第4話 最悪の状況
倒れたアイリスにローマンが駆け付けた。ローマンはアイリスを抱き上げ、泣き顔で混乱している。1人でも戦えないと厳しい状況に、2人も戦えないと更に状況が悪化してしまう。それに感づいた魔物達が更に前進し、襲い掛かってくる。
「ローマン、アイリスを連れて下がれ!マリシアも後ろの通路まで下がって、アイリスの治療に専念してくれ。ガイゼルも一度下がるんだ!」
イルズがそう指示を出した。ローマンはオロオロしながらもアイリスを連れてマリシアの元まで下がり、ガイゼルはオークを退けてから下がってきた。皆指示通り動いていく。私は1体でも多くの魔物を引き付けるため、押されながらも戦い続ける。
「アイリスさん、今治します。ローマンさんはイルズ様達の援護を。」
「あぁ……、僕があの時に魔法を撃たなければ……。」
「撃たなかったらもっと酷い状況になってたかもしれません!兎に角、アイリスさんはまだ死んでませんから、皆さんの援護に回ってください!」
マリシアの怒号でローマンは動いた。これで少しは戦況が良くなるかもしれない。それに、アイリスがまだ生きていたことにホッとした。私はポーチに入っているヒールポーションを2本取り出し、マリシアに声を掛けて投げた。
「マリシア!それをアイリスに使って。」
「……分かりました。」
マリシアにポーションを渡し、そっとポーチの中身を確認した。持っている爆弾はあと3つ。その内2つは殺傷能力がない爆弾だから、実質攻撃できる爆弾は1つだけ。ヒールポーションもあと1つ、ナイフはまだ何本もあるが使える状況じゃない。襲い来る攻撃を盾で防いでいる事で、元々壊れ欠けていた盾が更にボロボロになっている。剣はまだ大丈夫だが、明らかに相手の武器の方が良いものに見える。こんな状態でこれ以上、戦えるのだろうか。それでも、兎に角戦い続けなければ。
向かってくる雑魚を殺しながら、目の前に広がる魔物の波を見ていた。状況は最悪だが、まだ切り抜ける道はある筈だ。打開策を考えていると、ふとガイゼルと目が合う。そして彼が口を動かして伝えてきた。俺は彼の意見に頷いた。現状を打破するにはそれしか方法はない。
「ローマン、上のアトーポスを一掃してくれ。それから、マリシア達の周りに火の壁を作れるか?」
「え、えぇ。出来ますが……。その間、イルズさん達の援護は出来なくなりますよ。」
「それで良い。俺が前に出ていればあんな事は起きなかった。だから頼んだぞ。」
俺はそのまま前へと向かった。心の中に苛立ちが広がる。英雄を目指す為に、こんな奴等に負ける事も退く事も許されない。そもそも、あんな奴の言う事さえ聞かなければ、こんな事なんて起きる筈はなかったんだ。……だからこれも、英雄になる為だ。
イルズは前に出てきて私と並んだ。そして、ローマンが上に向かって魔法を唱えた。上にあった糸の橋は燃え広がり、燃えるアトーポスが落ちてきた。ジャイアントスパイダーも燃える糸から慌てて逃れる様に降り、その落ちてきた巨体に魔物が何体か下敷きになる。しかし、ジャイアントスパイダーは生き生きと体勢を立て直した。
「フル装備のオークとジャイアントスパイダー。どうする、イルズ?」
「……。」
イルズは黙っている。やはり現状はここで守りながら戦うしかないのだろうか。そう思っていると突然、イルズが魔物達の方へ飛び出していった。ガイゼルも魔物達を薙ぎ倒しながらイルズと共に進んでいく。
「ちょっと二人共!?前に出るのは危険過ぎる!」
そう声を出したが二人は止まらず、魔物を倒しながらオーク達とジャイアントスパイダーと対峙した。ローマンはマリシア達の周りに炎の壁を作り出しており、私達の援護には回れなさそうだ。私もこの数を一人で相手をするのは無理だ。すると、
「[降り注げ聖なる光よ。我らの敵に裁きを下せ。]……【レイシス】!」
目の前の魔物達の上空に光の玉が現れ、そこから光が降り注いだ。その光に魔物は焼かれていく。
「マリシアさん、アイリスさんは大丈――」
「ローマンさん、今は集中してください。取り敢えず外傷は治しましたので、一命は取り留めた筈です。[主よ、我等に光の加護を与えたまえ。その光は我らの盾とならん]……【セイント・ブレイス】。」
マリシアは魔法を使って援護してくれた。私達の身体に光が宿り守ってくれる。これでまだ戦えるが、それでも何の打開策もなく長く戦うのは良くない。
「私はこのまま皆さんの援護を致します。ローマンさんはそのまま私を守っていてください。ニーシェさんも援護してあげますから、そのまま戦ってください!」
「わかった!」
私達は戦い続けた。マリシアの援護で私はどうにか戦えている。イルズ達の方を見ると、どうやら善戦しているようだ。しかし不思議な事に、彼らの周りの魔物達は闘技場の観客の様に観戦している。だからといって安心できる訳ではないし、それ以外の魔物達はそちらに目もくれずこちらに向かって来ている。いつもの戦いとは全く違い、魔物達は連携して攻撃してくるせいで、防いでも防いでもその隙をついて攻撃をしてくる。それも何とか躱すも躱し切れず、多少の傷を負う。それでも、傷を付けてきた魔物はマリシアの魔法で倒してくれるため数は減らせている。私が持ち応えればどうにでもなる。
「ウオォォォォ!」
雄叫びと共に、オークの1体が光の剣と共に上へと撃ち上がり、そのまま奥の魔物達の元に落ちる。イルズの魔法だ。オークは鎧の隙間から大量の血を流してそのまま絶命した。しかし、イルズ達は既に疲れきっている様に見える。
私はイルズ達に戻るよう叫ぼうとしたその時、奥からまたあの巨石が、今度はイルズ達に向けて飛んできた。
「【エクシィード・バースト】!」
イルズが当たる前に魔法を放ち、巨石は粉々に砕け散って降り注いだ。イルズ達が無事で一安心したが、奥から巨石を投げただろう1体の巨大な魔物が現れた。
それはオークの数倍の図体で単眼の巨人、【サイクロプス】だった。しかもただのサイクロプスではなく、オーク達と同様に立派な装備を着けている。そして突然大きく飛び上がると、背中に携えていた大剣を抜き、イルズ達に斬り下ろした。
<ドンッ!>
剣が地面に当たった瞬間、凄まじい音と衝撃波が広がる。砂煙も立ち上り、イルズ達の姿が見えなくなってしまった。
「イルズ様!」
マリシアの叫び声が聞こえた。その時、砂煙の中から二人が飛んできた。どうやら直撃は避けれたようだが、大きなケガもしている。サイクロプスが剣を地面から抜き、肩に立て掛けて挑発をするように欠伸をしていた。マリシアもローマンも、既に魔力が限界に近い筈。もうこれ以上の戦闘は危険過ぎる。
「イルズ、撤退の指示をして。」
「……。」
「イルズ?」
イルズの方を見ると、険しい顔をしていた。何というか……、嫌悪感を感じるような嫌な顔をしている。
「ガイゼル、まだやれるな?」
「……あぁ、そこのヘタレと一緒にするな。」
ガイゼルは戦いながらそう言った。私は直ぐに反論した。
「これ以上戦ったら他の皆が危険を冒す。アイリスだって治療しなくちゃいけない。だから一旦退いて体制を立て直さないと――」
「五月蠅い!まだやれる。ここでやらないと、英雄への道が遠ざかる!」
その言葉を聞いた瞬間、私はイルズに対して怒りに満ちた。そして、
〈バチンっ!〉
私は彼の頬を叩き、そのまま彼の胸倉を掴んだ。
「いい?これ以上皆を危険な目に合わせないで。失いたくないモノを失って、英雄になったところで何の意味がある!?」
そう怒鳴ったが、彼の表情はただ嫌な顔付きのまま黙っていた。私は直ぐに彼の胸倉から手を離し、正面の魔物達の方へと向いた。今のイルズは英雄になれるのなら、どんな犠牲が出たとしても気に止めないのだろうか。
「イルズ様。今回ばかりはニーシェさんの言う通りです。ここは一旦退きましょう?」
「……分かった。全員来た道を戻るぞ。……ガイゼルは先行しろ。マリシアとローマンはアイリスを連れて戻れ。俺とニーシェはここで奴等を抑える。」
マリシアがそう言うと、イルズは少しの沈黙の後に指示し始めた。私は言われた通り、ここで魔物達を抑える。サイクロプスと目が合うが座り込んでいて、特にアレが動く気配がない。しかし、それ以外の魔物達は徐々に詰めて襲ってくる。それらを弾き飛ばし、皆が退いていくのを確認しながら後ろへと下がっていく。横に並んでいるイルズも少しずつ下がる。
攻防を続けていると、ようやくマリシア達が来た道まで戻ることが出来た。私達二人も道の手前まで戻れた。すると、イルズがローマンに向かって指示を出した。
「ローマン、この道を塞げ!なるべく頑丈にな。それまで俺達はここで抑える。」
「分かりました!」
ローマンが返事をし、奥へと移動してから魔法を詠唱し始めた。イルズは私の方を向き、私は頷いて返した。イルズは無表情で何も言わずに魔物の方を見た。……今は魔物を止める事に集中しよう。私も前を向いて戦った。しかし、奥に居るオーク達とジャイアントスパイダーがこちらにやってくる。流石に他のと戦いながらアレらと戦うのは私には無理だ。イルズも今は無理かもしれない。私は爆弾に火を着けて、オーク達に向かって投げた。そして、
「イルズ、顔を伏せて目を閉じて!」
そう叫んで爆弾から目を背けた。
〈パンッ〉
小さい音が鳴り、閉じて暗い瞼の奥が明るくなって、また暗さを取り戻した。目を開けると、奥の魔物達は手で目を抑えて暴れており、振り回した武器が他の魔物にぶつけあっていた。自家製の閃光爆弾は上手くいったようだ。目の前の魔物達も少し動きが鈍っているように思える。勢いが弱まった攻撃を退け続けた、そしてようやく、
「お二人共、後ろに下がってください!」
その合図でイルズが先に戻り、私も最後の爆弾を足元に落としてから、イルズを追うように道の奥へと走った。少し経ってから後ろで爆発音が響き渡った。ある程度走ってから立ち止まり後ろを振り返ると、さっきの爆弾の黒煙が立ち上っている。どうにか逃げることが出来たが、壁が出来るまで油断は出来ない。私はそのまま前方の警戒をし続けた。しかしその時、
〈ドンっ〉
突然私の背中から衝撃が走り、前の方へと倒れた。何かが私の背中に当たったのだろうか、私は急いで立ち上がり戻ろうと後ろを向いたのと同時に、後ろの道が土の槍が幾つも飛び出し通れなくなった。土の槍に近づき槍の隙間から助けを求めようとした。しかし、その隙間を見た瞬間、信じたくもないが分かってしまったことがあった。
「――イルズ?」
隙間から無表情のイルズと目が合った。