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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月2日 土曜日
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17.『策士』は雨上がりと共に②

 九時を回りしばらく()った(ころ)――。

 朝、食事をとることは少ない。食欲がないため、というのが大きな理由だが、ゆっくり考えごとをするのに都合(つごう)も良かった。

 平素(へいそ)よりも(おそ)い時間ではあるが、今日もこの時間を使って予定の確認をし、――一応(いちおう)昨日の経緯(けいい)も、全てではないがアイベルに伝えた。

 飲み物と一緒に軽食も用意されるが、それには手を付けず、いつものように新聞に目を通す。

 いつも通りの、静かな朝――、の予定だった。

「おっはよう、殿下! ――あれ、アイベルくん? もう身体は大丈夫なのかい?」

 ヴァイスが現れた。ご機嫌に(ゆが)む赤紫色の瞳にブロンドの前髪が掛かり、片手でそれを払いながら我が物顔で部屋に入ってくる。

 大きな封筒をひとつ持って現れたその人物は、誰の許しもなく毎度勝手に部屋へとやってくる。昔からこんな感じなので今さら気にならないが、今朝もひとりで賑やかだ。

 だが今日は珍しく、彼の影に見知った姿があった。

「おはようございます、兄さま」

 弟のエミリオだ。彼の侍従のキールも後ろに(ひか)えていた。すぐ隣の部屋なので、顔を出しに来ることはあるが、ヴァイスと一緒に朝から訪れることは珍しかった。

「あぁ、おはよう」

 二人がそばまでやってきたので座るよう(すす)めていると、アイベルは客人たちのティーセットを用意しながら返事をした。

「皆様にはご心配をおかけして申し訳ありませんでした。それから、昨日は雨の中迎えに来て下さりありがとうございます」

「今朝フィフスくんが君の様子を見に行ったんだけど、会えた?」

「いえ。……どうやら入れ違いになったようです」

「そっか。まっ、あとで会えるからその時にでも元気な様子を見せてあげてよ」

 愛嬌(あいきょう)のある笑みを見せて、(そそ)がれて間もないカップをくるくると回し、香りを楽しんでいた。

「それで、ディアスくんは今日の予定って聞いてるー? 昨夜わざわざ(・・・・)引き止めてお話してたよねぇ」

 意地悪く強調する言葉とは裏腹に、カラッとした良い笑顔でこちらに続きを(うなが)してくる。

「……先ほどアイベルから聞いた。市内観光をするとか」

「あら残念。詳細な予定でも聞いているんだと思った。――なんでもバルシュミーデ通りを散策したいんだって。二人は行ったことあるかな?」

 バルシュミーデ通りとは、下町にある学生が(つど)う場所だと聞いたことがあった。

「――ない」

「僕もないです。――でも、クラスの子たちが話しているのは聞いたことがあります」

 この学園都市は三つのエリアに分かれる。今いる学園関係の施設がある学園エリア、上流階級向けの施設や屋敷が立ち並ぶ山の手アリア、それ以北に広がる下町エリアだ。――下町エリア出向くのは少し気が引ける。道が狭く警備が手薄だ。なにより余計な衆目(しゅうもく)を集めてしまうということがあまり得意でなかった。

 用もなく向かうにはハードルの高い場所だ。

「そんな気がしたんだよねぇ。まぁ、ああいう場所は二人はよく慣れてるから、一緒に付き合ってあげてよ。ぜーったい下調べしてるから」

「そうなんですか! ――実は行ってみたいと思っていたんです。話はよく聞いていたので」

「あの辺でお店やってる子たちは経営の他にも、商品開発なんかもしてるから珍しいものとか変なのがあって面白いよ。最近は揚げたスイーツが人気みたいで、いろんなお店が出してるんだって。よそと(かぶ)らないように野菜やら魚やらを揚げたのを甘くしてスイーツと言い張ってるところもあるそうだよ。――絶対迷走してるよね~。あとは雑貨だと変な色に変わるインクとか、尖りすぎてよくわからないアクセサリーとか、可愛さがよくわかんないぬいぐるみが人気だとか」

 この学園の理事として仕事をする(かたわ)ら、話題になっていることも耳にするのだろう。善意で教えてくれたのだろうがチョイスに癖がある気がしてしまう。とはいえ興味津々に聞いている弟は、好奇心を抑えられないようだ。

「どの程度の規模(きぼ)で行くのでしょうか」

「警護ってこと? あの二人がついてれば大丈夫大丈夫! 気軽に行っておいで」

 弟の侍従、キールが警護をつけずに主を街中に出すことを不安に思っているようだ。アイベルも同じ気持ちのようだが、ヴァイスの言葉を聞いたからか戸惑いつつも押し黙った。

「姉さまたちも一緒ですか?」

「あっちは山の手エリアに行くって。――そっちに興味があるなら相談して行ってみるのもいい」

 山の手エリアであればいとこたちが詳しいだろう。買い物が好きでよく友人たちと出かけているような話を前から聞いているからだ。

「分かった」

「なにか困ったことがあればすぐに彼らに相談するんだよ。――さすがにまたそんなことは起きないだろうけど、一応君ってば最近ツイてないんだから」

「……悪い人は捕まったんですよね?」

「もちろんだとも。だからキールもアイベルも(ふたりとも)そんなに心配しなくて平気さ。たまには何も考えずにパーッと羽を伸ばすことも大事だよ」

 少し不安げな侍従たちを振り返り、ヴァイスはウィンクを飛ばした。

「10時に東エントランスに二人を呼んであるから、適当に向かってくれたまえ〜」

 少し冷めた紅茶を口にし、ご馳走様(ちそうさま)と言いながらカップを置いた。それから入室したときから手にしていた封筒をテーブルの上に置く。

「あとこれは僕からのサービス(・・・・)だよ。――時間があるときにどうぞ~」

 何か(ふく)みのある言い方をされ、中身が(ろく)でもないものであろうことを察する。こういうときはだいたい絶妙に反応に困るものだ。――たぶんその困っている様子を楽しんでいるのだろう。反応しないのが一番だ。

 用は済んだらしく、ヴァイスは入ってきた時と同じ軽い足取りで部屋を出ていき、彼が置いていったものを寝室にある机に置くようアイベルに指示をした。――なにも期待せず、気が向いたときに確認するのが最良だろう。

「僕、下町に行くのは初めてです」

「――あぁ、俺もだ」

 わくわくが止まらない弟に相槌を打ち、外に出る準備をすることにした。東エントランスは男子寮からは近く、10分もあれば着くだろう。――そんなに急がなくてもよいのだが、弟のように少しだけ自分も楽しみにしていた。弾む心を落ち着かせるために、早めに移動して気を紛らわせようと思ったのだ。

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