第16話 草原へ
私達二人は相談をしながら、良さそうな依頼を幾つか探していた。とはいえ、私はこの辺りの事が分からないので、ディアヌスが依頼を選んでくれている。
「これとこれは近くで取れるし、これは別の場所だから……」
ディアヌスはそう口に出しながら、一つ一つの依頼書を見て、良さそうな依頼は手に取っていった。そして暫く経ち、受ける依頼を決めて貰った。ディアヌスはそれを綺麗にまとめると、私に渡してきた。私はそれを受け取って内容を見る。
「東側の草原で取れる薬草です。東側なら魔物の数も少ないので、危険はないと思います。」
採取する薬草の種類は四つで、量は十本で一つ分。それを二つずつと、二人でやる分には丁度良い。
「うん。良いと思うよ。」
「はい。……ただ一つだけ。ここ最近になって野鳥に食べられている薬草があって、それを取るのに森まで入らないといけないかもしれないです。」
ディアヌスはそう言って、依頼書の一つを指差した。私はその依頼書を確認した。
「なるべく草原で集めきりたいのですが、ヴィオさんは大丈夫ですか?」
草原で集まりきればそれで良いが、森の事も出来れば見ておきたい。
「うん、分かった。森に入るのは最後の手段にしよう。」
「はい!」
「じゃあ、私が受けてくるよ。少し聞いておきたい事があるから。」
「ありがとうございます。入口で待っていますね。」
ディアヌスはそう言って、ギルドの入口へと歩いていった。私は依頼書を受付へと持っていく。
受付に着くと、奥からウェルゼさんが来た。
「決まりましたか?」
「はい、これをお願いします。」
私はウェルゼさんに依頼書を渡した。ウェルゼさんはそれを受け取ると、少し驚いた表情を浮かべた。
「いきなりこの量ですか。もう少し減らした方が良いですよ?」
そう言われるのは当然だろう。私は直ぐに説明した。
「それは一緒に行ってくれる人が居て、今日はその人にこの辺りの事を教えて貰う為です。」
「あぁ、成る程。」
ウェルゼさんは、納得するように頷いた。
「何か問題はありますか?」
「いえ、問題はありません。ただ、相手が同じ仮登録者なら良いのですが、正式登録されている方なら評価を付けれないのです。なので、改めて依頼をこなして下さい。」
ディアヌスは恐らく正式登録されている。評価は付けられないだろう。しかし、時間はまだあるから、この辺りの事を知ってからでも遅くはない。
「分かりました。その時また受けます。」
「はい。それじゃあ、手続き致します。」
ウェルゼさんは手慣れた手付きで、依頼書を処理していく。そして、あっという間に終わらせて、依頼書を渡してきた。私はそれを受け取り、ポーチの中へ丸めて入れていると、
「ちなみに誰ですか?今日一緒に行ってくれる方って!?」
ウェルゼさんはそう、興奮気味にそう小声で聞いてきた。その目は輝いているように見えた。ウェルゼさんはこういう事が好きなんだな、と思いながら教える。
「入口に居るあの子です。」
そう言って、私は入口の方に居るディアヌスを見た。ディアヌスはピンっと立って、静かに待っていた。すると、ウェルゼさんは受付台から身を乗り出し、ディアヌスの方を見る。しかし、
「あっ……、もしかして、あの少年ですか?」
ウェルゼさんは元に戻って私の方に向き直す。しかし、ウェルゼさんの先程の興奮気味の感じがなくなり、今の様子は何か変な感じがする。
「はい、ディアヌス君です。昨日色々とあって知り合ったんです。」
「そ、そうなんですね。……あ、お気を付けて下さいね。」
「――?はい。」
異様な感じがウェルゼさんから感じ取れたが、私はそれ以上気にしない事にして、入口で待つディアヌスの元へと向かった。
「お待たせ。行こっか。」
「はい。」
私達は一緒にギルドから出ていった。
ディアヌスの案内で、昨日入ってきた門とは別の所へと向かった。その道中の露店で保存食を買い、ディアヌスと共に街の外へと出た。そのまま道なりに進み、街から離れた場所まで来た。
「ここです。」
ディアヌスはそう言って立ち止まった。草原は緑豊かで草丈は高くなく、全体的に見晴らしは良い。
「この辺りなら、まだ薬草が採れる筈です。」
ディアヌスは周りを見渡しながらそう言った。見える範囲には魔物の姿は見えない。ここなら安全に採取も出来るだろう。
「それじゃあ、ここで採っていこう。」
「はい。」
私達は道を外れ、草原へと入っていった。
草原の中を進み、私達は手分けして薬草を探し始めた。私はディアヌスから借りたナイフを使い、見つけた薬草を切り取ってポーチへと入れていく。お互いが遠く離れないように、なるべく近くで探し合う。しかし、お互いが黙々と探し合い、常に背中を向き合わせており、私達の間に妙な空気が流れている。
(……何か話した方が良いのかな)
思えば村から出てから、ずっとイルズと行動していた。アイリス達が入ってきた時も、最初は私はあまり会話に入れなかった。イルズが間に入ってくれてたから、私も次第に皆と打ち解けた。ただ、今みたいにイルズが居らず、こう他人と依頼をこなすのは初めてだ。
(何か話題を出さないと。)
そう考えているが、何も思い付かない。薬草を探しながら考えていると、
「あの、ヴィオさんって、今までこういう事をやっていたんですか?」
ディアヌスからそう問い掛けられた。私はその問い掛けを聞いて、少し心臓が高まる。私は落ち着いて、薬草を探しながら答えた。
「うん。村の孤児院で薬草を集めたりしてて、薬草をそのまま売ったり、ポーションにしたりしてたよ。」
「そうなんですね。」
そうディアヌスが答えた後、またしても私達の間に沈黙が訪れる。私は話題を直ぐに考えて聞いてみた。
「ディアヌスは、ずっとあの街に住んでいるの?」
私はディアヌスの方を向いて聞いた。すると、ディアヌスの身体が止まった。そして、少し間が空けて振り向かずに答えた。
「いえ……今はこっちでお金を稼いでいるだけで、本当は王都の方に住んでいるんです。」
ディアヌスはそう言って再び薬草を探し始めたが、何だかさっきより声に元気がないように感じた。少し気になってしまったが、私は薬草採取に戻った。
そしてまた、私達は静かになってしまった。お互い背中を向け合い、ただ一言も喋らず、時間が流れていった。何かを話そうと話題を考えるも、何故か頭が回らない。どうしようかと考えていると、
「キュウ!」
「あっ――。」
突然、ポーチに入っていたポスが飛び出した。そして草原を駆け回り、私はその様子を目で追っていた。ふと横を見ると、ディアヌスも同じ様に見ていた。ディアヌスも私が見ている事に気付き、こちらに振り向いた。お互いの目が合うと、少しの沈黙が訪れそして、私達は微笑み合った。すると、
「少し、休憩でもしませんか?」
ディアヌスはそう提案してきた。時間もそこそこ経ったし、集めた薬草を纏めるにも丁度良いかもしれない。
「そうだね。少し休もうか。」
私達は近くにある岩の元へ歩いていった。
岩の側に着き、私はポスの方を向いて声を上げた。
「あまり遠くに行っちゃ駄目だよー。」
「キューウ!キューウ!」
ポスは跳び跳ねながら、そう返事をした。それを見て私は刀を地面に下ろして、岩に背を付けて座った。ディアヌスも私に続いて岩の傍に座る。
「珍しいですね。ポスが懐いているなんて。」
「少し前に色々とあって懐かれてね。ただ、どうして懐かれたのかは分からないんだけど。」
私はポスを見ながら言った。ポスは元気が有り余っているのか、ずっと走って跳び跳ね回っている。それを見て微笑んでいると、ふと、ディアヌスの方を向いてみた。
「……」
ディアヌスはジーっと、ポスの姿を見ていた。何だか、少しソワソワしている様に見える。もしかしたら……、と思っていると、ポスが私達の元まで戻ってきた。ディアヌスはずっとポスを見ている。すると、ポスが私の胸の中へ飛び込んできた。私は受け止め、ポスの身体を撫でた。
「元気があって可愛いよね。」
私はディアヌスの方を向いて、そう言った。ディアヌスは黙って頷いた。
「この子、抱いてみる?」
「い、良いんですか?」
私は頷き、身体をディアヌスの側まで移動させる。ディアヌスは私の方に身体を向けると、
「おいで?」
両手を広げ、優しい声でポスを呼んだ。ポスはディアヌスの方を向き、両手に鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。そして、
「キュウ!」
そう鳴き声を上げ、ディアヌスの胸へ飛び付いた。
「ワワッ!?」
ディアヌスは慌ててポスを受け止めた。ポスはディアヌスの胸に、スリスリと身体を擦り付けている。ディアヌスは恐る恐る撫で始めた。
「柔らかい。モフモフだ。……可愛い。」
そう嬉しそうに喜んで、ポスの身体を優しく撫でた。ポスもディアヌスに身体を委ねている。私はそれを見て笑った。すると、
「ヴィオさん、この子の名前は何ですか?」
ディアヌスは私の方を向いて言った。私は苦笑いを浮かべ、包み隠さず伝えた。
「実はまだ決めてなくて。アハハ……。」
「キュ~ウ……。」
ポスは撫でられながら、私の方を呆れた目で見てきた。ディアヌスはそれを見て笑っていた。
「名前を考えるのは苦手で……。考えているんだけど、なかなか思い付かないんだ。」
「そうなんですね。」
ディアヌスはポスを見つめながら、身体を撫で続けて静かな時間が流れた。すると、
「『テオ』」
「えっ?」
ディアヌスの口からそう発し、私はディアヌスの顔を見る。ディアヌスは直ぐ顔を上げて、慌てたように私の顔を見た。
「あ!い、いえ!?あの、つい名前を考えて口にしまっただけで、特に深い意味もない名前ですから!その……き、気にしないで下さい……。」
ディアヌスは手を振って言い、最後は声を小さくして恥ずかしがるようにポスの身体に顔をうずくめる。
「テオ。……テオか。良い名前だね。」
私はディアヌスの顔を覗き込む。ディアヌスは顔を少しだけ、私の方へ向ける。
「本当に、ふと思い付いただけの名前ですから。」
そう小さい声で言った。私はディアヌスの頭を撫でた。
「良い名前だよ。少なくとも、私が考える名前なんかよりも。君もそうだよね?」
「キュウ!」
ポスにそう聞くと、ポスはディアヌスの顔に嬉しそうに擦りついた。それを見て私は微笑んだ。
「決まりだね。君の名前は『テオ』だ。改めてよろしくね、テオ。」
「キュウ!キュウ!」
テオはディアヌスの腕から跳び上がり、嬉しそうに私達の周りを跳び回る。
「……ありがとう、ございます。」
ディアヌスは顔を赤らめて、また顔をうずくめた。
「私こそありがとうね。」
私達はゆっくりと身体を休めた。
それから早めの昼食を摂ってから、私達はそれぞれが集めた薬草をまとめた。薬草をナイフでいらない部分を切り落とし、種類ごとに数を数えながら依頼通りの本数に分けて、最後に紐で薬草を束にして纏めていった。全ての薬草を束ねて種類毎に並べる。並べた薬草を確認すると、今回集める四種の内、二種は依頼以上に集まり、一種は少し足りないぐらいの量が集まった。これはまたこの辺りを探せば、十分な数は取れる。しかし、ディアヌスが言っていた最後の一種だけ、三本程しか集まっていなかった。
「やっぱり、この薬草はここらにはもうないみたいですね。」
「そうみたい。」
私は草原を見渡す。目的の薬草自体は見付けれたのだが、薬草として使える部分が全て食われていた。
「森まで行かないと、この薬草は見付けられないかもしれないです。」
ディアヌスはそう言って、草原の奥の森へ目を向ける。ここから見えるその森は、かなり広く深い森の様に見える。私は息を大きく吸い込んで、身体に気合を入れた。
「行こう。あの森まで。」
「分かりました。行きましょう。」
「テオ!」
「キュウ!」
テオを呼ぶと、鳴き声を上げてポーチに入ってきた。束にした薬草はディアヌスのポーチに入れ、私は刀を手にして私達は立ち上がった。手に取った刀を背負い、そして私達は遠くに見える森に向かって歩き始めた。




