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第9話 戦い

「ハァァ!」

 私はマスターよりも先に動き、距離を縮め剣を振った。しかし、実力は遥かに相手の方が上だ。マスターは素早く剣を振るって、私の剣を容易く防いだ。それどころか、簡単に弾き返される。

(こうなったら、連続で攻撃をするべきだ!)

一度距離を離し、もう一度構え直して剣を振った。今度は防がれても、弾き返される前に剣を戻して、連続で攻撃を仕掛けた。しかし、あの体格でも予想だにしない機敏な動きを見せて、全部の剣撃を防ぐ。そして、次の一撃を防がれた瞬間、マスターの左拳が私の腹部に向けて飛んできた。避ける事も出来ず拳が当たり、後ろへと吹き飛ばされる。

「ゴフッ!」

 膝を着いてお腹を押さえ、口から血を吐き出す。殴られた場所より、身体の内側からの痛みが強い。前を向くと、更に攻撃が来る。私はよろめきながら、横へと転がり一撃を躱す。しかし、更なる連撃が私を襲い、右脇腹を深く斬られ、身体中に無数の傷を付けられてまた吹き飛ばされる。

「クッ……!」

 私は起き上がって両膝を着いてしゃがみ込み、左手に剣を持ち変えて右手で斬られた脇腹を押さえる。脇腹から大量の血が流れているのが手から伝わる。前を向くと、マスターは剣に付いた血を払い、右肩に剣を掛けて立っている。

「こんなものか。まだ立てるだろう?」

平然とそう言った。私は痛みに耐えながら剣を地面に突き刺し、剣で身体を支えながら立ち上がった。マスターはそれを見てニヤリと笑った。まだ傷は癒えていないが、彼方はそう待ってくれない。

 血が脚を伝って地面へと流れ落ちていく。感覚が鋭くなっているのか、それがどのくらい流れていて、徐々にその量が減っていくのがなんとなく分かる。痛みも何処からの痛みで、どのくらい治っているのか分かるような気がする。

(治ってきてはいるが、まだ脇の方は時間がかかりそうだ。)

右手は脇腹を押さえたまま、左手で剣を地面から抜いて構える。

「そうだ、いいぞ。死に抗い、戦い続けろ。」

「ハァ……ハァ……。ッ【火よ。火球になりて飛び立て】『イグニート』!」

 私は左手を前に出して詠唱をし、魔法を唱えた。火の玉が左手から現れ、マスターの方へ飛んでいく。多少なり詠唱すれば威力は変わる。おそらく効かないだろうが、やれるだけやらなくては。私は放った火の玉を追うように前へと走り出す。

「フンッ!」

マスターはそう声を上げ、飛ばした火の玉を左手で消し飛ばした。私は剣を両手で持ち、左から思い切り振った。しかし、マスターは一歩後ろに下がり、右肩に掛けていた剣を逆手に持ち変えて地面に剣を突き刺す。私の剣はその剣に当たり、手に衝撃が走る。

「甘い!」

私は急いで下がろうとするが、マスターは一歩下がった足を使い、私の前へと踏み込んできた。そして、

「『戦技:弧月一刃(コゲツイチジン)』」

 マスターの剣は地面を抉りながら、私の身体を左脚から右肩へと円を描くように斬り裂く。身体はそのまま斬り飛ばされ、地面に二つに分かれて落ちる。

「――ハッ!……ァ……。」

 激痛が身体を巡る。それと同時に呼吸が上手く出来ず、息苦しさが襲う。口から大きく息を吸うも、何処からか漏れている様で、満足に息を吸うことが出来ない。左腕は動かそうと思えば動かせるが、斬られて離れた部分の感覚はない。

「これでも生きているのか。流石だな。」

マスターの方を向こうと、顔だけでも動かそうとするが、激痛で動かそうとする気が起きない。目だけでも動かすが、マスターの姿が見えない。私は激痛に耐えながら上を見続けていた。

「さて、治るまで待ってやろう。その間、あの時の事を教えてやる。」

そう言うと、〈ドスンッ!〉と座った音が聞こえた。私は痛みを紛らわし、なんとか耳を立てて聞く事に集中した。


 俺はお前達がこのダンジョンに来たのを、あの毛玉を通して見ていた。そして、入ってあの広間での戦いを、上から観察していた。当然、お前が見捨てられ、一人で戦い続けて死ぬ所まで。あの時お前は、確かにサイクロプスに跡形もなく潰されていた。サイクロプスを止めた後、地面はサイクロプスの拳で激しく隆起し、辺りには潰されたお前の血が散らばっていた。それは流石に悲惨な光景だった。

 お前が死んだのを確認し、見るのを止めたその少し後の事だ。あの広間で異変が起きた事を感じ取り、もう一度見てみるとそれが起きた。飛び散っていたお前の血が動き始め、お前が死んだ場所に血が集まっていった。すると突然、集まった血が渦を巻く様に大きな球状に姿を変えた。魔物達は警戒をしながらそれに近付いていった。しかし、近付いても何も起きず、何かが起きる事もなく、ただ時間だけが過ぎた。それに業を煮やした1体の魔物が更に近付き、球体に剣を突き立てたその時、『ソレ』が起きた。

 血の球体から魔物達に目掛け、血の槍が幾つも伸びて魔物達を突き殺した。それも、1体ずつ確実に殺すように、何本もの槍で貫いた。そして、身体を貫いていった槍は意思を持つかのように動き、更に別の魔物へと向かって突き刺していった。あっという間にその場に居た魔物達は、全員血の槍に突き殺され、魔物達の身体は貫かれた槍に吊らされ、宙に浮かされていた。魔物達から流れた血が身体を伝い落ち、広間は血の海へと化していた。

 それから少しの間、幾つもの血の槍は微動だにせず、血の球体は形を保ったまま、血が流れるように動いていた。しかし、突然血が激しく蠢き始めた。球体の血の流れが激しくなり、槍は溶けるかのように液体となって下に落ちた。地面に広がっている全ての血は、球体の元に集まり球体に溶け込んでいった。そして、徐々に血の球体は小さくなり、小さくなった球体から少しずつ、傷一つもないお前の姿が現れた。そして、その球体小さくなり続け、やがてお前の中へと消えていった。


「それから少し経った後、お前は目覚めた。何事もなかったようにな。」

 マスターが話している間に、斬り離された身体は元通りになり、傷も完全に治っていた。治ってからも、私は上を見続けていた。

(どういう事……?)

 私の頭は混乱していた。聞いた所でこの身体に起きている事が少しでも分かれば良かったが、根本的な原因は分からない。私は身体を起こして思考を巡らせた。分かった事があるなら、あの時私が死んでから、少ししか時間が経っていないという事と、イルズ達はまだ来ていなかった事位だ。血の球体とか血の槍なんて、何の事だか分からない。

(私の血が何かに関係しているの?)

記憶を掘り返しても、それに関係する出来事に心当たりがない。考えに耽っていると、マスターが口を開いた。

「昔、血を餌にして扱う種族を殺した覚えがある。確か……『吸血鬼』だったか。」

 吸血鬼……?もしかして『ヴァンパイア』の事だろうか。確かにヴァンパイアなら同じ事が出来るかもしれない。でも、夜にしか生きれない種族だ。ごく僅かに存在すると云われている『デイ・ウォーカー』なら兎も角、私にはそこまでの力はない。そして、血を餌だと思ってもいないし、少なくとも私は『人間』だ。

 結局幾ら考えても、この身体に起きた事は何一つ分からない。しかし、それ以外で分かった事ならあった。私はこれ以上考える事を止めて立ち上がった。

「何か分かったか?」

「全然、何も分からない。でも、別の事なら分かった事がある。」

「ほう?それはなんだ?」

マスターは諦めの表情をし、胡座の上に肘を乗せて、頬杖をついていた。しかし、その表情は何処となくわざとらしさを感じた。私は大きく息を吐き出し、マスターの方を見て言い放った。

「分かった所で此処から出られる訳じゃない。貴方に勝たなければいけない。」

そう言って私は剣を構えた。マスターは頬を上げて笑った。

「そうだ、それでいい。俺を倒す為に足掻け。俺を楽しませてみろ。」

マスターは立ち上がって構える。それと同時に、威圧をまた感じ始めた。私はより一層気を引き締め、剣を強く握る。

「さぁ、今度は本気で行くぞ!」

 マスターは大きく一歩を踏み出た。そして、その腰より下に、剣先を後ろに持ってきている。

(またさっきの戦技!?)

あの剣速は避けようにも、避けることは出来ない速度だ。防ぐにしても同じ。

(ならば!)

 私も右手に剣を持ち、マスター目掛けて走り出した。お互いの距離は早く縮む。一瞬のタイミングを見逃さない為に、目を見開いて集中した。そして、剣のリーチに入った途端、マスターが下から剣を振り上げた。私はその瞬間に、身体を右前に屈んだ。剣は私の左腕を斬り飛ばし、左腕は宙へ飛んでいった。痛みが襲うが耐え、更に走ってマスターの懐へと向かう。しかし、

「『戦技:砕牙(サイガ)』」

 マスターの剣が斬り降ろされ、地面へと当たる。その瞬間、剣が当たった地面が隆起し、その衝撃で飛び散った岩が私へ激突する。私はそのまま横へと倒れる。

「――ッ!」

体勢を直そうと立ち上がるが、既に目の前にマスターが迫って来ていた。私は剣を振ったが受け流され、即座に一撃斬られる。血が傷口から吹き出すが、それでも身体を動かして攻撃しようとする。しかし次の瞬間、

「『戦技:連牙斬(レンガザン)』」

剣が数回、とてつもない速さで私の身体を斬り裂く。倒れる私の視界には、斬られてバラバラになった自分の身体が映る。地面に落ちた衝撃と共に、斬られた激痛が頭を襲い、叫び声を上げる。しかし、また呼吸が出来ず、吐いてしまった空気を求めるように口を動かす。

「ほう。これでもまだ生きているのか。」

 息苦しさを耐えて首をなんとか起き上がらせ、バラバラになった自分の身体を見る。胸の下やお腹、右腕も両脚もバラバラになって飛び散っている。こんな傷でも時間が経てば治ってしまう。ただ、この激痛は馴れようにも馴れないし、馴れようとも思いたくない。早く治る事を祈った。しかし、

「何を休んでいる。まだ戦いは終わっていない。」

 そうマスターは言うと、剣を大きく上に掲げていた。嫌な予感がする。

「昔、吸血鬼を殺した事があると言っただろ。同じ様にやれば、お前を殺せるかもしれないな。」

(マズイ!?)

身体を動かそうにも、斬り離されていて動かせれない。なんとか首は動かせても、その場から移動する事も出来ない。足掻いても足掻いても、どうすることも出来なかった。マスターの方を見ると、剣を両手で持って構えている。そして、突然その腕の力こぶが膨らむ。

(来る!)

私は恐怖で咄嗟に目を閉じた。

「『戦技:断界(ダンカイ)』」

 その声と共に、私の頭に衝撃が走る。痛みはなく、目の前は真っ暗闇が広がる。何も出来ず、何も聞こえず、何も感覚もない。ただ、一つだけ不思議と確信した事がある。私はまだ『死んでいない』。私の中に何かを感じ取れる。それが私は生きていると何故か確信させていた。その確信と同時に、全身に激痛が走る。身体が斬り離された時と同じ様に、私の中から何かが外へ出て、更に何かが内側へと入ってくる感覚が、私の中の至るところで激痛の波となり襲う。目の前はまだ暗闇が広がっており、何も音も声も聞こえず、身体もまだ動かせる感覚がない。痛みは絶える事なく襲い続ける。

 やがて、痛みが少しずつなくなってくるのを感じた。そして、痛みがなくなった部分に感覚が戻ってくる。足、手、腹部、胸と、徐々に感覚が戻り動かせる。残された痛みは頭や所々の少しの痛みだけで、それも痛みがなくなってきた。すると突然、音が聞こえ始め、視界に光が灯す。目の前にはマスターがおり、驚いている様に見えた。身体を見ると、所々傷が残っているも、バラバラになっていた身体は元通りに治っていた。

「まだ死んでいない。」

声も問題なく出せれて、身体は違和感なく動かす事が出来た。

「……ハハハハハッ!頭を豪快に潰してもまだ死なぬか。ならどう殺れば貴様は死ぬ?」

 マスターは大笑いをして私を見た。私は立ち上がり、自分の身体を見た。身体の傷は完全に癒えているが、流石に防具も服もボロボロになっている。私は剣を握り締めて構えた。

「まだやれるか?」

「やるよ。此処から出るまで、私は戦い続ける。」

私はそう豪語した。しかし、私達の力の差は歴然だ。勝つ方法を考えても思い付かない。

「良いだろう。ならば俺は、お前を殺すまで楽しませてもらおう。」

マスターは剣を肩に掛けて構え、一歩を踏み込んできた。私はそれに立ち向かった。

 剣撃と悲痛な声が広間に鳴り響く。私の身体は斬られに斬られ、身体は傷だらけになり治っていく。しかし、私はただそれを繰り返すだけで、マスターに傷一つも負わす事も出来ない。一方的にやられているが、それをマスターは飽きもせず、ただ私をどう殺せるかを楽しんで戦っている。やはり、このダンジョンから出る為には、マスターに勝つしか道はないようだ。

 私は戦いながら、様々な事を思い出していた。胸を突き刺されても、身体に幾つも傷を付けられても、血が流れ落ちただけで傷は治っていた。マスターに私の身体を斬り離されたあの時、血が傷口同士に繋がり合い手繰り寄せ、やがて血と共に元に治っていた。マスターから聞いたサイクロプスに殺された時の話。血の球体、血の槍、血が血の球体に集まり、そこから私が蘇って出てきた事。全ては血が関係している筈。そう、私の中の血が。

(マスターに勝つ為にはきっと、その血を使わない限り勝てないだろう。)

だけどどう使う?どうすれば使える?それが分からない。

「ハアァ!」

 マスターの一撃が私の腹部を斬り裂く。その衝撃で私は後ろへと飛ばされ、私は斬られた腹部を押さえて前屈みになる。血が地面へと流れ落ちる光景が目に映る。その時、私は少し思い出した。サイクロプスに殺された後、私は何かの夢を見た。ほんの少しだけの断片だけだが、今見えている光景と同じ様な光景を見た様な覚えがある。私は流れ落ちた血に手を入れる。

「……」

何も感じない、ただの血だ。赤く、鉄の匂いがするだけ。だけど、この血が何か関係している。私は手を入れたまま、血に意識を向ける。するとその時、何かを感じた。それは手だけではなく、ここから遠い場所からも、手よりもっと近い場所からも感じた。更に意識を向けると、もっとも近い『私の中』から何かが私に伝えた。


『■カ■■■渉■■認 ■否』

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