第2話 胸騒ぎ
それから準備や情報収集に追われ、あっという間に2日目の朝になった。貰った燻製肉と野菜を食べ、服を着替えて装備を着けた。ポーチには自作のポーションから探索用の道具まで一式揃えてある。剣も応急処置ではあるものの砥石で研いである。盾は変わらずボロボロではあるが、補強用の器具を付けて取り敢えずは大丈夫。私は装備を装着して野営用の荷物を持ち、部屋から出て1階へと向かった。1階は夕方と比べ人気が少なく、テーブルも閑散としていた。その中で既にアイリスは準備を終え、1人テーブルに着いていた。私は彼女の元へと向かった。
「おはよう、アイリス。」
「……おはようございます。」
アイリスいつもと変わらず、無表情で挨拶を返してくれた。私は彼女と同じテーブルに着いた。
「他はまだ来てないの?」
「……見ての通り。」
「あ、そっか。まだ起きてきてないんだね。」
アイリスとの会話はいつもこんな感じだ。二人っきりで話すと会話が繋がらない。私はイルズ達が起きてくるまで装備の最終点検をしようと、腰に付けたランタンとポーチの中にある道具のいくつかを取り出し最後の確認を行った。ランタンに新しい油が入っているか、着火用の魔道具の魔石が発動できるか確認した。ポーションの本数もナイフの数も問題はない。爆弾類のチェックはここでは出来ないが問題はないだろう。そうしていると、
「ねぇ、ニーシェ。」
アイリスから声をかけられた。私は手を止め、アイリスの方を向いた。
「どうしたの?」
そう問いかけると、アイリスは何も言わずに私から目線を逸らした。少し間が空きアイリスは私の方を向いて口を開いた。
「どうしてニーシェは、まだこのパーティーに居続けるの?」
「えっ、それは……」
一瞬、私の中で時間が止まった。その言葉は一番問われたくなかった。私自身、このパーティーの足手纏いである事は分かっているつもりだ。それでも、このパーティーに居る理由は、ここにイルズがいるから。彼のサポートをしていたいから。でも、直ぐに答えが言い返せなかった。マリシアやローマン、ガイゼルは同じことを言ってくるが、アイリスはこういう事は今まで一度も言ってこなかった。アイリスがこういう事を言うという事は、それだけ私が足手纏いだからなんだろう。私はそのまま俯いてしまった。
「…………今のは忘れて。」
そう言って、また私から目線を逸らした。私は俯きながら道具を片付け始めた。私はもう、このパーティーには不必要なんだろう……。でも、ここを離れる位なら、最後ぐらい彼の為になにかをしたい。
それから少しして、イルズとマリシアが一緒に、ローマンが降りてきた。イルズ以外の2人は相変わらず、私と会うたびに「あれ、居たんですか?」などと言ってくる。もう慣れていたが、さっきの事があって心に引っかかってしまった。しかし、それを悟られない様にいつもと変わらずの態度で返した。
「あとはガイゼルだけか。」
イルズが私たちを見てそう確認した。
「いつものことですね。起こしてきましょうか?」
「いや、いい。さっき声を掛けてきた。もうじき起きるだろう。」
そう言って席に着き、マリシアもイルズの傍に座った。すると、マリシアは何かを思い出したかのように、イルズの方を向いた。
「そういえばイルズ様。この調査が終われば英雄協会から英雄の認定をくださるかもしれないと、教会の方で噂になってましたよ。」
「それはホント?」
私はそれに反応した。
「……ええ。当然のことでしょう。今まで認定されていない事がおかしかったのですから。」
英雄の称号は、英雄協会と呼ばれる組織からその人の活躍や功績を判断し認定される。詳しいことは知らないが、その英雄の中で更に階級的な物が存在するらしい。でも、認定されればイルズが目指した夢に辿り着く。
「良かったね、イルズ。」
「…………」
イルズは何も言わなかった。その上、険しそうな顔をしていた様に見えた。私がもう一声、声を掛けようとすると、
「よう、待たせたな。」
ガイゼルが降りてきた。それと同時にイルズも立ち上がった。
「全員揃った。出発しよう。」
イルズは足早に歩いた。立っていたガイゼルとローマンもそれに付いていき、アイリスも早々と追った。私とマリシアも立ち上がり、追おうとすると、マリシアが小声で言った。
「イルズ様を喜ばせたいなら、少しは考えたらどうですか?誰に言われたら嬉しいか。」
そう笑ってマリシアが歩いて行った。……私は素直に喜んだだけだ。イルズが幼い頃から目指していた夢に辿り着くのだから。複雑な気持ちを抑えようと深呼吸をして、皆を追おうとした。その時、
「ニーシェ。」
後ろからケティアさんが声を掛けてくれた。私が振り返ると、ケティアさんと旦那さんがいつもの袋を持っていた。
「ほら、いつもの。」
そう言って袋を渡してくれた。私はその袋を受け取った。
「ありがとうございます。」
二人に頭を下げ、皆を追おうとすると、
「ちょっと待ちな。」
ケティアさんに呼び止められ、立ち止まった。しかし、ケティアさんは何かを言おうとしていたが言葉を発さず、悩んでいるように見えた。
「ケティア?」
「分かっているって……。あぁ……。」
旦那さんがケティアさんに声を掛けると、ケティアさんは私に近づいた。そして、
「無理しないで、ちゃんと帰ってくるんだよ。」
そう言って、私の頭を撫でてくれた。
「……はい。行ってきます。」
私はケティアさんに挨拶して、皆を追いかけた。
カルワトから出てダンジョンへと向かう。途中まで馬車を手配し向かい、途中の獣道からは歩きで進む。私が地図を見ながら先導して他の皆は警戒をする。しかし、探知スキルがある皆は、魔物がいないと分かって楽しく話しながらゆっくりと進んでいく。探知スキルのない私は警戒しながら先導しながら進み、皆との距離も開いていく。この辺りは皆が苦戦するような魔物は出てくるという情報はない。とはいえ、魔物いないという訳ではないし、油断はしてはいけない。
〈ガサッガサッ〉
近くで草木が揺れる音がした。私は咄嗟に右手で剣を握り、音が鳴る方を向いた。
〈ガサッガサッ〉
何かが草木を揺らしながら近付いてくる。私は剣を抜き待ち構えた。そして、それと同時に草木の中から小さい影が飛び出してきた。
「キュウ!」
そう甲高い鳴き声を出して、白い毛玉の動物が1匹出てきた。それは『ポス』と呼ばれる小動物だった。ポスは草食の動物で他の動物を襲う事はなく、逆に憶病で逃げることの方が多い。そして、≪集団性のある≫動物だ。……ポスと似た赤い目の魔物で『アトーポス』と呼ばれる魔物がいる。アトーポスは単独行動で動き、自分より大きい動物でも襲う程狂暴な性格をしている。今目の前にいるポスは1匹だけで、こちらを見ても逃げもしない。剣をそのまま構えた。
「あら、どうかされました?」
後ろから皆が追いついた。剣を構えているのに気付くと、マリシアがその先にいるポスを見て嘲笑った。
「もしかして、ポスなんかに怖気づいてしまったんですか?」
「違う!魔物かと思って警戒しただけ!」
私は強い口調で言い返した。マリシアは一瞬だけ顔を強張らせた。そして、
「イルズ様~。私はニーシェさんの事を心配しただけなのに、怒鳴られました~。」
泣き真似をしながらイルズの後ろへと走っていった。
「ニーシェ、この辺りに魔物は居ない。一々物音や小動物が出てきた位で止まるな。それから、マリシアに謝れ。」
「……”どんな事でも油断せず警戒しなさい。敵は常に己より上に居ると思え。”そう教わったでしょ。」
「その教えが生かされた事はあったか?……もういい、俺が先導する。」
イルズは私が持っていた地図を奪い取り、先へと進んでいった。イルズの後ろに隠れたマリシアは、嘲笑いながら私の横を通って行った。そして、ローマンがポスに近付いた。
「アトーポスの割に随分と大人しいですねぇ。それに目は黒い。ただのポスのはぐれでしょう。その程度で見分けられないとは、もう少し精進したらどうですか。」
「臆病者のニーシェだから仕方がないな。そんな心配なら、俺が追い払ってやるよ!」
ガイゼルは肩に掛けていたハルバードを構え、ポスに向けて振り下ろした。ハルバードが地面に当たると土煙が舞い上がり、私は咄嗟に目を閉じた。
「ちょっとガイゼルさん!僕が近くにいるのに、いきなり振り下ろさないで下さい!あ~もう、服が砂ぼこりで汚れましたよ~。」
「はっはっはっ!そいつは悪かったな。」
「……見えない。……[風よ我らが歩む道を示せ]【エアーロード】」
アイリスが魔法を唱え、風がそよぐと土煙が晴れた。目を開けると、ガイゼルが振り下ろしたハルバードが地面に刺さっている。しかし、そこに血溜まりはなく、その横にポスが意気揚々と跳ねていた。
「あぁ?生意気な奴だな。」
ガイゼルがハルバードを地面から引き抜くと、ポスはそのまま来た草木へと逃げていった。
「あ!クッソ。逃げていきやがった。」
「ハハハ、残念でしたねぇ。随分とすばしっこいポスですね。」
「おい!遊んでないで進むぞ。」
イルズが遠くから声を出した。「あいよ~」とガイゼルがハルバードを肩に掛け直し、ローマンと共に向かった。私はさっきのポスが妙に気になってしまい、逃げていった方向を見た。森の奥はただただ静かに木々が揺れている。ただの気のせいだと思い、彼らの後ろに付いて行った。
それから歩いて、頭上の日が斜めに傾いた時間。あれ以降、魔物や動物とも会わずキャンプ予定地へと着いた。ここからダンジョンへはそう遠くない。イルズとマリシア、ガイゼルは一度ダンジョンの入り口まで偵察に向かい、私とアイリス、ローマンはキャンプの準備をする。
私は野営用の荷物から、獣避けの匂袋を取り出し、森の中へと草木を掻き分けながら入った。そして、キャンプ地の中心を円で囲むように、匂袋から少量の灰を取り地面に撒きながら歩いた。森の中はもう薄暗くなっている。そして、とても静かだ。風で揺れる木々の音以外、獣の鳴き声すら聞こえない。妙な胸騒ぎがゆっくりと広がる。私は足早に歩いて行った。
獣除けを撒き終えから戻って、イルズ達も少し経ってから戻ってきた。日はもうじき夕暮れとなり沈み始める。各々が持ってきた食料を談話をしながら食べ始めた。私はその談話に入っていない。私は貰った燻製肉を食べながら、ギルドから貰ったダンジョンに関する情報を見ていた。しかし、幾つものベテランの冒険者達が調査に向かった割に、あまりにも情報が少なすぎる。分かっていることは、出現する魔物の種類とダンジョン内部が不規則に作られることだけ。
「ニーシェさん。そんな何度も情報見ても増えたりしませんよ。いつも以上に警戒しておけば問題ないでしょうに。」
「ローマン、楽観視し過ぎじゃない?」
ローマンが言っている事は確かにそうだ。いつもならそんなに何度も見ない。だけど、今回は違う。まだ未踏破のダンジョンなのだから。
「出てくる魔物は俺とガイゼルでいつも通りに片付ければいい。罠があればアイリスに。後方支援はマリシアとローマン。お前はいつも通りに先導と壁役をやればいい。それで何か問題か?」
イルズは面倒くさそうにそう言った。「そうですよねー」とアイリスが言いながら、イルズにくっ付いていった。
「わかった。それじゃあ、いつも通りに私は先に眠らせてもらうよ。」
私は食事を終え片付け、夜中の見張りをするため一足先に眠った。皆は楽しそうに話し合っている。……昔は私もその中に入っていた。私が徐々に皆に追いつけなくなってから、その中に入れなくなっていた。考えたくはないが、朝の出来事があってからどうしても嫌な事を考えてしまう。『私は消えた方がいい』と……。