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第24話 辛い過去

 沈黙が私達を包む。ディアヌスが私から目を逸らして前へと向いた。その横顔はどこか悲しそうな感じがする。

「僕の家では、十歳になると勝手に英雄として認定されるのです。だから、兄弟姉妹達も十歳になった時から英雄なんです。僕も十歳を迎えた時に英雄にされました。」

「えっ?それじゃあ、認定される為の条件を満たしていないの?」

そう聞くとディアヌスは頷いた。

「どうして?」

「それはさっき言った通り、僕の家が英雄の家系だからなのと、王家との血の繋がりがあるからです。……元々、エルヴィア王家の血筋を持つ人は、昔から強力な力を持っていると言われてました。実際に王家もその分家も、皆強い力を持っています。英雄になる人も多く居て、それ故に僕の家ではそうなったんだと思います。」

 ディアヌスはその後に、過去の英雄達が成し遂げた事を話し始めた。とある国で大群の魔物を、たった一人で全て倒した英雄。多くの人達が疫病を患い、それを全て癒した英雄。狂王によって支配された国を救った英雄……。数多くの偉業を成し遂げていった英雄達の話を、ディアヌスは楽しそうに話していた。私はそれを静かに聞いていた。

 しかし突然、笑顔のディアヌスの目から、涙が垂れ流れ始めた。そして、一気に暗い顔へ変わる。

「でも、僕だけは違かった。僕に出来たのは、人形を操るだけの力だけだった。過去の英雄達や兄弟姉妹達、両親の様に大きな力を発現する事が出来なかった。」

ディアヌスは拳を強く握った。

「家族がそれを知った瞬間、人形遊びしか出来ない出来損ないだと見下されました。だから、どうにか頑張って努力して、他の英雄達に追い付こうとした。けど……、どれだけ頑張ってもどうにも出来ず、新しい英雄達にも実力の差を付けられました……。」

そう言うディアヌスの声は、徐々に小さくなっていった。

「そして五年前、父が英雄協会へある提案をしたんです。それは、『ヌーバス』という最底辺の英雄階級を作るという事。そして、その階級を僕に付けるという事を。」

 私は驚いた。

「父親がそれを提案したの……?」

ディアヌスは静かに頷く。

「何故、わざわざそんな階級作ったのかは分かりません。絶縁して、家から追い出せば良かった筈です。……多分、英雄にしてしまった僕を簡単に追い出せば、家の名誉に傷が付くとかでやらなかったんだと思います。」

ディアヌスはそう言って、自分の目から落ちる涙を拭った。

「僕がヌーバスとして生きてきて、家族やそれ以外の周りの人達が僕を蔑む様になりました。時間が経つにつれ、いつの間にか僕の事が何故か国中に知れ渡り、多くの英雄達にも知られています。その人達は皆、僕の事を蔑んでいます。」

ディアヌスがそこまで話して俯いた。そして、

「(僕は英雄として相応しくないのに……。)」

消えそうな声で、そう言葉を吐いた。私達の間に静かな空気が流れていく。

 私はそこまで聞いて、胸の奥が締め付けられる様な苦しさを感じた。英雄に無理矢理させられて、理不尽な虐げを受けて見下され、誰も味方もいない中で孤独に生きていた。ディアヌスは今までずっと、この酷い苦しみを受けていたんだと。いや、きっと私が思っている程の生ぬるい苦しみではない。そんなディアヌスを助けたいと思っても、私には何する事も出来ない。けど、何かをしてあげたい。私はそう思った。

(……)

 私は鎧を静かに外し、ディアヌスを横からそっと抱き締めた。そして、ディアヌスに語り掛ける様に、優しい声で喋る。

「私にはディアヌスの苦しさを助ける方法が分からない。どんな言葉を掛ければ良いか、それも分からない。だけど、今だけはその苦しさをここで吐いて?私が受け止めてみるから。」

そう抱き締めながら言い、ディアヌスの背中を優しく叩く。すると、ディアヌスはゆっくりと私の腕を掴んだ。

「……」

静かに、何も言わずに、ただ私の腕を握っている。けど、時間が経つにつれて、次第に握る力が強くなっていく。ディアヌスはその腕に顔を近付け、腕に顔を付けて伏せた。服越しに、そこが少しづつ濡れているのが分かる。耐えていた涙を流しているのだろう。すると、

「僕にとって、英雄は憧れの象徴だった。……英雄になった時、家の仕来たりではあったけど、英雄になれたのは嬉しかった。誰かの為に頑張ろうと思った。」

 ディアヌスはそう小声で話し始め、私は静かに耳を傾けた。

「でも、僕に実力がない事は僕自身が一番分かっている。英雄として相応しくない事も分かっていた。だけど英雄になった以上、誰かの為になる様に小さな事だけどやってきた。英雄達から見ればとてもくだらない事だろうとも、誰かの為になるならやり続けてきた。……だけど、誰にも認めて貰えず、ずっと皆から蔑み続けられた。」

ディアヌスは顔を上げて、私の方へと向けた。ディアヌスの目は、涙が流れ続けて赤く染まっている。

「ヴィオさん……。僕は、僕はどうしたら良いんですか?僕には、どうすれば良いのか分からないんです。」

ディアヌスはそう言った。私は考えた。けれど、どうして良いかなんて、私も分からなかった。

「ごめん、ディアヌス。私にもどうしたら良いか分からない。」

 私がそう言うと、ディアヌスはまた俯いてしまった。私は続けて喋った。

「でも、私にとってディアヌスは英雄だよ。私の事を救ってくれた。君の大切な人形を犠牲にしても。それに、誰かの為に必死になってくれる。小さな事でも、誰かがそれをやらなくてはならない。それをディアヌスはやり続けた。誰かの為になるって信じて。それだけで十分、他の英雄達の様に活躍をしていると思うよ。それにきっと、ディアヌスのおかげで助かっている人もいる。……だからもし、これからも誰かが君の事を蔑むとしても、私は絶対に君を英雄として尊敬する。誰も助けてくれないなら、私が必ず助けに来る。もし、また心が辛くなったら、こうやって抱き締めてあげるよ。」

私はそう言い、ディアヌスが流す涙を拭った。すると、ディアヌスは私の身体に抱き付き、静かに泣き続けた。私は、ディアヌスが落ち着くまで、ディアヌスの頭を撫で続けた。時間は止まる事なく、少しづつ進んでいく。


 ディアヌスが落ち着いて、目を拭いながら私からゆっくりと離れた。

「もう大丈夫?」

私がそう聞くと、ディアヌスは顔を私の反対側に向けた。

「?」

私が覗き込もうとすると、ディアヌスが手を私の顔の前に出した。そして、

「その、今は見ないでください。情けない顔になっていると思うので……。」

そう言って止めてきた。あの時と同じ様だ、と思いながら私は微笑んで、元の位置に戻った。すると、テオが私達の元へ戻ってくる。

「テオ、おいで?」

「キュウ!」

 テオはそう鳴いて、私の膝の上まで跳んできた。私はテオを受け止めて、膝の上で撫でてディアヌスの方を向く。ディアヌスは顔を俯かせながら、私の方を横目で見ていた。そして、

「あの、ヴィオさん……。ありがとうございました。」

そうディアヌスが言った。

「また、いつでも吐き出してくれて良いからね?」

私が微笑みながらそう言うと、ディアヌスはまた恥ずかしそうに目線を逸らした。私はそれを見て、クスッと笑ってしまった。ディアヌスはそれに気付き、勢い良く私の方を向く。

「もうヴィオさん!笑わないで下さいって!」

そう両手を振って怒った。

「ごめんごめん。つい可愛らしくて。」

「もう……、恥ずかしいんですから……。それに、情けない感じがするじゃないですか?」

ディアヌスの頬は赤く染まっており、そう言いながらまた顔を俯かせた。

「そんな事ないよ。」

私はそう言って、ディアヌスの頭をポンポンと優しく叩いた。ディアヌスは私の方を一瞬だけ見て、更に恥ずかしそうに手で顔を隠した。

 それから時間が経ち、日が落ちて空が少し赤く染まり始めた。ディアヌスは落ち着きを取り戻し、顔は元の色に戻っている。ディアヌスは私の方を向いて、私の服を見てきた。

「ヴィオさん。その……服を汚してごめんなさい。」

そう言われ、私は自分の服を見る。服は、ディアヌスが流した涙で濡れている。

「大丈夫、気にしなくて良いよ。洗えば綺麗になるし、鎧を着れば隠れるから大丈夫。……それに、こういう事は昔よくあったからね。」

と言ったものの、替えの服がない。帰りに裁縫道具と一緒に買いに行こう、とそう思っていると、

「ヴィオさんって、この街に来る前はどこに住んでいたんですか?」

「えっ?」

 私は驚いて、ディアヌスの方を向いた。ディアヌスは少し慌てた様子を見せる。

「いえ、その……。僕がヌーバスだって事を知らなかったですし、ヌーバスと聞いても知らなかったので……。どこか別の国とかから来たのかなって思って。」

そういえば、ディアヌスの事は国中知っていると言っていた。全員が全員知っているかどうかは分からないが、少なくとも私は一つも知らなかった。だから不思議に思ったのだろう。……とはいえ、私は今までその事を聞いた事は一切ない。

「ううん。私もエルヴィア王国出身だよ。……いや、出身はもしかしたら別かもしれないけど、育ちはこの国だから。」

「出身は別なんですか?」

 ディアヌスは不思議そうに首を傾けた。私は自分の事を話した。

「私は物心を覚える前に、村の孤児院に渡されて過ごしていたんだ。シスター曰く、村の外の人からだったらしいから、この国出身じゃないかもしれないってだけだよ。」

「あ……。その、ごめんなさい。」

ディアヌスは謝ってきた。私は微笑みながら直ぐに弁明した。

「親の顔なんて知らないし、シスターも村の人達も優しかったし、別に辛かった事なんてなかったよ。まあ、孤児院の子供達の面倒を見るのは大変だったけどね。それも楽しかったけど。」

「そうなんか。だから、ヴィオさんは面倒見が良くて優しいんですね。」

「フフッ、ありがと。」

私はそう言ってくれた事に嬉しくなり、微笑んでお礼を言った。

 それから、ディアヌスに私の事を話し始めた。村での生活の事や村から出た理由、それからの事、そして今に至るまでの事。ダンジョンでの事やその前の事とか、イルズ達の事は多少伏せながら話した。ついでにテオの事も伏せておいた。ディアヌスが聞いてもテオの事は嫌いにはならないだろうが、今は話すのは止めておこうと思ったからだ。……それから、私のこの力の事も伏せた。私自身がこの力の事を分かっていない以上、話しても私自身が理解出来ていないからだ。

「――という事があって、私はこの街に来たんだ。」

「そう……なんですか。ヴィオさんも色々と大変だったんですね。」

 ディアヌスは私の話を、静かに聞いてくれた。

「大変だったけど、楽しくもあったから良かったけどね。」

私は苦笑いを浮かべながら言った。すると、ディアヌスは不思議そうな表情を浮かべた。

「ところで、ヴィオさんって元冒険者で、またここのギルドで冒険者登録したんですか?」

「あっ……。」

 ディアヌスはその事を突いてきた。私はそれを聞いて言葉が詰まってしまう。ディアヌスは何か察してくれた様で、

「再登録の事は誰かに言いません。それに、それ自体珍しくありませんから。」

そう言ってくれ、私は安心した。しかし、ディアヌスはそのまま話していく。

「僕が知っている事情と言えば、冒険者を一度辞めてから再登録したとか。元のパーティーからひっそり離れて、名前を変えて登録とか。後、よくパーティー内の恋愛事情で――。」

「うっ!」

 私は最後の言葉を聞いて、身体が震えてつい声を出してしまった。ディアヌスは私の方を向いて、私は顔を逸らした。実際離れた理由は違うが、あの事がなければいずれそうなってはいた。だから、ある意味当たっている。

「もしかして……、そうだったんですか?」

ディアヌスがそう声を掛けてきて、私は頷いた。すると、ディアヌスが私の顔を覗き込んできた。

「……」

ディアヌスは顔を見ながら、静かにしている。

「もう、今は見ないで。顔が真っ赤になっていると思うから……。」

私はそう言って、顔を軽く手で隠した。

「フフっ、さっきのお返しです。」

ディアヌスはそう笑って言った。私もそれを見て手を戻し、困った顔を浮かべながら笑っていた。

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