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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月2日 土曜日
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16.『策士』は雨上がりと共に①

 天蓋(てんがい)から伸びるカーテンの隙間(すきま)から光が(あふ)れている。いつの間にか朝になっていたようだ。

 差し込む陽光(ようこう)のせいだろうか、いつになく頭がすっきりしている気がする。

(――今日は何か予定があっただろうか)

 なにかあった気はするが、寝起きの頭では思い出せない。まだそんなに働かない頭で身体(からだ)をなんとか起こすと、

「おはようございます――」

 聞きなれた声、――これはアイベルだ。彼が天蓋のレースを開けば、いつも通りの朝のルーティンが始まる。

 ベッドに広がる髪を()まないよう、ベッドを抜け出て支度(したく)を手伝ってもらう。部屋を移動する際に視界の(はし)(うつ)った(まど)には、重いカーテンに隙間が出来ていた。(まぶ)しくて直視(ちょくし)できないものの、朝の訪れをはっきりと主張している。

「昨日の疲れなどはございませんか? もしご気分が優れないようでしたらゆっくり休まれても……」

「大丈夫だ。心配をかけて――」

 ふと、気付く。清潔(せいけつ)(ととの)えられた短い髪に、(すず)やかな切れ長の目。付き合いは十年近くになるが、身だしなみから心遣(こころづか)いまで、日頃からよく気を配り支え続けてくれた侍従(じじゅう)のアイベル。

 黒のテールコートは深緑色の裏地がさりげなく見え、黒のウエストコートに薄くラインの入ったウィングカラーのシャツ、首元をネクタイで締めており、普段と同じよく見慣れた姿をしていた。

 黙って観察している主の視線に、戸惑っているようだった。

「いかがなさいましたか?」

「……どうしてここに?」

怪我(けが)も良くなりましたので、(つと)めに戻って参りました。ご心配をおかけして申し訳ありません」

 アイベルの戻りが早いことに少し驚いたが、務めに支障(ししょう)がない程度には回復したのか。

 落ち着いた表情がいつも通りなので、それ以上詮索(せんさく)することはやめた。問題はないというのであれば、信じて仕事を任せるだけだ。

「無理はするなよ」

「お心遣いありがとうございます」

 彼もどちらかといえば落ち着いた声が淡々としたものに聞こえる。笑顔などは気安く見せないものの、日頃から自分を(おもんぱか)ってくれていることはよく伝わっていた。いつくか用意してくれた服を適当に選び、身支度(みじたく)を整えていく。

 ――彼も(・・)

 自分の中でなにか引っかかりを覚え、自問する。

(今、誰と比べた……?)

 何か見落としをしている気がし、おもむろに部屋を見回した。――変わった点はない、と思う。

「どうかされましたか?」

「いや……、なにか、忘れている気がして……?」

昨日(さくじつ)身に着けていらしたマントでしょうか? あとで人に探してもらいましょうか」

 確かに出かける際に羽織(はお)っていたのを思い出し、「あぁ」と適当(てきとう)相槌(あいづち)を打った。

 しかしいまだ座りの悪い違和感(いわかん)(はや)し立てられているようで、気持ちが落ち着かない。

 隣の応接室に移動すると、落ち着かない気配の正体が一気に判明した。

「殿下?」

「いつの間にベッドに……?」

 ベッドに移動した記憶がない。おまけに着替えをした記憶も――。

 思い出せないせいで、一周回って昨日のことは全て夢だったのだろうか。

「お部屋に(うかが)った時から、ベッドでお休みになっていらっしゃいましたが……。よほどお疲れだったのですね」

 昨日使っていたはずのソファには誰かいた痕跡(こんせき)はなく、ローテーブルにあったティーセットは(すで)に片付けられていた。――だが、テーブルの片隅(かたすみ)にキャラメル色のストールと、金色の羽の形をした留め具が置いてあることから、ここでの記憶が一気に()(そそ)いだ。

 昨夜、ここにクリスが来ていた――。

 改めて友人になってくれと頼んだところまでは覚えている。

「フィフス殿からお借りしたものですよね。私も左翼殿から借りた外套(がいとう)があるので、(きよ)めてからお返ししようかと考えております」

 机の上のストールに気付いたからか、アイベルがそう言った。

「……それから、昨日の件は何も(とが)めがなかったのですが、もしかして殿下が(かば)ってくださったのでしょうか」

 申し訳なさそうに聞かれたが、彼の疑問(ぎもん)に答える余裕(よゆう)はなかった。

「いや、なにも……何もなかった……?」

「? えぇ」

 抱き着かれたところまでは記憶がある。だが、その次に何があったのかは記憶にない。そのまま寝落ちした、となればクリスが運んでくれたのか? だがあの華奢(きゃしゃ)な人に自分を運べるだろうか。彼、彼女? ――の手間(てま)を取らせることをさせたのか、それ以外のことをしていないかなど、ぐるぐると不安が渦巻(うずま)いた。

『おやすみディアス。また明日――』

 昨夜伝えられた言葉が、耳元で(よみがえ)った。少年の声で(ささや)かれた声は、今日また会えるということだろうか。

 自分の身体に異常がないことを確かめながら、少しずつ冷静になる。――あの人にもし何か無礼(ぶれい)を働こうものなら、自分が無事で済んでいるはずがない――。

 深く息を吸い、応接室を見回した。いつも通り、ここは変化なんてひとつもない、いつも通りの自分の部屋だ。

 余計なことを気にするのをやめ、一人掛けのソファに腰かけた。――早速(さっそく)なにか問題を起こすほど、(おのれ)は行動的ではない。はずだ。

 アイベルは少し様子のおかしい主を不安げに見ていたが、深く気に留めることはやめ、いつも通り紅茶を入れることにした。

 10月2日土曜日、朝八時前の出来事だった。

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