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第22話 英雄

 あれから草原を歩き回ったが、あれ以降魔物は数体しか見つからず、依頼分の薬草だけ集めて草原から出てきた。

「ふう……意外と魔物が少ない。街からそんなに離れてはいないとはいえ、カルワトの周辺でももう少し出てきた。戦技の手合わせしてくれる相手が居ればいいんだけど、今は魔物としか出来ないし、どうしようかな?」

「キュウ~。」

テオも疲れた様な声を出していた。私はそれを見て微笑んだ。

「まあ、まだ時間はある。ゆっくりとやっていこう。」

「キュウ!」

私達は気を取り直して、街へと向かって歩いて行った。

 街へと戻ってきたのは、大体昼過ぎ頃だった。少し戻るのが早いかもしれないが、私は足早に冒険者ギルドへと歩いていく。その時、

「違います!」

歓喜に溢れている街の中から、その聞き覚えのある声が響いた。私はその声のする方を向くと、道の端に人混みが出来ている事に気が付いた。私は気になり、そっとその人混みに近付いていく。すると、

「違うって何がだ?『ヌーバス』がコレを持っているなんて、普通に考えたらおかしいだろう。……それで、どこから盗ってきたんだ?」

「盗んでいません!返してください!!」

「黙れ!正直に白状しろ!!」

 何だか嫌な感じがして、私は急いで人混みの中を掻き分けて進んでいった。近付くにつれて喧騒が激しくなる。ようやく人混みを抜けて先頭に立つと、ディアヌスが路地裏の奥で複数人の男女に囲まれていた。そして、一人の男の手にはマンティスの甲殻が握られていた。

「ヌーバスごときが、一人でマンティスを倒せる訳がないだろ?だったら、どこからか盗んだ以外ない。そうだろ?全く、遂に犯罪にまで手を染めるとは、呆れるぜ。」

「だから――」

「正直に言いなよ。そしたら見逃してあげる。ああ、次いでにコレとお金も置いていきなさい。口止め料だよ。」

そう言って、男達はディアヌスに迫っていく。私の後ろの集団は、嘲笑う様な声を出し、何もせず、ただ目の前の光景を見ていた。その光景は明らかに、異常なまでの異様さに満ちている。

「さっさと吐けよ。それとも、痛い目に遭いたいのか!?」

「僕は盗んでいません!それに、マンティスは僕だけで倒した訳ではないです!」

「つまり、お前が倒した訳ではないんだろ?誰かが倒したのを横取りしたって事か。流石、ヌーバス様。いいご身分でありますな。」

「そんな事して――」

「うるせぇんだよ。お前みたいな屑、痛い目に遭わないといけんよなぁ!!!」

「――ッ!」

 マンティスの甲殻を持つ男が、ディアヌスの襟を掴んで拳を振り構えた。ディアヌスは咄嗟に、目を閉じて両腕を頭の上へと持っていく。男が殴ろうとしたその瞬間、私がその腕を強く掴んだ。男は驚きの表情を浮かべて、私の方を見てきた。

「誰だ!?」

「その手、ディアヌスから離しなよ。それと、その甲殻もディアヌスに返して。」

私は怒りを隠して、静かに男達にそう言った。すると、囲っていた内の一人が私に近付く。

「アンタ誰よ?無関係な奴が邪魔しないで貰える?」

「無関係?いえ、私は無関係じゃないわ。」

「ハア?」

「私達は東の森でそのマンティスと戦って、私とディアヌスで倒した。だから、その甲殻はディアヌスの戦利品。早く彼に返して。」

私は少しずつ、握っている力を強めていく。手を握られている男は、じっとこちらを見続けている。その顔は、明らかに不機嫌な顔をしている。静かな時間が流れていると、男がディアヌスから手を離して、奥へ突き飛ばす。私も手を離して、ディアヌスへ駆け付ける。

「ディアヌス、大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です、ヴィオさん。」

「そう、良かった。」

 ディアヌスの無事を確認し、ディアヌスの手を握って立たせた。そして私は、男達へと向き直して甲殻を持っている男に手を伸ばす。

「ほら、甲殻も返して。」

そう言うも、男は返そうともしない。それどころか、全員がニヤニヤと笑っている。

「おいお姉さん。ソイツが誰だか知っているのか?」

「誰って何が?」

私がそう聞き返すと、男達は大きく笑う。

「やっぱり知らないか!知らないようなら教えてやるよ。ソイツは、英雄階級『ヌーバス』の男なんだぜ。」

「……英雄階級?」

 確か、それは冒険者の階級と同じ様に、英雄の中にある階級の名称だった筈。ディアヌスにその階級があるという事は、ディアヌスは英雄の一人という事だ。私は少し驚いて、ディアヌスの方を見た。

「ディアヌス?」

「あっ、いえ、その……」

ディアヌスは言葉を詰まらせながら、私から顔を背けた。どことなくその表情は、暗く悲しい感じがする。

「そうだぜお姉さん。だからソイツと――」

「そっか、英雄だったんだ。凄いね、ディアヌス。」

 私がそう微笑んで言うと、ディアヌスは驚いて此方を向いた。

「凄い……?だって、僕はヌーバスの英雄なんですよ!?」

「――?でも、ディアヌスが英雄である事に変わりはないでしょ?」

「そ、それはそうですけど……。」

ディアヌスはそう言いながら、また俯いた。私はディアヌスの肩に手を置いた。

「皆がディアヌスを英雄である事に嘲笑っていも、私は君を嘲笑って馬鹿にはしない。だって、ディアヌスは私を助けてくれたでしょ?それなら、私にとって君は英雄だよ。」

そう言うと、ディアヌスは一瞬だけ私の顔を見て、また俯いた。一瞬だけ見えた目から、涙が溜まっていた様に見えた。私はディアヌスの肩に置いた手を、ディアヌスの頭へ移動させて優しく撫でた。すると、

「ほう?そんなにヌーバス様の方が良いってか。惨めな奴だぜ。」

そう言われ、私は男達の方を向いた。

「だから何?ディアヌスが英雄である事に変わりはない。……それに、貴方達は英雄でもないし、目指そうとしても届く事も出来ない、ただのこそ泥連中でしょ?」

 私がそう言うと、男達の雰囲気が変わった。どうやら、触れてはいけない部分に触れたのだろう。

「マンティスを倒したって言ったよな?でも、お前ら二人で倒すなんて、随分と出来た話だよなぁ。」

男の一人がそう言った。その言葉の強さから苛立ちを感じる。

「そう?なら、そう思っていればいいんじゃない?兎に角、さっさとその甲殻を返しなさい。」

「お姉さん、アンタ冒険者だろ?階級は何だ?」

ここで変に躊躇したら、逆に責められてしまうだろう。私はギルド証をためらわずに見せた。男達はそれを見て、驚きの表情をする。

「灰色……?まさか、仮登録の奴がマンティスを倒したってか。笑える話だぜ。」

「そうよ。ただ、私一人で倒したんじゃない。ディアヌスと一緒に倒したんだよ。それに仮登録とはいえ、私には実戦経験はある。それも、マンティスよりも上の魔物達と戦った事もあるよ。」

イルズ達と共に戦っていた時だが、事実でもある。それに、あの力のお陰でもあるが、あのダンジョンマスターとも戦って一応は勝っている。マンティスも倒したのも、あの力のお陰だ。

「……」

 男達は再び静かになった。その内の一人が、腰の剣の柄に手を置き、指でその柄を叩き始めた。

(まさか、この場で抜く気ではないよね?)

私はそう思いながら、直ぐに動けるように気構えた。すると、

「貴様ら!ここで何をしている!」

 そう声が私達に響く。その声の方を向くと、観衆達の後ろの方からの様だった。観衆達が道を開ける様にゾロゾロと居なくなると、見えてきたのは兵士達の姿だった。

「(おい、ヤバイぞ!)」

男達が少しざわつき始めると、兵士達の中から一人が私達の傍へと近付いてくる。

「貴様ら、ここで何をしているんだ?」

そう低く威圧感を感じる声が、この路地裏に響く。私はその声を聞き、手に汗が滲み出てきた。

「いや、何でもないですよ。ただの揉め事なので。」

「そうか。ならば、さっさと解散しろ。」

「へいへい……。帰るぞ、お前ら。」

 男達は帰ろうとする。しかし、彼らが帰ろうとする前に止めた。

「ちょっと待ちなさいよ!その甲殻、早く返して。」

私がそう言うと、兵士が男達を見る。男達はたじろぎ、甲殻を持った男が私の方へと歩いてきた。

(ようやく返す気になったか。)

私も男に近付き、甲殻を受け取ろうと手を伸ばす。すると、

「(お前、後悔するぞ。)」

そう小声で言い、その場に甲殻を投げ捨てて立ち去っていった。

(随分と子供らしい事を……。)

 私はそう呆れながら甲殻を拾い上げ、ディアヌスへと渡した。

「はい、ディアヌス。」

「あ、ありがとうございます、ヴィオさん。それと……ごめんなさい。」

ディアヌスは謝ってきた。私はディアヌスの手を掴んだ。

「ディアヌスが無事なら良かったよ。」

そう言って、ディアヌスに微笑んだ。ディアヌスも微笑んで、笑ってくれていた。

「さて、お前らも早く解散しろ。」

 兵士がそう言った。私は彼に向き直し、お礼を言った。

「ありがとうございました。」

「フンッ……。俺はただ仕事しただけだ。ほら、さっさと行け。」

私達はそう急かれ、路地裏から出ようとする。その時、

「ああ、ちょっとそこのお前さんだけは待ってくれ。……直ぐに終わる。」

「私ですか?」

私だけ兵士に呼び止められた。ディアヌスは心配そうに見てきた。

「大丈夫だよ。先に行っていて?」

「は、はい。」

ディアヌスにそう言い、先に路地裏から出ていって貰った。それを見届け、私は兵士の方へと向く。

「何か御用ですか?」

「一つだけ、お前さんの為に忠告をしておく。あの少年とは関わらない方が良い。」

 そう兵士が言った。その雰囲気から、他の人達と同じ様な嫌な感じがする。

「それはどういう意味ですか?」

私はそう問い掛けた。

「ろくでもない奴と関わらない方が良いって事さ。街中、あの少年の噂を知らない奴なんて居ない。ろくでもない奴で、英雄という権力を振りかざしている。お前さんはまだ知らないだろうが、あの少年はそういう奴なんだよ。」

兵士はそう冷たく言う。

 私にはそれが何なのか、意味が分からなかった。この兵士が言うろくでもない奴というのは、さっきの男達よりディアヌス事を言っている。ディアヌスの事を知り尽くしている訳ではないが、そうまで言われる子ではない。もしそういう事なら、何故この兵士達はディアヌスを捕えようとしない。それに、それは噂である事。信憑性は低く、忠告されたからと言って信じる事ではない。

「申し訳ありませんが、その忠告は受け入れられません。」

 そう私は兵士に、静かにかつ強く言った。兵士は少し驚いた顔をしたが、直ぐに元の表情へと戻した。

「そうか……。まあ、これからもあの少年と関わるつもりなら止めはせん。ただ、それなりの覚悟は持っといた方が良い。」

兵士はそう言った。そして、私の横を通って路地裏から出ようとすると、通り際に私の肩に手を置いた。そして、耳元に顔を近付ける。

「もう一つ忠告しておこう。さっきの連中には注意した方が良い。アレもアレでろくでもない奴等だからな。」

そう言って通り過ぎて行った。私は後ろを振り向き、兵士に礼を言った。

「ありがとうございます。」

すると兵士は、そのまま歩きながら手を上に上げて、フラフラと力なく手を振った。そして、兵士達の姿が見えなくなると、私も路地裏から出ていった。

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