ダークの故郷はグランの荒野
荒野〈あらの〉は、自然と人為的なもので起こる。しかしグランは、呪いによってそうなった。
実家に帰ることにしたが、途中森の中央にある岩山に寄って白い狼を待つ。白い巨狼は、オレのにおいを嗅ぎつけたのか、夕食を持ってきてくれた。急いでとってきたのだろう今日の獲物はない。果物と木の実だった。
「いつもすまない。お前、名前がないから呼びにくいんだが、ホワイトって呼んでいいか?」
ガウッ?
「ホワイト、いつもありがとな。明日は実家に帰るんだ。今度いつここに来るかわからないが達者でな」
オレは、いつものようにお礼を言い。南を指して、いなくなると言った。
ハウッ
「分かったか、ホワイト」
バウバウ
「名前が、気に入ったんだな」
ホワイトが、葡萄を口にくわえて近くまで持ってきてくれた。今までなかったことだ。まだ触れる距離ではないが、ホワイトとの距離が縮んだ気がした。
「さっきも言ったけど、オレは明日、実家に帰る。飯をありがとう」
多分言葉とジェスチャーで、オレの言っていることを理解しているのだろう。右手を上げると、フイッといなくなった。今度から、もっと話がしたいときは、右手を上げて礼を言うのを後回しにしよう。
翌朝、岩山を降りて、南を目指した。
ゲチャゲチャ
クークー
ゲチャゲチャ
ククー
パオーーーン
朝からうるさいと思っていたら、この森で一番大きな首長竜が、癇癪を起して暴れていた。じいさんが言うにはサウロポセイドンと言う種類らしい。この草食恐竜が暴れているのは、何かの拍子に、足にとげが刺さったときが多い。このまま森が荒れると、帰るどころではなくなるので、仕方なくサウロポセイドンの所に向かう。
思った通り倒れて足をあげていた。
「テレパシーだと、なんとなく意思疎通ができるんだよな」
― オレが棘を抜くから大人しくしろ
フーンフーーン
― デカいくせに泣くな
フーンフーーン
― 痛いからって、オレが棘を抜いた時に暴れるなよ。分かったな
フーン
「こりゃあ、人間ぐらいある棘だな」
こいつは、まだ若い個体だ。それでも体重30トン近い。自分の体重が仇となったのだろう。
オレは、気を開放した。
念動力に大きさは関係ない。しかし質量は、そうはいかない。棘がギッギッというが、なかなか抜けない。
― 思いっきり行くぞ。痛くなるがあきらめろ
オレは、両手で棘を引っ張る動作をした。
ズバッ!
パオーーー!!…
「おいおい。デカいくせに意気地がない」
よほど痛かったのか、気絶しやがった。種族名に海王の名前、ポセイドンを冠しているのに情けない。こいつが、気が付くのを待って立てと言ったらすんなり立った。彼は、もう痛くないといつもの湖に向かう。森が静かになったので、オレも実家に向かうことにした。途中、シンジ湖という、あのサウロポセイドンの家族がいる湖を通った。6匹の家族が思い思いに、パオーーンと次々に首を上げてオレにお礼を言っている。勿論本人も嬉しそうに鳴く。彼らは、家族思いだ。
森の出口まで来た。この先は砂漠になっている。砂漠に出ると、森の端に、あの白い狼が現れた。朝の騒ぎで、オレを見に来たのだろう。オレは、なんとなく嬉しくなって右手を大きく降った。ホワイトは、それにこたえるように、バオーーーンと遠吠えしてくれる。
「ホワイトまたな」
シーラカンスに泳ぐのが遅いと言われて覚えさせられた身体強化を使って砂漠を疾走する。これも悪くないのだが、やはり飛んだ方が早いと思ってしまう。前世のオレは、ファイター乗りだった。やはり、宇宙が恋しい。星間ヨットレースで優勝したこともある。あの頃が懐かしい。その後は、帝国の犬として飼われた。帝国に反旗を翻す者を殺す日々。最後は自分の息子に殺された。その時、自分が間違っていたと改心した。没した歳は45歳。今は、優しい両親の下で育てられ、友達にも恵まれた。童心に帰って、初めから人生をやり直している。
前世を思い出して、サモル王国とローマン王国の敵が、帝国だと思い出した。
「・・・『親戚を助けてやらんかい』、か。相手は帝国だ。一筋縄じゃあ行かないぞ」
オレの前世の仕事は、情報収集に暗殺。最後の方は、暗殺しないで全員その場で斬殺していた。帝国に反意を持つ者には、断罪者と恐れられた。だからわかる。今の亜人獣人排斥運動と人族の統治。その人族でさえ階級制度で、格差社会を形成している。文明レベルは違うが、前世の帝国とやっていることは変わらない。帝国は敵だ。今のオレなら、それをはっきり言うことができる。
時速百キロのスピードで、1時間走ったところで港町ポートレイに着いた。砂漠もそうだが、森が広大だったからもう夕方だ。後は、コブラクダで、移動しようと思う。夕方から夜にかけては、そんなに熱くも寒くもない。実家までラグーの足で2時間。ゆっくり行こうと思う。ヤブ爺のラクダ小屋は、町のはずれにある。
カランカラン「ヤブ爺いる?」
「店は、もう閉いだ。明日来い」 店の奥から、ヤブ爺の怒鳴り声。
「なんだ、いるじゃないか。ラグーを貸してよ」
「お前ダークか。最近ちっとも顔を見せんかったが何しとったんじゃ」
「グラン森林で、鉄鉱石の採掘と資源調査をしてた。これ、お土産」
「なんじゃ、このバカでかい琥珀は?」
「グラン森林の木って大きいだろ。琥珀もこうなるさ」
「本当に魔の森に行っとったんか。悪いがラグーは貸せんぞ」
「なんで?」
「パグーと結婚したんじゃ。2匹同時ならええぞ」
「オレに商売するなよ」
貸し賃はいらん。土産で十分じゃ。ラグーたちの干し草もつけるぞ」
「2匹もいらないだろ」
「じゃあ貸さん。新婚旅行に連れて行ってくれるんならいい」
「分かったよ。なんでオレが新婚を連れて行くんだよ」ブツブツブツブツ
「良かったなラグー。向こうでサボテンを貰え。新婚旅行に行ってこい」
ブフフン
ブルン
「ダークや、頼んだぞ」
「オレ、新婚旅行のガイドじゃないんだけど」
「つべこべ言わんと行かんか」
「分かったよ。ラグー久しぶり。結婚おめでとう。パグー、ラグーをよろしくな」
ブルンブルン
ワーーー
結局オレが、ラグーに鞍をパグーに干し草を積んだ。
「じゃあ行ってくる」
「ラグー、パグー。気いつけてな」
「オレにも言えよ」
「ついでにダークも」
「ついでかよ」
「早よ行け」
「分かったよ」
パシン
ウワーーーーーーーーーーーー
ウワーーーーーーーーーーーー
ポッカポッカポッカ、ポッカポッカポッカ、ポッカポッカポッカ・・・・
急ぐ旅でもない。道は、実家からポートレイにつながっている石でできた水道を辿ればいい。ついでに石でできた水道が壊れていないか点検をしながらのんびりと実家に向かった。
赤茶けた夕日が紫に染まり、そして夜になった。この惑星バースには、月がない。代わりに、スターダストベルトがある。スターダストベルトは、土星の輪っかだと思えばいい。1万5千年前は、ラピュタと言われた月だった。ここに竜が住んでいた。今は、ラピュタが粉々になったので、大海を渡ったウエツ大陸の中央に位置するカウリー山脈に移り住んでいる。スターダストベルトに天の川が重なって、夜はとてもきれいな星空になる。代わりに、スターダストベルトが邪魔で、天文学が遅れている。ここの中世のような文明でもバースが丸いのはわかっている。だけど、大地が太陽の周りを回っていると実証できていない。竜たちやエルフは知っているみたいだけど、人族は、彼らより遅れている。
もう一つ。この惑星が変わっているのは、地上10キロに及ぶ範囲に魔素が充満していることだ。ここまでなら超達人の話だが浮かぶとができる。だけどスターダストベルトは、地上4百キロ地点にある。とてもじゃないが飛んでいけない。物凄く貴重な資源があるとわかっているが高根の花だ。
ブフフン、ワーー
「パグーどうした」
ブフン
パグーが、ガッツガッツと前足踏みをして土を掘る仕草をした。
水道の水漏れだ。多分老朽化しているせいだ。早く鉄鉱石を持って帰って全面修理を、いや、鉄の水道管を建築したい。。
「よく見つけた」
ブフン、ブフン
「分かったよ。サボテンは任せろ。いい旦那をやっているじゃないか」
ブフン、ブフン
ブフン、ブフン
二匹が首を絡めている。
「お熱いこって」
その辺の石を見つけて念動力で穴をふさいだ。丁度、町と実家の中間だ。この辺り一帯は、荒野の度合いがひどい。いても飛びサソリぐらいしかいない。水道を壊す者はいないが、老朽化には勝てない。
ちょっと念入りに水道を見ながら来たので夜の8時ごろに実家に到着した。
ウワーーーーー
ワーーーーー
パグーとラグーが、玄関でオレの両親を呼ぶ。
「まあ、パグー、ラグーよく来たわね」
「明日サボテンを取ってくるよ」
「オレが連れてきたんだけど?」
「あなた、ダークよ。お帰り」
「ダーク良く帰ってきた」
「ただいま」
ワーーーーー
ワーーーーー
その晩は、鉄鉱石がずいぶん集まった話をした。でも、あと半年は、リュートと相棒のレッドの修業が終わらない。鉄の水道管の建設は、それからだと話した。そして、サモル王国のドラグーン王家のレジーナ姫を助けた話をした。オレは、両親から、実家の秘密を聞くことになった。
「母さん、ラグーたちをいつもの納屋に連れて行ったよ」
「ありがとう。夕食は、ポトフよ。夜は冷えるでしょう。温め直しているから、ちょっと待ってね」
オレの大好物だ。実家は落ち着く。うちは、人魚族が、よくおすそ分けをしてくれるので、魚には困らない。だけど、ここは荒野だ。地上の作物は少ない。なのでポトフは、ご馳走だ。
「父さん」
「なんだ?」
父さんの趣味は、チェスだ。相手は、砂塵族のヒポポ族の族長やリュイ族の族長。そしてヤブ爺だ。ラグーが来たことで、ヤブ爺との対局が近いと思ったのだろう。チェスに念を入れていた。
「ここにクイーンを置くと摘むんじゃない」
「バッ、うーむ。その話がしたいんじゃないだろ。どうした?」
「3日前に、森林の王都側で、鳴き鳥に攫われていたサモル王国のレジーナ姫を助けた」
「よくやった」
「オレって、グラン王家の末裔なの?」
ポトッ、バタバタッ
「急にその話をするな。チェスの面が壊れただろ。その話は、夕飯を食べた後にしなさい。母さんと一緒に話そう」
「分かった」
「じゃあ、それまで、一局やるか。腕を上げているじゃないか」
「森林暮らしは、暇だからね」
スクネは、魔の森を「森林」という息子に呆れながら、チェスをリセットする。夜は長い。
二人は、もう夕飯を済ませていた。オレが食べ終わるのを待って、グラン家の話になった。
「いかにも我が家は、古の王家の末裔だ。この話は、15歳の成人になったら子供に話す」
「今だね」
両親が頷く。
「ダークは、まだ15だからそう思うだろうけど。昨年話してもいい。ダークは、今年16歳だろ。グラン森林にいたから話しそびれていたんだ」
今度は、ダークが頷いた。
「ここは、今でこそ荒野だが、4千年前は、グラン王国の首都だったところだ。水の豊富な水彩都市だったらしいぞ」
「川が無いのに?」
「昔はあったそうだ。4千年前に魔族と戦争があってな。魔族をこっぴどくたたいて追い返すことはできたんだが、王都は呪いをかけられて荒野になった。これは、我が家の口伝だ。親戚も知ってる」
「4千年も呪いが続いているってこと?」
「そうなるな。我が家の紋章は太陽紋に輪が二つだろ」
「あれは、魔よけじゃなくて紋章なんだってね」
「レジーナに聞いたか。レジーナのサモル王国は、以前ドラグーン王国と言われた。南のローマン王国は、ローマニア王国だ。どちらもグラン王国だったが、中央がこのありさまだろ。今は2国に分かれて国を運営している」
「ちょっと聞いた。でも、未だにうちの家系をなくさない為に、両王家がグラン家に嫁いでいるんだって?。ここは、辺ぴなところだよ。王族にしたら大変なことじゃないか」
「我が家は、稀少な光属性と闇属性のダブルが生まれることがある。それが大きな理由だ。お前がそうだろ。それに、うちが本家だからな。光属性と闇属性のダブルは、サモル王国で生まれる魔導士より、ローマン王国で生まれる聖女より貴重だ。お前が、ライブクリスタルを作ったのは、7千年ぶりの快挙だそうじゃないか」
「知ってたの?」
「人魚がくれる魚な。あれは、おすそ分けじゃなく貢物だ。それぐらい気づけ」
「あの人たちって、陸に上がれる人魚だろ。お隣さんだし。ここに来たら旨そうに真水を飲んでいるからそれでだと思った」
「グラン王国というのは、1万5千年続いている。ライブクリスタルの生成は、ダークで3例目だそうだ。こんなに偶にしかないことなのに、彼らは、ずっと私たちを気に掛けているんだ」
「あれは、殆ど、シーラカンスの爺さんが作ったんだけどね。オレは触媒」
「それでもだ」
「そんなすごい家なのに、なんで父さんと母さんは、こんな荒野に住んでウオーターファーマーなんかやっているのかな。生成した塩をサイロに仕舞う仕事は重労働じゃないか」
「塩な。幾らヤブさんやポートレイの人たち達が塩商いだと言って引き取ってくれても多少残るだろ。大した量じゃないが4千年分溜まっているからな。すごいことになっているぞ」
「うわー」
「ポートレイやマーリン。グラン自治区に住んでいる住人は、私たちの民よ。水を貰いに来る砂塵族もそう」
「民を生かすのは、王家の仕事だろ」
「王家って言うけど、こっちが下働きに見えるんだけど」
「馬鹿者、昔は貴族制度などなかった」
「亜人差別もね」
「そうだね。オレの友達は、リュートだし」
リュートは、砂塵族。リュイ族族長の息子。
「そういう事だ」
「私たちの子供ね」
本当に良い両親の元で育ったと思う。
話しは、夜中まで続く。それでも、伝えきれないと、3日もかけていろいろ教わった。
グラン王家の家紋は、太陽紋に輪が2つ。それに対してサモル王国のドラグーン家とローマン王国ローマニア家の家紋は、太陽紋に輪が1つ。グラン王家の家紋の意味は、天と地と地の表。ドラグーン家の家紋の意味は、天と地。ローマニア家は、天と地の表。と片方ずつ。
グラン王国時代。北の地、今のサモル王国のドラグーン家は武力。南の地、今のローマン王国のローマニア家は、穀倉地帯を治める家系だった。その二つの特徴を併せ持っていたのがグラン家だ。
武力というのは、魔導士の家系を意味する。惑星バースの地下には、空気中の魔素とは比べのにならない魔力の元、魔力水が流れている。天と地の地とは、この魔力水のことを指す。魔力水の流れをライブストリュームと言う。魔力水を扱える量によってその国の国力が示される。昔は、今のサモル王国の首都サモルの地下を流れていた。今は、グラン森林の下を流れていて、サモル王国は、全く手を出せないでいる。
ローマン王国は、人族主体の国。稲作地帯だ。稲作自体は、グラン王国が無償で多くの種族に教えた。今でも、多くの種族が、古のグラン王国を慕っている理由だ。
などなど、グラン王国は、今から1万5千年前に興り4千年前に滅んだが、その間、1万1千年の歴史が口伝で伝えられる。3日間だと概要を聞くので、精一杯だった。
「サモル王国のレジーナ姫が、オレに護衛をしてくれって言うんだ。リュートが1人前になるのに、後半年あるだろ、半年ならいいって言ったんだけど」
「いいんじゃない」
「親戚なんだ。助けてやりなさい」
「これから学園に入るって言うんだけど。護衛だけじゃなく、オレも学校に行っていいかな」
「魔法学園でしょう。ダークなら大丈夫よ。生活魔法だけど、色々使えるし」
「地下の書庫に入り浸っていたよな。知識も、あれだけ本を読んでいたら大丈夫だ」
「じゃあ、レジーナに相談する」
「ついでに、ドラグーン王家の口伝を聞いて来てちょうだい。あそこも詳しいから」
「わかった」
この3日間。昼間は、ヒポポ族の族長が子供たちが遊びに来たり。逆にオレがリュイ族に遊びに行ったり。父さんが約束通り、ラグーとパグーを連れてサボテン食べ放題に連れて行ったりと忙しい。忙しかったけど実家に帰った気がした。