3話
「ん…………」
目を覚ました。
どうやら俺は眠っていたらしい。その証拠に俺の身体は下にぴったり張り付いていて、目の前には知らない天井。寝っ転がってる状態だ。
横に顔を向けると、知らない女が椅子に座って本を読んでいた。
「……あ、目が覚めた?」
「誰、お前……」
体全体を女の方に向ける。どことなくあの忌々しい神様を彷彿とさせる佇まいだが、あっちより幾分か気圧されるような雰囲気を持っている。
「門の前でぶっ倒れてたから、ここまで運ばれたの。私が看病してやったんだから」
「その喋り方、なるほどツインテなわけだ」
「は?」
彼女の容姿は軽装の鎧にベージュのマント、茶髪のツインテとなんかRPGとかでよく出てきそうな感じだ。対して俺の格好はジャージを脱がされ体操服、場違いが過ぎる。
「それで、俺のジャージは?」
「ジャージならそこにかけてるけど」
「そうか、ありが──」
まーてー? こいつ、なんでジャージで通じた? いや、間違えて普通にジャージと言ってしまったが、なんで普通にわかったんだ。
「待て待て、なんでジャージで俺の服だってわかったんだよ?」
「そりゃ、私が…………アンタと同じ世界から来たからよ」
「…………え?」
なん、だと…………?
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「それで、神様とは会ったの?」
「面識ありか…………」
翌日、俺はこの女と共に、俺が運ばれた宿の食堂で朝食を食べている。
「ムカついたでしょ」
「ムカついたな」
「私も」
彼女がそう問いかけてきたので、便乗した。
どうやらこの女も俺と同様、現実世界から連れてこられた日本人らしい。神様にとって日本人に人権は無いのだろうか。ないな、うん。
「そういや、俺お前の名前聞いてないや」
「そうだったっけ?」
「そうだったよ」
「そう。じゃ、私は”鈴木ミク”。アンタと同じで、地球から来たわけ。ここも地球だけどね」
「ミク……、俺は有村レイ。よろしく」
鈴木ミク、と聞くとなんとなく何処ぞの歌姫を彷彿とさせるが恐らくは無関係だろう。
…………いや、ツインテは完全に意識してる。
「アンタ、森から来たってことは昨日連れてこられたの?」
「あぁ、危うく飢え死にするとこだった」
「その腰にかけてる大層な刀も神様から貰ったってこと?」
「貰ったっつーかなぁ…………クソ宝探しゲームの景品だよ」
「あぁ…………」
俺の表情から察したのか、ミクが同情的な視線で俺を見つめてきた。
いや俺は別に同情されたいわけじゃないんだが。
「っ……、つーかここ、随分平和なんだけど。魔王に攻められて人類の生存競走真っ只中じゃねぇのかよ」
「そりゃあここは進軍されたことないから。それに勇者だっているし」
「勇者…………?」
そういや神様に言われてたな、「勇者の補助をして欲しい」って。
コンソメと少しの具材が入ったスープを口に入れ、具材ごと飲み込む。
「これ食べ終わったら勇者と顔合わせね。大分ヤバいけど、まぁ耐えろ」
「大分ヤバい…………?」
大分ヤバいとは、性格的な意味だろうか。自己中心的、またはちょっと女にがめついみたいな感じ? わからないが、まぁ大丈夫だろう。
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朝食を食べ終えた俺達は、ここの総務を担当している領主なる者に挨拶するため、その領主の屋敷にまで来ている。やはり戦時中故か作りは意外と簡素で、だがそれでいて実用性は高い内装になっている。
「有村レイ殿、よくぞここまで来てくれました」
「いや、俺もここ来ないと危うく死ぬところでしたので……」
渋い髭と少し痩せた顔つき、そして薄いか…………見なかったことにしよう。この人も恐らく心労が絶えないのだと思う。
「それで、勇者はどちらに……?」
「あぁ、勇者様は今しばらく来ますので少々お待ちを」
どうやら遅れて来るらしい。なんだろうな、意外とマイペース系、それかナルシスト?
「言っとくけど、アンタが期待してるようなのは来ないから。女勇者とか」
「お前俺のことなんだと思ってんだ……」
「年頃の男子なんてそんなもんでしょ」
隣に座っているミクが小声で失礼なことを口走ったので反論した。俺にそんな趣味が…………まぁ否定しないでおいてやるけど? 別にそんなの期待してねーし? オラオラ系の女勇者に言い寄られたいとかそんな下心あるわけねぇし? というかこの世界にはハナから期待してないし──。
心の中で必死に言い訳をしていたら、ドアが開けられ、数名の使用人と共に荷車に乗せられた青年がやって来た。
………………は?
「え」
「あ、勇者様が来たようです」
「はぁ……」
え、は? えこれが勇者? めちゃくちゃ膝抱えて死んだ魚の目をしてるんですが? というか大分ヤバいってそういうこと? 確かにヤバいけども。ヤバいが想定していた方向と大分違うんですが?
「こちらが勇者、”アルド・リコ”様です。アルド様は現在、先の戦いで心に大きな傷を負っており、その心療に務めている真っ最中なのです」
「絵面がっ…………!」
この勇者、アルド・リコ。彼はカッターシャツの上に青を基調としたコートを着ており、膝を抱え、顔を埋め、声が小さいが「終わりだ終わりだ」と延々と話している。
そしてミクは顔を逸らしている。おい逃げんな。ここに来てから俺の女運すっごい悪くなってない?
「さて、では改めてレイ殿にはこれからのことを話したいと思います」
「あの、随分子慣れてますけど……」
「あぁ、天の神からのお告げで、あなた方が来ることはわかっていたんですよ。それに今回で2回目ですし」
あの神様、俺の時はあんな雑だったのに現地民に対してはきっちり報告してんのかよ。俺の中の神様の好感度ゲージは既にマイナス域だ。上がる予定もない。
「それでですね……レイ殿にはミク殿、アルド様と共に各戦線に赴いて欲しいのです」
「各戦線…………と言うと、やはり戦場ってことですか……」
「そう、なりますね……。各戦線を通りながら精鋭を集め、魔王軍の根城たる魔王城を目指していただきます」
魔王城、なるほど各地で仲間を集めてそこに攻め込むってことか。異世界ファンタジーらしくなってきたじゃないか。
「私は既に2回通ってるけど、どこも酷い有様だったわ。ここが1番マシと思えるくらいにはね」
「ふーん、あんまり思いどおりには行かないか……」
「まだ年端も行かないあなた方にこんな危険なことをさせるのは本当に申し訳ないと思っております……。しかし、我々人類にはもう使う兵を選ぶ余裕など無く、地域によっては子供を戦場に送ることもあるのです」
「子供って、俺達より年下か…………」
日本じゃまだ義務教育も終えていないような子供が、戦場を知るなんて酷い話だ。他人事のようにしか表現出来ないほどに。
だったらもう、兵役の最低年齢を俺達にまで引き上げるしかない。この戦いを終わらせて、人類が子供も大人も戦場に送らないように────。
「大変です!! 魔王軍と思わしき魔物の大群が、この戦線まで攻め込んできている模様!!」
「ッ……!?」
「なんだと!? クッ、ついにここが落ちる時が……!」
魔王軍襲来の報せが届いた瞬間、荷車に座り込んでいるアルドの様子が急変した。
「ま、また……人が死ぬ…………!?」
「お前……!」
頭を抱え、カタカタ震える勇者に声を荒らげようとした時、こいつの背中にかかっている1本の剣が目についた。
勇者の剣とかいうやつだろうか、少し興味が湧いてアイテム鑑定をかけた。
斬撃A、重量A、速度A……完全の俺の鎌威太刀の上位互換だ。しかも、スキルに「属性付与:炎・風・氷・雷・土」と「斬撃強化」、しかも「環境適応」とかいうのまでついている。これは多分錆びたり朽ちたりしないとかなんだろうか。正しく勇者の剣に恥じないスペックだ。
まぁだが詳しく見てる時間は無い。とりあえずこいつを運びながら現場に向かおう。
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草木1本生えない荒野、そしてそれを崖から見下ろす俺達。如何にも戦争が始まりそうな空気だ。
「そういやアンタ、アルドの前で固まってたけどどうしてたの?」
「あぁ、あいつの剣のスペックを見てた。アイテム鑑定とかいうハズレスキルでな」
「ふーん………………確かに。というか、それ以外貰わなかったんだね」
「は?」
俺を見つめて固まったかと思えば、いきなりそんなことを聞いてきた。
「私は人の持つスキルや魔法を把握できる”スキル鑑定”を持ってる。正直言ってこれも戦いに直接役立つわけじゃないけどね」
「お前のが有用そうなんだが……」
ひでぇ格差だ。これ差別にならない? 神様が差別しちゃいかんでしょ。
「魔物の軍勢確認!」
「お、ついに来た」
簡易司令塔から双眼鏡を持つ兵士が敵の接近を知らせる。
ん……? 双眼鏡……?
「なぁ、ここって中世ぐらいの技術力だろ? 中世に双眼鏡とかあったか?」
「さぁ、ないんじゃない?」
「じゃあなんであるんだよ」
「この世界、元々近世くらいの技術力はあって、銃もバリバリに使ってたらしいの。でも魔王軍が侵攻を始めてからどんどん技術が失われて、文明が後退したってわけ」
「そういうことか……」
気になってミクに聞いてみたら、そう説明された。
なるほどな、にしても文明後退するレベルって相当やられてんのか。1回滅ぼされてんのかな…………。
「ッ…………グスッ…………!」
「チッ…………いつまで泣いてんだお前」
「だって、また何人も死ぬんだ…………おれのせいで……」
「戦場に行くのはアイツらの意思だろ。お前になんの関係があるんだ」
「それは、おれが…………人類のシンボルだから」
「シンボル?」
言葉を反復して話を促す。苛立った口調を隠し切れない。
「おれが人類のシンボルとして、戦争を焚きつけるんだ。それでみんなが戦場に行って……それで…………!」
「お前が旗ってことかよ」
「…………」
アルドは黙って頷く。俺達と同じくらいの年齢なのに、そんなものを背負わせるとは。しかも神様なんていう実感の湧かないようなものじゃなくて、大勢の人間から。俺が背負うプレッシャーの何倍も大きいものをこいつは背負ってる。
この世界は、狂ってる。
「魔物の軍勢、第2ラインを通過!!」
「よし、矢に属性付与:炎を付与! 第1射、放て!!」