第27話 実戦試験
私達は訓練場に赴くと、既に副ギルドマスターであるウォーバーが、装備を着けて訓練場の内側で待っていた。訓練場には他の冒険者達は居ない。訓練場を見渡していると、ウォーバーが私達に気付いた、
「やっと来たか。怖じ気着いて逃げたと思ったぜ。」
そう言って背中に担いでいた大斧を抜き、地面へと突き立てた。試験の割には、ウォーバーの装備は随分としっかりとしている。それよりも、まさか真剣同士でやり合おうと思っているのだろうか?
「これは試験ですよね?まさか、その武器を使おうとしているんですか?」
私はそう言い、訓練場の端にある模造の剣を見た。しかし、
「実力はあるんだろ。何か問題でもあるか?」
「……」
本気であの武器でやる様だ。普通の人なら軽い怪我で済む訳がない。私も普通なら恐らく大怪我をするだろう。……だけど、ここで退いたら負けだ。ウォーバーが武器を使うなら、私も堂々と使ってやるだけだ。私は覚悟を決めて、テオをディアヌスに預けた。
「ヴィオさん、気を付けて下さい。」
ディアヌスがテオを抱き締めてそう言った。テオは鳴かなかったが、心配そうな表情を浮かべている。
「大丈夫だよ。」
私は二人にそう言い、訓練場へと入っていった。ウォーバーは私を見て、ニヤリと笑う。
「さあ、さっさと片付けさせて貰うぞ。」
私はゆっくりと刀を抜いて構えた。ウォーバーは斧を肩に担ぎ、私達は睨み合っていた。静かな時間が私達の間に流れていく。
(相手は副ギルドマスターで、ゴールド階級を持つ人。いくら元冒険者だったとはいえ、下手に動けない。)
私は相手が動くのを待ちながら、刀を握り締めて警戒をしていた。するとその時、ウォーバーが私に目掛けて走ってきた。肩に担いでいた斧を両手で持ち、勢い良く私に振りかぶった。私はそれを、後ろに大きく跳んで避けた。斧が地面に当たると、その場所の地面が鋭く隆起する。私は大きく跳んでいたおかげで、隆起した地面に当たらずに済んだ。
(危なかった。)
私は体勢を立て直して走り、右から回り込んでウォーバーに近付く。そして、刀を大きく横に振った。ウォーバーは直ぐに斧を地面から抜き取り、私の攻撃を防ごうとする。私の刀が斧に当たると、力が込めた攻撃でウォーバーをそのまま後ろの方へ押していく。
「ハアァァァ!!」
私は振り切る様に、更に足を一歩踏み出して力を込めた。
「――クッ!?この野郎!」
ウォーバーは押し返して止め、私達は拮抗状態になっていた。
(これ以上は……押し込めない!戦技をここで使うべきか?)
私は今の状況を見てそう考えた。今日まで戦技の訓練をしていたとはいえ、それでも自由に何度も使える訳ではない。無理をすれば限界以上に使えるだろうが、それで倒せなかったら終わりだ。しかし、出し惜しみして負けたら意味がない。使う瞬間を見極めなければ。そう考えていた次の瞬間、
「舐めるなよ![其の力は強き蹄。地の底へと伝う力。――」
(――!?マズイ!)
私は魔法を避けようと、刀から力を弱めた。私はウォーバーの力に押され、後ろに倒れそうになる。そして、ウォーバーは私へ向けて手の平を広げて伸ばした。
「――空から大地へと踏み鳴らし、我が敵を粉砕せよ。]【グラウンドスラム】!」
詠唱を終えると魔法が発動させれた。私は魔法に当たらない様に、倒れる間際に地面を強く蹴って遠くへと倒れた。その瞬間、私が居た場所に強烈な衝撃が起きる。地面は大きく凹み、その衝撃の中心から亀裂が走っていた。私は直ぐに立ち上がり、刀を構え直した。そして、ウォーバーの顔を見て深呼吸をした。
「チッ!……逃げ足は意外と素早いな。」
ウォーバーはそう言って斧を持ち直す。そのまま、私達は間合いを取りながら右に回って動いていく。
(力勝負なら互角位。ただ、魔法に関してはあっちが上だ。さっきみたいに押し合いをしても、魔法を使われたらこっちが不利になる。……一気に押し込もう。)
私はそう考え、刀を後ろに構えて走り出した。ウォーバーはそれを見て待ち構える。刀の間合いに入り、刀を大きく振るう。
「ハアァァ!」
ウォーバーはその攻撃を避ける。しかし、私は反撃されない様に、更に刀を二度三度と振るう。ウォーバーは避けながら、少しずつ後ろに下がっていく。
「クッ!?舐めるな!」
ウォーバーは怒号をあげて、斧で反撃をしようとする。私はその瞬間を狙い、戦技を放つ。
「『戦技:連牙斬』!」
<キンッ!キンッ!>
放った戦技の二撃が鎧へと当たる。そして、斬られた鎧はいとも容易く大きく斬り裂いた。それを見て私は咄嗟に、三撃目を大きく空振らさせた。ウォーバーは慌てた様子で、私から後ろに離れて行った。
(危なかった。この刀の切れ味は良過ぎる。勝てば良いのだが、大怪我を負わせてしまってはいけない。……やはり私だけでも、あの訓練用の剣を使った方が良かったかもしれない。)
私も後ろに下がって間合いを取る。すると、ウォーバーは傷付いた鎧に手を伸ばし、傷に沿って指でなぞった。そして、その手を握り締めて私に怒りを向けてきた。
「テメェ!よくもやりやがったな!!」
ウォーバーは大きく斧を大きく振り上げた。
(もしかして戦技!?)
私は咄嗟にそう思い、刀で身体を守る様に構えた。その次の瞬間、ウォーバーは大きく上に跳び上がった。そして、
「喰らえ!『戦技:飛天裂回断』!!」
ウォーバーは身体を回転させながら、私の方へと向かって飛び降りてきて、私は咄嗟に後ろに下がった。しかし、ウォーバーが地面に着地と同時に斧が地面へと振り下ろされ、地面の隆起と共に地震の様な地響きが起きる。私はその地響きで足元がふらつき、上手く立てなくなった。すると、
「そこだ!!『戦技:剛破衝』!!」
「しまっ――」
斧を横から一気に振られ、その攻撃を刀で防ごうと構えた。しかし、防ぐのが間に合わず左肩を斬られ、斧から発した衝撃波で大きく吹き飛ばされてしまった。私の身体は端近くの地面まで飛ばされた。身体に衝撃と痛みが走り、私は痛みに耐えながら身体を起こした。
「――っ。やられたな……。」
左肩を見ると、傷口から血が腕を伝って流れ落ちて、服に血が染み渡っていく。傷はそこまで深くなく、この位の傷なら治るのに時間は掛からない筈。刀を握る位なら問題はなさそうだが、治るまではさっきの様に力勝負を挑むのは良くない。私は直ぐに立ち上がって刀を構えた。
「フンッ!まだ立ち上がれるか。」
「この程度でやられる訳にはいかない。」
そう言ったものの、どうやれば勝てるのだろうか。良い意味ではあるが、この刀はそこらの武器よりも切れ味が良い。下手に斬ってしまえば、鎧ごとあの男を斬ってしまう可能性がある。あの男に怒りはあるものの、流石にこれは試験だ。殺してしまうなど、最悪の状況にはしたくない。それと、私のあの力もなるべく見せたくはない。そう考えていると、
「皆さん!!今は試験中です。入らないで下さい!!」
「そんな事言うなって。俺達は呼ばれて来たんだからさ?――おい、見てみろよ。」
外側から声が聞こえ、徐々に騒がしくなる。声のする方を見てみると、何故か止めるギルド職員を押し退けて、複数人の冒険者が次々と訓練場へと来る。そして、内側に居る私達を見始めた。私も外に居るディアヌスも困惑しているが、目の前のこの男は何故か笑っている。……ここに来る前に何かをしたのだろう。私はウォーバーを睨み付けた。
「どうした?何か気になる事でもあるか?」
「もう一度聞きますけど、これは試験ですよね?どうして観客が来るのでしょうか?」
「観客?いいや、彼らも立派な試験官。俺が呼んでおいたのさ。――どうした?文句でもあるならここで辞退でもすれば良いだろ?辞退しようがしまいが関係ないがな。」
「試験官……?」
ウォーバーはそう笑って言い、私は更に困惑した。明らかに彼らは冒険者で間違いない。普通ならギルドの職員がやるべきだと思うが、特別に呼ばれたのかもしれない。だがその様子を見ていても、試験官なんかよりも見物客の様に見える。試験官の様な真剣さを感じ取れない。じっと見ていると、ふと嫌な予感が脳裏に浮かんだ。……もしかして、例えこの男に勝てたとしても、あの冒険者達が合格を出さなければブロンズ階級に認定されないのではないのか?もしかしたらこの試験は、最初からそのつもりだったのではないのか?あの男に勝っても認定されない。負けても辞退しても、笑われて終わるだけなのでは?そんな予感が浮かぶ。
(……でも、だからといって辞退や負ける理由にはならない。認定されなかったとしても、この男の顔面位は殴り飛ばしたい!)
私は左肩を治ったのを確認し、左手を前に伸ばした。そして、
「[火よ。火球になりて飛び立て]【イグニート】。」
私の手から火球が現れ、ウォーバーに向けて真っ直ぐに飛ぶ。ウォーバーはそれを横に跳んで避ける。もう一度イグニートを唱えるが、容易く避けられた。
「フッ、それしか唱えられんか!」
そう言われるも、私は何度も唱えた。ウォーバーは魔法を避けながら少しずつ前に進み、やがて刀の間合いに入った。私は直ぐに、ウォーバーの先の地面に手を伸ばす。そして、
「【エアロショット】!」
風の弾丸を地面へ向けて放つ。地面に当たると砂煙が舞い上がり、私達はお互いの姿が見えなくなる程に視界が悪くなった。
「ッ!クソ!」
ウォーバーはそう言うと、足音が徐々に私から離れていく。私は刀を後ろ側に向け、峰で斬る様に刀を持ち直す。そして、足音のする方向へ走り出した。後は自分の感覚を信じ、間合いに入ったと思った瞬間に私は刀を強く握り締めた。
「『戦技:弧月一刃』!」
<ドッ!!>
刀を下から上へと、弧を描きながら砂煙と共に斬り裂いた。しかし、私の手には手応えがあるも、何かがおかしい。鎧の様な金属を斬った様ではなく、何か別の硬い物を斬った感覚がした。
(何?これは……。)
斬撃が通った場所から砂煙が晴れていくと、そこにはウォーバーの姿がなく、土の壁が目の前にそびえ立っていた。振った刀はその壁を斬り裂いただけの様で、壁には斬撃の跡が付いている。
(あの男はどこに行った!?)
私は慌てて周りを探そうとすると、
「ヴィオさん!右からです!!」
ディアヌスがそう叫び、私はその方向を見る。ウォーバーは土の壁の陰から飛び出て来て、斧を上に掲げていた。既に振り下ろす動作から、もう避けようにも避けれる程動けない。確実に直撃するなら、致命傷だけは避けなくては。私はそう思って咄嗟に、右手を刀から離して手甲で防ごうと上に掲げた。
「くたばれ!『戦技:風流牙』」
風が斧の斬撃に纏った。手甲に斧が当たると、纏った風が私の身体を無数に切り裂いて襲ってくる。更に斬撃の重みで、右腕から身体を押さえつけられる。手甲で守ったおかげで斧の勢いがなくなったが、ウォーバーは更に力を込め押さえつけ様としてくる。次第に守っている手甲が割れ始め、ゆっくりと斧の刃が皮膚を切っていく。
「クッ……!!」
私はなんとか耐えているも、この間も風が身体を切り裂いていく。身体のあちこちから血が流れ、地面に垂れ落ちている。流石にこのままだといけないと思い、左手で刀を弱々しく振るった。ウォーバーはそれに気付き、私から離れて避けた。風もそれと同時になくなったが、身体は既にボロボロとなって力が入らない。私は刀の先をを地面に突き刺し、身体を支えた。
(身体中が痛い……。)
私は傷付いた身体を見た。傷は右腕以外は深くはなく、時間が経てば直ぐに治るだろう。しかし、右腕は傷が少し深い。手甲が硬かったおかげで斬り飛ばされる事はなかったが、この傷を完全に治すには時間が必要になりそうだ。そう考えている時間の間、足元には私の血が広がっていく。それを見ていると、一つ勝機を思い付いた。こんなに目に付く場所で使いたくはなかったが、この男に勝つ為には贅沢は言っていられない。
「ヴィオさん!」
考えにふけていると、ディアヌスの声が聞こえた。私はディアヌスの方を向いて微笑んだ。大丈夫という意味で笑ってみたが、ディアヌスは不安そうな顔を浮かべている。すると、
「あのガキのおかげで助かったか。フンッ、あんな英雄モドキに助けられて惨めだな。」
ウォーバーはそう言って笑いだした。私はその笑い声を聞きながら、静かに刀を鞘へと戻す。心の中には怒りが満ちてきた。
「ついに負けを認めたか。全く、手間を掛けさせ――。」
「いいえ。」
ウォーバーが喋っている途中で私は否定し、ウォーバーを睨んで強く言い返す。
「あの子は……ディアヌスは私の事を助けてくれた。英雄モドキなんかじゃない!!」
私は左手で鞘に付けている金の縄を取って外し、刀を鞘に入れたまま構えた。金の縄を手放すと、鞘へと勝手に巻き付いて固定された。これで振り回しても、縄が邪魔になることは無い。
「テメェ……何の真似だ?」
「見て分からない?まだ負けを認めていないって事よ。」
私はそう言ってウォーバーに刀を突き付けた。これなら、刀の切れ味が良くても斬れはしない。少し鞘の重さ分が重くなっているが、それも気にする程ではない。
「これで、遠慮する事なく全力で叩き込めれる。」
「……」
ウォーバーは不機嫌そうな表情を浮かべる。そして斧を肩に担ぐと、下を向いて手で顔を隠した。私は直ぐに動ける様に、刀を構え直した。すると、ウォーバーは顔を上げて私を見る。
「面倒臭い奴だな。ここで降参すれば痛い目に遭わずに済むのに、お前ごときが俺に勝てる訳がないだろ。」
この男の自信はどこから来るのかは知らないが、随分と舐められているのに腹が立つ。しかし、私はあえてそれを利用した。
「そう?――なら、さっさと倒してみなよ。さっきから大口叩いている割に、随分と苦戦している様に見えるけど?……その程度で大口を叩かないでくれないかな。」
私がそう言うと、ウォーバーは私を睨み付けて怒りをあらわにした。
「舐めるなよ!このクソ女!!」
ウォーバーは斧を構えて突進してきた。私は近付くのを待った。ウォーバーを一瞬でも動けない状況にするために。
(次の一撃で、確実に仕留める!)
ウォーバーは私に近付いて空へと跳んだ。その瞬間、さっきの戦技を使うと察して、今居る場所から後ろへと跳んで離れた。しかし、
「遅い!『戦技:飛天裂回断』!!」
ウォーバーの戦技が再び私に向かってくる。身体を後ろに逸らして、なんとか斧の直撃だけは避けれた。だが、斧が地面に振り下ろされると、地面が隆起して私を襲う。それは避ける事が出来ず、隆起した地面の一部が私の脇腹へと突き刺さる。
「グッ――!」
後ろに跳んでいたお陰で深く突き刺さらずに抜けたが、それでも大きな傷が出来て血が流れ落ちていく。私は後ろに着地したと同時に、そのまま尻を着いて倒れた。
「どうした!舐めた事を言った割に、もうくたばりそうじゃないか!」
ウォーバーは大きな声で言い、私はウォーバーの方を見た。ウォーバーは周りの観客達を見回しながら笑っている。さっきまで『私が居た場所』に立って……。
「もう、貴方の敗北よ。」
「はっ?」
私は直ぐに手をかざし、ウォーバーの足元にある私の血へと意思を繋げる。その血は幾つもの槍と変化し、ウォーバーの身体を拘束する様に曲がりくねって伸びていく。
「な、なんだこれは!?」
ウォーバーが驚いている内に、血の槍が身体に絡みついて動けなくなった。ウォーバーは拘束を解こうと暴れるも、血の槍を壊す事も抜け出す事も出来ない。私はそれを見ながらゆっくりと立ち上がる。
「言ったでしょ。貴方の敗北だって。」
私は深呼吸をした。そして、右手の痛みに耐えながら刀を地面と水平に持ち上げ、左手に鞘を乗せて剣先をウォーバーへと狙いを定める。ウォーバーもそれに気付き慌て始めた。
「ま、待て!……分かった、俺の負けで良い!!認定もさせてやる。だから――」
ウォーバーはそう暴れながら懇願するも、私は止まろうとしなかった。強く一歩を踏み出して走った。
「やめ――!!?」
ウォーバーに一気に近付き、戦技を発動すると同時に勢い良く刀を刺し伸ばす。
「『戦技:剛波絶衝閃』!!」
「ヴィオさん!!!」
<ドンッ!!!!!…………>
訓練場に爆発音が響き渡る。砂煙が舞い散り、辺りは何も見えなくなった。




