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第5話 絶望

 壁の向こう側に見えるイルズの表情ははただ無感情で、何も思ってもいないような表情をしていた。きっと思い違いだと信じ、私はイルズに助けを求めた。

「イルズ!ローマンにこの壁を取り除くように言って!それまでなんとか耐えるから。」

そう伝えたが、イルズはただ黙っていた。私は伝わっていると信じて、後ろを向き魔物が来るか警戒をした。しかし、

「全員、急いで撤退するぞ。」

その言葉を聞こえた瞬間、心の底から絶望した。

「しかし、ニーシェさんが取り残されて――」

「ローマン!……あれはアイツの自己責任だ。これ以上被害を出すわけにはいかない。それでも助けるなら、お前が一人でここに残れ。」

「――!……分かりました。」

 向こう側で足音が遠ざかる音が聞こえる。皆が退いていった音だ。私は後ろの隙間をもう一度見た。すると、まだそこにイルズが居て目が合った。

「イル――」

「いつもいつも邪魔だった。いつも偉そうにして、弱いくせに俺達の足ばかり引っ張って邪魔だった。俺は英雄になる、ならなくちゃいけないんだ。だから、ここで死んでくれ。……さよなら、『ニーシェ姉』。」

 イルズはそう言って去っていった。……私の後ろに居たのは一人、それはイルズだけだった。信じたくはないが、背中を押したのは彼だろう。私の剣を持つ手が小刻みに震え始め、涙が頬から伝った。イルズの言う通り、私が皆の足を引っ張っていたのは事実だ。口煩く説教や言い合いをしていた事もある。それでも、私なりに皆のサポートをしてきたつもりだった。……それが全部裏目に出たんだろう。

「ハハッ、……ハハハハ。」

 情けない笑いが出てしまう。涙もそれに釣られて溢れてくる。身体の力も抜けてしまい、剣を地面に当ててなんとか立てている状態だ。虚ろな視界で前を向いた。こんな状態で襲われたら一溜まりもないだろう。最早、助かる為の道は何処にもない。私はそのまま目を閉じて諦めた。


 イルズと共に村を出る前までは教会の孤児院で、下の子の世話やシスターの手伝いをしていた。村を出てからは帰ることをせず、イルズが英雄になる為にサポートをしていた。最初も大変だったけど、徐々にこなせる依頼が増えたし、イルズと共に居て楽しかった。報酬の一部も孤児院に送る事が出来ていた。

 二人で活動して少し経った時、アイリスを始めにローマンやマリシア、ガイゼルが次々と入ってきた。元々、皆実力はあったおかげか更に上の依頼をこなせた上、イルズも皆から学び追い越すかのように力を付けていった。けれど私は違った。どれだけ戦っても、どれだけ依頼をこなしても、皆に追いつくどころか置いていかれた。徐々に疎外感を感じ始めていた。

 もし、あの時、村を出ずに孤児院に居続けたら幸せだったのだろうか?シスターも村の人達も、皆優しかった。決してイルズが優しくない訳ではない。ただ、その優しさを向ける人が出来ただけだから。村に居たら彼らの祝福を祝えたのだろうか。


 今までの出来事やもしもの未来が、走馬灯の様に頭に流れる。きっと、もうじき死ぬことになるんだろう。一度でもいいから、村に戻るべきだった。あの時の皆の姿が目に浮かぶ。もう二度とそれを見る事が出来ない。……ふと、ある事を思い出し、私は上を見上げて目を開けた。

(あの子に、『ニーシェ姉』って呼ばれたの久し振りだ。)

 その事を思い出すと、不思議と力が戻ってきた。虚ろな視界もハッキリとしてくる。私は剣を構えて前を見た。逃げる道もなく、生き残る術も思い付かない。だけど、このまま何もせずに死ぬことだけは嫌だ。それに、きっとイルズ達はここに再び挑む筈。その時は既に私は死んでいるけど、それでもこのダンジョンに傷痕位残さなければ。それが、あの子が英雄になるため、私があの子の姉であるから。


 黒煙の中からウルフが3体飛び出してきた。私はすかさずナイフを3本取り出し、ウルフに目掛けて投げた。2本のナイフは外したが、1本のナイフはウルフの頭に直撃し倒れた。残りの2体はそのまま襲い掛かってくる。私は1体を盾でウルフの横頬に叩き付け、もう1体を剣で突き刺した。叩き付けたウルフもすかさずトドメを刺す。黒煙が完全に晴れたことにより、ゴブリンやコボルト達が走ってきた。

(ここで戦い続けても、ただ押されるだけだ。なら、あの広間で戦う方がいい筈。)

 私は前へ全力で走った。そして、正面のゴブリンに向け、盾を構えて体当たりをした。

「ゴブッ!?」

ゴブリンをそのまま押し続け、勢いよく盾で振り払った。ゴブリンはそのまま吹き飛び、後ろに並ぶ魔物達へとぶつかり隊列が崩れた。

「よしっ!」

私は倒れた魔物達の身体を踏み、前へ再度走り出した。立ちはだかるゴブリン達の攻撃を躱し、隙間を通って前へと進んでいく。多少攻撃を掠めるも、なんとか広間へと戻れた。直ぐ様周りを見渡し、魔物が少ない方向へと走り出す。行く手を阻む魔物を斬り、なんとか魔物が居ない場所へと着いた。

「ハァ……ハァ……。」

 流石に身体は疲れきっている上、傷だらけになっている。最後のヒールポーションの半分を飲み、残りを傷が多くある部分に掛けた。飲むことで効果は遅いが、傷が治りやすいく疲労が取れる。傷に掛けることで、傷付いた場所の止血される。ただし、止血されるだけで治りが遅い。半分ずつで効果も薄くなるが、今の状況ならならこの方がいいと思う。

 オークやジャイアントスパイダーが此方を向く。さっきの閃光爆弾の効果はとっくになくなっている。やはり、これを使うと怒ってしまう。あと1つあるが、下手に使えない。

「ギギッ……」「グルルルゥ……」

周りの魔物達も唸り声を上げて身構えている。その数も数えれない程。何よりも問題なのは、あのオーク達やジャイアントスパイダー、そしてサイクロプスだ。オーク1体ならどうにでもなるかも知れないが、他を相手にしながら倒すのは無理だろう。

(どこまでやれるか……)

すると、2体のオークが走ってきた。それに続くように何体もの魔物が付いてくる。私は盾を構えて迎え撃つ。

 オークがそれぞれ剣を振り下ろし、私はそれを横に転がり避ける。体勢を立て直そうとすると同時に、コボルトが斬りかかってくる。盾でそれを弾き、怯んだ瞬間に剣を腹部へと突き刺す。剣を引き抜き、更に走ってくる魔物達を見る。すると、先程のオークの1体がまた横から斬りかかってくる。今度は避けれない。私はすかさず盾を構えた。

〈バキッ!!〉

オークの剣が盾に当たった瞬間、私の身体は吹き飛ばされた。

「――ッ!!」

 地面に激突し、背部に激痛が起こり意識が眩む。剣を地面に突き立て何とか立ち上がり、眩む目を擦って意識を取り戻す。盾を見ると、今の一撃で表面が割れている。流石にこれで防ぐのは危険だと思い、私は盾を捨てて剣を両手で持った。そして、さっきのオーク目掛けて走り、オークは再び剣を振り被る。大降りに振り下げられた剣を見切り、剣の横へと走りオークの袂に入る。剣をオークの腿へと突き刺して斬り抜く。オークが膝を着いた瞬間に首元へ剣を振り払う。オークの首元から大量の血を吹き出し、そのオークはそのまま絶命する。返り血で私の身体に降り掛かり、私は直ぐに死体から離れた。

「これで1体。――ッ!」

 背中に痛みが走る。直ぐにでも治療したいが、もうポーションはない。さっき飲んだ分の効果は、ここまでの傷を治すまでの効果はないだろう。どこまで耐えきれるか。

「ガウッ!!」

 魔物が次々と襲い掛かってくる。私はナイフを1本だけ残し、残りの全てを投げた。何体かに傷を付けれたが、迫る勢いが衰える訳はなかった。残りの1本のナイフを左手に逆手で持つ。ゴブリンやコボルトの武器を剣で捌き、ナイフで攻撃をする。しかし、攻撃しても攻撃しても魔物は勢いを止めず、こちらは徐々に体力がなくなってくる。少しずつ押され、逃げ道がなくなっていく。その時、

「キシャッーーー!」

 ジャイアントスパイダーが大量の糸をこちら目掛けて放ってきた。降りかかる糸を何とか避けるも、その隙を狙ってか近くに居たオークが襲ってきた。私はすかさず、左手のナイフをオークに投げた。オークはナイフを避けれず、腹部に突き刺さり怯んだ。その瞬間を逃さず、私は体勢を立て直した。オークはナイフを抜き、出血しながら下がっていった。すると、最悪な事が起きる。魔物達が突如、オークに付いていく様に一斉に下がり、そして中央に座っていたサイクロプスが動き出してしまった。サイクロプスは魔物達より前へと出て、私と向かい合った。

(……もう駄目かもしれない。)

 そう思ったが、諦める訳にはいかない。ただ、この剣ではサイクロプスの鎧どころか、あの硬い皮膚を斬るのは無理だ。となると、狙うのは弱点でもあるあの『目』しかない。私は剣を両手で構え、サイクロプスへと走り出す。しかし、サイクロプスが突然、真上へとジャンプをした。そして、そのまま落下するのと同時に大剣を振り下ろし、地面へと叩きつけた。なんとか剣を避けることが出来たが、剣が地面に当たり、隆起し跳ねた地面が私に当たる。

「クッ――!」

当たった瞬間に意識が眩む。なんとか立ち上がり、フラフラとその場から離れようとするが、サイクロプスはそれを逃がそうとしなかった。サイクロプスは剣を手離し、今度は拳を飛ばしてきた。フラフラになっている私に、その拳を避けることは出来なかった。

〈ドンッ!〉

「――ッ!」

 鈍い音が鳴り、壁まで吹き飛ばされた。剣や鎧が砕け、全身に強烈な痛みが走る。……視界も朧げになり、前を見てもボヤけてしまう。ただ分かるのは、地面に赤い液体が広がるのと、大きな影がこちらに来るのだけは分かった。身体をなんとか動かそうとするが、全身に痛みが走り思うように動かせない。それでもなんとか、痛みに耐えながら腕だけでも動かした。

(さい……ごぐらい……いっ……しむく……い……てやらな……いと。)

私は腕をポーチまで動かし、最後の閃光爆弾を握り締める。どうせ助からないのだから、これをぶつけるぐらいやらなければ。近付いてきたサイクロプスに下半身を握られ、眼前まで持ち上げられた。そして、1つの目で品定めをするかの様に、ギョロギョロと動かしている。このまま握り潰されるのか、はたまた食い殺されるのだろうか。でも、まだやれる。

「【イグ……ニー……ト】」

 私が使える数少ない魔法を唱える。その魔法で閃光爆弾に火が着いたのを手の中で感じた。私は目をつぶり、サイクロプスの眼前に腕を突き出した。そして、タイミングを見計らって手を開き、爆弾が手元から落ちていく。

〈パンッ〉

 音を立てると、瞼の奥が白く輝き出す。サイクロプスは雄叫びを上げて、もう片方の手で目を抑えた。それと同時に、私を握っている手が強く握られ、私の下半身から〈ゴキッゴキッ!〉と音が鳴り、とてつもない痛みが走る。

「ァ……!」

声にもならない悲鳴が出てしまう。そして、サイクロプスが目に当てていた手を退かし此方を睨むと、私を掴んでいる腕を振りかぶって、地面へと思い切り投げ付けた。地面に激突した瞬間、痛みなど感じる間もなく私の意識が途切れた。



 サイクロプスが怒りに任せ、派手に暴れている。広間の中は砂煙に覆われ、小さい魔物の姿が見えなくなる。俺はサイクロプスに止まるように指示をすると、怒りが収まっていないがようやく止まった。少しの静けさが過ぎて砂煙が晴れると、最早そこには飛び散った血以外の痕跡もない。

「死んだか。……ふむ。」

 少し骨のある奴らが来たと思ったが、実力ばかりは足りなかったようだ。ここのマスターとなってしまってから退屈な日々を過ごす。いつになれば、俺を楽しませてくれる奴が現れるのだろうか。ただ俺の元に来るだけでは駄目だ。あれぐらい倒せる者でなければ俺が楽しめない。……あの少女も悲しき事よ。信じていた仲間に裏切られ、ただ一人残され、ただ虚しく無惨に殺された。だが、諦めなかったその心は称賛に値する。今までここに挑んできた者達より、素晴らしい精神だった。せめて、名前だけは知っておきたかった。

 愛刀の手入れをしながら、刀に映る自分の姿を見つめる。そこに映る姿に未だに慣れない。俺は刀を握りしめて立ち上がり、鈍る身体を温めるように刀を振る。自らが作り出した魔物を相手にすればいいが、ただの訓練のようになり、本気で振ることが出来ない。それでも俺には刀を振る事しかできない。あの頃の事を思い出す。命がけの戦いをし続けたあの日々を……。

「――!」

 俺は異変を感じた。頭の中から、サイクロプス達の場所で異変が起きたことを知らされた。俺は内部を確認すると、そこに何かが起きていた。

「なんだ?これは……。」

血に塗れた地面が震え、血そのものが動き始め形を作り出している。ダンジョンの周辺に何かが近付いた気配もない。だが、何かがこれを起こしているのは確かだ。俺は座り込み、それがどうなるか見る事にした。

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