第29話 これからの事
私達は公園に付き、あのベンチへと座っていた。テオは公園に着いた途端、ポーチから出て公園を走り回っていた。私はそれを見ながら、ゆっくりと身体を休めていると、
「今日は大変な一日でしたね。」
そうディアヌスが言った。
「フフッ、そうだね。でも、取り敢えずブロンズ階級になれた。これでようやく一歩進めた。」
私はディアヌスの方を向き、微笑みながら言った。これで正式な冒険者登録されているから、他の街や国に移動してもそこにあるギルドで活動できる。もう、この街から離れても生活には問題ない。しかし、
「……」
ディアヌスは微笑みながら、静かにテオの様子を見ている。それを見ていたら、心が締め付けられる様な感覚が襲ってくる。私は静かにディアヌスの横顔を見つめていた。すると、ディアヌスがそれに気付き、不思議そうに微笑みながら私の方を向いた。
「どうかしましたか?」
その表情を見ていたら、とても言いづらくなった。
もし私がこの街から、ディアヌスから離れたらどうなる?ディアヌスは再び、一人になってしまうのではないのかと。また、冒険者達や街の人達から蔑まれてしまうのではないかと、私の頭の中でそう考えてしまった。しかしそれでも、私がこの街に居続けるのは私自身が避けたい。私の事を知っている人と会う可能性がある以上、私はこの街には居続けられない。
……私は、ディアヌスに意を決して話した。
「私ね、もうこの街から離れて旅をしようと思っているの。」
「えっ……?」
ディアヌスは驚き、困惑した表情を見せた。そして、一瞬だけ暗い表情へと変わったが、ディアヌスは直ぐに表情を戻した。
「そうですか。どこに行くのですか?」
「……それはまだ考えていない。この国中を巡るかもしれないし、もしかしたら他の国に行くかもしれない。そんな目的のない、ただの長い旅をするつもりだよ。」
「それは、大変な旅になりそうですね。」
そう言って笑った。しかし、私は一瞬だけ見せた暗い表情を見過ごせなかった。私は考えて直ぐに、ディアヌスに一つの提案をした。
「ねぇ、ディアヌス。……もし良かったらだけど、私と一緒に旅に行かない?」
私は真剣な眼差しでディアヌスにその提案をした。ディアヌスは驚いた表情を浮かべ、私から視線を逸らした。唐突にそんな提案をしたら驚くのは当たり前だ。何よりこの旅自体、目的地のない場所へ歩もうとしているのだ。この街に帰ってくる事はいつになるかも、帰ってくる事すら分からない。そんな行く宛のない旅に、私はディアヌスを誘っているんだ。
時間が過ぎていき、私達の間に静かな風が流れていく。ディアヌスは静かに、目の前の光景を眺めていた。それを見ていると、もしかしたら断られると思い始めた。すると、ディアヌスは口を開いた。
「ヴィオさん、僕はあまり強くありません。きっと、ヴィオさんの足手まといになります。」
ディアヌスは真面目な表情で、自分を卑下にした事を言った。私は直ぐに立ち上がって、ディアヌスに向いて反論した。
「そんな事はない!ディアヌスは強いし、足手まといになんてならない!……それに、私はそんな事を気にしないよ。」
最後の言葉は何故か、声が小さくなってしまった。そんな事でディアヌスに断られる事が、私は悲しさを感じていた。しかし、
「僕は強くなんてないです。だって……僕と一緒に居て傷付いているのは、守ってくれているヴィオさんだけじゃないですか?自分の事ぐらい守る事が出来ていない僕は、ただの弱くて情けない人です。」
ディアヌスは首を横に振って否定した。私はそんな事を気にしてはいなかった。誰かを守る必要があるなら、私はその人を守るだけ。守って傷付くならそれでいい。弱いとか強いとか関係なく、守れる人が守るべきだと思っているからだ。ただ、ディアヌスはそれを気にしていた様だった。一緒に来ないのが分かった途端、私は悲しくなってしまった。すると、
「でも、足手まといになっちゃうかもしれないですけど、僕はヴィオさんと行きたいです!今度は、僕がヴィオさんを守れる様に頑張りますから!!」
ディアヌスは立ち上がり、私に向かって強くそう言ってくれた。私はそれを聞いて鼓動が高鳴った。ディアヌスが付いて来てくれる事を嬉しく思い、喜び微笑んだ。そして、ディアヌスに手を差し伸べる。
「行こう、ディアヌス!一緒に旅へ。」
「はい!」
ディアヌスは差し伸べた手を掴み、私達は握手を交わして笑い合った。
「キュウ!キュウ!」
テオもいつの間にか私達の足元に戻ってきて、祝ってくれているかの様に私達の周りを飛び跳ねていた。
「あ……。」
「?……どうしたの?ディアヌス。」
そう聞き返すと、ディアヌスは目線を逸らした。その様子を見ていると、恥ずかしがっている様に見える。何も言わずにジッと見ていると、
「そ、その……、カッコつけて言ってしまったばかりなんですが……。あの、旅に出る前に一つだけお願いがあって。」
ディアヌスは顔を赤らめて言った。私はそれを見て、少し笑いながら聞いた。ディアヌスはそれを不服そうに見た後、深呼吸をして話した。その表情は真剣さがある。
「一日だけで良いので、王都に行きたいんです。そこで済ませなくちゃいけない事があるんです。」
「王都?……そう言えば、ディアヌスは元々王都に住んでいたんだっけ?」
「はい。今はこっちでお金を稼いでいただけですから。」
「そうだったね。一日だけで良いの?私に何か手伝える事があればやるよ?」
私はそう聞いたが、ディアヌスは首を横に振った。
「そんなに時間は掛かりませんし、持っていく荷物とかは少ないですので大丈夫です。……それに、これは僕がやらないといけないですから。」
ディアヌスのその眼差しは、どことなく真剣な感じがした。それを見て、私はこれ以上口出しをするのは止める事にした。
「うん、わかった。」
それから、私達は旅の計画を立て始めた。そこまで明確に計画を立てていないのだが、ある程度日程を決めていった。数日後にこの街を去って王都に行った後、王都から北にある街へと進むことにした。街を転々と移動して依頼をこなしていきながら、国中を旅していくという計画だ。無計画に近く、目的地がない旅ではあったが、ディアヌスは大いに賛成してくれた。私達はその旅を楽しみにしているのも、計画を立てるのも楽しんでいた。
「でも、いつかはゆっくりと定住出来る場所に行きたいですね。」
ディアヌスは計画を立てながらそう言った。確かに旅を続けていくのも悪くはないが、帰る場所位は持っていても損はない。
「そうだね。いつかはそんな場所を目指したいな。」
私はそう笑って言った。
そうして楽しい時間は少しずつ過ぎていき、いつの間にか日が暮れ始めていた。細かい計画はまた旅に出た時にすることにして、旅の準備をまた明日から進める事にした。
「それじゃあまた明日ね、ディアヌス。」
「はい。また明日、よろしくお願いいたします。」
ディアヌスはそう一礼をして、別れようとした。その時、私はふと思い出した事があり、ディアヌスに駆け寄った。
「ディアヌス、ちょっといい?」
「どうしましたか?」
ディアヌスは不思議そうに私に振り返った。
「一つ、ディアヌスに言っておかないといけない事があってね。」
「――?なんですか?」
私はディアヌスに顔を近付けた。ディアヌスは少し驚き、身を後ろに引いた。
「また助けてくれてありがとね。」
私はそう微笑んでお礼を言った。ディアヌスは顔を赤らめて頷き、そっぽを向いてしまった。私はディアヌスの頭を撫でて、別れを告げた。
「じゃあ、ディアヌス。また明日ね。」
私はディアヌスに手を振り、宿へと足を進めていった。




