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第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編  作者: 霜條
ゼノラエティティア暦35年10月1日 金曜日
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10.『再会』と『新来』⑤

-回想中-

 フィフスが前に進むのに合わせて、見慣れない人影がちらほらと彼の側に集まる。彼がこれから何をするか、わかっているのだろう。てきぱきとスペースを確保し、フィフスのトランクから現れた金糸で細かい文様があしらわれた白い布を持出し広げていた。

「ディアス、大丈夫?」

 準備の様子に見入っていると、いつの間にか傍に人がいた。声をかけてきたのは同い年の従妹(いとこ)にあたるコレットだ。フリルがふんだんにあしらわれた可憐なドレスに身を包み、線の細い眉尻が精いっぱい下がっている。

「なかなか帰ってこないから心配してたのよ……。まさかそんな大変な目にあってたなんて……」 

 愛らしい大きな瞳に涙が溢れそうになっており、見ているだけで罪悪感でいっぱいになる。そばにいた弟もコレットの言葉を聞き、不安が込み上げたのかもう一度抱き着いてきた。

「本当に申し訳ない……」

「まーた謝ってばかりなんだから。でも本当に無事でよかった」

 困ったような笑みを浮かべた姉も傍に現れ、彼女の侍女二人が飲み物と椅子を持ってきてくれた。ちょうどこの場にいる人数分用意してくれたようだ。促されるままに座り、

「その、軽率な行動で申し訳ないとしか言えず……」

「ただいまって言えばいいのよ。――それにいつもよりもすっきりした顔してるけど、少しはいい気分転換になったのかしら?」

「……そう、ですか?」

 自覚がないことを言われ面食らう。姉の温和な笑顔に釣られ、不安げにしていた弟も従妹もしげしげと顔を覗き込んできて、気恥ずかしさから居心地が非常によろしくない。

 その様子にくすりと笑われ、目線が泳いだ。――何気なく中央を見ると、敷かれた布の上に立ち、手にした水の入ったグラスを大きく(かたむ)け、中身を落としているフィフスの姿が目に入った。彼の奇行に周囲から声があがり、また衆目の視線を集める。


 (こぼ)された透明な液体は床に落ちることなく宙にとどまり、そのまま膨張(ぼうちょう)していく。明らかに彼が零した液体よりも多い質量の何かが、敷かれた布の上でどんどん広がっていった。――広がりに合わせて彼は後ずさると、液体だったものは意思を持っているかの(ごと)く、何かを形作ろうと(うご)めき、虚空を求めて広がっていく。

 得体のしれないものに恐怖で短く声を上げる者もいたが、その形が明らかになると次第に別の声となってざわめきが戻ってくる。

「これって、もしかして――、」

 無色透明だが細かなディテールにシャンデリアの眩い光が反射しきらきらと輝いている。ここにいる誰もが見たことのある形だった。

「『学園都市(ピオニール)』ですか!」

 慣れ親しんだものが目の前に現れたことが嬉しいのか、近くにいたエミリオがたまらず近くに駆け寄った。

 弟の到来に彼が気付くと、彼の目線の高さにあった都市を形どったそれを、手をかざし下げるような動作をした。すると宙に浮かぶそれが手に合わせて動き、弟の目にも届く位置に動かしてくれたようだった。

「ただの水だから触れても問題ない。」

 好奇心でいっぱいになったエミリオにそう伝えると、たまらず手を伸ばしてどうなっているのか確認していた。

 弟とフィフスが並んでいる。――見た目は違うが、昔の友人だった人がここにいるということがいまだ信じられず、ディアスも立ち上がり傍で確認しようと移動した。

 弟たちの様子に釣られ、姉もフィフスのそばへとやって来た。――姉も末弟と同じよう手を伸ばし、感触を楽しんでいるようだ。好奇心旺盛な姉弟(きょうだい)の様子に、危険なものではないと分かったのか、少しずつ人が無色透明なピオニールの周りへと集まって来た。

「さて、まずは王子を見つけた場所だが、――ここだ。」

 言いながら片手を後ろに伸ばすと、後ろに控えていた左翼が何かを手渡し、顔も視線も向けることなく受け取っていた。それを水でできた学園都市の上にかざすと、手のひらから何かが零れ落ちる。――鮮やかな赤色のインクだろうか――それが四つの粒になって、己の在るべき場所に戻ろうとするかのように、とある場所に向かう。無色透明の都市と交じり合うことなく、それは赤く丸い形となって、ある場所に留まった。

「え? なんでそこに……」

 誰かのつぶやきが聞こえた。

 城壁の側ということくらいしか分からないが、恐らくここに来る前にいた場所なのだろう。少し嫌な記憶が少し(よみがえ)り、寒気(おかん)が走る。

「我々が到着したころ、――16時を回ったくらいだったか。このあたりで人が襲われていることに気が付いた。」

「待て待て! なんでわかるんだ!? 到着してすぐに、しかもそんな離れた場所でだと――? 人が襲われているなんてお前たちが計略(けいりゃく)でもしてなきゃ分からないだろう……!」

 また先ほども聞いた金切り声が割り込んできた。その男は小柄で小太りの男、ジュール・フォン・ハイデルベルク。――クライゼル警邏隊(けいらたい)という街の警備を担っている組織があり、そこの総監督をしている男だ。160センチ半ばほどで、赤色を基調とした派手な衣装に身を包んでいるが、彼も学生で、ディアスの二つ上の学年に在籍していたはずだ。

 彼が何に対し異議(いぎ)を唱えているのかわからなったが、あたりを見回すととジュールと同じように困惑している様子だ。『そんなに離れた場所』とは、どういう意味だろう――。

「あの、どうしてわかったんですか? そこに、兄さまがいるって……」

 弟の素朴(そぼく)な疑問に皆が耳を傾けている。

「北の正門からずっと離れていますよね? そんな遠い場所で、なにが起こっているかなんて、わかるものでしょうか」

 周囲がざわめいていた理由がわかり、その異様さにぞっとした。改めて目の前に広がる学園都市の全体像を見ると、学園の西部に位置する廃墟群(はいきょぐん)に自分たちはいたらしい。この学園に外から出入りするには基本的に北に位置する正門のみ。そこから直線でも二、三キロは離れていただろうか。――来たばかりというなら、なぜわかったのだろうか。

「誰がいるなんて知らなかった。分かったのはこのあたりで襲われている者が二名いるということだけだ。」

「だ、だから何故それがわかったと聞いているんだッ!」

 事も無げに言うフィフスにイライラしてる様子のジュールが『学園都市』を挟んだ対岸にいる。近くには女王と叔父の姿があり、事の成り行きを見ているようだ。

「教えてやろう――」

 人差し指を天に向け、ジュールを見据えている。

「神は(あまね)万象(ばんしょう)を見ており、神命(しんめい)によって我々が差し向けられた。ただそれだけだ。――逆に尋ねるが、こちらの助力に応じず、事実を(ないがし)ろにする権利がなぜお前にあるんだ。お前は神か、それとも王なのか? ――なぁ、ジュール・フォン・ハイデルベルク。」

「な、なぜ、俺の……」

「クライゼル警邏隊の責任者でありながら、市中の警備を(おろそ)かにし、下級の者を(しいた)げ、救うべき人間を選別していることか? ――それとも、もっと別のことだろうか?」

 ずっと落ち着いた声色だが、厳しい眼差しがジュールの腹の底まで見通しているのか彼が身じろいだ。

「それで――、ディアスを襲ったやつらはどこにいるんだ小童」

 今の話に関心がないのか、話題に触れることなく女王が(あご)で続きを(うなが)した。

「この赤い点が王子たちを襲った連中だ。テオ、今の時間まで進めてくれ。」

 最初自分たちの姿かと思っていたそれは、襲撃者のしるしだったようだ。狼男(ライカンスロープ)に変身したものはひとりだったが、周りにもまだ人がいたとは――。相手の用意周到な様子に、あの場から軽率に立ち去らなくてよかったと心底思った。

 東方軍の者だろうか、名を呼ばれたであろうその人は懐中時計を持っており、手中で時計の針を動かしはじめた。すると赤い点が移動を始める。

 逃走経路、というものだろうか。廃墟群を通り抜け、途中で止まったり進んだりを繰り返し、ある場所に到達した。

「校内にいるのか――?」

 方々で驚愕した様子の声が上がる中、叔父の声がひときわ響く。

「これじゃ見ずらいな。拡大してくれ。――誰かこの場所がわかるか?」

 フィフスの指示にまた近くにいる人物が動くと、校舎が拡大された。――学園が拡大されるも、下に敷かれた布以上のサイズにはならないようで、不要とされた部分は枠外から消え、赤い点が示すあたりが大きく人々の前に現れる。

「今すぐ出られるものは準備しろ」

 場所を確認した女王の命が飛ぶ。いまこの会場には近しい身内と、数名の貴族と警備関係者が集っており、自分の役割を命じられた兵たちが隊列を組もうと集まっている。

「ここは、三階の学生食堂――? まさか犯人がここにいるのか……?」

 叔父が(ひと)()ちるも、誰もその声を拾えずにいた。まさか王子を襲った連中があろうことか学園内、しかも学生が多くいる場所にしれっと混じりこんでいたと分かり、会場に動揺が走っている。

「坊ちゃん、目印つけてるんでしょ? なら俺らも出張んなきゃっすよね。――誰か行けるやつはいるか?」

「頼んだ。」

 ガレリオが自分の部下だろうか、に声をかけると四名が前に出た。彼らは一様(いちよう)に胸元から小さなケースを取り出した。中には眼鏡が入っており、慣れた手つきでかけていた。

「陛下、犯人には精霊術で目印がつけれられており、彼らならば見分けがつきます。――なのでご一緒させていただけないでしょうか」

 (うやうや)しく進言するガレリオにうなずきで許可が与えられると、またひどい金切り声があがった。

「この者たちの妄言を信じるのですか?! も、もしかしたらでっち上げかも――」

「でっち上げであれば、小童どもを締め上げるだけだ。今は疑わしき者に事実を確認する。――歓迎会は仕舞だ。我ら王家に弓引く者を決して許すな!」

 容赦のない号令と共に、兵士たちは部屋を後にした。

「ジュール・フォン・ハイデルベルク。貴様等の今回の怠慢について、後程(のちほど)ヨアヒムに報告書を提出するように。用がなければ下がれ」

 取り付く島をなくした警邏隊(けいらたい)の責任者は、虚空(こくう)を何とか掴もうとするも言葉が出ないようで、忌々(いまいま)し気に退出した。彼に続いて同じ警邏隊に所属する者たちも同様に下がった。――パーティ会場は一気に寂しい場所へと転じてしまった。

 とはいえ、まだ水できた学園都市の周りには、連絡を取り合うために残っている者と東方軍の人間がちらほらおり、犯人を逃がすまいと監視を続けていた。

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