間奏曲――蜃気楼――
10月7日。学校が始まる前、宿舎での出来事です。
「お前たち、何か欲しいものはあるか?」
ある日の夕方、オレンジ色に染まるドアを締めながら父がそう言った。
「急にどうしたんだ、父さん。何かいいことでもあった?」
閉まる音に、帰ってきた父も揃い家族だけの時間が始まる。
もうすぐ日も落ちる秋の夕暮れ、窯の火と熱された料理の湯気が部屋を温めていた。
継接ぎのあるコートと襟巻きを脱ぎ取り、人数分の防寒着で膨れるコート掛けがさらに肥えて揺れた。
天井から下がるランプはボロボロだ。何度か落としてしまったせいで覆うガラスもとうになくて、鉄枠だけが残ってる。歪な形でも、まだ役目を果たそうと部屋を灯してくれるのだった。
歪んで無骨だけども、同じ形は世界中のどこにもない。この家にだけある、我が家の灯りだ。
「父さんね、もしかしたらオスティツィナ様のところで働けることになりそうなんですって」
「オスティツィナ様の――! すごいわ父さん! 大出世ね!」
小さな妹が父の側に駆け寄った。これから夕食だと言うのに、父も妹もお構いなしで喜びを分かち合っていた。
「ルチア、遊ぶのは後にして。お兄ちゃんを少しは見習いなさい」
母が大鍋を手に持ち注意する。
熱々の鍋が置かれた木製の机はガタ付き、でこぼことした表面が不安定ながらも食卓を支える。
皿とフォークとナイフだけの簡単な準備だ。妹の手を借りなくてもすぐに終わってしまうと、手際よく母が料理を分けていく。
神の恵みがあってこそ、食べ物に困ることは一度もない。
生まれる前に大きな戦争があったという話をされても、信じられないほど平和で平穏の日々だった。
「喜ぶのはいいけど、その様子じゃまだ決まってないんだろ。気が早くない?」
父はお人よしで楽天家だった。小さなことで大袈裟に喜ぶから困った人だと思う。しかも困っている人を見れば後先考えずなんでも分け与えてしまうから、最低限のものしかない粗末な暮らしが続いていた。
それでも父のことは尊敬していた。
お揃いの赤みがかった髪に水色の目。怒ったところなんて一度も見たことない。損してばかりで地味だけど、いつだって前向きだった。
腰の低いところはあるが、自分の信念は曲げない。どこの誰かも分からない相手でも施すけれど、見返りは求めない。日に焼けて黒い、無骨で大きな手のひらが頭の上に乗せられた――。重さと暖かさにくすぐったい気持ちになる。
父は小さい頃からの憧れだった。
「今より贅沢が出来るかも知れないんだ。ガレリオもルチアもよく畑を手伝ってくれてるとみんなが言っている。俺が労ってやらねばバチが当たるだろう」
笑うと目尻に深い皺が刻まれる。母よりもいくらか年上の優しい人。それが父だった。
「あら、あたしは?」
「当然、母さんにもだ。お金が貯まったら聖都まで行くのはどうだろう。四方天様のお膝元だし、隣国から珍しい品も多く入って来てるそうだ。母さんとルチアには髪飾りを買ってやろう」
父に比べると小柄だけど、体格の良さなら負けていない。気の強さもあるが、笑顔の絶えない母だった。赤みがかった茶色の髪に緑色の瞳。妹と同じ色だ。
「いきなりそこまで飛躍する? ここから聖都までまでってどれくらいのあるのかも分からないのに。一体何年後の話になるんだろうなぁ」
でこぼこで光沢も無いポットから、家族の分の飲み物を用意する。
家族を喜ばせようと夢みがちな話を振る父に、少々高すぎる机に両手を乗せたルチアが嬉しそうに頭を揺らしている。左右に首を傾げるたび、後ろで一本に結んだ髪が楽しげに揺れた。
「トヴァリスから馬車で三日だ。そこまで遠くない。――戦時中はテトラドテオスも荒れていたが、今は珍しいものが多く入って来ていて、食べ物から服に本と、なんでも目まぐるしく入れ替わるそうだ。ガレリオだって見てみたいだろう? おもちゃだって剣だって、同じものはひとつとないそうだ」
食卓の用意が整うと、定位置に両親と妹が座る。
「次に認められたら、ただの警備隊からオスティツィナ様の元で守護隊の一員になれる。もっと良い家に引っ越しも出来るかもしれないなぁ」
「すご〜い! でもこの家じゃなくなるのは寂しいな。カルロッタと離れちゃうし」
「引っ越しても、同じ街なんだからすぐ会えるさ」
「はいはい。明後日の話はもういいから。ありもしない金貨なんか数えてないで、早く食事にしましょう」
浮つく空気を母が締め、皆んなで両手を組み合わせた。胸元で握り目を閉じた。
「――主よ、日々の恵みをお与え下さり感謝いたします」
夕食前の祈りは母の仕切りで行われる。
瞼で塞がれた視界は真っ暗だけど、ランプの明るさは感じる。
「四柱の眷神よ、世界に安寧を齎して下さり感謝いたします」
人数分に切り分けられた肉とパン、スープとサラダがそれぞれ良い香りで誘ってくる。ぐぅ、とおそらく妹の腹の声が聞こえた。――くすくすと妹と笑うと、父にしーっと窘められた。
「調和と秩序が永久に続きますように――。さぁ、召し上がれ」
「「いただきまーす!」」
祈りが終りパンをちぎる横で、妹がまだ熱すぎるスープに慌てて水を欲しがっていた。
「がっつき過ぎ。落ち着いて食べな、ルチア」
「だって、お腹空いたんだもん。あっ! お兄ちゃん、にんじん好きでしょ? 私のあげるわ。代わりにこっちをもらっておくね」
落ち着きのない元気な妹と皿の上で攻防を繰り広げると、母に怒られ父が仲裁に入る。
「父さんのをやるから、行儀の悪いことはやめなさい二人とも」
「もう。また明日用意してあげるから、自分の分だけで我慢しなさい、ルチア」
「食べ盛りな子たちに我慢させる必要はないさ。たとえ人数分でも、これから大きくなる分は含まれてないから足りなくても仕方ないさ。ガレリオにもやろう。兄妹で半分こだ」
父が自分のメインディッシュを半分にし、子どもたちの皿に分けた。
「俺は大丈夫だよ」
「なぁに、景気付けだ。明日も街の手伝いをしっかりしてくれればいい。前払いなんだから、しっかり受け取っておけ」
ウィンクすると母は呆れて何も言わない。
「大きくなったら俺も警備隊に入る。二人でお金を貯めたらあっという間だよ。俺に任せておいて」
「それは楽しみだ。二人で頑張れば予定より早く行けるかもな――――」
そんな遠い夕日、もう両親の顔も朧げだ。
幼い日の事を夢に見るなんて、どうかしてる。
慣れない暮らしのせいか、本来の自分の形を思い出させるように思えた。
外はまだ暗い。鬱蒼と茂る大きな森のせいで、陽光があまり届かない気がする。聖国の大森林にある竜の里、プルシャでさえもっと明るかったはずだ。
身支度しようとベッドから起き、姿見で跳ねる髪が目に入る。
水色の瞳も、レンガみたいな色の髪も父と同じだ。
だが、夢で見た父ほどまだ年季は入っていない。母ほど頼もしくもない。
「……もしかして、あの世から様子でも見に来てくれたのか。俺もルチアも元気にやってるから、心配しなくていい」
夢の理由を探し、聖都に置いてきた小さかった妹を思い出す。
今頃自分がいないことをいいことに、よく知る男とよろしくやっているのだろう。
――――――許せない。
「別にぃ? ルチアがずっとひとりでいて欲しい訳じゃないし、いい相手がいるなら俺だって反対するつもりはないさ。だがよりにもよってその相手が腹黒守銭奴、拝金至上主義の恥も外聞もないムカつく野郎なのが許せないってだけで――」
「おはよう、ガレリオ」
唐突に声をかけたのは、鏡の隙間に映り込む人物だった。
「……はよっす、大将」
学生姿の黒髪短髪の、美形の類に入りそうだが一ミリも空気を読まないがために全てを台無しにする、己の上官で子守相手の聖国の一柱。今はフィフスと偽名を使う、一介の学生だ。
学生服も一週間も着れば、よく馴染んでいる。――多分その格好であちこちで歩いているからだろう。元々の素材も良いものなのだろうが、派手な立ち回りでもしなやかについてくる上品さが、光沢のある生地に宿っていた。見た目の割に機能性も十分備わっているようだ。
部屋のドアはいつだって開いている。四六時中用があれば誰でも来ていいように、仲間しかいない空間だからこそしている習慣だった。
大将は手元の紙面を見ながら、人のベッドでくつろぎ始めた。部屋の端に椅子があるがベッドの方が距離が近いためか、人が寝ていた跡が残る場所でもお構いなしに座っている。
自分の部屋に学生がいる――。昔いた街には学校はなく、聖都には小さな学校がいくつかあっても制服なんてない。
今いる場所が、上等な場所なんだと改めて身に染みた。
王侯貴族なんてものがある階級社会だ。神とそれ以外という簡単な図式とは全然違う。
「何を怒っている? 独り言にしても、ここに居もしない相手へ文句をつけることに意味があるとは思えないが」
この人にはドアも壁も関係ない。視界以上のものが見え、離れた場所でも声が届き、見えるはずもない感情の機微を察知する。
隠し事は不要で取り繕う必要もない。どこの誰よりも気は置けるが――。無遠慮に土足で上がられるのはたまに癪に触る。
「いや〜、思い出したらムカついてきたんで。つーか、なんでルチアの手紙持ってたんすか。しかもヨアヒム殿下に渡すだなんて……。ここの人たちを使って、俺にあんな事やこんな事をさせるためですか?!」
オーバーに茶化して、胸中に湧く黒いものを追い払う。
声色は変わり、普段のぶっきらぼうで冷たい物言いがより少年らしく見せる。最初は慣れなかったが、よくよく聞けば、元の声を低くするだけのよう。ただのアクセサリーにしか見えないのに、便利かつ人を騙すための悪どい代物だ。
「ヨアヒム殿下は署名なんかしない。他人だし益がないからな。お前の妹ともカイとも会った事ないんだ。だけど、あの方が手にしたことに意味がある。――――そうだろ?」
淡々と語る言葉に、興味がないように見える。だが、別の意図があることに気付く。
「……それでカイを呼んだんですか?」
「ラウルス内の見識の広さと、手段の選ばなさはヒルトも一目置いている。此度の締結式もそうだが、先日手配してくれた華燭の装いについても、王都内で緊急に手配してくれたおかげで私も助かったが、良い宣伝になってくれただろう。父上の手を借りたとなれば尚のこと、あれだけ大量のドレスが短時間で王城からここまで運ばれたとなれば、人手と目口を伝い来月の式典だけでなく、聖国へ興味を持つ者が増えるかもしれない。良いことだ」
「そりゃあ……、あんなド派手なドレスが大量に運ばれたとなれば、紳士淑女の皆様も気にかけてくれるかもしれませんけど、ねぇ……」
聖都で行われる祭事もそうだ。四方軍の手を借り、大掛かりな準備を手伝うことがよくある。巫女に神官、聖都の住人も一緒に行う準備だけあって、都外から来る過客たちへ良い宣伝になったことも一度や二度じゃない。
「成り上がり貴族の末端だと言っていたが、シャッツの名もそうだ。人脈の広さと、思い切りの良さは評価に値する。良き人材だ」
まだ書類に目を通している。こちらを見る気もないが、話す内容に思い当たることも多い。
妹と付き合う前は、およそ同じような評価をしていた。
「周囲もカイのことは好意的に受け入れているが、お前が嫌なのであれば私が時間をやろう。あれがあれば、しばらくはカイもお前に返事を迫らないだろうからな。ヨアヒム殿下の懐に入っておけ」
「大将……。大将だけは俺の味方でいて下さいよ。アイツら全員、俺をよりカイを取る気のようですから」
同郷の部下、もとい幼馴染たちはこの件で誰も味方になってくれない。ハナタレだった頃から知ってるのに、出会って数年しか経たないキザ野郎に靡くだなんて――。
「カイではなく、ルチアの味方だ。ルチアだってアイツらと同郷の仲間だろう。お前の妹だし、カイとお前が揉めているのを案じているんだと私は思うが」
両手で耳を塞ぐ。
分かっていても、止められないことはある。
二日酔いが辛いと分かっていても深酒は止められないし、期限が迫っている事務仕事を面倒だからと後にすること、いい女が居たら声を掛けずに居られないことに、起きたくない朝にベッドの中で時間を忘れて布団を掛け直すことなどなど。そんな惰性。
また急がなければいけない時に限って、道に荷物を散乱させる人々を手伝うようなつい手が伸びてしまうこともそうだ。どれも止めようない衝動で、性分のようなものだ。
――――人はいつだって衝動的だ。理性や常識だけでは抑えようのない情動によってのみ、生を実感する時がある。
「はぁ……、夢見が悪かったからですかね。今日の俺はダメかもしれません」
石の下に集まる虫のように、ざわざわと蠢くものが心に巣食った。
小さな街で生まれただけの貧しい自分が、国家規模の案件になぜ携わっているのだろう。この街に暮らす人々とは比べ物にならない程、豊かで恵まれた人生など歩んでいないのに。
「……昨日は時間外にも関わらずよく働いてくれた。今日は休めばいい。私が言えば誰も文句は言わないさ。それに今お前に倒れられたら私が困る」
目を通し終わった書類をまとめ、掴みどころのない言葉と態度でさらりと告げると大将は立ち上がった。
「ガレリオ、何か話したいことがあれば私が聞こう。鏡に話して気が済むならそれでも構わないが」
「ははっ、お気遣いありがとうございます。鏡とお話してきますー」
家族のこともカイのことも、本当は関係ない。思い出の端から、嫌な記憶が延焼していくのを止められないだけだ。
「分かった。――先日お前が声を掛けてくれた学生、どうにかディアスたちに会わせられないか手を打っておこう。今日の午後、会館で手伝いをしているんだったな」
「……今日って、いつもより余計に授業があるんでしょう? その後に都合なんてつけられますか?」
位の高い人間を動かすのは、いつでもどんな理由があろうとも骨が折れるものだ。
会うための約束、話すための予定組みなどなど。取り付くだけでも時間がかかるが、取るに足らないものと拒まれるか、色良い返事に隠された反吐の出る本性に翻弄されることだって多い。
形だけの話し合いで実りのないことはあるし、何度説明をしても通じない、相手が理解する気がないと分かった時の無力感――――。
あの頃の情動が蘇り、胃液が喉元まで迫り上がる感覚に襲われた。
「都合ならいくらでもつけられる。お前たちが印を付けてくれたから、どこにいるか把握しているし今回の作戦にどちらも必要な相手だ。必ず会わせよう」
――夢で見たのはずっと昔の出来事で、それはとうに終わった景色だ。
とっくに褪せた夕日は、ここにない。
「日頃からお前たちはよくやってくれている。……偉そうで腹立たしいが、女王だって全く話の分からない奴ではない。大人しく隠居してればいいものを……。ここにいる以上、精々都合良く使ってやろうではないか」
近くの城に住まう相手へ、企む薄ら笑いを浮かべていた。
――当たり前だ。大将と女王は出会った頃からこんな関係だ。冷や水をかけられたかのように、ようやく目が覚めた。
あの頃の無知で無力、無能だった少年は遠い過去のもの。目の前の少年は、自分とは大いに異なる存在だ。
こちらも小さいのにやたら偉そうだが、神をも認めさせる実力を持つだけに不遜は傲岸たり得ない。
「――――あれ、もういいんですか? なんか女王様を許しておられる気配が……?」
部屋を出ようとした少年が足を止めた。
初めて『フィフス』と出会った時、どこぞの孤児かと思っていた。その記憶もまた、自分と重なった。
「……考えたんだが、あれは私のものではなかったし、今は在るべき場所に帰ったのだ。……持ち主が不在である以上、本来であればこちらに返すべきだったかもしれないもので、……これが良い形なのかもしれない」
「えぇ! どう考えたって、あれは大将のものでしょう――」
弱気な声と、気まずそうに揺れる目が心許ない。
支えであり誇りであるものだっただけに、手放すなんてこと、微塵も考えもしなかったものだ。
「長い間、こちらの許しもなく使っていたものだ。……色々と互いに不問にするには、良い機会かもしれない」
その姿に、苦い薬を上手く飲み込めなかったときの小さな妹が重なった。苦いけれどなんとか飲まねばならないと、覚悟をしている姿だ。
「……いつのまにかこんなに大人になりましたねぇ」
「元より大人だ。私を子ども扱いするな」
年齢からすればどう見ても子どもでしょうと言いたくなるが、理性ある大人なので笑って誤魔化した。
十二歳から成人は無理がある。女の方が同年代の男よりマセているとしても、たった十年ちょっとで一人前だと世に放り出すには早い。――ここの学生たちを見て、余計にそう思ったことだった。
高貴な人間は長い間学ぶための環境が整っているが、ここに途中から入った庶民にも平等に学ばせる気概を教師陣の熱心さに感じた。
誰も彼もが大成する訳ではなくても、ひとりひとりの可能性を広げようと熱い理想を掲げている。――その理想に、貴賎も国も故郷もなんら変わることなどない。
土を耕し種を蒔き、大きくなれと日々の成長を見守っていたのは、何も作物だけではなかったはずだ。
不屈を捨てず、芽が出て誰かに届くまで守り続けたものがこの身にもあったはずだと、ガレリオは掌を握った。
昔とは状況も、取り巻く環境も全てが違う。
「――大将はえらく大きくなりましたねぇ」
今朝見た夢のせいか、大将が小さかった自分たちと重なる。
もう忘れてしまったが、大人になる前の足跡が形になっているようだった。
クローゼットにかけていた着替えを手に取り、鏡を後にした。
「本当か――! 何センチだ?」
身の丈ぴったりな制服を着て、困ったところもないなら背丈の話じゃないだろう。理解してるのかどうか、非常に分かりにくい喜びに満ちた顔で尋ねられる。
とはいえ普段よりも素直で実直な反応を見せられてしまうと、今の息抜きとやらは功をなしているようだ。悪いことではない。
いつもの堅苦しさが和らぎ、ここの学生に混じれるだけの素直さを身に付けられただけ良しとする。
「そこは何メートルだって聞くべきですよ。そんな小さな単位で収まる器じゃないでしょう、俺らの大将は」
「ふむ……、なるほど、一理あるな。次からはそう訊こう。それで、どれだけ大きくなっているんだ?」
柔軟になんでも受け取る素直さに安堵し、今の自分がなんなのか思い出す。
ここにいるから恵まれているのではない。
ここまで来たから恵みが与えられるのだ。
機会は平等に与えられないが、活路を切り開くための努力なら誰にでも出来る――。
いつでも動けるよう、すでに下準備の整ったところに上衣を羽織った。
「概念的な話ですよ。大いなる蒼龍神の申し子、我らが大将の偉大さに改めて恐れ慄いたところです」
「神の子ではない。神を祀る使命を受けた一族というだけで、お前達とそれほど大きな違いはない。勘違いするな」
背丈の話でないと分かると興味が失せたのか、冷たい態度に戻った。
零れ続けた悔恨を埋めるよう、今は側に在る安心と共に歩き出す。
「……休まないのか?」
「他の連中が頑張ってんのに、俺だけ休んでる訳にはいかないですよ。今日もほどほどに乗り切ります」
部屋を出ると、階下で人の気配を感じながら大将と並んで歩く。
外は久しぶりの晴れ模様らしい。
「今日はヴァイスさまの授業がありますけど、出るおつもりなんですか?」
「ディアスが出るなら行くし、行かないならどうにかして街に連れ出そう。……ヴァイス卿の授業を苦手にしているという話だからな」
「なら、馬車をいつでも出せるように用意しときましょう。知らせを受けたらすぐ向かいます」
「頼んだ。もし連れて行けなかった場合は、誰か後援に行ってくれ。明日はあの周囲に追加で警備を敷く。中の構造も知っておきたい」
「舞踏会当日、お偉方が集まるなんて格好の的ですもんね。警邏がイマイチな現状、いい仕事にありつけそうだ」
皮肉を飛ばし、今出来ることをイメージしていく。近衛と新警護隊の配置と、舞踏会の参加者達――。
「……大将って、あれだけのドレスを見て、着たいなぁとか思ったりしないんですか?」
本場の舞踏会とやらは、きっと昨日のドレスのように華やかでとんでもなく豪華なものにるのだろう。
昨日案内した際、王女は喜んでいた。聖都や故郷でも、綺麗で華やかな衣装に女性陣は喜びそうだっただけに、いつもと変わらなかった人を見た。
「母たちはお好きだろうが、動きにくいし素肌を晒す服は苦手だ。寒いし防御面に欠ける。……よもやお前まで私に女になれと言うわけではないな?」
「はっはっはー。まさか俺がそんなこと言うとでも? 大将は大将でしょう。よっ、学園一のイケメン留学生!」
この様子では誰かが余計なことを言ったのだろう。不貞腐るため息がそれを物語っていた。
女子だけど女子ではない。
少年だけど少年でもない。
子どもだけど大人というアンバランスな二面性を持つのは、第237代目東方天クリス様。――人でありながら神性が与えられるのだから、どちらの属性を持っていても不思議はないのかもしれない。
「俺も大将がよりカッコいい男前になれるよう、全力で手伝わせて頂きます。任せてください」
「うむ。頼りにしているぞ、ガレリオ」
昔からそれとなく気晴らしに付き合ってくれるのは、大将の良いところだ。
相手が誰であろうと、必要性を感じる前に現れてくれる。――方天としての力がそうさせるのか、元々の気質なのか分からないけれど、細やかな気配りが出来るところは好ましく思う。
小さすぎる配慮だから、誤解されて終わるのが大将でもあるが。
目覚めた時の重い気分も立ち消え、下で待つ部下達の元へ行った。




