第28話 階級認定
「ハァ……ハァ……。」
私は戦技を放った状態のまま、ただそこに立って荒くなった息を整えていた。砂煙が周りを包み、目の前の光景すら見えない。しかし、時間が経つにつれて徐々に砂煙が晴れていく。ようやく私の目の前も見え始め、周りの人も私達も見る事が出来る位に晴れた。すると、観客達が少しずつ騒がしくなる。
「お、おい、アレ……。」
私が突き刺した刀は、ウォーバーの頭から横にずれて外れていた。そして、その剣先の先には衝撃波の様に地面が抉られており、更には訓練場の壁にまで穴が開いていた。それを見ていたら、流石にこれをぶつけていたら死んでいたかもしれないと、私はそう思った。私はゆっくりと、刀をウォーバーから離して地面へと下した。
「……それじゃあ、私の勝ちって事で良いよね?」
私はそう言うも、ウォーバーは目を閉じて静かなままだ。私は血の槍に意識を送って元の液体に戻し、ウォーバーを拘束から離した。ウォーバーはそのまま倒れる様に、膝を付いて四つん這いになって地面へ倒れた。その間も声を出さず、動きもしなかった。
(気絶したのかな?)
私はそう思い、鞘に巻き付いた金の縄を元に戻して刀を背負った。そして、訓練場の外に居るディアヌスの元へ向かおうと、後ろを振り向いて歩き始めた。ディアヌスは嬉しそうな表情を浮かべており、それを見て私も緊張が解れた。しかし、ディアヌスのその表情は直ぐに一転する。
「ヴィオさん、後ろです!!」
そうディアヌスが叫び、私は慌てて後ろを振り向いた。いつの間にか、ウォーバーは立ち上がって斧を振り上げていた。刀を抜こうにも、血に意識を送るにも、どちらにしても防ぐのには間に合わない。
「この……クソ女!!」
ウォーバーが叫びながら斧を勢い良く振り下げた。するとその時、
「『ドールハウス・プロトストゥ』!!」
<キーンッ――!>
私達の間に人影が入り込み、剣撃の音が訓練場に鳴り響く。ウォーバーが振り下げてきた斧を、その人影が持つ剣で受け止めていた。その人影をしっかりと見ると、それはディアヌスが使っていたあの人形の一体だった。
「――んなっ!?何だこれは!」
ウォーバーは驚いて怯む。私はその隙にウォーバーから離れて、刀の柄を握った。人形も斧を弾き飛ばして私の横へと並ぶ。
「ヴィオさん!」
ディアヌスが訓練場に入ってきて、私に近付いてきた。私は無言で、ディアヌスの方に手を伸ばして制止させた。ディアヌスは立ち止まり、それを見てからウォーバーを睨み付けた。
「一体、何のつもり?試験は終わった筈よ!」
「ウルセェ!!試験はまだ続いている。俺はまだ負けていないからな!」
ウォーバーは私に指を指して、強い剣幕で言い放った。私はそれを聞いて、呆れと同時に後悔をした。
(どうしても、私を勝たせたくないのか……。)
あの戦技を当てていれば、少なくともこんな面倒臭い事は起きなかった。とはいえ、あんな威力をぶつければ、タダでは済まないのが目に見えている。
「それに何だソレは?そこのヌーバスのガキの物か!?……クソ!俺の邪魔をしやがって!」
ウォーバーはかなり怒り狂っている。流石にディアヌスがここに居たら危険だと思い、私はディアヌスの方を向いた。
「ディアヌス、人形と一緒に外に出ていて。」
「でも、ヴィオさん……。」
「私は大丈夫だよ。安心して?」
私はそう言って、ディアヌスに微笑んだ。ディアヌスは静かに頷き、人形と共に下がっていく。私はそれを見届けてから、ウォーバーの方を向き直してゆっくりと鞘の金の縄を解く。ウォーバーも再び斧を構え、私達は睨み合っていた。――するとその時、
「これは、一体何の騒ぎだ?」
突然、誰かの声が訓練場に響く。私達はその方向へ向くと、外側に居た冒険者達が騒ついて道を開け始めた。その道の奥先に険しい表情を浮かべた五人の人が立っており、開いた道を歩いて内側に入ってくる。私はその人達の顔を見ていると、真ん中に居る一人に見覚えがあった。その人は私に気付き、顔を和ませた。
「ガルロットさん……?」
「ようお嬢さん。元気にしておったか?」
ガルロットさんはそう言い、私達の間に近付いてきた。そして、私の身体を見回す。
「随分と派手にやられた様だな。――おい、誰かこの子の治療をしろ。」
そう指示すると、ギルドの職員の数名が慌てて側に駆け寄り、私を訓練場の端に連れて治療を始めた。ディアヌスも職員と共に私の側へと来た。けど私はその間、ガルロットさんを不思議に思いながら見ていた。すると、ガルロットさんはウォーバーの方に向いた。
「さて、ウォーバー。これはどういう事か、説明して貰おうか。」
「ギ、ギルドマスター。い、いつ……こちらにお戻りで?」
私はそれを聞いて驚いた。まさか、ガルロットさんがギルドマスターだなんて。初めて会った時の事を思い出すと、とてもそんな人だったとは思えなかった。
「実戦試験が対人による実戦……。しかも、訓練用の模造を使わずに真剣を使うなどと。」
「こ、これには……その……理由が……。」
「何の理由だ。彼女の評価内容を見たが、どれも階級認定に差し当たりはない。試験免除の規定も達している。一体、何が問題だと言うのだ?それに、真剣を使わなければいけない理由もないだろう?」
ガルロットさんはウォーバーへと詰め寄る。ガルロットさんの声は私達の所までは届いているが、その威圧感は訓練場全体まで広がっている。周りに居る人達も、私達も、その威圧で手に汗が溢れてくる。それを間近で受けているあの男には、相当な威圧を真に受けているだろう。
「ふ、不正があったのです!それらの依頼の殆どに!」
「不正?」
「そうです!証拠だってあります!!」
ガルロットさんは私の方を向いた。一瞬、心臓の鼓動が高鳴ったが、直ぐに落ち着いた。ガルロットさんが微笑んでくれたからだ。そして、直ぐに前へと向いた。
「それは、コイツらが集めたという証拠品か?――おい!連れてこい!!」
ガルロットさんがそう言うと、ガルロットさんと共に来た四人が部屋から出ていく。しかし、直ぐに戻ってきた。今度は縄で拘束されている人達を連れて。拘束されている人達の顔を見てみると、どれも見覚えがある顔だった。四人がその人達は訓練場の中に入れ、ガルロットさんの横に膝を着かせて座らせた。ウォーバーはそれを見て、驚きの表情を隠せていなかった。
「な、何故……?」
「半年前からこの街で、盗みや暴行等の犯罪を行っている冒険者が居るという話があってな。しかし、何故か騎士団達がその足を掴むのに手間取っていたんだ。すると騎士団の内部で、どうやらこのギルドに内通者がいるのではないかという疑惑が出てな。そこで儂が動いて独自に調査をしていた。すると、ギルド内にて不正が行われていた事が隠されていてな。辿っていくとコイツらに当たったんだ。……それとお前も。それで、コイツらから貰ったんだろ?その証拠とやらは……。」
「そ、それは……」
「ウォーバー・ジルヴィッタ。貴様を副ギルドマスターから解任、並びにギルド協定違反、犯罪幇助の疑いで拘束させて貰う。」
ガルロットさんがウォーバーへと近付き、ウォーバーは怯みながら後ろへ下がっていく。私は心の中で、
(やっぱり、あの人達と繋がっていたか。)
そう思いながら、二人を見ていた。するとその時、
「――!!この、クソジジイが!!!!」
男はガルロットさんに向けて斧を振り被る。
「ガルロットさん!!」
私はそう声を上げていた。斧が振り下げられて、ガルロットさんに当たりそうになる。しかし、
「甘いのぅ、若造。」
<ガンッ!!>
ガルロットさんは一瞬の間にウォーバーの持つ斧を蹴り上げ、遠く後ろへと飛んで落ちていく。ウォーバーはそれを顔を動かして追おうとすると、ガルロットさんはウォーバーへ詰め寄り、右手を顔に一撃を決めていた。ウォーバーはそのまま吹き飛ばされ、ピクリとも動かなくなっていた。ガルロットさんは構えを解き、殴った右手を軽く振った。
「ふう、やはり身体が鈍っておるのぉ。……おい!コイツも拘束しろ。そのまま騎士団に渡して来い!」
「はっ!!」
武装したギルドの職員達が副ギルドマスターだったウォーバーを拘束し、先に拘束されていた人達と共に外へと連れていかれた。私とディアヌスはそれを見届け、お互いの顔を見合って安堵していた。
「キュウ!」
テオがディアヌスの腕の中から私に飛び付き、無事を確かめるかの様に頬を舐めてくれた。
「いやー、すまなかった。まさかアイツが、ここまで好きにしているとは思わんかったわ。」
ガルロットさんはそう笑って言った。私とディアヌスはあの後、私の傷の治療が終わった途端にギルド二階のギルドマスターの部屋に連れて来られた。ソファに私達が隣り合って座り、その向かいにガルロットさんが座っている。しかし、部屋の中は他の人達もおり、慌ただしく部屋を歩き回っていて騒がしくなっている。
「すまないな、騒がしくて。儂が居ない間に色々とトラブルを持ち込まれた様で、当分はその処理に追われてしまうみたいだ。」
「いえ、お気になさらず。ガルロットさん、助けて頂いてありがとうございました。」
私は頭を下げて、ガルロットさんにお礼を言った。しかし、
「儂がお礼など言われる筋合いはない。こんな事を起こしたのも、あの男を副ギルドマスターに任命したのも、全て儂の責任だ。すまなかった。お嬢さんも少年にも……。」
ガルロットさんはそう言い、私達に頭を下げて謝ってきた。私は直ぐに頭を上げる様に言った。すると、
「あの、ところでヴィオさんのブロンズ階級って、どうなるのですか?」
そうディアヌスが、ガルロットさんに言った。ガルロットさんは顔を上げ、笑顔で話し始めた。
「ああ、それは問題ない。さっき言った通り、お嬢さんの認定も試験免除も合格している。ここで認定しておこう。仮登録証を出してくれるかい?」
「は、はい!」
私は少し緊張をしながら、ギルド証を取り出した。ガルロットさん達はその間に、書類や石盤の魔道具の準備等をしている。
「ガルロットさん、ギルド証をどうぞ。」
「おう。ちょっと待っときな。」
ガルロットさんはギルド証を受け取り、書類と共に石盤の上に乗せた。すると、石盤がほんのりと輝き始め、書類とギルド証が石盤の中へと溶け込んでいく。そして全てが溶け込んだ後に少し経ち、輝きと共に一枚のブロンズカラーのギルド証が石盤の上に出てきた。ガルロットさんはそれを取り、私に差し出した。
「おめでとう、お嬢……いや、ヴィオさん。これで君も正式な冒険者だ。」
ガルロットさんがそう言い、私はそれを受け取った。ギルド証には、『ヴィオ』という今の私の名前が刻まれている。これでようやく、再スタートをきれた気がした。
「おめでとうございます、ヴィオさん。」
ディアヌスが横から言ってくれた。私はディアヌスの方を見て微笑んだ。
「ありがとう、ディアヌス。」
そうお礼を言い、私達は笑い合っていた。すると、
「ま、いくら冒険者経験があるとはいえ、あんまり無茶はせんようにな。」
ガルロットさんはそう笑って言った。私は驚き、ガルロットさんの方を見た。その表情は、何でもお見通しの様な表情をしていた。
「……は、はい。」
私は顔を伏せてそう返した。
その後、ガルロットさんも忙しくなる様で、私達は部屋から出て下の階へと戻っていった。下の階に戻ると、受付の奥では慌ただしく職員が駆け回っており、周りに居る冒険者達は私達に気付くと気まずそうにこちらを見ていた。私達はそれを横目で見たが、特に気にせずにギルドから出ていく。流石に今日は疲れてしまった為、ディアヌスと約束していた依頼には行けそうになかった。ディアヌスもそれを察して、私と一緒に出ていく。そして、その足は再びあの公園へと向かっていった。




