99.オペラカーテンは上がらない②
山の手と下町を隔てる大通りには、いくつかの特徴的な施設が並んでいる。博物館や美術館に歌劇場といった大型施設に、外様から来る客が泊まれる施設が複数。身分の高低に関わらず、学園都市に滞在する者であれば誰でも利用できるエリアだ。
凡その場所は公務でも足を運んだこともあるだけに良く知る場所でもあった。
歌劇場の次に目を引く大きな建物が今の目的地。正十二角形の特徴的な建物の前は人と複数の荷馬車が止まり、多くの人と物が出入りしていた。
明日の舞踏会の準備をしているのだろう。準備中にここへ訪れるのは初めてだ。
馬車から降り立てば、ノクス・アエテルナ会館が聳え立つのが良く見える。会場の形も特徴的だが、”永遠の夜”と銘打たれているのはホールを見下ろすために作られた天井のせい。中央に神が描かれ、ぐるりと回るように十二の物語を模した絵画――。神が姿を現すのは夜ばかり。与えられた神の奇跡や慈愛を注ぐ場面を表現しているとか。外から訪れる来賓に説明すると感嘆の声を上げるが、隣に立つ『友人』はどんな感想を抱くだろう。驚く顔が見て見たい。
待ち構えていたアイベルも隣にやって来る。中でのやり取りは何も知らない、己の侍従だ。
「……まさか兵士まで相席させるとは。フィフス、例え殿下の許可をもらえたとしても、次からは私に先に相談して下さい」
「以後気を付けよう。」
届いているのかどうか分からない返事に、小さく嘆息していた。
入口に近付けば、忙しくしていた者達がこちらを振り返る。
「――――ディアス殿下……?」
「ど、どうしてこのような場所に……?」
「会場の下見ついでに友人を案内しに来た。邪魔をする」
突然の登場に動揺が走る人々を手で制する。
「行くことを知らせなかったこちらが悪い。皆はそのまま準備を進めてくれ。……確かジラルディエール家の者が今回準備を進めていただろうか」
「お伝えして参ります!」
どうぞと促され中へ入る。エントランスから既に多く学生たちが会場を飾りつけていてた。現場を監督しているだろう教師たち、高い場所を飾り付けていた者達が一斉に地上へ降りて来る。わざわざ礼をする者達を制しながら、会場の奥へと進む。
準備に参加しているほとんどは知っている貴族ばかりだが、制服姿の者もちらほらいる。どのような接点で準備を手伝っているのか不明だがかなりの数が参加しているらしい。
メイン会場であるホールへの侵入を阻もうとするかの如く、装い華やかな男女が列をなし一礼した。メイン会場は名の知れた貴族に属する者達が行っているらしい。どれも見覚えのある者だった。
彼らの横を通り過ぎ、遅れて礼をする者があった。動きやすいよう長い髪を編み上げ、ラインの引かれた瞼に隙のなさと意志の強さが現れている。醒めた赤色の服に、深く煎った紅茶のような香ばしい肌色をした女学生。
「ご機嫌麗しう、殿下。貴方様のような方がどうしてこのような場所へ? まだこちらは準備中で、お見せできるようなものはなにも……。もしかして何か気になることでもありましたでしょうか」
「忙しいところ失礼する。私の友人はこちらの文化に疎く、明日姉上をエスコートしてもらうのに不足があれば彼が困る。苦労しないようにと会場の案内をしに来ただけだ。手を止めさせてすまないが私たちに気遣いは不要だ、シュナブラウン嬢」
彼女はシュナブラウン・シャグラン・ラ・ダムール・ドゥ・ジラルディエール。叔父ヨアヒムの妻、リュークレースが治めるフライハイト領の隣、ジラルディエール領を統治する家の令嬢だ。ひとつ上の学年で姉たちと同輩で、学園以外でも顔を合わせる機会も多く知らない相手ではない。
「クスッ――。殿下おひとりでいらっしゃるなんて何事かと思えば、そう言うことでしたか。よろしければわたくしがご案内致しましょう。隣に華がないのもお寂しいでしょう?」
とはいえ親しい間柄でもない。
「……準備の手を止めさせる訳にはいかない。軽く見て周るだけだから案内は不要だ。それから、友人から皆に餞別がある」
「我々からだ。私だけではない。」
横で大人しくしていたフィフスが口を挟んだ。
「貴公らの王子は慎み深くて困ったものだな。」
やれやれと殊勝な事を言うと、控えめな笑い声がささめく。
相席していた兵士二人も今は後ろで並び立ち、護衛然とした真面目な姿を見せている。ここへ来る前に見せていた気安さはどこにもなかった。まるで最初からそうであったかのように、兵士然とした堅い空気を纏っていた。
「まぁ! 殿下から頂けるなんて嬉しいですわ。皆さんにもお伝えを。ディアス殿下にどうぞご感謝をお伝えくださいませ」
いつの間にか手柄が移譲され、一様に感謝を伝えられる。
『我々』という言葉に偽りはないが、そこに自分は含まれない。――打ち合わせに参加していないアイベルが少し混乱している。荷物持ちをしていた兵士たちが餞別を渡しに離れる姿と、こちらを確かめていた。
彼らが用意した菓子を、『我々』からと伝えて欲しいと言われただけのこと。ここにいる人らへの労いで用意したもので、渡し主が誰であるかは濁されているだけのものだった。
「喜んでもらえて良かったな。」
首謀者の目論見通りになった。砂を噛むようなやり取りに、ため息が出そうになる。
「ご友人さまもありがとうございます。お二方のお心遣いがとても嬉しいですわ」
シュナブラウン嬢がやっと同行者の存在を認めると、周囲の人間もフィフスに礼を伝え始める。
相手にしたい者しか目に入れないこの空気が苦手だ――――。だが、彼らの無礼な振る舞いも意に介さず、『友人』は隣にいた。
誹ることも、落胆することもない。きっと気にする必要もないほどに、期待はしてないのかもしれない。平然としている姿に胸が痛んだ。
「折角このようなタイミングでいらしたので、殿下にご意見を賜りたいことがいくつかあるのですが……、いかがでしょうか」
だが同時に、これでは毛色の違う兵士がここへ来たところで、ただ様子を見に来たとは言え中に入れてもらえたか定かではない。
『友人』が喜んで自分の手を取ったのも、仕方ないというもの。ここに集まる者たちからすれば、芳しくない噂しかない異国から来た来訪者より、良く知る王家の人間の方が身近で扱いやすく、利するに値する相手だからだ。
「良きように。私がわざわざ口を挟むようなことでは――」
「急ぐこともないのだから、付き合ってやればいいじゃないか。」
手早く用を済ませていることに気付かないのか、『友人』が勧めた。
他にも会うべき相手がいるという話しなのに、間に立つその人に気遣いが浮かんでいるように見えた。
「――――であれば、フィフスも一緒で構わないだろうか。明日のことなら彼にも関わる」
「そんな大それた事ではございませんが、殿下の意のままに。お二人とも、どうぞこちらへ」
退屈な歓談へ『友人』も道連れにする。離れてしまえば、余計な話をいくつもされるだけ。本人の前で腐すような俗悪な真似はしない相手なだけに、傍に置いておく方がずっと気が楽だった。
「明日お使いになる花瓶ですが、殿下のお好みはどちらでしょう? 普段もあまりお話しする機会があまりありませんので、ぜひこれを機に教えて頂きたいと存じます」
飾り立てられるこの会場へ足を運ぶのは初めてではない。会場正面に左右対称に置かれた机の上に、花瓶が置かれている。選んでいる最中なのか、いくつも花が差せるような大きめのガラスや陶器、金属製の花瓶が近くに並んでいた。
「特には。皆が良いと思えばそれで私は異論はない」
「それがとても難しいのです……。どれも殿下にお似合いかと思いますが、隣に並べてみたらやはり相応しくないのではと、わたくしでは自信が持てません。色や形、大きさなど、何か手掛かりをひとつでも構いませんので頂戴出来ないでしょうか」
にこやかな微笑みを浮かべるシュナブラウン嬢がずいと近付いた。
いつもは姉弟や叔父など、誰かしら家族が傍にいる。今もアイベルが傍にいるが、公務以外で彼らの輪に赴くのはこれが初めてだと気付いた。
「……そこにあるもので充分かと」
「ではそのように。では次に明日使うお花ですが、今ご用意できるのは薔薇、百合、撫子、桔梗に水仙、それから牡丹――。殿下はどういったお花がお好みでしょう? 参考までにお伺い出来れば嬉しいですわ」
「どれでも。用意してくれたもので充分だ」
「さすがはディアス様。なんと御寛大でいらっしゃるのでしょう。ではお色は? 殿下のお好きな色で揃えましょう」
普段なら誰かの意見ひとつで場が収まるだけに、決め手を与えないがためか、ひとつひとつ花弁をむしるように食い下がられる。
色も種類も、大きくとも小さくとも、なにがどうあれ花は花。それ以上の意義をこちらに追求したところで他の答えなど出る訳もなく、相手が満足する答えを探すのはただ困窮を極める。
自分の話をそのまま受け取ってくれない相手だ。趣味ではない装飾をわざわざ探して選ぶことほど滑稽な時間はない。
「……ディアス、あの花瓶の内ひとつは私のか?」
空っぽな花瓶の群れを睨んでいると、隣から声が上がった。
気安く名を呼ぶ、落ち着く色をした大切な『友人』の安心する声。
「あぁ――――、そうだろう」
「では、私のは箱にしてくれないか? 同じ花瓶ではディアスのと間違えて生けてしまう者が出るかもしれない。」
「……箱、ですか? それではさすがに、見栄えがよろしくないかと……」
突然の横槍に、シュナブラウン嬢が困惑を見せた。
「花は花だ。置き場が用意されてるのであれば、相応しいと思うところに皆置くだろう。それに花なんて私はいらない。全てディアスにくれてやるから、彼のために一番大きくて豪華な花瓶を用意してやるのが、この場に最も相応しいのではないだろうか。」
『友人』から同じ意見が出たことに、あぁと思う。――もしなにかひとつを挙げるのであれば、やはりこの人がいい。
「……フィフス、流石にあからさまに違う物を置いては、準備した者たちの品位だけでなく、殿下並びにアストリッド様たちのお立場も悪くさせてしまいます。その提案は受け付けられませんよ」
「既に私は寮の者たちに宣告した。果たし状か挑戦状を用意しとけとな。花瓶では手紙は受け取れないだろ?」
しばしの間、アイベルもシュナブラウン嬢も言葉を紡げずにいた。
大人しくしていても、やはり『友人』は『友人』。そんな当たり前で変わらぬことが心を軽くしていく。
「そ・れ・に・だ。もし万が一にでも私がお前に勝ってしまったら、皆が女王になんと言われるか……。不興を買うだけでは済めば良いんだが。」
影を見せる横顔に、周囲に緊張が走る。
殊勝なセリフに何か言いたげにしたが、シュナブラウン嬢は迷ったのち決めたようだった。
「そ、それはどういうことでしょうか――」
「考えてもみろ。己の後裔がどこぞの馬の骨、……聖国で最も悪名高い蒼家の出で、学園で日々好き勝手振る舞う私のような者と比べて、ディアスより優っているなどとそんなこと……。ここの者たちが決めたなんて知ったらどう思うだろうか。彼の女王が果たして喜んで受け入れるだろうか。」
戯れに競うことなんてよくあるし、優劣や成績のことで何か言われたことはない。なんとも思わない可能性は大いにあるが――。
好き勝手振る舞っている自覚があるんだ。いや、あるか。あまりにも堂々とするせいで、逆にこちらに自信がなくなる。
フィフスが大仰に言ったせいか、ホールにいる者たちの注目が集まった。
「まさか! ここにいる皆様も、ディアス様こそが一番でおられると思っておりますわ!」
祖母の名を出されてしまっては、嘘でも本当でもそうせざるを得まい。距離はあろうとも、同じ街に居を構えているのだ。いつ何時、不興が飛んでくるかと思えば、家も立場もある者たちだ。毀損したくないと思えばこそ、なすべきことは自ずと一つに定まってしまう。
おかげでシュナブラウン嬢だけでなく、周りの人らも騒々しいほどに擁護してくれた。
「では競う必要は全くないな。皆の心が既に決まっているのに、わざわざ改めて真意を問う必要はないだろ? 無効試合と分かっているのであればなおのこと、私の器は箱にしてくれ。もしくは飾り皿でも良いか……。うむ、手紙が受け取れるものであればどんなものでも構わない。花瓶以外のものを用意してくれ。」
「……貴方様は頑なですわね……。ですが流石に全く別のものを用意するのは、我々だけでなく王家の皆様にも申し訳が立ちませんわ」
「私は、私に挑戦する者を望む。もしかしたら誰も現れないかもしれないが、我こそはと打ち倒しに勇む者がやってくるかもしれない。雌雄の決まった試合もいいが、先の見えぬ勝負も見てみたくはないか? 花を生けてもらえない花瓶があるよりも、空の箱に誰が何を入れるか見るのもまた新たな余興になるだろう。ディアスはどう思う?」
準備途中のホールが静まり返る。
大胆で不敵。ルールも無用で全く別の問と答えを持ち込んでは、周囲に驚きを与えてくれる存在。
成り行きを問う視線は多いが、望まれる答えはたったひとつしか見えない。
「――――フィフスが望むのであれば。彼のために箱でも皿でも相応しいものを用意してくれ。この私が許したと言えば姉上たちもご納得してくれることだろう」
シンプルで簡単な答えだ。親切にも用意してくれた『友人』は満足げで、通じ合うように交差した青い瞳に満たされていく。
「シュナブラウン嬢、花の種類も色について私は問わない。貴方がたのお好きなように」
「承知致しました。ふふっ、やはりディアス様はなんとも御寛大でいらっしゃる。どなたか、箱かサービスプレートを用意して頂けるかしら。……フィフス様、本当になんでもよろしいのですね?」
「構わないとも。たった一晩置かれるものだ。しかも私はこういう場に疎い。私が見たところで良し悪しなど分かりはしないんだ。よくよく理解している者に任せることが適任だろう。」
「シュナブラウン嬢――――、彼は私の恩人で友人だ。隣国から遥々訪れた客人でもあることをお忘れなきように」
釘を刺す言葉に、いつぞやの祖母の叱責が思い出された。あの日出会ったばかりの『友人』は不満をこぼしていたが、相手が誰で場所がどうであれ、厳しくも冷たい言葉は時に必要だろう。例えひとりに伝えたとしても周囲の目や耳に嫌でも入る。聞いてない、見てないなどと誤魔化しようのない揺るぎようのない"事実"だ。同時に、無用な憶測の否定にもなる。
軽率に軽んじた相手が実は――――、なんてことが今実際隣に在る。彼らは一目瞭然の王子たる自分に阿るが、それよりも厄介で強大な存在がここに居るなど気付くこともなく想像もしない。
僅かな判断ミスが彼らだけでなく、自分や周囲に広く及ぼすのであれば、時に冷然に指摘することも必要だろう。気持ちに整理がついた。
両手を前で組み、シュナブラウン嬢は深く膝をつく。
「シュナブラウン・シャグラン・ラ・ダムール・ドゥ・ジラルディエールが、しかと拝命いたします。殿下のご友人様に相応しいものを必ずやご用意致しましょう」
再び立ち上がると、黒目勝ちな双眸をにこりと微笑ませる。
「殿下、もうひとつお話ししてもよろしいでしょうか。明日の件ではないのですが」
まだ何かあるのかと思わず態度に出そうになるが、隣にいる『友人』の手前、なんとか不満を飲み込む。
「なにか」
自分の振る舞いが全て、家にも身内も関わることだ。自分とて他人事ではない。
「19日のご生誕の日に開かれる舞踏会では、コレット様もご参加なさるのでしょうか」
「……観覧に来るかもしれないが、さすがに……」
アルブレヒト家の行事は個人事なのに公のイベントと何故かあいなっている、舞踏会ことお披露目式。公務と呼べるのか怪しい上に、そんなことまでいとこに取り繕ってもらうのはコレットに悪いし、流石に情けなさ過ぎるだろう。
「――――――そうですわよね。では殿下はどのようなご予定でいらっしゃるのでしょうか? アストリッド様のように花だけお取りになるのか、レティシア様のようにどなたかお心に決めた方がいらっしゃるのか」
真っ直ぐに射抜くかのように見つめる、シュナブラウン嬢がひとつひとつ指を立てながら前例を挙げる。
「それとも……、ゼルディウス様のように参加者全員と順番に踊って下さるのでしょうか。わたくしだけでなく、他の子たちが今最も気にかけていることですわ」
シュナブラウン嬢が手先で促すと、色めき立つホールに人が集まっていた。貴族だけでなく教師に一般生徒、それ以外の姿も交じり、同じフロアと上階をぐるりと巡るギャラリーにも集まっている。天井に広がる絵画の騒々しさも相まり、四方八方から審問されているかのようだ。
「フフッ。こればかりは作業をと促しても、殿下への興味の方が優ってしまいまして。皆様が安心できるよう一言で構いませんので、殿下のご予定を教えて頂けないでしょうか」
予定なんてないと、素直に言うのが良いのだろうか。兄のように振る舞うのが一番角は立たないし公平だろう。――――だが、それを自分が選ぶと兄の面目を潰すことになりかねない。
第一王子ゼルディウスの名に集まったのは時間内でも、充分相手できるだけの数だ。この場に満ちる期待だけの相手をしていたら世が明けてしまう。また兄が余計なことと比べられてしまう可能性に軽率に選べない。
では第一王女アストリッドと同じように振る舞うのが懸命か――。後で父にうるさく言われるだけで済むかもしれない。
だけど結果が明らかなイベントなど、参加するだけただの徒労だ。そんな不利益を被りに、わざわざ参加してくれる者たちに答えを与えることが正しいのか自信はない。
成り行きを見ている『友人』と目が合う。――――選びたい相手はここにいる。
だけどその日まで、居て欲しい人はこの街にいない。
分かりきった未来に、立てるべき筋道が有耶無耶になっていくようだった。
「……すまないが、対応を検討中だ。どうしたら皆の期待に添えるか、まだ結論が出せずにいるところだ」
しんと静まるホールで、シュナブラウン嬢がくすくすと笑った。
「殿下は政治が下手ですわね。そんなこと適当で宜しいのに。相手をダンスに誘う理由など、誰だって大したものをお持ちではありませんことよ? 本当の理由なんて心に秘めて置いてもよろしいの。たとえ嘘でも一時の夢が見れれば誰だって手を取るに足る理由になるのですから」
ホールに楽しげに笑うシュナブラウン嬢の声が響く。――もう好きに言ってくれればいいと、彼女たちから目線を逸らした。
情けないことしか言えなかったのは重々承知している。
「ですが殿下のお心は理解いたしました。誠実にお答えくださりありがとうございます。ではわたくしも19日を楽しみにしておきましょう。――――皆様も殿下のお答えに満足でしょう? さぁさぁ、明日のために頑張りましょうね!」
手を叩き衆目を散らしながら、責任者はこの場を取り仕切った。
「えっ――――? ひとりで相手するのか? この人数を……?」
信じられないと驚愕を見せる『友人』が、遅れて反応を示した。驚くところは見たい気持ちもあったが、これではない。
胸中に苦い気持ちが広がったまま、うんともすんとも言えない返事をした。
「あら、ご友人様はご存知ないのですか? 王家に名を連ねる方の伝統行事ですわ。16になったら男女問わずご立派に成長されたとお披露目する一生に一度の機会。その機会にあやかり、どこのどなたでも殿下たちと踊ることが出来るのですわ」
「へぇ、そんなものが……。――――――――面白いな。」
ぽつりとつぶやくと、興味深そうに何か考え込んでいた。
――――まさか、興味があるのか。
「私なら誕生日の次の日に挑戦者が来てくれた方が嬉しいが。腕に覚えのある者を集めて頂上決戦するのも良いかもしれない。」
誕生日でもダンスでもない、自分に置き換えた話しだった。少しでも気に掛けてくれるものがあるかと期待したが間違えだったようだ。
「……なんのお話しでしょう?」
「人の集め方だ。ラウルスでは生まれた日を大事にする考えが深いが、聖国ではあまりないんだ。最近己の生まれた日を祝うことが聖都でも広がりを見せ始めたばかりで、このような活用法があるとは知らなかった。帰ったら是非皆に紹介しよう。」
「それは是非。そもそもご生誕の舞踏会はその昔、王位継承者が運命の方を探そうと国中から探そうと始められたことが起源ですのよ。実際にご結婚をされた方もいらっしゃれば、参加者全員で後宮をお作りになった方もいらしたとか。王家に嫁ぐことが出来れば家も安泰ですし、国中にセンセーショナルに愛を知らしめられてまさに一石二鳥――――。参加者にはまたとない機会ですの」
「セン……? ってなんだ? …………カリタス教の教えか?」
「……今はそんなこと、ないから」
上品に笑いつつ、王子を前にシュナブラウン嬢はとんでもないことを言い出した。
長く続く行事の由来はそれとなく知っていたが、よそからどう思われていたのか始めて知った。
「えぇ、今はただの伝統行事でしかないことは承知しておりますわ。でも舞踏会で何か楽しいことが起きるかもと、わたくしたちはつい期待してしまいますのよ。ご友人様はこの胸の高鳴りをご理解いただけるかしら?」
「私には全く理解が及ばないが、この場にいる皆が楽しみにしていることは理解した。」
「それで充分ですわ。――――館内を見て周られるご予定でしたわね。お邪魔をして申し訳ございません。何か会場の事で気になることがありましたらいつでもお声がけくださいませ。それでは殿下、失礼致します」
周囲の飾りつけが進み、準備のための喧騒が響く。王城で暮らしていた頃、舞踏会の準備を姉や兄と無邪気に見て周ったこともあったが、あの頃とは全然違うのだと思い知ることばかりだ。
「うむ。なにひとつわからなかったが、お前が大変だということは理解した。元気出せよ?」
肩を叩かれた。
姉たちが一緒の時よりも随分と明け透けに話す人だったことの衝撃がまだ残る。しかもしれっと19日の参加も匂わせての、あのセリフたち――――。
ひとりで一体どうすれば良いのかと、憂鬱が戻って来た。




