第15話 新たな日々
買い出しから宿の前に戻った。宿の扉を開くと、宿の中は私が来た時よりも賑やかになっている。
「いらっしゃいませー!」
あの少女が大きな声を出して、料理をテーブルに配膳している。私が入っていくと、少女と目が合った。少女は頭を少し下げ、そのまま宿の奥へと行ってしまった。私は一度、自分の部屋へと戻って荷物を置くことにした。
部屋に入り、刀を壁に立て掛け、薬草を机の上に置いた。改めて薬草を見ると、やはり状態はとても良く、良いポーションがきっと作れるだろう。今の私にポーションは不要かもしれないが、あって困る物でもない。しかし、肝心の調合用の道具がない。道具がないとポーションが作れない訳ではないが、やはりこれだけしっかりとした薬草なら、調合用の道具を揃えたい。
(コップでも借りて生けておこう。そうすれば当分は持つ。)
そう決めて部屋から出た。
私達は下へ戻ると、受付にはあの子の母親が立っていた。私は受付へと向かうと、母親は私に気付き、頭を下げてきた。
「お帰りなさい。……あの、娘が失礼をして本当にごめんなさい。私は『ベルナ』と申します。」
「いえ、気にしてませんので。私はヴィオです。」
私はそう言って頭を下げた。
「ありがとうございます、ヴィオさん。それで、お食事に致しますか?」
「はい。この子の分もお願いします。」
ベルナさんに食事をお願いし、私達は空いているテーブルへと向かった。椅子に座ってポーチからポスを出し、膝の上に乗せた。食事が来るまで、ポスを撫でて遊んでいた。
それからしばらく経ち、他のテーブルから人が少なくなって静かになった頃、私達の食事をレレナちゃんが持ってきてくれた。
「はい、どうぞ。」
素っ気ない感じで、私達の食事をテーブルへと乗せる。
「ありがとう。」
私は笑顔でお礼を言った。しかし、レレナちゃんはササっと料理を置いた後、直ぐに宿の奥へと早足で駆けて行ってしまった。もしかしたら、嫌われてしまったのだろうか?そう思いながら、料理を頂く事にした。ポスを膝から降ろし、この子の食事が乗った皿と水を下に置くと、ポスは嬉しそうに食べ始めた。それを見ていると、私のお腹も鳴き出した。よくよく考えたら、ダンジョンに入ってから何も口にしていなかった。私も自分の食事を摂る事にした。
料理を味わいながら食べ進め、全部食べ切りそうな頃にレレナちゃんが戻ってきた。その手には何かの容器を持っており、それを私へ渡してきた。
「これ……その……お母さんから。」
受け取って中を見ると、中には乾燥させた数種類の果実が入っている。
「その、今日お姉さんに嫌な事をしたから。……お母さんがお詫びに渡せって。」
そうそっぽを向いて言った。私はそれに微笑んだ。
「ねえ、レレナちゃん。これ好き?」
そう聞くと、こっちを一瞬だけ見て頷いた。
「もし時間があったら、一緒に食べない?私、お腹が一杯になっちゃったから、ね?」
「――いいの?」
私は頷いた。すると、レレナちゃんは早足でベルナさんの元へと行き、何かを話してまた戻ってきた。ベルナさんは受付越しに頭を下げてきて、私も微笑んで頭を下げた。レレナちゃんは椅子に座り、容器から果実を取ろうとすると、突然手を止めた。そして、手を下ろして私の方へ向くと、
「その今日は……(ごめんなさい。)」
小声で謝ってきてくれた。私はレレナちゃんの頭を撫でて、
「気にしてないよ。ほら、食べて。」
微笑んでそう言うと、レレナちゃんは笑って食べ始めた。私も残った料理を食べ切り、果実を取ってポスと分けながら食べていった。
果実を食べながら、レレナちゃんと談話していた。今日機嫌が悪かったのは、数日前に近い内にあるお祭りで好きな子と一緒に行こうと誘ったけど、他の女の子と行くと断られたからだそうだ。それで機嫌が悪くなり、今日に至ると。流石に私と似た様な境遇だったから、助言とか出来なかったけど、レレナちゃんは全部吐き出せてスッキリした様に見えた。そして、もう日が落ちて暗くなり、レレナちゃんとの談話を終えた。
「お姉さん、ありがとう。」
そう言い食器を片付けて、宿の奥へと戻っていった。私も部屋へ戻ろうと立ち上がり、ベルナさんにコップと水をお借りした。ベルナさんは用意して渡してくれると、
「本当に今日はごめんなさい。それから、ありがとうございました。」
とお礼を言われた。
「私も久しぶりに子供と話せて、とても楽しかったです。また機会があれば、レレナちゃんとお話したいです。」
「本当にありがとう。」
ベルナさんに一礼をして、私達は部屋へと戻っていった。
部屋に戻ってコップを机の上に置き、ポーチからポスを出してベットの上に乗せた。ポスはベットの上で、ゴロゴロと転がる。ポーチを机の上に置き、薬草をコップに生けた。
「これで当分は枯れる事はないかな。ただ、早めに調合用の道具を揃えないと。」
私は防具を外し、服も上着を脱いで楽な格好になり、ベットの上に座る。ポスを見ると、身体を平べったくさせ、眠そうにウトウトしている。私も寝転がり、ポスの身体を撫でながら目を閉じる。手から暖かさを感じながら、意識は遠くへと離れていった。
外から鳥の鳴き声が響き、部屋の中に日が射した頃、私は目覚めた。目をゆっくりと開け、身体を起こす。目を擦りながら辺りを見渡した。ボッーとしている頭が、昨日の記憶を徐々に取り戻していく。
(そうだ、いつもの宿じゃないんだ。)
そう思い出して寝ていた側を見ると、ポスが仰向けになって寝ていた。私は起こさないように立ち上がり、上着を着た。防具も着替え終え、ベットへ座るとポスも起き上がった。
「おはよう。」
「キュ~ウ……。」
眠そうな声を出して、半目の状態で動き始める。私は抱き上げて身体を撫でると、腕の中でまた寝始めた。それを見て微笑み、片手で抱き上げたまま、刀やポーチを提げて部屋から出た。
下に降りるとベルナさんが一人、テーブルを拭き回っていた。階段を降りきると、こちらに気付き、
「おはようございます、ヴィオさん。」
そう笑って挨拶をしてきた。私も挨拶を返した。
「おはようございます。」
「朝食はいかがですか?それとも、直ぐに出ますか?」
「朝食をお願いします。」
「はい、分かりました。適当な席へどうぞ。直ぐにお持ち致しますね。」
ベルナさんはそう言って、宿の奥へ行った。私も近くのテーブルに着き、テーブルに刀を立て掛けた。少し待っていると、料理が運ばれてきた。頂く前にポスを揺すって起こすと、料理を目にして跳び跳ねて起きた。膝から下に跳び降りると、私はポスの料理を下に置いた。ポスは料理をガツガツと食べ始め、私もその様子を見て食べ始めた。
食事を終えてベルナさんと少し談話した後、私達は荷物を持って宿から出た。そして、意気揚々と冒険者ギルドへ向かう。その道中、昨日のあの店を横目に見た。まだ開店時間になっておらず、店の中は暗くて見えない。なんとなく気になって見たが、今後も行くつもりはない。私は足早にギルドへ歩いていった。
大通りから広場へと行き、ギルドへと進んでいく。昨日の事もあり、少し慎重にギルドへ入る。中に入ると昨日と比べると朝早い時間の為か、静かで冒険者も少ない。それもあってか、ギルドの中はかなり広々としている。すると、
「ヴィオさん、おはようございます。」
そう後ろから声を掛けられた。後ろを振り返ると、ウェルゼさんがそこに居た。
「おはようございます。」
私はそう言って頭を下げた。
「随分とお早いですね。」
「アハハ……。いつもの癖みたいなもので。それに、依頼を頑張らないとですし。」
「良いことですよ。でも、絶対に無理だけはしないで下さいね。登録したばかりの人は、大体無理して怪我をする事が多いですから。ヴィオさんも気を付けて下さいね。」
ウェルゼさんはそう言うと、受付の奥へと歩いていった。確かにウェルゼさんの言う通り、無理して怪我をしたら話にならない。特に慣れ始めた頃が危険な時でもある。私は気合いを入れて、依頼板の所へ向かった。
依頼板へ着いて昨日言われた通りに、ブロンズ階級の依頼を見る。全体的に依頼の内容は、街の手伝いや採集、街近くの魔物討伐が主な内容の様。魔物もゴブリンやスライムといった、戦闘に慣れている人なら苦戦しないような相手ばかりだ。とはいえ、油断すれば痛い目に遭うし、この辺りの事も知らないから、どこから襲ってくるかも分からない。この辺りの事を知る為にも、取り敢えず採集の依頼を受ける事にしよう。そう決めて、良さそうな依頼を探していると、
「あの!」
私は声のする方へ向いた。そこには昨日の少年が居た。
「おはよう。」
私は微笑んで挨拶をした。
「お、おはようございます。昨日はありがとうございました。」
「依頼の報告は大丈夫だった?」
「はい。少し怒られましたけど、怒られるのは慣れているので。ハハハ……。」
少年は頬を指でかきながらながら笑っていた。その表情は、どこか無理して笑っている様に見える。それを見ていると、複雑な気持ちになった。やはり、昨日一緒に行ってあげれば良かった。そうすれば、この子が怒られずに済んでいた筈。そう考えていると、
「あの、僕は大丈夫ですから。」
「えっ?」
少年は何か見透かした様にそう言った。私は驚いて声をあげる。
「その……思い悩んだ感じがしたので、昨日の事を気にしてるのかなって。――あっ、僕の勘違いでしたらごめんなさい!」
少年はあたふたとしていた。そんな彼を見て、私は笑ってしまった。そして、彼の頭を撫でた。
「ありがとう。」
「あっ、いえ、そんな……。」
「でも、一人で抱え込み過ぎちゃ駄目だよ?もし私が居たら、いつでも頼ってきて良いからね?」
私はそう微笑みながら言い、彼は顔を俯かせて頷いた。私は彼の頭から手を退け、彼の前に手を出した。彼は手を見て、顔を上げた。
「私はヴィオ。君は?」
「ディ、『ディアヌス』です。」
「ディアヌス君ね。よろしく。」
「ディアヌスで大丈夫です。よろしくお願いします、ヴィオさん。」
ディアヌスはそう言って、私の手を握った。
「なら、私の事も敬称付けしなくて良いよ。」
「えっ……と。それじゃあ、ヴィオ…………さん。」
ディアヌスは恥ずかしそうに、顔を伏せた。それを見て、つい笑ってしまった。
「呼びやすい方で良いよ。」
「……はい。ヴィオさん。」
小さい声で返事を貰い、私達は握手をした。
「それで、ディアヌスはこれから依頼を受けるの?」
私は手を離し、ディアヌスにそう問い掛けた。
「はい。また薬草の採取をしようと思っていて。」
「そうなんだ。」
私は依頼板を見る。薬草採取の依頼はそこそこ多い。そこである事を考えて、ディアヌスを見た。
「ねぇ、私も君の依頼に付いて行っても良いかな?」
「えっ!?」
当然、驚かれた。
「実はこの街に来たばかりで、この辺りの事を知らないんだ。それに、ギルドの登録も昨日したばかりだから。もし大丈夫なら、この辺りの事を教えて欲しい。……でも、無理なら無理で大丈夫だから。」
そう言うと、ディアヌスは下を向いた。流石に無理な申し出だっただろう。そう思っていると、
「僕、あまり実力がなくて足手まといになっちゃいます。けど、それでもヴィオさんが大丈夫なら。」
ディアヌスは私の方を向き、そう言ってくれた。私はもう一度、前に手を出した。
「大丈夫だよ。私も似たような感じだから。よろしくね、ディアヌス。」
「はい!こちらこそよろしくお願いします、ヴィオさん。」
ディアヌスは私の手を握り、再び握手をした。




