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第25話 血の記憶 『魅羅雲 弦慈』

 私は机の前に立ち、装備を外していた。日は既に落ちて暗くなり、窓の外は街灯の光で照らされている。

「今日もこれで終わり、ようやく明日なのか。」

 あれから一月もの時間が流れ過ぎた。一人で薬草採取や魔物討伐の依頼をこなしていった。魔物との戦闘で戦技の訓練をしており、少しだけ感覚を掴む事も出来た。それから、ディアヌスとも一緒に依頼も受けたりした。主に薬草採取ばかりだったが、この街や周りの事も教えて貰ったりしていた。とても楽しい時間だったのだが、日に日に冒険者ギルドにて私の事をヒソヒソと話している人も多くなった。それを気にする程暇ではなかったが、流石に多いと気にしてしまう事も多くなってしまった。恐らく、ディアヌスと一緒に居るからディアヌスとの何かしら話だろうと思うけど、このギルドに来る殆どの人達が喋っているんじゃないかと疑う位多い。とはいえ、ようやくこの日が来た。私が仮登録して一月、依頼も十分に達成できたし、魔物の討伐もこなしてきた。これで正式にブロンズ階級からのスタートになる。けれど何かあった時の為に、明日の準備も念の為にしっかりとしておく。すると、

「キュウ!キュウ!キュウ!」

 テオがポーチの中に潜って暴れていた。いつもポーチの中でゴソゴソと動いているが、今みたいに暴れる程動く事はあまりない。

「どうしたの、テオ?」

私は不思議に思ってポーチに近付き、テオの身体を触る。その時、

「キューウ!!」

大きな鳴き声を上げて、テオが勢い良くポーチから顔を出した。その口には、赤い液体が入った瓶を口にしていた。テオは私へ近付き、渡す様にその瓶を口から離した。

「これは……?」

私はそれを取り、瓶の中身を見てみた。赤い液体ではあるのだが、何処となく黒さもあって不気味な感じがする。こんな物をどこで手に入れたか思い出そうとすると、

「キュ~ウ、キュ~ウ。」

そう鳴きながら、飛び跳ねて移動し始めた。そして、テオは刀の傍に止まって刀を眺め、それを見て私は思い出した。

「そうだ、あのダンジョンマスターの血だ。そういえば、ダンジョンから出る前に貰っていた。あの後、色々とあって忘れてたよ。」

私は瓶を眺めながら、ベットへと座った。テオもベットの上へと上り、私の事を見ていた。

 あれから一月は経っているが、不思議と固まらずに液体のままの状態を保っている。この血を取り込めば、またマスターの記憶を見る事が出来る。使えるかは分からないけど、もしかしたら記憶の中に私が知らない戦技があるかもしれない。しかし、魔物討伐の時に何度か試したが、倒した魔物達の血を取り込む事が出来なかった。マスターやマンティスとの時は取り込めたが、どうやれば良いか分かっていない。あまり進んで取り込みたい訳ではないのだが……。私はどうしようかと考えていると、一つ思い付いた。

(やりたくはないが、やるしかない。)

 私は瓶の蓋を開け、顔に近付ける。すると、血の独特な匂いが鼻を通ってくる。その匂いでむせそうになるが、なんとか耐える。そして、口元に瓶の口を付け、中身を一気に口の中へ注ぎ込む。

(――ッ!)

口の中は血の味が広がり、気持ち悪さで吐きそうになる。手で吐かない様に口を強く押えて耐え、一気に飲み干す様に血を飲み込んだ。血を飲み込み少し時間が経つと突然、頭の中に強烈な痛みが走る。

(始まった……!)

 頭を手で押さえ、ベットに倒れ込むように寝転ぶ。自分の意識が混濁する様な痛みに耐えていると、頭の中に見覚えのない景色が浮かぶ。私はその光景を見ようと、頭の中に意識を送るように集中した。



 それは争いの中だった。一人の主君がこの国を治めていたが、その主君が病を患い倒れ、それを狙ったかの如く内乱が始まった。狭い国の中を幾つもの国賊の軍勢が、その国の利権を巡り争い合う。我が一族は、倒れた主君とその一族の為に剣を持ち、戦い合った。互いの軍勢から多くの死者が出続けるも、新たな主君が即位されても、それでも争いは止まる事がなかった。……しかし、俺はこの争いが終わらない事を望んでいた。俺には、国や利権等に興味がなかったからだ。勝とうが負けようが、俺は戦いを楽しめればそれでいい。それ以外に一切興味はない。そうして、今宵も戦いから勝ち残り、この場所へと戻ってきた。

弦慈(ゲンジ)!!」

 我が兄者が俺を呼び止めた。俺は足を止めて後ろを振り向くと、俺より小柄で細々としている兄者がそこに居た。

「兄者、何用で?」

兄者の顔を見ると、何やら怒りに満ちている様に感じる。すると、兄者が俺に近付いて襟元を掴み掛った。

弦慈(ゲンジ)!一体、何のつもりだ!?」

「……何が?」

俺は惚けた様に答える。次の瞬間、

<ドンッ!!>

「何がって……。お前、何故降伏した兵士を皆殺しにした!?それも、お前が優越感に浸るようなやり方をして!」

 兄者はそう怒り声を上げ、俺を壁へと押し付けた。やはりその事か、そう内心思っていた。

「殺す必要はなかっただろ……。なんで、なんであんな事をしたんだ……。」

襟元を握っている兄者の手が、小刻み震え始めた。それは怒りによるものでもあり、悲しみによるものでもある。兄者は昔からそういう人だ。誰にでも優しく、誰にでも手を伸ばそうとする。俺とは真逆の存在だ。

「兄者、奴等は国の中からこの国を盗ろうとした敵だ。それを殺して何が悪い。あそこで許しを与えても、再び我々の首を狙うかもしれない。それも、この戦いが始まった時と同じ様に、後ろから襲いに来るかもしれない。それならば殺した方が良いであろう?」

「ふざけるな!……いいか弦慈(ゲンジ)。いくらこの国を裏切った者であっても、この国の民の一人だ。この戦が終わる迄、牢獄に入れて正式な処罰を与える必要がある。それに、彼らは自らの敗北を認めて降伏したんだ。ああも無差別に、無惨に殺す理由は一切ない!」

兄者はそう言って、俺を強く押し離した。そのまま兄者は、悩んだ顔を浮かべながら後ろへと戻っていく。俺はその姿を見送った。

「……」

 我が一族は、昔から戦好きの者が多かった。俺もその血を引き継いでいる。ただ、兄者は違った。昔から戦を好まず、無駄な殺傷を避けようとする。一族の一人としては兄者は変わり者ではあったが、俺を含む一族はそれを嘲笑う事はなかった。俺達が幼い頃に一度、一族の戦好きを知っている者達が兄者を変人と嗤っていた事があった。俺はそれが許せず、その連中を一人残らず、兄者を嗤った事を後悔する様にぶちのめした。しかし、兄者はそれを良しとせず、俺を連れてその者達に謝罪させに行った事があった。そんな事を俺は思い出していた。

(相変わらず兄者は甘い。これは戦。生きた者が勝者、死んだ者は敗者。ただそれだけの戦だ。降伏したからと言って、その者達が再び我々を斬るかもしれん。その様な危険を犯すわけにはいかない。……しかし、これからの我が一族には、兄者の様な存在が必要になるだろう。我々にはないモノを、兄者は持ち続けているからな。)

俺はそう考えながら、再び歩き始めた。新たな戦の準備の為に……。


 身の丈以上の刀を持ち、戦場を走ってはひたすら敵を斬り殺す。己の力を余す事なく振りかざす。敵達はそんな俺を恐れ、進む足を止めて逃げようとする。俺は刀の先を後ろへと向ける。

「逃がすか!『戦技:天破双連斬(テンハソウレンザン)』!」

刀を横と縦に二度振り、刀から二つの斬撃を放つ。放たれた斬撃が逃げようとした敵達の背中を斬り貫き、斬られた場所から血を吹き出して倒れる。その光景を見た敵は、更に恐怖で怯えていく。

「く、クソが!」

 一人の敵が刀を握り締めて、俺の方へ突っ込んでくる。俺は刀を敵に振りかざす。相手は持っている刀で防ごうとするも、圧倒的に質が違う俺の刀を防ぐ事が出来ず、そこまま刀ごと身体を真っ二つに斬られて絶命する。

「どうした?こんなものか!」

俺の雄叫びが戦場へ響き渡る。その声を聞いた者は恐れて逃げるか、俺の首を獲ろうと向かってくる。俺は誰一人、容赦なく、俺の力と技量の全てをぶつけていく。身に付けている数多の戦技を繰り出し、いつしか俺の周りには死体の山がそびえ立っていく。

弦慈(ゲンジ)!!」

 俺より図体のデカイ大男が、自身の味方を突き飛ばして俺の前に出てくる。そして、手に持つ薙刀を向けてきた。

「貴様の首、この『牛信(ギュウシン)』が貰い受ける!」

そう宣言すると、薙刀を大きく横から振ってくる。俺はその攻撃をしゃがんで避け、立ち上がるのと同時に前へ踏み込む。牛信とやらは、薙刀を上へ持ってくる。

(戦技か?)

その動作から次の攻撃を予測し、前に進みながら警戒をする。そして、

「『戦技:砕牙(サイガ)』!」

 上に掲げた薙刀を、勢い良く地面へ振り下げた。俺は飛び上がり、戦技と薙刀を容易く避ける。薙刀が地面に当たると、地面が大きく隆起した。

「く、避けられた!?」

「遅いんだよ。『戦技:三爪裂鋼刃(サンソウレッコウジン)』」

俺は空中から刀を振り上げ、一気に地面へと振り下ろす。一振りの斬撃が爪の様に三つの斬撃となり、牛信の身体を瞬く間に四つに斬り裂いて倒れた。

「歯応えもない。さあ、次は誰が来る!?」

 俺が叫び声を上げた。それを聞き、逃げ出す者や向かってくる者が目の前に大勢溢れた。俺は刀を両手で握り締めて力を込める。すると、刀の刀身が朧気に輝き始める。刀を大きく後ろに振りかぶり、そして、

「『戦技:断界(ダンカイ)』!」

刀を勢い良く地面へと振り下ろす。刀が地面に衝突すると、その場所から大きく直線上に激しく鋭く隆起した。敵達は逃げる者も向かってくる者も関係なく、隆起した地面に突き刺さり絶命していく。目の前に大勢で溢れていた敵は、大半が瞬く間に死していった。生き残った敵は刀を捨てて逃げ出し、俺の周りは静かになっていた。

(これで終わりか……。)

この様子なら、直に此方側の勝利の歓声が上がるだろう。俺は刀を持ち上げて鞘へと戻し、一足先に自営へと戻ろうとする。

 するとその時、空が一瞬だけ輝いた。空を見上げようと、顔を上げようとした。しかし、それよりも早く、

<ドンッ!!>

耳を塞ぎたくなるような鈍く大きな音が鳴り、地面に地響きが響き渡った。何が起きたのか音の方向を見るが、この辺りで起きた事ではないのは確かだ。光輝いた空を見上げるも、空は何事もなかった様に青い晴天のまま。しかし、恐らくあの光と音は何かしらの攻撃である事に違いない。

(敵の攻撃か……?面白そうだな。)

俺はそう思い、その音が鳴った方へ走り出した。

 その場所に向かっている間に、何度かあの轟音が鳴り響いた。その度に空が光輝き、一筋の光が地面へと落ちていく。それはまるで雷の様だった。味方にあんな事が出来る奴が居た覚えはない。俺がその場所付近に到達すると、そこには黒焦げとなった地面が広がっていた。いや地面だけではなく、木々や草、人だったモノも黒焦げとなって地面に大量に転がっている。最早それが、敵か味方かかも判別できない。そんな場所に、ただ一人だけそこに立っていた。それは――



 そこで私は目が覚めた。いつの間にか眠ってしまっていた様だった。私はベットから起き上がり、窓の外を見る。既に日が登り、外は明るくなっていた。テオもベットの上で、身体を伸ばして寝ている。

(良い所だったのに……。)

その先の記憶は、まるで夢の途中で目が覚めた様に見る事が出来なかった。また見れるかどうかも分からない。それを残念と思う反面、人の記憶を見るのは悪い気がしてくる。

 『魅羅雲(ミラグモ)弦慈(ゲンジ)』。あのダンジョンマスターの名前。確か西方の国で戦っていた人と言っていた。お兄さんの服装や雰囲気を見るからに、随分と身分が高そうな感じがした。しかし、戦いにしか興味がなかった様で、常に生か死の戦いを求めていた。その為に、自らを鍛え上げて戦技を使いこなし、欲求を満たそうとしてきた。

「生前は、その欲求を満たせたのだろうか……?」

 私はポツリと、そう声を漏らした。その声を聞き、寝ていたテオが起きてしまった。私はテオを撫でて謝り、今日の準備を始めた。

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