サウザンド学園編入試験
バザールの朝の喧騒に目が覚めた。オレは、王都のバザールの中にあるベアーズという宿屋に泊まった。ベアーズが、旨い朝食を出すというから泊まったのだが、ちょっと違っていて、ベアーズの向かいのボルケーノという酒場がうまい朝食を出していて、そこに食いに行けという。熊のような宿屋の主人が、「俺も毎朝食ってる。旨いぞ」と、自慢げだ。
ボルケーノに入って見ると、席は満席で、奥のカウンターしか空いていない。人の多さを見て、ちょっと期待してしまった。
「すいません、魚のおかゆでしたっけ。それください」
「白湯スープね。いいわよ。白湯スープ、お願い」
「あいよっ」
物凄く大人っぽい女の人がカウンター越しに対応してくれた。
「あなた、見ない顔ね。その感じ、ポートレイって言うか荒野の人?」
荒野の住人の服装は一目でわかる。ズボンは、砂の入らないようなズボン。逆に上は、緩めですぐ砂をはたくことができる風通しの良い服装をしている。
「分かります?」
「私って、情報屋みたいなこともやっているのね。荒野の話を聞きたいわ」
「つまらないところですよ」
「朝食を奢るわ。何でもいいのよ。情報の価値なんて人それぞれなんだから」
「そうですねー。変わっているって言ったら、荒野なのに飛びサソリが多いことかな。何もないところなのに、オレたちが食えるだけいる。変でしょう」
「へー、面白い。白湯スープをおごるわ。私は、アマンダよ。坊やは?」
「坊やは酷いな。一応、成人しているんだけど。ダークだ」
「ダークね。冷めないうちに食べて」
「旨っ!」
さっぱりした魚のおかゆ。魚が1匹丸ごと入っている。魚のうまみが出ていて最高だ。
「でしょう。お代わりする?」
「お代わり!」
「うふふ。ダークは、坊やの割に大きいものね」
「だから15歳だって」
15歳で成人。ただ、特定の人から見たら顔が童顔なだけだ。身長は180以上あるし、銀髪に灰色の瞳。人族から見ると強面なのだが、狼族から見ると、とても可愛いらしい。彼らは、オレより身長があり、坊やに見えると言っていた。
「アマンダは、狼族なのか?」
「人族よ、でも、ちょっと血が入っているかもね。昔は、そう言うの当たり前だったじゃない」
アマンダは、オレより身長がありそうだ。物凄く大人っぽくはあるが、顔に狼族の因子は見られない。隔世遺伝ってやつか?。
「はい、お替わり。明日も来るのよ」
「ここの朝食は旨いからな。そうするか」
坊やだと言われないように、ため口にすることにした。それがまた可愛いらしく、ニコニコしている。なんか悔しい。だけど、タダ飯が食えたのは嬉しい。またここに来ようと思う。
サモル王国は、グラン王国時代、武門を司る国だった。南のローマン王国は、穀倉地帯。その両方を持ち、外交をやっていたのがグランの首都。今は荒れてただの荒野だ。サモル王国のサウザンド魔法学園は、優秀な魔法使いを多く輩出するので有名だ。ローマン王国の姫が、留学してくるほどすごいのだが、武門の国柄なので、聖女を育てるまではいかない。それでも、ローマン王国のラクト魔法学園より、しっかりしている。特に図書館の蔵書は、ここアステア大陸の国々の中でも群を抜いている。やる気さえあれば、自習できる環境がある。それは、オレもそうだ。
サウザンド魔法学園は、入学すると、王都の冒険者ギルドに登録することができる。それを使って、実習で魔の森に入る許可を得られる。昔は、そういう人が多かったが、貴族の世界になって、今そんなことをするのは、ごく少数になった。
王都では、グラン森林のことを魔の森と言って恐れられている。
オレの職業は、レンジャーだ。レンジャーというのは、森を徘徊する隠者のことで、冒険者の職業だと思われていない。どちらかというと忌み嫌われ恐れられている存在。サウザンド魔法学園にもその職業分類はない。
※ レンジャーは、北の魔森に多くいる。サモル王国だと北のダグラス辺境伯爵領の先が魔森にあたり、そこにいる。北の地は、魔族が魔獣を多く放った危険地帯。未発見のダンジョンも多くあるとされる。北方地域でレンジャーは、斥候に分類され職業として成立している。
しかし、サモル王国の冒険者ギルドにはレンジャー職という分類がない。レンジャーがいないのだから仕方ない。
そこで学園では、魔剣士科を希望することにした。オレが得意なのは、前世から受け継いだ念動力とテレパシー、そして未来視ではないが先をほんの少し感じる第六感。これが剣に生きている。この世界に生まれて魔法も使える。使えるというかシーラカンスに鍛えられて、水属性などは、とんでもないことになっている。でも、母さんに教えられたのは風属性。だから得意属性は、風属性だと言おうと思っている。母さんは、エルフの血が隔世遺伝しているんじゃないかな。オレもその傾向がある。子供のころは、空気の糸を作って、それで、あやとりをしていたものだ。この遊びは、エルフの遊びだ。
サウザンド魔法学園は、裏の湖を含めると王城と変わらない敷地を有している。隣りは、エビデンス教会とその本部。その隣の広大な敷地が王城になる。その先は、公爵や侯爵の邸宅が連なる。サウザンド魔法学園は、ほとんどの生徒が入寮する。それは、ローマン王国の姫も例外ではない。だけど、サモル王国の姫は通い。隣りに住んでいるのだからそうなる。
校門前で待っていると、2つの豪奢な馬車が校門の前で止まった。どちらの馬車の窓も同時に開き、二人の姫が顔を出す。
「ダーク、早いのね。エマも。ここで降りるわ」
「ダメです。馬車止めはすぐそこです」
レジーナが、わがままを言っている。
「レジーナ、ダーク、おはようございます」
オレは、二人に丁寧に頭を下げた。変に軽口するよりこの方がいい。門番は、オレをすんなり学園に入れた。今回オレとレジーナは、エマの付き添い。マクレガー学園長は公爵で、レジーナの叔父にあたる。オレの編入の話は、通っていると言っていた。
学園の生徒は、ほとんど貴族で、王族もここにいる。貴族社会の縮図を見ているような学園だ。学園内はとても広くて、お店まである。学園用の聖堂もあり、今日は、そこにあいさつに行く。ここに大司祭や学園長や、貴族のお偉方がエマを待っている。
貴族の車止めでエマを下ろし、エントランスに入る。エマは、ここの受付から別室に通されて、入学手続きをする。オレが、エマをエスコートするのは、このエントランスまでで、そこからは、後ろに控えることになる。
エマとレジーナが別室に行った後、学校の先生に声をかけられた。
「君は、ダーク君ですか。ダーク・サンドストーム君」
「そうです」
「私は、教頭のモグルです。君には、編入試験を受けてもらいます。姫の護衛として、編入は決まっていますが、学力や、魔法の実力がどれぐらいなのか、教授会で、知っておきたいという提案が出ました」
「当然です」
「では、ペーパーテストからお願いします」
そこにエマたちが出てきた。エマの入学手続きは、入学願書1枚にサインするだけでよかった。エマたちは、これから学園の聖堂に向かうわけだけれども、全く違う方向に向かっているオレを見つけて、エマのお付きのメアリが駆け寄ってきた。
「ダーク様、どちらに行かれるのですか。エマ様が待っています」
「入学試験を受けろと、この人が言うんだ」
「ダーク様は、これからお仕事です。あなたはどちら様ですか」
メアリの毅然とした態度に、モグル教頭が、ジョーカーを引いたような顔をした。
「私は、当学園の教頭のモグルです。ダーク君の実力を測るために、彼に編入試験を受けていただきます。彼を編入することは決まっていますが、実力を知りたいと教授会に上がったのです」
「ダーク様は、それでいいんですか」
「試験を受けるよ。後から聖堂に行くとエマとレジーナに伝えてくれ」
「教頭のモグル様でしたね。エマ様に伝えます」
モグルは、黙ってしまった。
「ダーク君が協力的で助かりました。私が同行しましょう」
本人は、聖堂に行きたかったようだが、後に引けなくなった感じだ。
教頭に、ひな壇になっている教室に、連れていかれた。
この世界は、魔法があるために、科学や数学が遅れている。シーラカンスから言わせれば、魔法理論も悪手だそうで、覚える必要はないが、行き詰まったときに、なんで、行き詰ったかわかるために覚えておけと、いろいろ聞かされた。つまり、シーラカンスの正解の話の手前が回答になる。
これ、前世でいったら、小学生の問題だ。
年齢から言うと高校受験だけど、中学お受験って感じの問題用紙だった。算数は、ゼロが発明されて、そんなに時間がたっていない。前世でいうと中世に近い古代文明になる。とりあえず前世の常識が通じるのはありがたい。
「終わりました」
「全科目かね」
「そうです」
早すぎる。この平民が、諦めたということか
「提出しなさい」
モグル教頭は、ダークの答案を見て、いやな顔をしていた。
問題の理解に齟齬があったのかな
間違っている理論が常識になっている部分が多いので、ひどい答案を書いたかもしれない。
「次は、剣術の実技試験です。君は、レジーナ王女と聖女になられるエマ様の護衛。期待していますよ」
どう見ても期待していない表情のない顔。モグル教頭の後について鍛錬場に向かった。
鍛錬場は、小さな運動場ぐらいの広さがある。1学年70人ぐらいしかいないと聞いていたので、広さにびっくりした。
「広いですね」
「我が学園は、中等部と高等部を合わせて6学年ありますから。これぐらいの広さが必要なんです」
「すごいなー」
田舎者が
「剣術講師のルノー殿に見分してもらいます」
「君がダーク君か。ルノー・レムス・フードだ。背が高いな、久々に骨がありそうな若者だ」
ルノーが、ダークへの印象がいいことに、イラつくモグル。
「よろしくお願いします」
「実戦形式でいいかな。木刀でやろう」
「それで、お願いします」
この世界の剣は、斬撃が苦手だ。斬撃技だと殴るという言葉がぴったりくる。だから、実戦形式でというのは、突き主体という意味になる。オレから言わせれば、木刀で殴るのも、けっこう危ないと思うのだが、防御魔法を覚えれば斬撃は、突きより防げるという話になる。オレの前世の常識の斬撃だと、また別の話になるが、この世界の人は、それが分かっていない。
試験が始まった。
すり足で、相手の先を取った。ちゃんと一歩踏み込んでいるのだが、相手には、縮地のように、急に目の前に現れたように見える。
ズッ
浅い
「ヤー」
ボッ
まだ浅い
ルノーは、老獪だ。突きの間合いの外にいるため、もう半歩届かない。
「ヤーーーー」
思いっきり踏み込んでしまって、相手に背中を見せてしまった。
「ソリャ!!」
実戦形式のため、相手が背中を見せれば攻める。それも突きで心臓を狙ってきた。
ガッ
ズバン
実際は受けないで振り返る動きを利用して避けただけ。そこで、相手の剣をたたいて、ツンのめさせ、下段から胴をたたいた。
「ま、参った。合格だ。君は、背中に目でもついているのかね」
「実戦形式と言われて山を張っただけです。それに先生は、本気じゃなかったですよね。スピードもパワーも全然込められていなかった」
「当たり前だ。レベル差をひけらかしたのでは、試験にならないからな。ダーク君の技術は、素晴らしい。どこで習った」
「我流です」
「では、剣士のギフト持ちなのか」
「いいえ成人の儀では、冒険者だって言われました」
本当はレンジャー。レンジャーに一番近い職業が冒険者。
「もし剣士だったら、近衛兵に推薦していたのに惜しいな。いや、姫様達の護衛だったな。授業で、またやろう」
「お手柔らかにお願いします」
この人、絶対スピードを上げてくる気だ。
「で、では、魔法の試験場に向かいましょう」
「何を言っている。彼は、姫様達の護衛だ。十分その資格を示したではないか」
「教授会で決めたことなので」
「では、そのように学園長に報告する」
「え、あっ」
去り際、ルノーに肩をポンとたたかれて、「苦労するな」と、こそっと言われた。教頭の態度は明らかだ。平民のおれを編入試験と称して、コテンパンにして、オレをこけ下ろそうとしている。教頭は、貴族以外を認めないという選民思想の持ち主なのだろう。
魔法鍛錬場も広かった。
「屋根があるんですね」
「防御結界が張りやすいように、こうなっています。大きな魔法も、ここでなら撃つことができますよ」
「すごいです」
この平民が、なんで、学園に入ってきた。おかしい、おかしい、おかしい。平民に魔法など使えないだろう。失敗したところをコケおろしてやる。
ここに、教授たちが集まってきた。たぶん、おれの魔法のへっぽこぶりを見て、あざ笑おうとしているのだろう。
「ダーク君は、どんな属性の魔法が使えるのかね」
「風魔法です。あっ、でも水魔法も使えます」
水中で息できるし、水流操作で泳ぐこともできる。
「風魔法ですか。では、的当てをやりなさい」
「あの3つですか」
「そうです。やりなさい」
成人したてに、3つもエアー弾を打てるわけがない
ドン
「やりました」
エアー弾で的当てをするだけなら、的の前で風を練ればいい。それならいっぺんにできる。
「はっ?」
「3つとも的がへこんでいるでしょ」
「今のでは、確認できない。もう一度やりなさい」
「遠いな。あの的を壊してもいいですか。ちょっと加減がわからなくて」
「何を言っているんだね。やりなさい」
やっぱり2本指がやりやすい。おれは2本指を銃に見立てて、エルフのエアー弾を打った。指側に、カタパルト付き。
ズドン、ズドン、ズドン
「すいません、穴開けちゃいました」
拳銃みたいで、いい感じだな。今度から、これで行こう。
ガーン
ガーン
ガーン
教授連中とモグル教頭が口をあんぐり空けて固まっている。
「おれ、姫様のもとに行かなくっちゃいけないんです。聖堂に案内してください」
教授たちは、だれもその場を動こうとしない。そこに、女性の先生が手を上げてくれた。
「私が案内します。いいですね教頭」
モグルが小さく頷いた。
「ダーク君でしょ。こっちよ」
女の先生は、ものすごく機嫌がよかった。
「うふふ、モグルの呆けた顔を見た?。スッキリしたわ。さっきのは、エルフのエアー弾でしょう。すごいわ。私はルイーザよ。エビデンス教会から講師で来ているの。本業は聖拳士よ」