第19話 お互いの力
マンティスを倒し、私は地面に座っていた。座りながら刀を鞘に納め、自分の身体を見回した。右脚の傷は治っており、後は左腕だけが血が流れ落ちたまま治っていない。斬り離された左腕を探すと、既に流れた血が離れた左腕へと到達しており、治るまでそう掛からないだろう。そう思っていると、
「ヴィオさん!」
ディアヌスが叫び声を上げ、私の元に駆けてきた。そして、
「ヴィオさん、待っていて下さい!直ぐに止血しますから!」
ディアヌスがポーチを開け、中から何かを探していた。私はその手を止めた。ディアヌスはそれに驚き、私に怒ってきた。
「ヴィオさん!?何をしているんですか!」
「だ、大丈夫。大丈夫だから。」
「そんな訳ないでしょう!こんな傷じゃ、死んじゃいます!」
ディアヌスは私の手を振り解き、もう一度探し始めた。……これが普通の反応だ。もし、私のこの力を知ったら、ディアヌスはどんな目で私を見るのだろう?化物を見るような目で見てくるだろうか?そう考えていると何故だか、ディアヌスだけには知られるのが怖く感じた。だけど、どうせ治療する時に気付かれるだろう。私は息を整えて、ディアヌスの手を掴んだ。
「ヴィオさん!だから何を――ッ!」
掴んだディアヌスの手を、私の血塗れになっている右脚へ当てた。ディアヌスは最初、何をしているのか分からない顔をしていたが、やがて気付き困惑した表情へと変わった。
「アハハ……。その、本当に大丈夫なんだ……。」
私はディアヌスの手を離して立ち上がり、飛ばされた左腕を拾いに行く。左腕を拾うと、斬り離された傷口から血がお互い伸びて繋がり合い、手繰り寄せる様に動き始める。それと同時に、足元に落ちている血が私の中へと戻っていく。するとその時、波の様な激痛が左腕を襲う。
「――ッアアアアァァァァ!!」
この激痛は本当に慣れない。私はその場に座り込み、目を閉じて叫び声を上げながら痛みに耐える。
「ヴィオ……さん?」
ディアヌスが後ろで声を掛けてきた。きっとその顔は、恐ろしいモノを見ている様な顔をしているだろう。私は痛みに耐えながら、そう思っていた。
やがて痛みがなくなり、左腕が元の状態に繋がっていた。足元に落ちていた血も一滴も残っていない。私は座り直して左腕が問題なく動く事を確認し、額から流れてくる汗を拭う。そして立ち上がった。
「……」
私は静かに黙っていた。後ろを振り向くのが怖かったから。もしかしたら、ディアヌスはもう居ないのかもしれないし、次に会えてもきっと逃げていくだろう。……私は覚悟を決め、深呼吸して振り向いた。振り向くと、ディアヌスが座って私を見ていた。私達はそのまま見つめ合い、私は苦笑いを浮かべた。
「アハハ…………。ごめんね、変な物を見せちゃって。」
そう言って、私は目を逸らした。
「本当に、大丈夫なんですか?」
ディアヌスがそう言い、私は静かに頷いた。すると、ディアヌスが駆け寄って私の左腕を触って確認してきた。そして、
「よ、良かった……。良かったよ~!」
ディアヌスがそう濁った声を上げて、その場に崩れる様に座り込んた。私はディアヌスの方を見ると、ディアヌスの目から涙を流していた。私は困惑し驚いて、慌ててディアヌスの肩に触れる。
「だ、大丈夫!?どこか怪我でもした!?」
そう聞くと、ディアヌスは首を横に振る。ディアヌスは涙を拭っているも、それでも涙が溢れてくる。そして、私の方を見てきた。
「ヴィオさんが生きていて良かったって思って。安心して……。」
ディアヌスは泣きながらそう言ってくれた。私はディアヌスが怪我をしてなくて安心したのと同時に、私の事が怖くないのか不思議に思った。けれど、今はそれを聞かない方が良いと考えた。
「ごめんね。心配を掛けちゃって。」
私はそう言って、ディアヌスの頬に伝う涙を拭った。そして、ディアヌスが落ち着くまで、私は静かに彼の隣に座り直し、私の血で汚れた手の上に私の手を乗せて待った。そっと、彼の手に付いている血を、私の元に戻しながら……。
それから少し経ち、辺りが薄暗くなってきた頃、ディアヌスが落ち着きを取り戻した。
「すみません。もう大丈夫です……。」
そう言うディアヌスの目は、真っ赤に染まっていた。私は微笑んで、
「ありがとう、ディアヌス。」
そうお礼を言った。ディアヌスは私の方を一瞬だけ見て、直ぐに目を逸らした。その仕草が変に思い、私はディアヌスの顔を覗き込もうとすると、ディアヌスは手を出して止めてきた。そして、
「あの、顔を見ないで下さい。今はその……恥ずかしくて……。」
そう言って顔を隠す。指の隙間から少しだけ見えたディアヌスの頬は、ほんのりと赤くなっていた。私はそれを見て、つい笑ってしまった。ディアヌスはそれに気付き、私の方を勢い良く向き直した。
「わ、笑わないで下さい!本当に恥ずかしかったんですから!」
「ごめん。つい、可愛かったから。」
ディアヌスは手を振って、頬を赤めながら怒ってきた。それを見て、私も余計に微笑んでしまっていた。そうして、私達はお互いの目を見て、また笑い合っていた。
そんな事をしていると、草木からテオが飛び出してきた。
「キュウ!」
そう元気な声を出して、私達の元へと戻ってきた。身体に葉を付けている位で、怪我はしていなさそうだった。
「テオ、大丈夫だった?」
ディアヌスがそう言って、両腕を前に出した。テオは元気に、ディアヌスの腕の中へと跳んだ。そして、身体を擦り付ける様に、腕の中で動き始めた。ディアヌスは、テオの付いている葉を取り、身体を撫でてあげていた。私もテオを撫でようと思ったが、ふと周りを見ると、私の血がまだ散らばって落ちている。血は液体のまま地面に溶け込んでおらず、まるで元の場所に戻るまでその場にあり続ける様な感じがした。
(これも見られたら、どう思われるだろうか?)
そう思いながら、私は立ち上がった。
「ヴィオさん?」
「キュウ?」
二人が同じタイミングで、声を出した。私は微笑んで、
「少しだけ待ってて。」
そう言って、前へ歩いて二人から離れた。
私は手を前に掲げ、戦いで流れた自分の血を集め始める。そこに、マンティスの身体から流れる青い血も混ざる。
(またあの激痛に襲われるのかな……?)
そう思ってどうにかして、あの青い血だけを私の血から離そうと血を動かすも、その様な器用な事も出来ずに直ぐ混ざり合って赤い血へとなってしまった。私は諦めてそのまま足元へと集め、私の中へと戻していく。すると、またマンティスの記憶が頭の中で流されて頭に激痛が走る。私は頭を手で押さえた。
「ヴィオさん、大丈夫ですか!?」
ディアヌスがそう言って、私に近付いてきた。
「うん……。少しすれば、良くなるから……。」
私は苦笑いを浮かべた。それでもディアヌスは心配してきたが、ディアヌスの腕の中に居るテオを撫でて、痛みが収まるまで待った。
流れてくる記憶を全て無視して、ようやく頭の痛みが収まった。目を開けて自分の身体と地面を見ると、私の血は綺麗に全て私の中へと戻っていった様だった。額の汗を拭うと、ディアヌスが顔を覗き込んできた。
「もう大丈夫なんですか?」
そう聞かれて私は微笑んで頷いた。すると、
「良かった。」
ディアヌスはそう言って、ホッとした表情を浮かべる。それを見て私は、ディアヌスにこの力の事を聞いてみた。本当はあまり聞きたくはないのだが……。
「ねえ、ディアヌス。その……私の『これ』を見て怖くないの?」
私がそう聞くと、ディアヌスは首を横に振った。そして、
「ヴィオさんが無事なのがその力のお陰なら、怖くもなんともありません。」
ディアヌスはそう微笑んで言ってくれた。全ての力を晒している訳ではないが、そう言ってくれるだけ嬉しかった。そう思っていると、
「それに、僕の方が皆に笑われていますから……。男なのに人形遊びの様に、人形を操るしか能がないなんて。凄く可笑しいですよね。」
ディアヌスは苦笑いを浮かべてテオを降ろし、マンティスとの戦いで壊れた人形を拾い上げる。私はそれを直ぐに否定した。
「そんな事はない!ディアヌスの人形は凄かった!舞う様なあの動き、とても綺麗でとっても素敵だったよ!」
私はディアヌスの手を握った。ディアヌスは驚きを隠せていない様だった。私はディアヌスの目を見つめていた。
「それに、マンティスに襲われた時、ディアヌスが人形を操って助けてくれなかったら私は斬られていた。ディアヌスもディアヌスの人形達も、私にとっては命の恩人だよ。だからまた、今度は魔物とかいない時にもう一度見せてくれないかな?」
そう言うと、ディアヌスは目を逸らした。その方向は、壊れた人形の方を向いていた。人形がなければ、あの素敵なモノは見れない。
「人形、直すのにどのくらいお金が掛かる?手助け程度しか出せないかもしれないけど……。」
そう聞くと、ディアヌスは顔を上げた。
「い、いえ!大丈夫です。全部自分で作った物ですので。材料もまだありますから、直すのに時間が少し掛かる位です!」
ディアヌスはそう言うと、また目を逸らした。その頬は、また赤く染まっていた。すると、ディアヌスは息を整えて、もう一度私へ向いた。
「その、ありがとうございます。初めて、そんな事を言われたので嬉しくて……。直ぐに人形達を直しますね!」
ディアヌスはそう笑い、壊れた人形達を拾い集め始めた。私も、一緒になって拾っていった。
そうして時間が経ち、日が沈んで森が暗くなった。拾った人形達の部品をディアヌスに渡し、取り零しがないか周りを見て確認していると、
「ヴィオさん、ありがとうございました。これだけ集まれば大丈夫です。……『ドールハウス』。」
ディアヌスがそう魔法を唱えると、ディアヌスの前に空間が現れた。その魔法は確か、ディアヌスが人形を出す時に使った魔法だったような。ディアヌスは開いた空間の中に、次々と部品を入れていく。
「空間魔法?珍しいね。」
「はい。……ただ、あまり物を入れられないので、今ある人形を二体、『プロトスワン』と『プロトストゥ』という子達を入れているんです。」
それは、私を助けて壊れたあの人形達の事だろう。ディアヌスにとって大切な二体の人形を、私を助ける為に壊してしまったと考えると、心が本当に申し訳ない気持ちに染まった。
(私も出来るだけ、人形作りの手助けをしたいな。)
そう思っていると、ディアヌスは部品を全て空間に入れ終え、その空間を閉じて私の方へ向いた。
「すみません、お待たせしました。」
「大丈夫だよ。それじゃあ、薬草を探しながら帰ろうか。」
「あ、その前に、マンティスの死骸はどうしましょう?」
そう言われ、私達はマンティスの方へ向いた。部位を少し持っていけば、仮登録の実戦試験が免除される。……しかし、いきなりマンティスの部位を持っていくのは、変に怪しまれる可能性がある。それに、私の力に必要な物は取れてしまっている。私が何かを持っていくのは止めておこう。
「仮登録者の人がこれを持って行くと、変な面倒事を起こりそうだから私は取らないでおくよ。」
「そうですか。……あの、少しだけ甲殻を貰っても良いですか?」
「全然大丈夫だよ。少しだけじゃなくて、沢山採ったら?」
「良いんですか?」
私は頷いた。ディアヌスは嬉しそうに微笑んで、マンティスの元へと向かった。剣を抜いてマンティスの甲殻を幾つか取っていき、自分のポーチへと入れて戻ってきた。
「テオ。」
「キュウ!」
私はテオを呼んでしゃがむと、テオはポーチの中へ跳んで入った。そして、立ち上がってディアヌスに向く。
「帰ろっか。」
「はい!」
私達は森の外に向けて、依頼の薬草を探しながら帰っていった。




