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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月7日 木曜日
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100.オペラカーテンは上がらない③

「もっ、もももも……、申し訳ありませんでした!!」

 ホールを出て準備の外にある花盛りな庭へ行くと、二人の学生がいた。

 そしてなぜか今、青ざめた顔で勢いよく頭を下げられた。

 体格の良さから鍛えているらしい。一瞬見えたブローチの色はひとつ下の学年を示しており、見覚えがないだけに一般生徒なのかと予測する。

 アイベルと顔を合わせた。

 なにひとつ覚えがない。誰かに謝罪されるような出来事があっただろうか。学年も立場も異なるだけに、互いの顔にはそんなものが浮かんでいただろう。はたと困る侍従と、斜め後ろを振り返る。

 隣にいたはずの『友人』は今や距離を取り、あの人の後ろに大人しく兵士たちが控えている。ここに来てから鳴りを潜めがちな三人だ。

 『友人』と目が合うも青い瞳は何も言わない。じっと真摯に見つめ返すだけの信頼が、どうやら自分にあるらしい――。

 会わせたい人がいる。たったそれだけの説明だっただけに、直接確かめる他ないようだ。

「……すまないが、二人が一体なにについて謝罪しているのか分からない。せめて経緯を説明してもらえないだろうか」

 動揺が折れる背中に見えた。

「わ、――――わ私たちは、クライゼル警邏隊(けいらたい)に所属しております」

「……街の警備は自分たちの管轄でした。あの日も少数で警邏をしていましたが、……西の廃墟群は巡回不要と言われていて、高位の学生たちの担当地区なのもあり、すぐ近くで殿下が危ない目に合っていることも知りませんでした……」

 廃墟群という言葉にようやく思い当たる。

 一週間前、雨の日の出来事だ。

「全て終わった後で事件について聞きました……。フィフスさん、のおかげで犯人も既に捕まったとも」

 僅かに上がった視線の先にいる『友人』は静かに聞き入ってるようで、目を閉じていた。

 顔を上げた二人は顔色が悪かったが、何を言わんとしているのか分かれば続きを待つことにした。

「……実は以前から警邏を抜ける人が多く、街の警備はずっと手薄な状態です。今回の件でさらに警邏隊を去る人も増えました……」

「警邏を抜ける? クライゼル警邏隊には数百人が所属していると聞いていますが、数に変動があったなど私も聞いておりません」

「……籍を置いているだけで、顔を出さない人が多いのです」

「本部の空気も……、あまり良くなくて。退役を申し出ても受理して貰えないため、先輩たちも避けるように隊とは距離を置いています……」

「人がいない分、残った人で現場を回している状態です」

 弱々しくなっていく声に、どれほどの後悔と憂慮が含まれているか。沈む姿にありありと滲んでいた。

「問題があると知っていながら、そのままにしていた自分たちの責任でもあります。……今更こんなことをしても私たちの過失はなくなりませんが、機会が頂けるならお二人に謝罪したいと思っておりました」

「真に申し訳ありませんでした……!」

 もう一度顔を伏せ深々と頭を下げる二人に、何を求められているのか理解する。

「――――あの日の事が警邏隊のせいだと言うなら、何も考えずに出てしまった私にも責はあるだろう。周囲に注意を促されていたにも関わらず、護衛も付けなかったせいで(いたずら)にアイベルまで傷付ける結果となった。……それを理由に謝罪されるのであれば、あなた方の不便な状況も知らずに、のうのうとしていたこちらにも責がある」

 到着したてでヴァイスと僅かに言葉を交わした『友人』は、突っかかったジュール・フォン・ハイデルベルクに意味深なことを言っていた。既にこの件も知っていたのだろう。

 クライゼル警邏隊の問題が国外にまで波及(はきゅう)しているのであれば、取るべき責は学園、所有する街、()いては管理すべき国に帰着する。ましてこの街に何人も王族がいて、見過ごされ続けていたのだから無能と非難を受けるのも仕方ない。

「殿下の所為では――! 外出を提案したのは私ですから」

「自分たちの所為です!」

「警備が(まま)ならないために、殿下だけでなく多くの学生たちに不安を与えてしまっていたのは、下町の警備を任されている我々の責任です……!」

「それを言えば、この街の防衛を担う叔父のヨアヒムにも責がある。街の警備を全てあなた方に一任している訳ではないはずだ。本分が学生である以上、必要以上の責任を負う必要はない」

 クライゼル警邏隊の長はハイデルベルク家のひとり息子、ジュール・フォン・ハイデルベルク。六大貴族の中でも一目置かれる家なだけあって、高位貴族たちも多く所属している。そこへ一般の学生も所属しているだけに、意見を通しにくいのだろう。想像に難くない。

 自分だって階級制度と付随する人間関係に、息苦しいと思うことがあるのだ。自分とは対極にいる彼らは、一体どれほどの不便があるのだろう。

 詳しい説明がなかった本当の理由も分かれば、やるべきことが浮かぶ。それぞれに立場があって手にしているものも違う。

 しばし考えていると、侍従も加わり責任の在処を奪い合う応酬が過熱していた。

「このまま延々と互いに謝罪し合うつもりか……?」

 辟易(へきえき)とした声が掛かった。似たようなことを以前言われたが、あの時の『友人』の気持ちが分かった気がした。

「お前たち良かったな、ディアスはお前たちを許すと言っている。しかも不安定な状況に置かれているお前たちを憂いてくれている。」

 肩に置かれる感触が気さくに隣に来る。

「ディアスがお前たちの処遇改善に乗り出すとさ。なんとも頼もしい限りだ。」

 そこまで言ってない。

 思わず口から吐いて出そうになったが、顔色の悪かった学生たちの方が早かった。

「っほ、本当ですか――――!」

「あぁ。自身も危ない目にあったんだ。この街の異常事態に対処出来、お前たちの声を聴き入れてくれるのは、何を成すべきか理解する者だろう。」

「まさか……、殿下が警備組織を立ち上げられるって話は、そう言うことだったんですか――――?」

 安易に引き受けた話しに、いつの間にか大義名分が肉付けされていく。同時に強張っていた二人に喜色が追加された。

 嘘ではないが、真でもない。叔父にこの件を知らせることはするつもりだったが、自らでどうこうしようなどと思ってはいなかった――――。

 だけどそこへ、警備組織を新たに立ち上げるという話が加われば事態は変わる。フィフスが言うように、端から見れば義憤から立ち上げた組織と思われる可能性もあったかもしれない。選ばれたのは偶然ではなかった。

 ましてこんな会話をしに来たのだ。――――学生二人から期待の眼差しが送られる。

「短期の任務だ。他所属をしていても構わない。お前たちが果たせなかった悔いを、改めて晴らす機会でもある。我々もこの街の状況を改善すべく協力は惜しまないつもりだ。そうだろディアス?」

「――――そうだ」

 まさに乗り合わせた馬車。――――安易に乗ってしまったがために、最後まで隣に立つ『友人』の思惑に付き合わねばならないらしい。

 そういう役回りを期待されているのが、軽率に触れる距離にひしひしと感じる。

 だが隣に居てくれる心強さが、どうしてか悪くないとも思わせた。

 全て『友人』の思惑通りに進んでいる。その行先がどうなるのか見てみたい気持ちの方が今は大きい。

「お前たちも元は、誰かを守るために警邏隊に所属したのだろう?」

「はい――! 昔から、誰かのためにお役立てる保安業務に憧れがありました」

「自分は……、お恥ずかしい話しですが、そこまで明確な目的があった訳では……」

「誰だって掲げる理想はあるが、同時に様々な事情を持ち合わせてもいる。だが、自らでその道を選んだことは決して恥じるようなものではない。そうだろヨナス、ドミニク。」

「数少ない選択であろうと、何かを守るための仕事はやりがい以上に大変なこともつらいことも多いです。それでも誰かを守れた時の達成感は、何事にも代えがたいものでもあります」

「いろんな仕事が世の中にいろいろありますけど、警備や兵士は危険で大変な分収入もいいですからね。それだけでも選ぶに値する職業ですよ。安全安心があるだけでは、自分だけでなく家族だって養えませんからね」

 ――――既に人員の確保が出来ていると言っていたが、きっと今のようなやり取りを方々でしていたのだろう。

 慣れたやり取りと説明に『友人』の手腕と、東方軍の軽くて気さくな人柄が功を奏していく。

「殿下の警備組織は特に、一時金が貰えますから! しかもオクタヴィア女王陛下もお認めになった組織です。まだ名前は決まっていませんが、これを機に警備のお仕事ってどんなものなのか、改めて一緒に考えて行きましょう」

「聖国でも幅広く防衛の任についている我々のノウハウも、ラウルスの格式ある兵士としての心得もまとめて知れる機会なんて滅多にないですからね。この学園都市ピオニールで学生の皆さんと一緒に、成長できる機会を私たちも楽しみにしています!」

 今度は背を軽く叩かれる。

 自責で青ざめていた学生たちが、おずおずとこちらを見上げていた。

「――――至らないところはあると思うが、私も一から学ぶ気持ちで参加する。あなた方の協力があれば私も心強い」

「……はい! 殿下の御寛大なお心に報いるため、心機一転して臨みたいと思います!」

「心を入れ替え、やり直すつもりで勉強させて頂きます!」

 儘ならない状況に長いこと苦悩した彼らの為、(はなむけ)に連れてこられたのだから寄り添うべきだろう。

 最初に顔を合わせた時よりも晴れていく面持ちに、『友人』も満足そうにしていた。

「警邏の任は大変だと思うが、何か困ったことがあればまた私たちを頼るといい。いついかなる時でも求めには応じよう。それが我々の在り方だ。貴賤の有無など気にする必要はないし、第三師団は神の名の元に結成された兵士でも、元は地方で警備をしていただけの者達だ。だが皆立派に務めを果たしている。国も文化も違えども、きっとお前たちの境遇に共通するものもあるだろう。」

 フィフスの言葉に大きく頷くと、二人の学生たちは勇気付けられたようだ。にこやかに笑顔を見せる兵士たちが手を振り、この場を去る二人を見送っていた。

 ようやく肩の荷が下りる。

 ノクス・アエテルナ会館の庭なんて、足を踏み入れるのはいつ振りだろう。舞踏会の開かれる夜は先客も多いため、わざわざ外へ赴くことはない。

 手入れされた庭園は生垣が高く、周囲を隠すように作られている。上階から見下ろす方が眺めは良いが、誰かの邪魔をするのもと思えば足が遠のく。

 わざと視界悪く作られているのは、限定された時間と空間を丁寧に楽しむため。迷路のように入り組んだ通路に咲く花々を見、庭の中央にある噴水と彫像たちが出口を示す。短い迷路だが入口がいくつもあるだけに人が密集しがちだ。

 準備で館内が忙しない空気が伝わるが、今は外に人がいない。――緑の壁と花々と晴れた空の静けさに、次第に心が落ち着いていく。

 高さのある壁なんて取り除けばいいと思っていたが、視界の悪い庭園の良さが今になって感じられた。

「今の話、なんだか故郷を思い出したなぁ……」

「あぁ、確かに……。ピオニールほど立派でもないし、見所もなかったですけど。野犬に襲われたって話も似たようなことがよくあったよな~……。あっ、胃が痛くなって来た」

 暗く生気の抜けた声がふたつ、背後から届く。

 つい今しがたまで学生たちにエールを送っていた、ヨナスとドミニクだ。

「本当にお二人に大事がなくて良かったっす。襲われたらいろいろと跡が残るし、伝染毒でも身体に入れば最悪ですから」

「食われでもしてたらもっと悲惨。見つからない部位をいつまでも探しに行ったりしたよな……。あれはしんどかったなー……」

 ハハっと虚ろな笑いを上げると、暗い目がどこか遠くへ向けていた。

 やりがい以上の大変だったことを思い出してしまったのだろうか。具体的な話に最悪の想像をしたのか、アイベルも顔色を悪くしていた。

 明朗快活なやり取りから一転、急激に沈んでいく二人に何が起こったのか理解が追いつかない。

「ここはトヴァリスとは違う。それにあの時と違って、最初から私がここにいる。大事になることなどありはしない。余計な心配をするな」

「――――フィフス様……」

 唐突に気落ちする兵士たちに、『友人』の言葉が弱った正気を取り戻させた。

 端的で簡素、自信過剰に取られ兼ねないものだが、惜しみなく披露する自信が確約された安心を与えた。

「それに今、こちらには王子だけでなく女王もいる。これ以上心強い味方はあるまい?」

「王子さま……!!」

「…………祖母には遠く及ばないと思う」

 光を取り戻す二人から目を逸らす。反抗的なところも何度も見てきたが、やはり祖母の事は頼りにしているのだろう。僅かに自信に影を落とした。

 陰る気持ちを振り払い、浮かんだ懸念事項を口にした。

「……警邏隊の総監督、ジュールのところには兄上がいらっしゃる。俺の名を使って競合を煽るようなことをするのは少し心配だ」

「第一王子に危険が及ぶ場合はすぐに連れ出せる準備はしてあるから心配するな。そうでなくともお前と対立出来る大義名分が立てば向こうにとっても都合がいい――。今まで以上に己の職務に注力するさ」

 昔から彼には良く思われていない。自分の分不相応な評価に気付いている人物で、兄と親しいくしている相手だ。思うところがあるのは仕方ないだろう。

 癖の強い人物ではあるが、自分の意見を述べ、実行していくだけの実現力がある。上級生としての存在感もあり、学園でも一目置かれている人物であろう。

「比較対象が現れることで、良い緊張感が生まれる。だが人心が離れている現状はテコ入れするしかない。――――その手伝いが出来る良い機会だ。案ずるな」

「フィフスがそう言うのであれば。俺も頼りにしている」

 祖母から与えられた空虚な役割が、どんどん実を伴って行く。責の重さも慣れないことへの不安もあるが、『友人』と一緒であればなんでも出来てしまう気がしてしまう。

「殿下……、この人の連れ出すは『手段を選ばず、問答無用で連れ出す』です」

「なぁに、相手は礼儀も道理も(わきま)えぬ異邦人だ。正面から乗り込んで連れ出すくらいのこと、なんてことない」

 異邦人と差し占めすのはどうやらフィフスの事らしい。企む笑みに自分を指し示していた。

「……本当に、いつでもどこでも危ない橋を渡ろうとするな」

 ジュールの屋敷に正面から入り込み、兄上を無理矢理連れて去るくらいのことは簡単にしてしまいそうだ。間に姉上を入れてくれてよかったと苦笑する。

「いつもはここまでではないですけどね。名乗りに来る人がなくてお寂しいんでしょう」

「寂しい……?」

 薄緑色の短い髪をかき上げたヨナスが笑っていた。

「誰かひとりくらい、好敵手になりそうな人がいればいいんでしょうけど。ここの学生さんは知的で大人しい方も多いので、坊ちゃんとは嚙み合わせが悪いでしょう」

「お二人もこの人の事は放っておいていいですから。口にしていれば、誰か噂を聞きつけて来るかもと思っているだけなので」

「言葉にしていれば実現しやすいとヒルトもよく言うし、私もその通りだと思っている。ただの習慣だ」

 二人の軽口を受け流し、落ち着き払った『友人』は小さく息をつきこちらを見た。

「お前の名を使わせてもらっているが、我々から提案したことだ。警邏隊の連中も誰の立案か、すぐに理解するだろう。巻き込んだ以上、お前だけを矢面に立たせるつもりはないから心配するな」

 寂しいなんて、この人でも思うことがあるのか――――。

 ほんの気まぐれで零された話が胸中に響く。いつでも自信があって掴みどころのない人だ。

 なにかが届きそうな気配に息を飲んだ。

「……自分の立場を案じている訳じゃない。あと、俺にばかり手柄もくれなくていい」

「ちゃんとこちらにも取り分はある。お前を立てる方がずっと効率が良いだけだ。悪いがしばらく甘んじて受け入れてくれ」

 余裕を見せたまま、きっと知らぬ間に全部どうにかしてしまうのだろう。

 一介の学生の姿をした遠くて近くて測れない『友人』が、この場を離れようとした。

「ところで坊っちゃん。ずっと気になっていることがあるんですけど、ひとついいですか?」

「俺も気になっていることがあるんですけど、どうするか考えてあるんですよね、坊っちゃん?」

 振り返ったフィフスに、二人が同時に手を挙げた。

「警邏のことも新たに設置する組織の運用についても、ちゃんと考えているし対策もしている。他に何か懸念があるなら早く言え」

「明日の舞踏会で演舞を披露するんですよね? さっきもホールでもその件について、まったく触れていませんでしたけど」

「広さは充分だろう。そんなに場所を取るようなことじゃない」

「ヴァイス様の提案だって言ってましたよね? 簡単にやるって言うのはいいですけど……、まさかその剣(・・・)で演舞を披露するつもりじゃないですよね?」

 息の合う二人が指でフィフスを差した。

 厳密に言えば腰に()く、金色の剣。

「……――――!」

 声も出ないほど、『友人』が青ざめた。

「その剣って……、簡単には抜けないと聞いたのですが、どのような曰くがあるのでしょうか」

「作られたばかりの代物なので詳しくは知らないのですが、変幻自在な剣だそうですよ」

「東方天様が扱う神剣を模倣した試作品だとか。安易に使うなと家からも女王様からもお達しが出ているので、人気のある場所では扱えないんです」

 緩慢な動きで柄を握り手中のものを確かめている。本気で失念していたんだと、言葉がなくても伝わる動揺っぷりだ。

「普段いくつも剣を持ち歩いてますけど、今はその腰に付けてる玲器しかないので、どうするのかなぁって気になっていました」

 抜くかどうか迷う顔に、痛ましいほどの冷や汗まで見える。

 抜けている姿に、思わず口元を覆う。

「……鞘付きではだめなのか?」

「縁起ある舞に厄も切れない鞘付きでは納まりが悪いでしょう? 形だけの剣身でもいいので、鞘から抜けるものがないと」

 どうやらこの場所は、誰かの顔色を悪くさせるらしい。気の毒なほど動揺を見せる『友人』に、こんな時役立てるようなものを持ち合わせていないことが歯痒い。

「叔父上であればいくつかお待ちのはずだ。飾剣(かざりたち)になるようなものも――」

「絶対、王家からは借りないっ!!」

 ハッキリと拒絶を示される。強い言葉と距離を取ろうとする手に、何故と疑問が浮かぶ。

「王子さまもこうおっしゃてるんですから、ありがたく借りたらいいのに」

「そうですよ〜。ヨアヒムさまも気のいい方じゃないですか。頼んだらご立派なものを貸してくれそうじゃないですか」

「フィフス……、殿下は良かれと思って申し出ただけです。そのように強く拒否せずとも……。何故ダメなのか、せめて理由を教えて下さい」

 頼りにされていると思っていた。それだけに強い拒絶が痛い。

「……理由は、……これだけは絶対に受け入れることが出来ないからだ」

 神聖な儀式に、混ざりものを(いと)うようなものだろうか。普段寛容さを見せていても、余所者が決して立ち入ることのできない聖域は何処にでもある。

 苦々しく明らかにしない理由に、仕方のないことと諦める他ない。肩から力が抜けるようだった。

「なるほど。どうやらプライドが許さないそうです」

「じゃあ、俺の剣を貸して差し上げましょう。これでいいですね?」

 ドミニクが自分の剣を差し出すと、フィフスは受け取りそれを見ていた。

「東方天の加護付き、神兵仕様です。良かったですね~」

 本人に、本人が与えた加護とやらは効果があるのだろうか。

 どのような角度から見ても、失意と落胆がフィフスの手に見える。

「あからさまにテンション下げられると俺も傷付くんですけど。ちゃあんと手入れしてますって」

「……これはお前の剣だ。私が使う訳にはいかない」

 弱々しく剣を返すフィフスは伏目がちだ。落ち込んでいると言っていた時よりもずっと、元気が失われている。

「量産品はお嫌ですか、そうですか。強情でわがままですね」

「こいつが嫌なら他に貸してくれる人に頼みましょうよ。殿下たちもそう思いません?」

 軽口を叩く明るい色をした二人に、促される。

「……祭事で使う刀剣に、こだわりがあるんじゃないのか」

「まさか。多分、今は人から借りたくないだけかと。大した理由じゃないんで殿下も気にしないで下さい」

「量産品でも剣は剣です。演舞の時だって決まったものがある訳ではありません。普段使いの剣から骨董品、試作品などいろいろ使っていますよ」

 軽口の解説をしてくれる二人に励まされると、もう一度疑問が浮かぶ。

 この人の行動も性格も深く理解している二人が揃って、何故このタイミングで指摘したのだろう。

 正体を隠しているとはいえ、二人からすれば仰ぐべき上官だ。親しげにしても畏敬も見せている。無用に気分を落とすようなことを人前でするメリットが思いつかない。

「きっとヨアヒム様ほどの方なら、良い剣をいくつかお持ちなのでは? ラウルス一の武器とか、お持ちかもしれません。それを見せて貰える上に借りられたら、なんともお得じゃないですか」

「………………さ、左翼から借りる」

 ぽつりと呟かれた気まずい声が弱々しい。痛快に見せていた態度が跡形もない。

「双剣使いは、フィフス様のために二本持ってる訳じゃないですからね?」

 ドミニクの言葉が刺さり、フィフスがギクリと縮こまった。

「左翼様なら貸してくれるでしょうけど、怒るのも嫌味を言うのも面倒がるのは分かっているでしょう? 少しはご機嫌はとっておいた方がいいかと。何も言わなくても、何とも思ってない訳ではないでしょう、あの方は」

「あとでこじれたら困るのは坊っちゃんもですけど、俺らもですから。困った時に助けてもらえないと大変ですし、ちゃんと気は遣っておいた方がいいですよ」

 借りる宛てはあったものの、二人の関係を心配してのことだったようだ。

 セーレも、自分の娘より左翼を気に掛けていたが、これが理由か――――。二人が取り繕っていないのであれば、方天として力を失っているクリスの補佐役なのだろう、左翼は。

 青龍商会として派遣された左翼が学外をフィフスは学内の調査を担当という話しだったが、学園内なら近衛もいるしヴァイスや叔父とも連携もしやすい。自分を付けておき留学生とすることで、力を失った東方天を王家の庇護下における。

 今回も指示なく用意された馬車に、兵士たちとの待ち合わせ。ずっと一緒にいたがクリスは何もしていない。どこかに知らせる素振りもなかっただけに、補佐役がいるはずだ――――。今まで見えなかった絡繰(からく)りの一端が見えると、いろいろと腑に落ちる。

 足りないところは周りが理解している。言葉通り、兵士たちも左翼も皆がこの人を支援している。

 クリスが何もしていないと言うのであれば、常に誰かがこの人のやりたいことを実現すべく、立ち回りに必要なことのために誰かが手を回している。――――ブロンドに仮面と目立つ特徴を持ちながら、容易に人の噂にも引っかからない左翼がそうだろう。

「左翼様の気に入りそうなものはいくつか見繕ってありますので、たくさん用意しておきましょうか」

「……頼む」

 少ない場面だったが互いに遠慮しない血縁に見えただけに、剣ひとつ借りる事に後ろめたそうにしている訳に当たりをつけた。兵士から剣を取り上げるのも、護衛役から剣を借りるのも気が引けるのだろう。ヨナスたちが茶化しているが、左翼の耳に届いてる可能性がある以上、これから立つ角を和らげている。

 叔父ではなく、自分で剣を所持していたら話は違ったのだろうか――。頼りにしてもらえない不満に目を瞑り、呼びかけるべき名と感情を取り違えないよう注意を払う。

「フィフス――、舞踏会は学園主催のものと言え、姉上たちが立案したようなもの。俺にも直接関係があるし、演舞を楽しみにしている。舞踏会の間だけ、ひとつ剣を貸してもらえないか左翼へ俺からも声を掛けよう」

 このタイミングで話題を出しこちらに水を差し向けられている以上、依頼という体を作るのが最良だろう。

「フィフスが借りている間、左翼が扱える刀剣を用意しよう。当家から借りることに左翼にも拒否感があれば、他の案を考えるが……。父に頼んで王都から何か用立てることも出来るだろう」

 三人がこちらを見ている。ヨナスとドミニクに喜色が差し込み、ワントーン声が上がる。

「なんて名案なんでしょう! 殿下最高! 学園一の名君!」

「ほら、坊っちゃんも素直になって下さいよ。左翼様に頼むより、殿下に頼んで何か剣を見繕ってもらった方が安パイでしょう。王子さまが協力してくれるなんてラッキーですよ。きっとこんなチャンスは二度とありませんって」

 過剰だが二人のノリの軽さに、なんだか満更でもなくなってしまう。

 『友人』の役に立てる、最大限の提案が出来たのではないだろうか――――。

「………………………………よろしく頼む」

 声が暗い。顔色がずっと悪い。周囲の花々も色褪せる勢いだ。

 自信を失う青色が何処(いずこ)へと泳いでいる。馬車で一緒にいたときと同じ人物か疑わしいまである。

「何が駄目だったのだろうか」

「あー……、殿下すみません。左翼様にはこの人から伝えておきますので、今の件お願いできますか?」

「ヨアヒム様と陛下への言伝は私が引き受けましょう。どのようなものが良いか希望はありますか?」

「長剣よりは軽量なものがお好みかと……。あとは本人次第ですので、いくつか種類があると助かります」

 アイベルたちが話しながら、この場を離れ次の準備をしに行く。

 まだこの場から離れるには足が重いらしい。より小さくなった背と冷たい風を避けるよう傍へと近付く。

「もしかして余計なお世話だったか? もし左翼から借りるのが難しいのなら、俺からヴァイスたちに断りを入れておこう。取りやめたところで、あなたに失望するような奴じゃない」

 残された『友人』が深く息を吐いた。

「……ディアス、お前の申し出はありがたいんだ。だけど……、私の中で消化できないことがあるだけで、大したことではないんだ」

「理由は、……やはり教えて貰えないのか」

「もう少ししたら話せるようになる……。かもしれない」

 多少マシになったとはいえ、弱気な声はまだ続く。

「本当は、武器なんて所持しなくて良い世界にした方がいいんだ。和平が続く世とはそういうものだろう? お前もここでは武器を携帯してない」

「別に――、学園内では所持する必要がないってだけだ」

 重くて不便だからという理由もあるが、持たないで済むならわざわざ不便で危険な代物を持つ必要はない。ただそれだけの理由だ。

 迷いが浮かぶ顔がこちらに向けられる。

「私たちのような存在が時代錯誤だというのは承知している。……でも私にとって、これは絆でもあるんだ」

 剣柄を握っていた。――――握る部位を『ヒルト』と呼ぶが、『クリス』という種類の剣もある。偶然にも近いしい名だ。

 生まれは違えど兄と慕うだけに、蒼家とも深い繋がりがこの人にもあるのだろう。手にしていた金色の懐中時計もそうだ。内蓋に刻まれたメッセージに親愛の情が込められていた。

 自らの神剣(武器)を模した代替品しか持っていないのも、本物が扱えない以上複雑な心境なのかもしれない。

「左翼もそうだ。アイツの剣を借りることは前からあるし、私が使うことにそれほど抵抗があるヤツじゃない。だけど、安易に借りない方がいいと思う気持ちもあるんだ」

「そうだな……。俺も兄上を頼り過ぎていたから分かる。いつでも味方でいてくれるからって、甘えすぎてはいけないこともあるって――」

 意外な共通点に顔を見合わせると、互いに苦笑が漏れた。 

「左翼に言いにくいのはそれが理由か」

「理解が早くて助かる。お前も同じだったな」

 偶然近い場所にいると思ったが、ずっと近くて同じものを抱えていた。惹かれるのは似ている部分もあるからなのかもしれない。

 通じ合えた気持ちが熱を帯び、『友人』に花笑(はなえ)ませた。

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