないし、この学園都市内でしか通話ができないそうだ。」

 誰も祖母の元へなど気軽に立ち寄らることもないため、軽やかに伝えられる彼の言葉が、どんなものも簡単に乗り越えてしまうのだろうという心強さまで感じる始末だ。

「……そうでなくて、――近衛(このえ)とか、側近(そっきん)とかいるでしょう? 誰にも止められなかったの?」

「あぁ、むしろ(たず)ねたら皆教えてくれた。――さすがに不用心だから、その件は女王に伝えておいたが。」

 あの祖母に何をどう伝えたのだろうか。どんな感じだったのか全く想像がつかない。

「ねぇ……、次私も行っていいかな? 私も女王様の寝室見に行ってみたい……!」 

 好奇心に満ちた瞳を輝かせ、エリーチェが姉とフィフスに尋ねた。

「――そんなに? おばあ様のファンだと言ってたけれど、……貴女もなかなか厄介(やっかい)な子ね」

 呆気(あっけ)に取られていた姉も、(とど)まるところのない好奇心の(かたまり)に笑ってしまったようだ。

「寝室はやめておけ。執務室なら侵入するのを手伝ってやろう。――最悪窓ガラスを割ればいけるだろう。」

 さすがに今の発言に侍従たちがざわめく。

「割ればいける、じゃないのよ……。なんで次から次へと(ろく)でもないことを思いつける訳……?」

 怒る気力を失ったリタが雪崩(なだ)れるように席に着いた。立っている気力もなくしてしまったのだろうか。

「一番警備が揃っているはずの王城でこれだ。――他が心配だと思わないか?」

(もっと)もらしいことを言ってごまかすんじゃない……」

「本当にまずかったらゾフィは止めるし、女王からも言われる。それがない時点で問題ないということだ。――逆に言えば、やらかしてもせいぜい注意されるか国外追放くらいだ。(おそ)るるに足らん。」

 腕組をして発せられる強気の発言に、エミリオは始終呆気に取られている。

 恐いものがないというのはどういう境地(きょうち)なのだろうか――。聖国に名を()せるだけの御仁(ごじん)だと感心しつつ、苦笑する。

「――帰られてしまうのは困る」

「まぁ、それは私も本望ではない。ただ自由が許可されているのは、こういうことのためだ。――お前たちもきちんと報告するといい。それだけ方々の備えが厚くなるのだから、悪い話ではないだろう?」

 にこりと笑いかけられ、つられて笑みが浮かぶ。傍にいる姉も彼の不遜(ふそん)な態度にくすくすと笑い、エリーチェに今度一緒に尋ねましょうと声を掛けていた。

 リタはぐったりしているが、王女も王子も気にした様子がないことに呆れているようだった。

 同じく笑みを受けた侍従たちは、後ろで気を引き締めていた。

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