レジーナ姫
魔剣士科の生徒は、朝の授業2時間で実技をする。残りの2時間は一般教養。その中に魔法の授業があるのだが、今日は、社会だ。講師の先生は、軍から来た地政学の先生。オレ達が住んでいるアムー大陸〈アステア大陸とムール大陸は地続き。合わせてアムー大陸〉の巨大な地図を黒板の前に広げて講義を始めた。
オレは、いつものように姫2人に捕まって、ひな壇になった教室の最後部に座っている。
「サモル王国は、ア大陸側の西海岸だ。国の東には、フォレスト山脈や北の剣呑なメトセラ山脈がある。その山を越えると、ケレーアなどの山岳民族の国があり、その先に徐国。そして大高原地帯のハイランドがある。ここの北側に陣取っている巨大な国がロア帝国だ」
地図の中心には、北半球にア大陸。南半球にムー大陸が描かれている。両方の大陸は、狭いが繋がっている。丁度、赤道辺りがそうだ。この二つの大陸を合わせて、アムー大陸という。アムーが、統一されたことはない。ムー側には、ドワーフの王国があるが、現在交流はない。
「そして、西の広大な海を渡ると、このアムー大陸以上の広大な大陸に突き当たる。ウエツ大陸は、エルフが東側。魔人が西側をテリトリーとしている。ここまではい良いか。ウエツ大陸は、今のところ、構造的に不可侵だからな。割愛するぞ」
構造的に不可侵とは、アムー大陸とウエツ大陸の間に、広大な大洋があるため、大した交易も政治的付き合いもないということだ。
「太古、我が国は、ウエツ大陸のエルフとも、ムー大陸のドワーフとも仲が良かったそうだ。魔法学園では、その授業がないのだったな。考古学を学びたかったら、ドラグーン・・、おっと、サモル学園に聴講に行くように」
「ウシキったら」
レジーナが、下を向いて笑う。サモル王国のことを少し聞いているオレは、ウキシ講師が何を言いたいのか、とっても気になる。サモル王国は、300年前まで、ドラグーン王国と呼ばれていた。
「他校へ聴講に行けるのか?」
「大丈夫、私が教えてあげる。学園だと、詳しく話せないのよ」
「私も少しわかりますよ」
「お、おう」
こりゃ、奥が深そうだ。
「我が国は、フォレスト山脈から流れる多くの川が、豊富な栄養を送ってくれるから、土地が肥沃で、農業の盛んに国だ。エマ姫のローマン王国は、我が国の南側。北半分は、我が国とよく似た地形で、もう半分は平野が続く。エマ姫は、君たちのクラスメイトでもあったな。ローマン王国のことは、必ず試験に出すぞ。恥をかかないように」
地図とにらめっこして、何が面白いんだという生徒の背筋が伸びた。貴族は、恥という言葉が嫌いなようだ。ウシキ先生は、生徒全員が前を向いたところで、授業の本題を語り始めた。
「ア大陸のことは単体では、アステア大陸という。アステア大陸は、東西のアルプスに囲まれた中央のハイランドと南部平原に、多くの人々が住んでいる。我がサモル王国は、西アルプスの海側にある。我が国は、東にアルプス、西に大洋、北に未開地。そして、南に姉妹国のローマン王国と、天然の要塞のような国なのだ」
じゃあ、なんで帝国の属国になってんだ。幾ら聖女が人質だって言っても。
オレが、変な顔をしているので、レジーナが、「それも教えてあげる」と囁いた。
こいつ、オレの心が読めるのか。
「北の未開地について勉強したい者は、魔剣士科の選択授業を取りなさい」
「北の未開地か(魔剣士科のオレは、どうせ聴講する)」
「魔の森が永遠に続く土地よ。未発見のダンジョンがあるって聞くわ。興味あるでしょ」
「冒険者なら、北を目指せって話しですね」
「後でいいよ。それより、アステア大陸の一般的なことから知りたいかな」
「どんな事?」
「何でもさ。どんな国があって、珍しい交易品とか、流通はどうなっているとか。オレは、何も知らないからね」
「ダークは、商人になりたかったのよね」
「ああ」
ローマン王国とサモル王国の間には、広大な荒れ地と砂漠がある。故郷のポートレイは、サモル王国の豊かな土地と違って、川がなく、ウオーターファーマーに頼らないといけない厳しい土地柄だ。ポートレイは、ローマン王国と交易しているわけでもなく、砂漠地帯で他種族が寄り集まって、細々やっているという印象だ。また王都に来て、ローマン王国とサモル王国が仲が良いと初めて知った。
授業が終わり昼食を取るために食堂に向かう。レジーナが、背伸びした。
「う、う~ん、退屈だったー」
「そうですね。知っている話ばかりでしたもの」
「地政学の最初は、こんなものだぞ」
オビトが、エマの言葉を引き受ける。
「オレは、結構楽しかった。知らないことばかりだし、異国に思いを馳せるって言うの、商売のビジョンが浮かんだよ」
「ダークの顔は、面白かったわね。いつも仏頂面しているのに、難しい顔をしたり笑ったり」
「変な顔をしたり?」
「そう」
「うふふふ」
「そうなのか、俺も見たかった」
「貴様、姫様に対して、同等の振る舞いをするとは、王家を何だと思っている!」
おっ、やっと、気骨のあるやつが表れたか。そう思って振り返ったが、やせぎすで、神経質な感じの男とその取り巻き達だった。
なんだこいつ。
オビトみたいな友達が増えると思って期待したが、文官系かとがっかりした。オビトは、オレたちの前に出て盾役となった。
「何事でしょう。ザムエル様」
「貴様は誰だ」
「オビト・フォン・プロミネンスでございます。姫の御前で声を荒げるなど、あってはなりませぬぞ」
「プロミネンス家の・・。お勤めご苦労だが、これは何だ。なぜ平民が、姫様たちと普通に会話している」
「姫の要望です」
「姫様、お戯れが過ぎますぞ。下種な輩と話すなど、貴族をないがしろにするとお思いになりませぬか」
あっ、レジーナが怒った。最近姫達の気持ちがわかるようになった。氷のような表情をしている。優しいエマの表情との落差がすごい。
「あなたは誰です?」
「これはこれは、ザムエル・カール・グスタフでございます」
「オビト、誰なのです」
「グスタフ伯爵の嫡子です。学園の2年生で魔法科だと存じます。帝国に組み込まれたときに帝国の血を受け入れた家です」
ボソッ「裏切者・・」
「はっ、何と?。どうでしょう、親交を深めるために、昼食をご一緒いただけませんか」
「結構よ」
「マイレディ!!」
レジーナが、オビトを押しのけて前に出た。オビトは、顔を片手で抑えている。
オビトは、レジーナのことをよく知っていそうだ。
「あなたは、王家の敵ですか?」
「へっ?」
「あなたは、我が王家にあだ名す者かと聞いているのです。私の家は、民あってのドラグーン家です。王家の宝を知らないの?。王家の宝は民です。王家の宝をあなたは今侮辱しました。下種とは、何を指して言っているのですか。私の民を貶めるものは、ドラグーン家の敵です。その名前、しかと覚えました」
エマは、レジーナの後ろでニコニコしている。エマの圧もすごい。なんなんだ、この二人。
「私は、王家に弓を弾くことなど・・」
「今、下種と言ったではありませんか。王家の宝を預かっている伯爵家の嫡男の言動とは思えません。もし、家ぐるみで、民を下種と思っているのなら、グスタフ家が王家の宝を下種と思っているということですが、そうなのですか?。そうでしたら、お父様に話さないわけにいきません」
「私は、その、また後程」
痩せぎすの伯爵嫡男は、真っ青な顔になってその場を逃げ出した。腰ぎんちゃくも「ザムエル様ー」と後を追う。
「ごめんなさいね」
オレの中でレジーナのポイントが上がった。
「初めてレジーナが、姫に見えたよ」
「ひっどーい」
「本当さ、見直した」
「ダークは、今まで私のことをなんだと思っていたのよ」
「校門の前で、オレを待ち伏せするストーカー?」
「なんです?。その話」
またワイワイしそうになったところをオビトに止められた。
「姫、目立ちすぎです。食堂にVIPルームを設けますぞ」
「ごめんなさい。でも、ザムエルが悪いのよ。私を怒らせるから」
「仕方ありません。続きは、席についてお願いします」
「わかったわ」
オビトが、姫たちと普通に話していたから、オレ達側なのかと思っていてけど、とんだ堅物だった。
オビトの騎士モードは、昼食が終わるまで続いた。
翌日、剣の授業に、オビトの道場から講師が派遣されたので、オビトと二人で修業することになった。二人で、柔軟運動しながら、昨日の話になる。とりあえず背中合わせになってオビトを持ち上げた。
「おまえ、元々レジーナの護衛だったんだろ」
「よくわかったな」
「昨日の一件でわからんかったらバカだろ。王命か」
「俺の家が王家の守護者なんだ。同級で入学して、姫の近くに居ろと言われたらそうなるだろ」
「いやいやか?」
「そんなことはない。守りがいがある姫様だろ」
「そうだな。15歳で、あれだけ尖がっているんだ。将来苦労するぞ」
「望むところだ」
オレ達の練習は、もっぱら、スローな動きを連続してやっているだけ。じゃあないと、木剣が何本あっても足りない。はたから見たら、ゆっくり踊っているように見える。しかし、先を取るときだけは、最速でやって、その後、間違えても同じ動きをするので、オビトがオレに叩かれまくっているという図式だ。
「スピードは、スバッ、まで行けるか?」
「無理だ。いまでも機先で、雌雄が決しているだろ。このままでいい」
「そういうな。スンぐらいのスピードに上げよう。それぐらいなら、打ち合いになっても木剣は折れない」
「待てよ。防具ぐらいつけさせろ。長く練習できないだろ」
オレの時は、そんなものなかったぞ。って、前世の話か。
「分かった。装着していいよ。でも、動きが阻害されているようだったら、外してもらうからな」
「殆ど避けるところまで行くには、時間がかかるんだ」
オビトが、ぶつぶつ言いながら防具を装着する。
「皮鎧か、考えたな」
「俺の普段着の下は、いつもこうだ」
「じゃ、再開」
オビトは、いつもと変わらない動きをしている。親が英才教育しているのがわかる。
「それで、いつから姫の護衛をしているんだ」
「お前、この練習で、その話をする」
「敵は一人じゃないんだ。これぐらい避けろよ」
スン、スンと、二人の剣が動き出した。ゆっくりした踊りだと思われていた練習が、ぐりぐり動く。生徒は、・・講師さえもオレ達の動きから目が離せない。
「10歳の時かな。お茶会で、昨日みたいなことがあった。俺も同席していたんだ。相手は、俺と同じ子爵の息子だった。子供の喧嘩だろ。大人は出てこなかったけど、姫が、人だけじゃあなく、他種族も王家の宝だって宣言しだしたんだ。大人の顔色が変わりだした。だから早く終わらそうと思って、相手をぶん殴って気絶させた」
「へえ、レジーナの奴、そこまで踏み込んだのか」
「その時の姫の話が広がるのは早かったよ。その後俺は、姫の王都視察に、ずっと付き合わされていたわけだ。やっと、ダークに興味が移ったと思ったんだがな」
「そう言うなよ。先輩」
こんな話をしている最中もオビトは、オレに打たれまくっている。打たれながらも、急所をことごとく外しているのは賞賛に値する。それも打たれても、泣きごとひとつ言わない。しかし、オビトの家の門下生でもある講師が、ストップをかけてきた。
「全員休憩。若たちもだ」
「休憩だってよ」
「助かった・・・」
オビトがその場に倒れた。しかし誰も手を貸しに来ない。プロミネンス家とは、そういう家柄らしい。
「こっちの方がスローより、数倍練習になるだろ。早くスピードに慣れろ」
「・・・待ってろ、すぐだ」
根性のあるやつだ。




