第12話 脱出
奥の部屋は宝物庫の様に、多くの物が置かれていた。しかし、貴重そうな道具、金銀、装備、どれも明らかに普通の物ではないのだが、放り捨てるかの様に置かれて山となっている。
「この中から探すのは骨が折れそうだ。」
入口の壁に刀を置き、目の前の山から服と防具を探した。
「なるべく、丈夫そうな物にしておかないと。」
私は探しながら、手に取った宝物を後ろに整えて置いていった。
そうして暫く経ち、ようやく私の身体に合う服と防具を見つけた。服は丈夫な素材で作られた服で、防具は力を使う為に敢えて全身に付けず、上腕や腿、腹部辺りは防具を付けなかった。これが良いかは分からないが、なるべく傷を負わないようにしていかないと。それから、金属の様な金色の丈夫そうな縄を見つけた。流石にあの刀をマスターの様に腰に携えれない。背中に担ぐ為に、丁度良さそうなこの縄を見つけれた。私は一旦、金の縄を腰に結んだ。
「よし。それじゃあ……。」
辺りを見回してみると、まだ宝物が雑に積み重なっている。私が探していた場所は不自然に物が整っている。散らかっている物を見ていると、どうしても気になって整えたくなる。孤児院の子供達が散らかした物を、私がよく片付けていた影響かもしれない。しかし、流石にここで時間を潰す訳にはいかないし、きっと整えても意味はなくなるだろう。そう考え、部屋の入口に戻ろうと振り返った時に一瞬、山の中に視界に気になるものが見えた。
「んっ?何だろう。」
私はもう一度それを見て、宝物の山を登って近付いてみた。それは肩掛けの大きなポーチで、中に何かが入っているみたいでポーチが膨れている。それを手に取り抱き抱えると突然、ポーチが暴れだした。
「ワワッ!何!?」
私は慌てて押さえてポーチの蓋を開けると、ポーチの中に白い毛玉がゴロゴロと動いていた。
「キュウ!」
そう鳴き声を上げて、ポスがこちらを見てきた。どこから来たのだろうと考えてみたが、この子はきっとマスターの部屋まで案内してくれたあのポスに違いない。ポーチの底には硬貨が詰まっている。このポーチを寝床代わりにしていたんだろう。私はそっとポーチ下ろそうとすると、ポスが突然中から飛び出した。しかし、
「あっ……。」
私が声を上げた瞬間、
「キュウウウウゥゥゥゥ!!」
そう宝物の山から、ポスが転がり落ちて地面に激突した。どこかで見たような景色だ。私はポーチを肩に掛けて、ゆっくりと山を降り、地面に伸びているポスを抱き抱えた。心配そうに身体を撫でると、元気そうに身体を上下左右に伸び縮みして鳴いた。元気なのを確認し、ポスを降ろしてポーチも置いた。ポスは直ぐにポーチの中へと戻り、くつろぎ始めた。
「起こしてごめんね。」
私はポスの頭を撫で、その場を離れた。すると、
「キュウ!キュウ!キュウ!」
後ろでポスが鳴いて騒ぎ始めた。振り返ると、ポスがこちらを向いてポーチの中で跳ねていた。それでも離れようとすると、遂には中から飛び出て私の足元まで跳ねてきた。そして、足に身体を擦り付けて、私から離れようとしない。一歩進んでも、もう片方の足に擦り寄ってしまう。
「懐かれた……のかな?」
私はその場にしゃがみ、ポスを撫でた。ポスは気持ち良さそうに、手に身体を擦り付けてくる。その姿を見るに、本当に懐かれてしまったようだ。しかし、このダンジョンの魔物だ。ポスの見た目はしているも、もしかしたらアトーポスがなんらかで化けているかもしれない。確かに優しそうな子ではあるが、外に連れていってどうなるか分からない。でも、こうも離れてくれないとなると……。私はポスに問い掛けてみた。
「君、一緒に来る?」
私がポスにそう問い掛けた。すると、
「キューウ!キューウ!」
その場で跳び回り、喜んでいるように見えた。もう仕方がないと思い、この子を連れていく事にした。そし、誰かを傷つける様な事になれば、その時は私が何とかしよう。そう考えて立ち上がると、ポスが後ろの方へ跳び跳ねていった。そして、ポーチの中へと戻り、キリッとした表情で私の方を向いた。お気に入りのポーチだから、一緒に行きたいのだろう。私はそこまで歩いてポスを撫で、ポーチを肩に掛けた。ポスの頭を撫でて、入口に立て掛けてある刀を取りに行った。
腰に結んだ金の縄を取り、刀の鞘に縄を結ぼうとする。その時、縄が小刻みに震え始めた。そして、縄が握っている私の手から飛び出し、鞘の二か所に結び付いた。この金の縄は魔道具の一種だったのだろう。私は刀を背中に背負った。
「行こうか。」
「キュウ!」
ポスにそう言って、マスターが居る部屋へ戻った。
「戻ってきたか。随分遅かったな。」
マスターはこちらを見ず、私達が戻ってきた事に気が付いた。マスターの周りに杖を持ったゴブリンが数体おり、マスターに回復魔法を掛けていた。ゴブリン達はこちらに気付いたが、気にせずに回復に徹している。
「お前に付けられた傷が思ったより深い。治るまでに時間が掛かりそうだ。」
マスターはそう言って、私達の方を向く。そして、私の身体を下から上まで見てくる。
「もう少し良い物があった筈だが、随分と無欲なものだな。」
「それでも欲しい物は取ったよ。それにイルズ達に残しておかないと。それよりも、あの部屋を綺麗にしたらどうなの?」
「フッハハハハ!俺にとっては塵の山と変わらん。綺麗にしたところで塵は塵よ。……まあ、あそこで新しい武器を探さんといけなくなったがな。」
そう言って前を向き、手を前にかざした。すると、部屋の中心に魔方陣が現れた。
「それに入れば外に出られる。ここの入口から遠い場所に出る筈だ。お前達が来た道順からも外れている。あの仲間達とは会わないだろう。それから……」
マスターは手を下ろして、もう一度私達の方を向いた。その視線はポーチの方へ向いている。
「キュウ?」
「その獣、お前に懐いたのか。」
私はポスの頭を撫で、そしてマスターに聞いてみた。
「この子、連れて行ってもいいかな?」
「ああ、問題ない。俺がここで目覚める前から居た奴さ。それに、元々外からここに来て居着いただけだからな。連れていきたければ連れていけ。」
それを聞いて安心した。ポスもこちらを見て鳴いている。
「それに、そんな毛玉で喰う部分も少なそうで、喰っても腹は膨れそうになかったからな。」
「キュッ!?」
ポスは身体を震わせて驚き、怯えたような表情でマスターの顔を見た。マスターはその反応を見て笑っている。私は呆れながら笑い、ポスの頭を撫でてあげた。
「まあただ一つ不思議な事に、ここの魔物と同じ様に俺との繋がりがある。遠く離れた場所でも、その獣が見ている光景も見れれば、指示する事も出来る。お前達がここに来る時も、その獣を通して見ていたし、お前をここに連れてこさせたのも俺が指示したからだ。」
やはり、あの時のポスはこの子だったんだ。
「それってここから出ても、私の様子を見れるという事?」
「ああ。だが安心しろ。お前の旅路を邪魔をするような真似はせん。それに、ここに二度と来ない奴の様子を見てもつまらん。」
そう言って、頬杖をついていた。とりあえず、見張られる様な事はないみたいで安心した。
「さあ、そろそろ行け。」
そうマスターに言われ、私達は魔法陣の中へと入っていった。すると、魔法陣は少しづつ輝き始めた。すると、
「そうだ。コイツを持っていけ。」
マスターが私に小瓶を投げた。それを受け取り見てみると、中に赤い液体が入っていた。
「これってもしかして……。」
「ああ、俺の血だ。その辺に散らばった血を集めさせた。お前なら役に立つだろう。」
この血を取り込めば、またマスターの記憶を見るのだろうか。人の記憶を勝手に見るのは気が引けるが、真似とはいえマスターの戦技を使える様になるのは良い事だ。あの痛みとその気を我慢すればいい。
「何から何までありがとう。」
「気にするな。俺を楽しませてくれたお礼さ。」
魔法陣の輝きが更に強くなる。そろそろ出られるのだろう。
「もう一度だけ言っておくが、お前のかつての仲間達に遠慮はせん。殺してしまっても文句を言うなよ。」
「……大丈夫。イルズ達ならきっと、貴方に勝てる。」
私は再び強い眼差しでマスターを見た。マスターはそれを見て笑っていた。すると次の瞬間、魔法陣の光で視界が埋め尽くされる。もうマスターの姿が見えなくなった。
「なら、ここに来るまで期待しておくとしよう。ニーシェ・ウィル・ドゥール、最後に貴殿の名が聞けて良かった。どうか、その運命に幸を齎さん事を。」
最後の言葉が聞こえた途端、私の身体が何処かに飛ぶ感覚に襲われた。光がどこかへと導き、やがて光が消えていく。
彼女達が俺の前から消えていった。
「フッハハハハ。久しぶりに、自分の口から名前を出したな。あの国から出て死ぬまで、名乗る事がなかったからな。」
独り言の様にそう言うと、ゴブリン達が声を掛けてきた。傷が治った様だが、弧月一刃で傷つけられた一撃が傷痕になっている。一筋に傷痕をなぞるように触り、俺は目を閉じた。
「実に楽しめた。そして、次の楽しみも出来た。」
あの仲間達は本当に来るかは分からんが、来て貰わんと暇を持て余してしまい困る。
「……それに、彼女を見捨てたあの仲間に、少々気に食わん事もあるしな。」
俺は目を開けて立ち上がった。そして、奥の部屋へと武器を探しに向かう。




