第3話 ダンジョン
『ダンジョン』。それは未だに謎に包まれている存在。何故、何の為に、ダンジョンという存在を生み出したのか分かっていない。大昔から存在し、危険に満ち溢れている場所だ。
ダンジョンの構成は、ダンジョンの入り口の『ゲート』、ダンジョン内部、そして最深部にある『ダンジョンコア』で構成されている。ダンジョンに入るためには、必ずゲートを通らなくてはならない。ダンジョンがあったとしても、ゲートに入らなければダンジョンに入ることが出来ない。不思議な事に、正規の方法以外で入ろうとすると近くの場所に飛ばされるそうだ。最悪の場合、そのままどこか分からない遠くの場所まで飛ばされることがあるらしい。
迷宮を進み、『ダンジョンコア』を破壊する事でダンジョンを破壊する事が出来る。しかし、幾つものダンジョンを壊しても、どこかでまた新たなダンジョンが生まれる。そして、無尽蔵にダンジョンの中に魔物が生まれ続ける。それがダンジョンのゲートから溢れ出し、村や街に魔物が襲いに来る事もある。ダンジョンによって犠牲になった人も多くいるが、今もなお無くすことが出来ない。だからギルドは、ダンジョンを利用する事にした。
今回私達がする調査とは何なのか。それはダンジョンが『有益』か『無益』かを調査する為だ。魔物が無尽蔵に生まれ続けるという事は、魔物の素材が無尽蔵に取れるという事だ。勿論、それだけじゃない。ダンジョンには様々な種類があり、洞窟のダンジョンなら主に鉱物があり、森林ならポーションの素材の植物などが採れる。それに宝物もダンジョンに生まれる。偽物の時やハズレの時もあるけど、それでも良いものが入っている。そういった要素の良し悪しで判断し、有益なら管理して無益なら破壊する。その判断をするために調査を行う。
調査でやることは他にも、ダンジョンの内部地図の作成や罠の有無の調査もしていくが、これらは最初の調査後に数回に分けて行われる。最初の調査は魔物の主な種類と、ダンジョンの核である『ダンジョンコア』までの道を見つける事。コアまでの道を見つければ、ダンジョンを破壊する事も容易だ。ただし、特別な理由がない限り最初の調査ではコアを壊さず、調査後は必ずギルドへと報告が必須となっている。ギルドが最終的な判断をし、破壊する場合は再度コアまで向かう必要がある。
そもそも『ダンジョンコア』とは何か。基本的に見た目は白く発光する石だ。大きさは子供位の大きさからかなり大きいサイズまであるらしい。ダンジョンの核であり、ダンジョンに迷宮を作り魔物を生み出している。しかしそれ以外は分かっておらず、どうやってコアが生まれるかも定かになっていない。昔は魔力の溜まり場に出来るとされていたが、それとは関係のない場所に生まれている事で更に謎が深まっている。それから、コアの見た目が必ずしも石である訳ではない。極稀に……
「おい。」
その声と共に頭に激痛が走る。目を開けると、すぐそこにガイゼルが立っていた。頭を触ると髪に砂が付いていた。恐らく蹴って起こしたんだろう。
「さっさと起きろ役立たず。」
ガイゼルはそう言うと、自分の寝床へと戻っていった。私は黙って身体を起こし、黙って顔や髪付いていた砂を払った。怒りで今すぐ怒鳴りたい気分だが、他の皆を起こす訳にはいかない。息を深く吸い込んで心を落ち着かせて座り直した。
焚き火はそよ風に揺られ、パキッ……パキッ……と音を鳴らしながら燃えている。辺りはまだ暗いが、もうじき日が昇る。ふと、イルズの方を見ると、マリシアと一緒になって寝ている。顔は見えないが、なんとなく幸せそうな雰囲気を感じる。……もし、イルズが本当に英雄になったら、私はどうしたらいいんだろう。もしなったら今後、今まで以上に厳しい依頼を受けていく。今でさえ付いていくのもやっとの事だ。それに、私は彼の事が好きだが、彼はマリシアの事が好きなんだろう。それを邪魔したり奪ったりしようとは思っていない。……そろそろ気持ちを決めなくてはいけない時なのだろうか。揺らめく火をぼーっと眺め、日が昇るのを待った。
日が昇り始めた頃に皆が起き始めた。雑談をしながら朝食を終えてキャンプ道具を片付け身支度をし、ダンジョンへと向かった。キャンプ地からダンジョンまでそう遠くない。イルズが先導して向かった。森は相変わらず草木が揺らぐ音が聞こえてくるだけで、獣も魔物の声も鳥のさえずりも聞こえない。どうしてもこの不自然さが引っ掛かる。私は周りを見渡して警戒しつつ、皆に付いて行った。
「鬱陶しいですねぇ。」
後ろからそんな私を見ていたローマンが小声で言った。けれど、私は聞こえていないふりをして警戒を続けた。そしてようやく、
「着いたぞ。」
森の中に開けた場所に着いた。そして、目の前の崖に洞窟が開いていた。あれがゲートだ。私達はキャンプ道具を置き、再度装備のチェックをした。
「よし、全員大丈夫そうか。」
「大丈夫です。」「問題ないですねぇ。」「行けるぜ。」「……(コクっ)」「うん。」
全員が準備を終え、私は左腕に盾を通し、ランタンに火を灯して左腰に付けた。そして私を先頭に立ち、イルズとガイゼルがその後ろに、中衛にアイリス、後衛にマリシアとローマンが並びダンジョンへと足を踏み入れた。
ダンジョンの中は道は広く薄暗いが、ほんのりと明るさがある。それでもランタンの灯りが無いと進みづらい。私はゆっくりと先を照らしながらダンジョンを進んでいく。しかし、事前の情報にあった内部が不規則に作られるという情報があったが、未だに一本道が続いている。魔物もまだ遭遇していない。
「本当にここなんですか?目的のダンジョンは。念のため地図を書いてますが退屈ですねぇ。」
「油断するなよ、ローマン。この場所で間違いない。昨日来た時と中が違う。魔物も少しはいた。」
ベテランの冒険者に大きな被害が出ている程だ。油断はできない。すると、
「……敵。前から3体来る。」
アイリスがそう言った。私は盾を構え身構える。
『ギギッー!』
という甲高い声と足音が奥から響いてくる。恐らく声からしてゴブリンだ。私はそのままこっちに来るのを待っていた。しかし、
「オラッー!!」
そう声を上げ、私の後ろにいたガイゼルが突進した。そして、奥からガイゼルとゴブリンの叫び声が響く。私達は歩いてガイゼルの元へと向かった。少し先に進むとガイゼルと死体となったゴブリンが地面に倒れていた。
「ガイゼルさん。隊列を崩すのは良くないですよ。」
「肩慣らしって必要だろ?ここに来るまで何もねぇし、肩が鈍っちまって仕方がねぇんだ。」
ガイゼルはゴブリンの死体から槍を引き抜き、血を拭って肩に掛けた。
「アイリス、他に魔物は居るか?」
「……この辺りにはいない。……でも、この先にいる。」
アイリスの探知スキルは私達の中で一番優れている。魔物や動物以外にも罠も探知できるらしい。取り敢えず、この辺りは問題はないみたいだから安心し、私はそっとガイゼルが倒したゴブリンを見た。ゴブリンの緑色の体は見事に引き裂かれて、彼らの武器である棍棒は折れ、赤い血が辺り一面に撒き散らかっている。それを見て気になったことがあった。ベテランの冒険者達が失敗するには、あまりにも装備が普通のゴブリンと変わらない。もっと良い装備を着けていてもおかしくない。じっと見ていると、
「何か良い物でもありましたか?ニーシェさん。」
後ろからマリシアが声を掛けてきた。
「別に。なんでもない。」
そう言って私は先頭へと戻った。後ろからマリシアの小さな笑い声が聞こえてきた。
隊列を元に戻し、再び先へと進んだ。警戒をしながら進むも、ただ一本道が続いている。
「……近い。」
アイリスがそう言ってから少し歩くと、一本道の奥から光が見えた。ランタンの火を消して隠れながらその光に近づいてみると、横にも縦にも広い空間がそこに広がっており、更にその空間の奥に大きな道が見えた。そして、その空間には魔物が10、20程の複数の種類が混ざっていた。
「ゴブリン、コボルト、それにウルフか。楽な奴らばかりだな。」
「油断しないで。あの魔物達、全員装備を着けてる。」
さっきのゴブリン達と比べると、明らかに上等な装備を着けていた。もしかしたら、さっきのは斥候だったのかもしれない。
「アイリス、罠はありそうか?」
「……(フルフル)」
「分かった。ローマン、1発喰わらせてやれ。」
「分かりました。」
ローマンは杖を構え、詠唱の準備をした。他の私達は直ぐに動けるように構えた。
「[我が元に集え紅蓮の業火よ。炎の矢へと身を変え、我が敵を爆炎へと誘え]……【エクスバースト】!」
ローマンの杖から一本の炎の矢が撃たれ、魔物達の中心へと飛んでいく。魔物達はそれに気付き、目で追っていると、
〈バッーン!!〉
炎の矢は魔物達の中心に到達すると爆発し、魔物が炎に包まれた。その爆発と同時に私とイルズ、ガイゼルが飛び出し、炎から逃れた魔物がこちらに気付いた。私は炎から左側に回り、その中のコボルトを狙った。
「ハァー!」
剣でコボルトを斬り付ける。しかし、その斬撃はコボルトの左腕に防がれ、コボルトは後ろに飛んで下がった。私の斬撃は避けられたが、それでも左腕から出血し動かせそうには見えない。相手が体制を整える前に踏み込み、腰を狙い剣を横へと振った。
「ギャアアアア!!」
次の斬撃は狙い通りに腰へと当たり、コボルトは声を上げて倒れた。私は一旦後ろへと下がって周りを見る。他の魔物はイルズとガイゼルは魔物を次々と薙ぎ倒し、ローマンの魔法で減っているように見える。しかし、
「皆さん、奥から来てます!」
マリシアがそう叫ぶと、奥の通路から続々と魔物が来ている。私は左手に剣を持ち換え、バックから爆弾を取り出して奥に投げた。爆弾は奥の通路手前に落ちて爆発した。そして炎の壁が出来上がり、奥の魔物は足を止めた。
「ニーシェ、危ない!」
アイリスが叫ぶと同時に、突然炎の中からウルフが私に目掛けて飛び出してきた。ウルフが噛み付いてくるのを、咄嗟に右手でガードしてしまった。
「くっ……。」
手甲で牙が手に当たらなかった。しかし、噛み付きが強く振り解けず暴れられ、爪が顔や身体を引っ搔いてきた。更に、2体のゴブリンが私に向かって襲ってきた。
(不味い……!)
そう思った瞬間、2つの風切り音が私の側を通り、1本の矢がゴブリンの鎧を貫いて倒れた。もう1本の矢は盾に防がれ、ゴブリンは後ろへと下がっていった。その隙に左手の剣を落とし、ナイフを取り出してウルフの首を突き刺して引き剥がした。
「ありがとう、アイリス。」
「……いいから。」
右手に痛みはあるが動かせる。剣を急いで拾い上げて構えた。中央の炎を見ると、炎の勢いが弱くなっている。その炎の隙間から、平然と立っている魔物の姿が幾つも見えた。奥にもまだいる。
「[主よ、我等に光を導きたまえ。其の光は翼へと変わり、我等に力へとなろう]……【グラウンド・フェザー】」
マリシアが魔法を唱えると、彼女を中心に光の翼が私達を通過した。すると、身体の内から力が湧き、傷付いた身体の痛みも和らいだ。しかし、それと同時に中央の炎が消え、生き延びた魔物達が現れる。私は急いでアイリス達の前に立った。
「ガイゼル、一旦下がるぞ。」
「あぁ。……クソッ!なんだコイツらは。」
イルズとガイゼルが戻ってきて、隊列を組み直した。魔物の数は減っている様に見えたが、倒れた魔物の中に立ち上がってくるのが居た。奥には更に別の装備を着た魔物が混ざっている。この魔物達はただの魔物ではない気がした。
「コイツら、やけに手強いぞ。」
「出し惜しみしてますと、此方がやられてしまいかねませんね。」
魔物達はジリジリと此方に詰め寄ってくる。そして次第に魔物達の並びが変わっていった。それはまるで隊列を組み直すかのように……。こんなことは普通ない。種族も違い、意志疎通も取らずにこんなことをする事が。
「……皆、可能性の話なんだけど。このダンジョンに『マスター』が居るかもしれない。」
『マスター』とは、通常のダンジョンはダンジョンコアによって作られるが、そこに意思などはないとされている。マスターは意思を持った者で、コアと一体化しダンジョンを自由自在に作ることが出来る。そして、ダンジョンの全てをマスターと繋がっている。こういうダンジョンを壊すにはコアと一体化したマスターを倒さなくてはならないが、そのマスターの強さは未知数だ。
「冗談を言っている場合じゃないですよ。」
「あくまでも可能性の話。」
「……兎に角こいつ等を片付けて先に進まないと。マリシア達は援護を、俺達は確実に仕留めていくぞ!」
イルズの掛け声と共に私達3人は前に出た。後ろの3人が援護し始める。しかし、
「キャアァァァァァァ!」
突如、マリシアの叫び声が聞こえた。後ろを振り返ると、3人の頭上からアトーポスの群れが降り注いでいた。アイリスは短剣で自分の身を守っているが、残りの2人まで守れる程余裕がないようだった。
「イルズ!2人を守りに行って!」
「でも、」
「いいから!」
「……分かった。」
イルズは後ろへと戻り、マリシア達を襲っているアトーポスを倒している。私は爆弾を取り出して奥へと投げ、迫りくる魔物へと待ち構える。だが、ガイゼルは一人先へと向かい魔物を薙ぎ倒していった。
「ガイゼル、下がって!」
「うるせぇ!こんな奴ら――」
〈ダッーン!!〉
また上から魔物が落ちてきた。しかも今度はフル装備のオークが何体も降ってきた。不思議と上を見上げてみると、糸の束でできた橋が架かっていた。橋にはジャイアントスパイダーらしき姿が見える。幾種類の魔物が蔓延って、最早ここはモンスターハウスと化していた。事前の情報にもないジャイアントスパイダーまで出てきた。
「クソ、まだ来るのかよ。」
ガイゼルはそう言いながらオーク達と対峙した。私は近寄ってくる魔物を退けながら、なんとかこの場を守っていられる。イルズ達の方は、数が減ってはいるがアトーポスが未だに降ってくる。それでも、イルズのおかげでマリシア達は魔法で援護してもらえる。アイリスも器用に自分に近づく魔物を斬りながら矢を撃っていく。少しずつ倒していけばどうにかなるかもしれない。そう思った瞬間、
「アイリスさん!危ない!」
「えっ?」
ローマンが大声を上げたのと同時に、奥から巨石が飛んできた。それは魔物達の上を飛び、私達の所まで来た。爆発音が鳴り響き、巨石は砕け散って辺りに降り注いだ。私は盾で頭を防いだが、防げない所に石が当たる。目の前の魔物にも当たり、何体か倒れていった。しかし、
「アイリスさん!アイリスさん!」
ローマンの叫び声が後ろから聞こえる。後ろを見ると、アイリスが身体中から血を流して倒れていた。
1か月空いてしまいました。申し訳ございません。
今後は1週間、遅くても2週間位の更新でやっていくよう心掛けます。