第23話 英雄階級
路地裏から出ると、その傍の建物の前でディアヌスが待っていた。
「ヴィオさん!」
ディアヌスは私に気付き、傍に近寄ってきた。
「大丈夫でしたか?」
「うん、大丈夫だったよ。」
そう言うと、ディアヌスは安心した表情を浮かべる。私もディアヌスが無事で安心してはいたが、あの兵士の忠告もあって気が抜けない。私はもう少し、ディアヌスと一緒に居ようと思った。
「ねえディアヌス、この後用事はある?」
「いえ、今日はもう帰るだけです。」
「じゃあ、ちょっとだけ付き合わない?ギルドに行ってからだけど、お昼ご飯でも食べない?」
「良いんですか?」
ディアヌスがそう言い、私は頷いた。ディアヌスは嬉しそうに微笑み、私達は一緒にギルドへと向かって行った。
ギルドに着き、テオをディアヌスに預けて私だけ中に入った。そして、ウェルゼさんが居る受付を見付け、直ぐにそこへ向かう。ウェルゼさんもこちらに気付き、微笑んできた。
「お疲れ様です、ヴィオさん。」
「納品をお願いします。」
私はそう言って、依頼書と薬草を渡した。ウェルゼさんはそれを受け取り、確認をしていく。
「はい、確認出来ました。こちらが報酬になります。」
ウェルゼさんはそう言い、受付台の下から硬貨を受け皿に乗せて渡してきた。私はそれを受け取り、ポーチから財布を取り出すと、
「今日はあのポスちゃんは居ないんですね。」
ウェルゼさんはポーチを見てそう言った。私は一瞬、ウェルゼさんに嘘を言おうか迷った。朝にディアヌスの事を話していたから、あまり話すのは良くないのではと思ったからだ。しかし、私は本当の事を喋った。
「はい、今ギルドの外でディアヌスと待っているので。」
そう言うと、ウェルゼさんの表情が曇る。そして、受付台に身を乗り出して私に近付き、小声で喋ってきた。
「(ヴィオさん、朝にも伝えましたけど、あまりあの少年とは関わらない方が良いですって。)」
ウェルゼさんは、朝と同じ様な事を言ってきた。私は直ぐに問い掛けた。
「それは……ディアヌスの英雄階級がヌーバスだからですか?」
そう言うと、ウェルゼさんは困った表情を浮かべ、元の姿勢に戻った。少しの無言の後、口を開いて話し始めた。
「それもあるのですが、その……。前からずっと、あまり良い噂を聞かないんです。依頼を放棄したとか、同行したパーティーを見捨てたとか、家柄や英雄である事を利用して、人を脅迫をしたとか……。色々とあるんです。」
私はそれを聞いて耳を疑った。私が会ってから、そんな事をしていたのは見たことがない。いや、確かにあの店で依頼を放棄はしていたが、正当な報酬を支払わなかった店側が悪い。パーティーを見捨てたという噂も、私をマンティスとの戦いで助けてくれていた。見捨てたというなら、あの状況なら私を見捨て逃げる筈。そう思い出していると、ディアヌスがそんな事をするとは思えなかった。
「この街の人達だけじゃなくて、あの……ディアヌスさんの名前を知っている人なら、誰でも彼の噂を知っているんです。それだけ、彼の評判は悪いんですよ。」
「……ウェルゼさんは……街の人達は、ディアヌスのそれを見たのですか?」
私がそう聞くと、ウェルゼさんは言葉を詰まらせ、
「……いえ、少なくとも私は見た事はないです。話す事も殆どありませんから。」
そう否定した。私はそれを聞いて微笑んだ。それが、少し嫌味っぽい笑みだったかもしれない。ただ、そう聞いて安心したからかもしれない。ウェルゼさんは、驚いた顔を浮かべていた。
「失礼します。ウェルゼさん、ありがとうございました。」
私はウェルゼさんに一礼した。
「あっ……お疲れ様でした、ヴィオさん。」
ウェルゼさんはそう言って一礼し、私はそれを見て立ち去っていった。
ギルドから出てディアヌス達の元に向かうと、テオがディアヌスの足の間を潜ったり、周りを跳び跳ねたりと遊んでいた。私はそれを見て微笑み、ディアヌス達に近付いた。すると、ディアヌスがこちらに気が付いた。
「お待たせ。行こっか?」
「はい。」
「テオ、おいで。」
私はしゃがんで、テオを抱き締めた。そして、ポーチの中へと入れてあげて、私達は街へと繰り出した。
大通りを歩きながら、良さそうなお店を探し歩いていく。しかし、大きな街である分、お店の数もかなり多い。私はディアヌスの方を見た。
「ねえディアヌス、何か食べたい物はある?それか、オススメの場所とかあるかな?」
「いえ、実はあまりお店で食べる事がなくて……。いつも、殆ど自分で作っているんです。」
ディアヌスは苦笑いをして笑っていた。
「へえ、自分で作っているんだ。凄いね。」
「そんな事ないですよ。大体、ある食材で適当に作っているだけですから。」
「いや、凄いよ。私は全然料理が駄目で……。前に何度か作って食べて貰ったんだけど、何か「薬っぽい味がする」って言われちゃって不評だったの。だからそれ以来、料理を作ってないんだ。」
私もそれを食べたが、どうやればあんな味になるのか、本当にさっぱりな味だった。私はその事を思い出し、苦笑いを浮かべていた。
「薬っぽい味ですか?……ちょっと気になります。」
「アハハ……、食べない方が良いよ。逆に体調が悪くなると思うから。」
私達はそう楽しく喋りながら、大通りを歩いていく。すると、
「あっ――。」
ディアヌスが立ち止まった。私もそれに気付いて立ち止まり、ディアヌスが向いている方を見る。そこは露店の様だった。私はディアヌスに声を掛けた。
「アレにしよっか?」
「あ、でも、ヴィオさんが食べたいのがあれば、それで良いですよ!」
ディアヌスは両手を振って、そう答えた。私はディアヌスに微笑んだ。そして、
「私もアレが良い。アレにしよう。」
私はディアヌスの手を掴んで、足早に露店へと歩いていく。
露店で野菜と肉を挟んだ長いパンを二人分、それとテオの分として野菜も買った。
「さて、どこか座って食べれる所に行きたいけど……。」
「それだったら良い所知っています。」
そう言って、ディアヌスは私の手を牽いてまた歩き始めた。
ディアヌスの案内で私達は街の端側、城壁が近くにそびえ立つ公園へと来た。この公園は少し丘になっており、街を見下ろせる場所だった。それに人気もなく静かな場所だ。
「良い所だね。」
私がそう言うと、ディアヌスは頷いた。私達は公園のベンチへと座り、昼食を食べ始めた。
「「んっ!美味しい。」」
二人で同じ事を言い、私達は顔を見合って笑い合った。
私達は昼食を食べ終えてゆっくりとしていた。ディアヌスがテオに野菜をあげながら、私はそれを見ていた。ディアヌスの楽しそうな横顔を見ていると、ウェルゼさんが言っていた噂が嘘の様に感じる。けれど、ディアヌスの事を知っている訳じゃない。それを知る為に、私は躊躇しつつディアヌスに聞いた。
「ねえ、ディアヌス。その……言いたくなかったら良いんだけど、『ヌーバス』って階級はなんなの?」
私がそう聞くと、ディアヌスは私の顔を見た。やはり、聞かなかった方が良いと思っていたら、ディアヌスは困った顔を浮かべて笑った。
「アハハ。やっぱりヴィオさん、分かっていなかったんですね。」
「え?……やっぱり?」
「はい。なんかそんな気がしたので。」
そう言うと、ディアヌスは正面を見て静かになった。私はそれを見て、
「もし、言いたくなかったら、言わなくても大丈夫だよ?」
と言った。ディアヌスは少し間を開けて、首を横に振った。
「いずれ、ヴィオさんも知る筈です。それなら、ここで知ってくれた方が僕にとって良いです。」
そう言って、ディアヌスはテオに野菜を全てあげて、地面へと下ろした。テオはそのまま、静かな公園内を走り回る。ディアヌスはそれを見ながら大きく息を吸い込み吐き、私の方を向いて微笑んだ。
「ヴィオさんは、『英雄階級』はご存知ですか?」
「名前とかは何となく……。冒険者の階級と同じ様に、幾つかあるって事ぐらいしか知らないけど。」
イルズが目指していたモノなのに、私はあまり知らない。何せ、私自身が英雄を目指している訳でもなかったし、私には冒険者階級含めて、階級そのものに興味がなかったからだ。
「そうです。英雄階級は三つに分かれていて、一つは『イルゼヌス』、もう一つは『オルゼアス』。そして、最後に『レクシオン』の三つです。」
ディアヌスが言った中に、ヌーバスという階級はなかった。私はそれを不思議に思ったが、ディアヌスは引き続き喋り始める。
「基本的には大きな活躍をした人が、英雄協会から英雄として認定され、イルゼヌスの階級を与えられます。これが英雄として一般的な階級です。オルゼアスは、年齢や身体的に活動が出来なくなった、いわば引退した元英雄達に付けられています。それから、亡くなった英雄達にもオルゼアスの階級を付けられていて、協会に記録として残されています。」
「もしかして、英雄って意外と多いの?」
私がそう聞くと、ディアヌスは頷いた。
「そうですね。階級関係なく見れば少なくはない、という感じです。ただ、オルゼアスは今言った通り引退した英雄達ですから。今の現役の英雄だけで数えれば、少しは少なくなります。ただ、それでも年々と増えているのも事実です。」
「へぇ。」
引退した英雄までも階級を与えられるのか。記録として残されているなら、後世にも語られる事だろう。それを見て、イルズの様な人達が新たな英雄として目指していくのかな?
「そして、最後にレクシオン。これはイルゼヌスの英雄の中で、圧倒的な強さを誇る英雄に与えらる階級です。レクシオンは、英雄として最高峰の階級として扱われています。そして、その中で順位付けがされていて、今は確か……一から百まで有った筈です。」
「百って、それだけしか居ないの?」
「これでもかなり多い数です。レクシオンの英雄を実際に見ると、他の英雄達より桁違いな実力の持ち主達ですから。……これが、英雄階級の三つの階級です。それで――。」
三つの階級の説明が終わると、ディアヌスは再び深呼吸をして静かになった。やはり、言いづらいのだろう。
「説明したくなかったら、別に――」
「いえ、大丈夫です。……それで、僕の『ヌーバス』という階級ですが。……これは『最底辺の英雄』という意味である階級です。」
私はそれを聞いて困惑した。
「最底辺の英雄……?」
私がそう言うと、ディアヌスは力なく頷いた。私にとって英雄というのは、憧れ、尊敬し、目指していくモノだと思っている。それなのにヌーバスという階級は、その英雄というモノを侮辱する様な扱いをしている。
「何で、そんな階級があるの?」
「……」
ディアヌスは静かに俯いた。それを見て私は、そっとディアヌスに近付いた。もう言わなくても良い、そう言おうと思ったが、それでもきっとディアヌスは話すだろう。私は黙って、ディアヌスの背中に手を添えた。ディアヌスは一瞬だけ私の方を見た。そして、顔を上に向けて目を閉じる。深呼吸を何度かしてから、また私の方を向いて口を開いた。
「僕が……僕がヌーバスなのは、『英雄の家系』であるにも関わらず、くだらない能力と非力な力しか発現出来なかったからです。」
「……『英雄の家系』?」
「僕の名前は、『ディアヌス・エルヴィア・アルバレス』。英雄の血を引くエルヴィア王家、その分家の生まれなんです。」
ディアヌスはそう言ってくれた。私は少し驚いてしまい、黙ってディアヌスの目を見ていた。




