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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月2日 土曜日
25/144

20.『策士』は雨上がりと共に⑤

 初めに思った感想と違い、下町の散策(さんさく)というものは悪くなかった。

 先ほどの騒ぎを見ていた人々が良かれと思っておすすめの場所や店を教えてくれたり、教えて貰ったルンデボーネという甘味を扱っている店が本当にいくつもあり、学生の説明通り丸く膨れていく様子を見せてもらう機会をもらうなど何かと忙しなく、この通りに広がる賑やかさのひとつになれた気すらした。

 王子の到来に気後れする店や人もあったが、逆に名を売るチャンスとばかりに威勢(いせい)よく商品を勧める者もあり、今までいた場所から少し離れただけなのに、このような活気があるとは知らなった。

 試しに買って食してみたが、単純な味ではあったものの優しい甘さが程よく、人々に好まれているのもわかるような気がした。

 方々で気安くフィフスが周りに声を掛けるため、エミリオも次は誰からどんな話を聞けるのかと彼の側について回っていたのだが、

「やば……。なんだあれ。」

 怪訝(けげん)な面持ちで、フィフスは近くのベンチで集まって談笑する女子たちを見ていた。――彼女たちは大きめのグラスに少し色とりどりの飲み物を持っていた。黒い種が入っているということ以外は別にそこまで怪訝になる要素はないように見受けられるが、エミリオは何か気付いたようだった。

「あれは僕も知っています。――黒のつぶつぶはラクロの種といってハーブの一種なんです。美容にいいとかでよくレティシアたちも飲んでいますよ。下町でも人気なのですね」

「おぉ、そうなのか……。見た目が、その……、結構厳しいな。」

「ふふっ、僕も最初はびっくりしましたが、種に味はないので、普通の飲み物と一緒ですよ」

 エミリオがニコニコと説明している横で、何かが受け入れがたいようでひどく消極的な様子だった。渋い顔をして謎の飲み物を薄目で見ているフィフスを少し観察する。

 クリスが東方天として聖都に戻ってから、よく聞く話が三つある。一つ、武芸に優れていること。二つ、水精霊を意のままに扱い、砂漠に海すら作ってしまうということ。三つ、不義を許さず、罪を許さず、悪道を許さず、冷徹にただ断罪する神の代行者であること。――彼女の武芸に手合わせを申し出る者や、無慈悲(むじひ)な断罪に反発を覚えるものも多いようで、聖都では何かと荒事が絶えないらしい。数週間前にあった聖都襲撃事件もそのひとつなのかもしれない。

 少なくとも新聞ではそのような話ばかりが全面に出ている。あのように争いを招く存在に力を持たせたままでいいのか、無慈悲に行われる断罪に人の心など持ち合わせていないのではなどと、無遠慮に批判する声が載ってばかりだ。

 やり方が派手だからそう受け取られるだけで、問題ある者を決して放置せず、罪を犯す者に向き合い、誤った道を正そうと努力しているだけだ。少なくとも彼女にたまに会うセーレやヴァイスからはそういう話を聞く。新聞は何かと大げさで悲観的に書きすぎだと――。

 エミリオがせっかくだから飲んでみないかと誘っており、未知にチャレンジするか(いな)かを、メニューの前に引っ張られながらも考えているようだった。

「いろんな味があるみたいですね。――おすすめはどれですか?」

 物怖じすることがなくなったエミリオが自分から店の者に声を掛けていた。

 ちなみにここまでずっとフィフスが支払いをしている。――お金を持ち歩くという習慣がなく、彼以外が現金を所持していなかったためである。後から請求してもらえば済む話だと思ったのだが、どれも小さな金額すぎてわざわざ請求するには恐縮させてしまうばかりだったので、この場で代価は渡すべきだとフィフスが申し出てくれたのだ。

 それでも代金はいらないと申し出る者がほとんどだったのだが、責任と引き換えに代価は支払われるべきで、無責任な商品は受け取れないと断ったり、得をするために王子を連れまわしている訳じゃないと伝えたり、タダで貰って喜ぶような小物だと思われたくないだとか、何かと理由をつけて相手を丸め込んでいた。

 当人は豪遊(ごうゆう)するための資金だから気にせず任せろと言ってくれていたのもあり、今回は甘えることにした。

『君が思ってるよりこの子は普通だよ』

 ヴァイスが昨日言っていた言葉を思い出す。受け取れる情報が新聞ばかりだったので、いつの間にか記事の内容につられ自分も悲観的になっていたのかもしれない。

「兄さまは何にしますか? レモンと紅茶の味が人気だそうですよ」

「私はひと口試せればいいかな……。左翼はこの緑とも紫とも形容しがたいやつとかどうだ? 見た目もより一層えぐい。」

 名を呼ばれた無口な仮面の男は無言でフィフスに近付くと、何か言う訳でもなく威圧(いあつ)で拒否の意を表していた。何度かこのような場面に遭遇(そうぐう)していたので、エミリオもまたかと笑っている。

「……せめて口で反論してくれないか。」

「左翼もこういうのは苦手なんですね。なんだか意外です」

「見た目がグロい」

「そういうことは店先でハッキリ言うな。――ディアスは飲むのか? キールとアイベルも気になるものがあれば遠慮するなよ。」

 侍従たちにも何かと買ってくれようとするので、二人は始終断りを入れていた。最初は二人も毒見で口にしていたが、フィフスがいろんな味を試したいがために二人に食べさせていることに気付いたようで、一緒になって遊ぶわけにはいかないと断り始めたのだ。

 今まで体験したことのない空気感だが、この初めて尽くしが存外(ぞんがい)悪くなかった。

「――フィフスが興味あるものがあればそれで。ひと口試すといい」

「……お気遣いありがとう。興味と言われても悩むな。」

「ならおすすめのにしましょう。僕のもひと口どうぞ!」

「……では、二人の毒見役を引き受けるとしよう。」

 覚悟を決めた様子で、弟たちと共に店に注文をしに行った。

「殿下、あそこに座れそうな場所があります。よろしければ少し休まれるのはいかがでしょうか」

 アイベルが促した先には簡素なテーブルとイスが一組空いており、四人であれば座れる場所だった。

「そうしよう。……怪我は大丈夫なのか?」

「ご配慮(はいりょ)痛み入ります。――頂いたお守りのおかげか、今のところ痛みはありません。本当です」

 真剣な面持ちで念押ししてきた。朝の出来事が応えているのかもしれない。アイベルの真面目な様に少しだけ口角が上がる。

「――殿下が楽しそうにされており安心しました」

 少し声を抑えたアイベルが、微笑みを浮かべていた。

「エミリオ様も随分フィフス殿に懐いていらっしゃいますね。……お二人とこんなに早く打ち解けていらっしゃるのは正直驚きました」

 末弟は人懐っこいところがあるので不思議はなかったが、自分の主人が誰かに気を許しているのが珍しかったのだろう。

「話していたら気が抜けた。……あの人の前で取り(つくろ)うことはやめることにしたんだ」

「左様で……」

 いつになく柔らかな表情をした主人の顔を見て、アイベルは何か考えているようだった。どうかしたのか(たず)ねようとするが、

「お、いい場所があったな。二人ともありがとう。出来たら店の者が持ってくるから、それまで一息つこう。」

 フィフスたちが戻ってきた。侍従たちは椅子を引き、自分たちを座らせると引き続き周囲を警戒してた。フィフスと左翼も向かいに座ると、背中からまた雑誌を手にして街の地図が載っているページを開けた。

「この通りの真ん中くらいまで来たようだな。」

 今いる位置がすぐわかるのか、地図の上にまっすぐ指を置き、いま歩いた道のりをなぞって見せた。方々で足を止めていたので大して進んでいない気がしていたが、思っていた距離よりも地図の上をなぞる指が進んだ。気付かない内にこんなに歩いていたのかと、エミリオも驚いていた。

「もうこんなに見て回っていたんですか? まだまだあるかと思っていました」

「あぁ、バルシュミーデは比較的短いからな。この先の分かれた通りでまた(おもむき)が変わるらしいが、それはまた別の機会だ。――それにしても一気にここまで来てしまったが、皆は大丈夫だったか?」

「僕は大丈夫です!」

「俺も、アイベルも変わりはない。――いつもこうやって人に聞いて回っているのか?」

 開かれた地図にもいくつか走り書きやメモが張り付けられており、その文字に目を落とす。――誰かがこの場所で店をやっていた、デートでここに行った、この辺りがパワースポットだとかそんな取り留めのないことが書かれている。

「初めて行く場所はそうだな。大抵(たいてい)教えてくれる人がほとんどだし、(たず)ねてしまう方が早い。――ただ、中には近づかないほうがいい連中もいるから、お前たちの場合は誰か護衛がいるときにした方がいいと思うが。」

「……そういう目にあったことが?」

「まぁな。面倒な奴らは返り討ちにすればいいだけだから、私たちは相手が誰でも構わない。な、左翼。」

 軽い調子で笑いながら隣に座る左翼に話しかけるも、彼からは特に返事がなかった。きっと同意ということなのだろう。

「そういえば、昨日ヴァイスから聞いたのですが、フィフスは美少年を守っているのですか?」

 この状況にも慣れたエミリオがふと気になっていたことを尋ねた。

「……ん? ヴァイス卿が……?」

「聖都二代美少年を守っていると聞いたので、てっきり普段は誰かを守っているのかと思っていたのですが、違うのですか?」

 何の話が分からないようでフィフスは頭に疑問符を浮かべていた。――あの話はヴァイスの冗談だったのではないかと思い、止めようとする――。

「当代様のことだろ」

 左翼が口を挟んだ。

「あぁ……なるほど……。アイツを守っているというか、アイツから皆を守っているというか……」

「人事の他にも護衛もしているんですか?」

「聖国では四家(しけ)は武人の家系でもあるんだ。大戦が終わってからは朱家(しゅけ)白家(びゃっけ)玄家(げんけ)はそれぞれ武術を修めるのは一部任意になったが、蒼家(うち)は今でも一族の者は何かしらの武芸を体得する。だから護衛もするし前線にも立つ。家の義務と聖都での仕事は別物だな。――当代は家にとって大事な存在だから守っている、といったところか。」

 フィフスが困ったように説明すると、先ほどの話だけでははっきり分からなかった部分が明確になった。

「どうやらうちの当代は顔がいいらしい――。アイツを一目(ひとめ)見たがるやつが多くて護衛せざるを得ない上に、アイツは人間不信で心臓も悪いから、不用意に他人を近付けて発作でも起こったら困るんで守っている。」

「そ、そうだったんですか……」

 思ったより深刻な理由で護衛をしていると分かり、ヴァイスの軽口を後で(いさ)めようと思った。

「普段は当代の護衛役は左翼と、――右翼という、もう一人の兄弟子がついていて、私は盾役だな。……もうひとりってのが心当たりがないんだが誰の事だろう。分からないな……」

 隣に座る左翼から反応はないが、きっと同じように大事な理由からその相手を守っているのかもしれない。

「もしかして、左翼も顔がいいから隠しているんですか?」

「顔が嫌いだから隠している」

 もしかしてと好奇心から尋ねたエミリオに、一刀両断(いっとうりょうだん)するように左翼が答えた。

「ご、ごめんなさい……、そんな理由だとは――」

「反応に困るからその言い方はやめろ。――驚かせて済まない。できれば気にしないでやってくれ。」

 少し怒っているフィフスに動じることがない左翼から、今の言は彼の本音なのだろう。昨日修練(しゅうれん)のためと言っていたのは触れさせないための方便だったのかもしれない。少し落ち込むエミリオの背を()でた。

「お待たせしました。ご注文のお品です……」

 にこやかな笑顔を見せつつも少し緊張した面持ちをした二人の女性給仕(ウェイトレス)がやってきた。粗相(そそう)がないように注意を払っているようで、ものを運ぶ手が危うげだ。侍従達が手を出すか迷っている気配が背後から伝わり、余計に緊張感が(ただよ)いはじめた。

 普通の飲み物も合わせて人数分あるようで、時間がかかったがなんとか六つ机の上に並べられる。

 一仕事終えた彼女たちにフィフスは礼を伝えると、安堵したのか彼女たちは足早に下がった。キールが注文を把握(はあく)しているようで、バラバラに置かれたものを配膳(はいぜん)しなおそうとすると、グラスの下に敷かれた紙に何か書かれているのをフィフスが見つけた。

「どっちだ?」

 左翼に声を掛けたようで、彼が指で何かを指すと立ち上がり紙を手にして駆けていった。――ただならぬ気配に何事かと駆けて行った方向に目をやると、先ほど給仕をしていたひとりの腕を掴んでいた。

「――これはお前が残したのか?」

 駆け出した時とは打って変わり落ち着いた声で、逃げられないようしっかり腕は掴んでいる。彼女の目の前に今の紙を突き出して尋ねていると、キールとアイベルが傍にきて守ろうと盾になった。――左翼は飲み物のひとつに手を伸ばした。

「は、はい……。その、もうしわけ――」

「これは電話番号だよな? これだけじゃ後で誰だかわからなくて困る。名前と電話していい時間と、――できればお前のおすすめの場所や噂話、面白い話を一緒に書いておいてくれないか。」

 至極(しごく)真面目な様子で、しかも距離が近かったので別の意味でただならぬ気配になっていく。何事かと左翼を見ると、普通に飲み物を飲んでいた。毒見をしているのだろうか――?

「あの……?」

「何か話がしたくて渡したんじゃないのか? 勇気をもって渡してくれたことに感謝する。――すぐに時間ができるか分からないが、必ず連絡を入れるようにするから待っていて欲しい。」

 掴んでいた手を放し、彼女にまた紙を返した。

「悪いがペンを持っていないんだ。――誰か貸してくれないか?」

「あ、あのペンならあります!」

「よかったら私のも――」

 どこからともなく女性が集まり出し、紙やらペンやらのやり取りが女性陣の間で行われはじめる。――気になる相手に番号を渡すことはよくある光景だが、一極集中するこの光景は初めてだった。少し呆気に取られていると、

「あの、止めなくて大丈夫でしょうか……?」

 心配そうな弟の声が届く。

「問題ない。放っておけ」

 左翼が飲んでいたのはラクロが入っていないただのアイスティーのようだった。

「……彼は何をしているんですか?」

 アイベルがこわごわ尋ねた。

「情報収集。話をしてくれるなら貰わない手はない。味は、――普通だな」

「……恐らくそういう意味で渡してるわけじゃないと思いますよ」

 警戒をやめたキールが呆れたように言うも、それ以上の返事はなかった。

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