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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月2日 土曜日
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23.『策士』は雨上がりと共に⑧

 緩やかなカーブを描く道の先に小さな看板が顔をのぞかせた。

「あった。あれが行きたかった喫茶店だ。」

 喫茶人倫(じんりん)。――通りに面した大きな窓から中が少し見えるが、薄暗い店内の様子に辛うじて営業中であるということが分かる程度か。窓のガラスは古いのかそういうデザインなのか分からないが、水面のように滑らかな凹凸のあるもので、歪んでいるように見える。縁取るようにステンドグラスもついていてこじゃれている。入口には鉢植えが並び、人の訪いを歓迎しているようだ。――ここも先ほどの本屋のように小さなお店のようだった。

「ここには何があるんですか?」

「入ればわかる。きっと悪くないはずだ。」

 フィフスが扉に手をかけ引くと、扉に鐘がついていたようでカランカランと音がする。開いた扉をそのまま押さえてくれるようで、中に入るよう促される。ドアマンのような役目を負わせてしまい気後れするが、エミリオがキールと共に先陣を切って入っていったので、そのままついていく。

 店内はガス灯が壁に灯り、天井にもいくつもの小さな明かりが吊るされていたので、目が慣れてくるとそこまで暗い場所でないことが分かる。シックな内装が店内に満ちている。また小さい店構えに中もそこまで広くないだろうと思っていたが、奥行きがかなりあり、それなりの人数が憩うことができそうだった。今は誰もいないようで、小さく店内に音楽が流れている。

 見渡していると、カウンターから白髪の初老の男性が出てきた。

「これは……、――ようこそおいで下さいました」

 男性は少し驚いていたものの、すぐに客人を歓迎する対応に変わった。優雅に一礼すると、

「今は誰もおりませんので、どうぞお好きなお席をご利用下さいませ」

「店主、――彼らに一番いい席を頼む。」

 鐘の音がもう一度鳴ると、フィフスと左翼も中に入ったようで扉が閉まった。

 後方から出された不思議なオーダーに振り返るが、男性はその言葉に少し笑っていた。

(かしこ)まりました。――ではこちらへどうぞ」

 通じているようで、案内をされる。付いていこうか少し迷ったエミリオがフィフスに尋ねた。

「フィフスはこちらに来たことがあるんですか?」

「まさか。教えて貰っただけだ。ここは静かでちょうどいい場所だと。」

 言葉の意味が分からないものの、誰もいないところを見るに、肩ひじを張らずとも済みそうだった。先に行く店主について、案内された席に向かう。壁際で窓に面した6人くらいなら余裕で座れそうなボックス席だった。

「……同席が無理なら他の席に座ったらどうだ?」

 壁を背に立つ二人に、フィフスが呆れたように他の席を勧める。

「どちらにいらしても構いませんよ。――こちらがメニューです」

 店主は動じることなく、頑なな侍従たちにもメニューを渡した。

 文字だけのメニューはよくある品書きが載っているだけだった。何か特別なことでもあるのかと考えていると、

「まさかまた(・・)殿下たちに来ていただけるとは、夢にも思っていませんでした」

 水の入ったグラスを置きながら伝えられる店主の言葉に、エミリオもディアスも振り返る。――ここに来た覚えなどなかった。この場所を知らなかったのだから当然と言えば当然だろう。困惑したまま、ここへ連れて来た当人を見るといたくご機嫌そうな目と合う。

「――ここはグライリヒ陛下も通われていたそうだ。毎回いい席を注文していたそうで、陛下のためにこの窓際の席は誰にも座らせなかったと聞いている。」

「父がこちらに……?」

 突然父の名前が出て、侍従たちも驚いていた。

「はい、ご友人様とよくこちらで過ごしていらっしゃいました。――そちらのお顔を隠されているブロンドの方といらっしゃったので、一瞬昔に戻ったかと思いました」

 過去を思い出しているのか、穏やかな声に憧憬(しょうけい)が混じる。

「よくこちらのお席で、セーレ様と勉強されたり、お話したりと、のびのびとお過ごし下さっておりました。なんともお懐かしい……」

「ここは男子寮から徒歩30分くらいらしく、貴族街も近いし教員も周りに多いから比較的治安のよい場所だそうだ。」

「ずいぶんお詳しいですね。――この辺りに住んでおられる先生方が主に利用されるので、学生と鉢合わせることもありませんし、先生方もお仕事終わりに来られるので、午後は静かにお過ごしいただけると有難いことに気に行って頂いておりました」

 学園にいたころの父の派手な話はよく聞くが、このような場所にいたことがあるというのは初耳だった。

「気晴らしに()れない場所を歩くより、近くて静かで安全な場所を知っている方がいいと思っていたんだ。お前たちをどうしても連れてきたかったんだ。」

 ただ街の観光をするだけだと思っていたので、このようなサプライズがあると思わず大きく心が揺れた。

「私も来てみたい場所だったから、一緒に来れてよかった。――今日は付き合ってくれてありがとな。」

「こちらこそ……、教えてくれてありがとうございます。――あの、お父様はこちらで何を頼んでいたんですか?」

 エミリオが今は遠くにいる父の話を聞きたくて、あれこれと店主に聞いている。

「……気にかけてくれてありがとう」

 きっとここのことはセーレから聞いていたのだろう。当人も来てみたい場所だったのは違いないだろうが、共に来れたことがなんだか無性に嬉しかった。ディアスの礼ににこりと笑顔で返事をすると、

「まだ午後もある。しっかり食べておくといい。」

「……まだ食べるんですか?」

 店主と話していたエミリオが今の言葉に驚いたようで、ふとフィフスの顔を見た。

「昼はまだ食べてないからな。……左翼は決めたか?」

「兄さまも食べますか? 僕はそんなに入りそうにないです……」

 バルシュミーデ通りで初めて食べ歩きをしたが、少しずつ味をみるために何かと口にしていたので弟に同じくそこまで空いていなかった。

「何かスッキリするものをお持ちしましょうか。そちらの侍従の方は何か入用でしょうか?」

 壁際で立つ二人は何もいらないと伝えると、

「店主、ここの甘味はいくつ種類があるんだ?」

 びしりと穏やかな空気を割る様に質問が飛んだ。

「出来合いのものだけにしておけ」

「そうか。じゃあここに載ってるケーキと焼き菓子、全種類二つずつ持ってきてくれ。あと紅茶を適当に。」

「――畏まりました」

 豪快な注文方法に一瞬間が開くも、店主が了承し奥へ姿を消す。

「……そんなに甘いものが好きなのですか?」

 呆気に取られながら、エミリオが向かいに座る二人組を見た。道中もそれなりに甘味を食べていたはずだが、昼食で選ぶのも甘いものとは予想外だった。

「調理だと時間がかかるからな。それに――今日は贅沢(ぜいたく)するつもりだから。」

 何を思っているのか、眉間が険しくなる。朝も豪遊するとか言っていたが、金額的には小さなものばかりだったので、何か目的に足りないのだろうか。フィフスは両肘をついて深刻そうな顔で語り始めた。

「お前たちは知らないかもしれないが、――聖国には神の盟約という十の教えがあるんだが、その中で『清貧(せいひん)たれ』という言葉があるんだ。もともとは過分な欲に溺れることのないように、清く正しくあれという教えなんだが、長い間でこの話が曲解されてしまってな。――贅沢は敵だと思っている者が多いんだ。」

 真剣な様子に、こちらも固唾(かたず)を呑んで清聴する。

「だが贅沢は心の余剰でもあり、新たな可能性でもある。――そういう人の心を満たすものを全て削ぎ落とすと、何も残らず心身ともに貧しくなるだけだ。さすがに近年ではその意識も少しずつ変わってきてはいるが、まだまだ贅沢警察がいてな……」

「……贅沢警察」

 そういう組織があるのだろうか。聖国の要人が言うことだ。存在するのだろう。

嗜好品(しこうひん)は特に贅沢だと目の敵にされがちで、持っているだけで面倒に絡まれることがある。――だからここみたいに誰にも気にせず甘味が食べられるのはかなり気楽だな……。」

 話が終わったようで、先ほど運ばれた水を口にしている。左翼はやはり反応がない。

「……甘いものが好きってこと?」

「あっちだとあまり食べられないからな。店も少ないし……。」 

 長い経緯のわりに結論は簡単なものだった。――だが聖国だとそう簡単な話ではないということは伝わった。

「……僕もおいしいお店をいくつか知っているので、今度ぜひ一緒に行きましょう」

「姉上たちならなにかいい品を知っているかもしれない、今度聞いておこう」

 今日のお礼分くらいは何か用意しようと思い、今日は山の手の方に行っていると聞いた姉たちのことを考えた。――恐らくこちらと同じように玄家の方たちと同じように観光でもしているのだろう。

「! ――ありがとう二人とも。その時はぜひ頼む。」

 二人からの申し出に、フィフスは力強く返事をした。

「先ほど貰ったメモの中身を軽く調べてもいいか? 今の内に簡単に整理しておきたい。」

 紙袋からたくさんのメモと雑誌を机の上に取り出し、雑誌の地図のページを開き、メモを軽く見ては何か分類しているようでふたつの小山を作っていた。

「これって何を分けているんですか?」

 トランプでも配るかのような手際の良さに、書かれた内容が分かっているのではないかとすら思うほどだ。

「場所と話題だ。場所はいいんだが、話題については検討が必要なものがある。――なんでもないものから調べる必要があるものが混じっている可能性があるからな。――お前たちも聞いたことがあるか、見て欲しい。」

 フィフスがまだ仕分けをしているが、左翼が小山から一部取ってこちらにメモを渡した。――見てみると文字量が多く、確かに何かの話を記載していることが分かる。

「キールとアイベルも見てくれ。二人も耳にしたことのある話はあるだろうか。――お前たちまで届く話題となれば、それなりに学園内に広まっている話ということだろう。見たことがないものは弾いてくれ。」

 粗方仕訳けられたようで場所についてのメモは紙袋に戻し、残った話題についてのメモを侍従たちに渡していた。

「学園七不思議は僕も知っています。――もしかして、お化けの調査もするんですか……?」

「あぁ。――怖い話や人を近付けさせないような話は警句(けいく)を含む場合が多い。だが逆手を取って、好奇から近寄るものを狙った人の罠の場合もある。もし本当に怪異(かいい)(たぐい)ならそれはそれで見たいしな。」

 手にした話題を怖がっていた弟が、涼しい顔で怪異を見たい言うフィフスに驚いていた。

「こ、怖くないんですか?」

「興味があるな。どういう原理で怪異が起こるのか、そのお化けとやらが倒せるのかの方が大事だ。」

「……倒す気なんだ」

「どうやって倒せるか興味ないか? 仮に倒せれば、もう怖がる必要もなくなるしな。」

 悠然(ゆうぜん)と、でもなにか自信があるような彼の表情から本当に怪異すら倒しそうな気がする。その様子に安心したようで、エミリオにも余裕が戻ってきたようで、また元気にメモに目を通していた。

「多く広まっている話であれば最初に調べた方がいいだろう。それ以外は別途他の者に調べさせるから、今は気にしなくていい。」

「――この、女性の間で流行っている話でパワースポットやまじないの類も重要ですか?」

 メモを見ていたアイベルが尋ねた。確かに耳にしたことのある話題のひとつだ。

「一応な。パワースポットは人が集まるから、誰かその場で消えても気づかないことがある。まじないはその場でいつでもできるものならいいが、時間の制約や何か道具や物が必要な場合、問題に巻き込まれることがあるから気に掛ける必要がある。――まぁ、聞いたことがあるものはなんでも残しておいてくれれ。」

 四人で仕分けをするとあっという間に手元に残った情報が二分化される。分けられたメモを混ざらないようにか、朝も使っていた白い紙を取り出し、それに包んだ後紙袋へ戻す。

「その紙って……」

「これか? これは精霊術用の札だな。これに使令(しれい)(しる)して術を使うんだ。」

 ケースごと取り出し、中身を見せてくれた。

「事前に書いておいて後で使うこともできる。昨日暖を取るのに使ったのはそういうものだ。――必要に応じて使えるし、メモ紙にもできるから何かと勝手はいいな。」

 大事そうな紙に見えたが、メモに使えるほ実はど大したものではないのだろうか。――その頓着(とんちゃく)のしなささに少し笑ってしまう。

「精霊術は紙をつかうんですか? 魔術とは違うんですね」

「確か根本が違うはずだ。魔術は自分の中の魔力を使うのだろう? 精霊は世界に在り、自分の中の霊力に応じてそれを使役(しえき)する。――使う方法は様々あるが、私は札を使うというだけだ。」

「確かに、個人が持つ魔力量によって魔術は行使される。――外部から魔力を増幅させる術もあるけど、学園内ではそういったものは許可が必要になっている。基本は自分の力量を逸脱(いつだつ)しないことや、上限を知ることが大事だと学ぶから、そういう機会はないと思うが……」

 兄の説明に弟はうんうんとご機嫌そうに頷いていた。学園で魔術を学ぶ際に最初に学ぶべきことで、最近教わった内容だろう。机の向こう側でもなるほど、とフィフスの神妙な声が聞こえた。大した内容でなかったはずだが、神妙に(かしこ)まられるとくすぐったいものがある。

 後方からガラガラと台車が近付く音がし、店主がやってきた。どうやら頼んでいたものが来たようだ。

「お待たせいたしました――」

 台車の上には二つのティーポットとカップが人数分あり、机の上に配膳(はいぜん)される。ふと振り返ると、カウンターの上にこの場にいる人数より多い数のケーキが用意されており、この後持ってくるようだった。

「あの量を……?」

 アイベルとキールもそれが視界に入ったようで、呆れたともなんとも言い難い顔をしていた。

「あれくらい余裕だ。――な、左翼。」

 二つずつ頼んでいたが、彼も結構な甘党なのか。特に返事はないので、きっと彼もあの量は余裕なのだろう。

「気になるなら食べていいからな。」

「……ありがとう。でも気持ちだけで十分だ」

 見ただけで満腹感が襲う。いとこが以前行ったというデザートビュッフェにでも彼らを連れて行ったらどうなるのかと気になり、あとで聞いてみようと心に留めた。

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