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第18話 人形使い

 風で森の木々が靡く。私達とマンティスは、お互い睨み合っていた。私はマンティスから目を剃らさず、ディアヌスと話した。

「ディアヌス、魔法は使える?」

「一応ですが、下級魔法ならある程度使えます。」

「分かった。私が前で戦うから、ディアヌスは魔法を使って援護して。マンティスを退ける事だけに集中するよ。」

「はい!」

私は一瞬だけ後ろを向いて、ディアヌスがそう頷くのを見た。私も頷いて前へ向き直す。

「行くよ!」

 私は大きく踏み込み、マンティスの前へ出る。マンティスは私に目掛け、鎌を振りかぶる。

「[風よ。速き弾に成りて、我が敵を射て]【エアロショット】!」

ディアヌスが魔法を唱え、風が振りかぶるマンティスの腕に当たる。しかし、勢いが少し衰えただけで、止まることなく私に向かってくる。

「ハアァァァ!」

私は踏み込み大きく刀を振り上げ、マンティスの鎌へぶつける。

<キーンッ!!>

剣撃の音が響き、手に衝撃が走る。それでも、私の刀は勢いを衰えず、マンティスの鎌は上へ弾き飛ばした。そのままもう一度斬ろうとする。しかし、

(お、重い!)

 勢いの付いた刀は、腕が引っ張られそうになる程重かった。私は一旦斬るのを諦め、踏ん張って刀を持ち直し、体勢を立て直す。

(流石に、今まで使った事がない武器だ。扱い方がまだ分からないのに、初実戦がマンティスとは……。)

戦技を使おうにも、戦いの最中に反動が返ってくると考えると、戦技の多用は出来ない。私は刀を握り締めてもう一度構える。すると、

「[凍てつく氷塊で敵を砕け]【ロックアイス】!」

 後ろから氷の礫が放たれ、マンティスの身体へとぶつかる。礫は硬い甲殻により防がれているが、その衝撃でマンティスは怯んでいる。その隙を狙ってもう一度前へ進み、マンティスへ斬り付けた。刀の切っ先はマンティスの胴体の甲殻を斬り、その下の肉まで意図も容易く斬れた。

<キシャアアアアアア!>

マンティスは叫び声を上げ、斬れた場所から青い血を吹き出し、私の身体にも掛かる。刀の勢いをなんとか踏ん張って制御し、もう一撃を喰らわせようとする。しかし次の瞬間、マンティスは両手の鎌や身体を振り回し、悶えるように暴れだした。その振り回された鎌が私へと向かってくる。

「ヴィオさん、危ない!」

 私は刀で防ごうとするも間に合わず、左腕に刃が当たる。

「クッ――!」

左腕が一筋に斬られて血が流れる。そして、まだ暴れるマンティスの尾部が身体に当たり、私は後ろに吹き飛ばされた。そのまま背中に地面をぶつけ、身体全体に痛みが走る。

「ヴィオさん!」

 ディアヌスが私の元に駆け付けようとする。私は身体を起こし、ディアヌスを止める。

「ディアヌス!目の前に集中して!私は……大丈夫だから。」

身体に走る痛みに耐えながら、私は立ち上がった。そして、刀の先を地面に刺して、自分の身体を支え、息を整える。そして、ディアヌスの方を向く。

「ヴィオさん……。」

「約束……忘れた?私はここで死なない、貴方を絶対に守り通すって。私は大丈夫だから。」

 不安そうな表情を浮かべるディアヌスに、私は微笑み返して前を向く。マンティスは暴れるのを止め、此方に怒りを剥き出しにして構えた。斬った胴体の出血は、既に止まっている様に見える。斬り口が思ったより浅かったのだろう。次はもっと踏み込んで斬らなければ。私は斬られた左腕を見ると、マンティスの血と自分の血が混じり合い、腕を伝って地面へと落ちていく。混ざった血で見えないが、傷はもう治り始めているのが感じ取れる。

(ディアヌスの前で、この力はなるべく使いたくはない。けど、必要な時は使わざるを得ない。)

私は刀を地面から抜き、マンティスへ構えた。

 すると突然、頭の中に激痛が走る。私は歯を食い縛り、ディアヌスに察しられない様に痛みに耐えた。そして、その痛みと同時に記憶が頭を流れる。その光景は、武器を構えた冒険者の様な人達を、少し高い位置から見下ろしている光景だ。

(これは……。)

金切り声を上げて両手の鎌を振るい、目の前の冒険者達を襲う。冒険者達はその攻撃を避けながら、協力し合って攻撃をしてくる。やがて、腹部側面の甲殻を剥がされ、そこに深い傷を付けられる。痛みで暴れまわり、冒険者達が怯んで下がった一瞬の隙を突き、羽を広げて遠くの森へと飛んで逃げた。

 頭の激痛がなくなり、それから先の光景が見えなくなった。突然見えた光景から察するに、あのダンジョンのマスターと同じ様に、私に付いたマンティスの血を取り込んで、マンティスの記憶を見たのだろうと。このマンティスが襲ってきた時に興奮していた様に見えたのは、冒険者達と戦った後だったのだろう。

(となれば、冒険者達が付けた傷がある筈。そこを狙えば……。)

 そう考え、私は前へ走る。マンティスが私に鎌を振ろうとすると、

「【ロックアイス】!」

ディアヌスが再び氷の礫を放ち、振り下ろそうとしているマンティスの腕へ当たる。その衝撃で腕が上へと上がった。私はその隙に腕の下をくぐり、マンティスの腹部側面に回る。すると、マンティスの身体に大きな傷痕が見えた。

(そこだ!)

私は刀を傷痕に目掛けて斬りかかる。しかし、傷痕を狙うのに気付かれたのか、マンティスは身体を動かして私の斬撃は傷痕には当たらなかった。だが、振り下ろされた斬撃はマンティスの脚へと当たり、そのまま脚を斬り落とした。そして、暴れる事を見越して、その一撃を与えた後にすぐに後ろへと跳んで下がった。

<キシャアアアアアア!>

 思った通り、マンティスは叫びながら再び暴れ始めた。私は後ろに下がりながら、マンティスが暴れるのを止めるまで待った。しかしその時、マンティスの顔がどこかへと向いた。その方向の先を見ると、ディアヌスが居る方向だった。その瞬間、私は嫌な予感を感じ取り、ディアヌスの元へと走った。それと同時に、マンティスは体勢を一気に立て直し、羽を広げて羽ばたかせて空へと飛ぶ。ずっとディアヌスを見ながら……。

「あっ……。」

「ディアヌス、逃げて!」

 ディアヌスは自分が狙われている事に気が付いたが、マンティスは既にディアヌス目掛けて飛んでいる。私も走っているが、間に合うか分からない。

<キシャアアアアアア!>

金切り声を上げ、両手の鎌を振りかぶる。ディアヌスは逃げようとするも、絶対に避けれない軌道だ。私は左腕を伸ばす。

「ディアヌス!!」

「えっ……!?」

私は左腕に付いている血を形作り、ディアヌスへと伸ばした。血の塊はディアヌスの身体を押して横へ跳び、マンティスが襲う軌道から逸れた。しかし、今度は私がその軌道に入る。マンティスの方を向いた瞬間、マンティスは鎌を振り下ろす。

<キシャアアアアアア!!>

 一振りの鎌が私の左腕を斬り落とし、もう一振りは刀に当たり、軌道が少しずれて右脚を切り裂く。そして、痛みが頭に伝わる前に、マンティスの身体にぶつかって吹き飛ばされる。

「――ッ!」

「ヴィオさん!?」

木に身体がぶつかり、身体全体に痛みが走る。眩む視界を振り戻し、ディアヌスの方を見た。ディアヌスは倒れているが、傷もなく無事の様だ。私は斬られた身体を見る。斬り落とされた左腕から、大量の血が流れているのが見える。右脚は残っているが、深く斬られたせいで、直ぐに立てそうにもない。

(流石に不味いな……。)

 傷は時間が経てば治るが、その間にマンティスは口の刃を鳴らし、私へと近付いてくる。そして、鎌を大きく振り上げて、止めを刺しに鎌を振り下ろした。迫り来るマンティスの鎌が避けられないと察し、私は反射的に目を閉じた。するとその時、

「『ドールハウス・プロトスワン』!」

<キーンッ!>

 ディアヌスが何かを唱え、次の瞬間には何かの剣撃音が鳴り響く。私はゆっくりと目を開けると、朧気な視界の中にマンティスの鎌を防ぐ人影が見えた。

「……ディアヌス?」

ディアヌスが前に出てきて防いだと思ったが、視界がハッキリと見え始め、ようやく目の前に居る者が何か分かった。それはディアヌスではなく、木で出来た『人形』だった。人形が手に剣を持ち、私に迫ってきたマンティスの鎌を防いでいた。

<キシャアアアアアア!>

マンティスが叫び声を上げ、もう片方の鎌を振るう。私は咄嗟に刀を握り締め、防ごうとすると、

「『ドールハウス・プロトストゥ』!」

再びディアヌスがそう唱えると、後ろから同じ様な人形が、マンティスのもう片方の鎌を防ぐ。

「ヴィオさん!早く逃げてください!」

 私は身体を引きずりながら、木の後ろ側へ回る。ディアヌスの方を見てみると、剣を足元に落として両手を広げていた。そして、両手の五本の指から薄っすらとした糸が見え隠れしている。その糸が人形に繋がっている様で、目の前に居る人形はディアヌスが操っていた。

<キシャアアアアアア!>

「プロトストゥ!」

マンティスが両手の鎌を振り上げ、暴れる様に振り始めた。その攻撃が人形達へと向かうが、人形達はその攻撃を巧みに避けていった。更に、一体の人形が避けながら、マンティスの鎌や身体に軽く剣を当て、マンティスはその人形に気を引かれていく。その結果、もう一体の人形がマンティスの視界から外れ、マンティスの側面へ向かう。そして、剣をマンティスの傷痕へ突き刺した。

<キシャアアアアアア!!>

マンティスが叫び声を上げ、鎌を振り回す。傷に刺した人形は剣を刺したまま離し、二体の人形は舞うように鎌を避けて離れる。

「……」

 私はその光景に見惚れていた。人形の全ての動きがとても美しく、繊細な動きを繰り出している。私も、他の人だって、その動きを真似る事は出来ないだろう。そんな動きを二体の人形を、全てディアヌス一人が、指と手と腕を可憐に動かして操っている。その姿が、とても、とても……

<キシャアアアアアア!!>

「――ッ!」

 マンティスが再び叫び声を上げ、私はハッと我を取り戻した。次の瞬間、マンティスの周りに風の刃が巻き起こる。その刃が人形へと当たり傷付け、ディアヌスが伸ばしていた糸すら切り裂く。

「風魔法!?」

人形が破壊されて吹き飛ばされると、マンティスの顔は再びディアヌスの方へ向いた。ディアヌスは慌てて剣を拾い上げる。どうやら、人形はもう使えない様だった。マンティスは口の刃を鳴らし、姿勢を低くしてディアヌスを狙う。私は刀を握り直して、身体を支えながら立ち上がる。右脚の治りかけている傷から痛みが襲うが、それに耐えて片手で重い刀を背中に持ってくる。そして、

「『戦技:天破斬(テンハザン)』」

 勢い良く背中から前へ振り下ろし、斬撃がマンティスの身体へ向かう。片手で放つ斬撃では威力がなくなるのか、それでも斬撃はマンティスの甲殻を斬り裂き、下の皮膚を斬って大量の青い血を噴き出す。マンティスは痛みで暴れ、こちらを向いた。しかし、私は今の戦技で、傷ついている身体に限界が来てしまった。刀の切っ先を地面に付けて、身体を刀で支えた。

(流石に、今の状態ではもう戦技は使えない。――仕方がない!)

 マンティスが私へ突撃してきた。私は手を前に掲げ、私の周りに流れている血へ意識を送る。そして、血溜まりから幾つもの血の槍を作り出し、マンティスへと突き伸ばす。血の槍はマンティスの身体を貫き、地面から空へ突き上げる。

<キシャアアアアアア!!>

マンティスは叫び声を上げ、動かせる部分を振り回して暴れる。しかし、血の槍が身体から抜ける訳でもなく、やがて声が小さくなってピクリとも動かなくなった。動かなくなったのを見て、私は手を下げて血を元の状態に戻すと、マンティスの身体はそのまま地面へと落ちていった。

「……倒した?――ッ!」

身体にまた痛みが走り、私は倒れ込む様に座った。

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