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第1話 募る不安

「俺は英雄になる。」

 幼かった彼はそう言った。とても優しく頼りがいのある彼で、村の孤児院の皆から慕われていた。そんな私は彼の事が好きになり、英雄を目指す彼の旅立ちに付いていった。けど、それはもしかしたら間違えだったかもしれない。

 私は『ニーシェ·ウィル·ドゥール』。5年前に彼『イルズ·ワーカー』と共に村を出た。村から近い街で冒険者登録をし、依頼を達成したり失敗したり、仲間が出来てパーティーで活動して、共に笑い助け合い、とても楽しい日々だった。けど、1年前から変化を感じてしまった。


エルヴィア王国「カルワト」


「この分で武器の整備に出して、これはいつも通りに……。足りない道具はこれで買って、生活費はこれで貯金は……う~ん。」

 私は噴水広場のベンチでお金の計算をしていた。別にお金が足りない訳ではない。ちょっと生活費をケチればどうにでもなる。ただ武器や防具、道具は充分に用意しておかなければ、いざというときに問題が起きる。

「もう少し、依頼を受けないとだなぁ。」

私は日が沈む空を眺めた。街の街灯が点き始め夜がくる。そろそろ宿に戻らないと。そう思いお金を戻して、椅子に立て掛けた盾を左手に持ち立ち上がった。それから、そっと噴水の水面を見た。そこには土で汚れた自分の顔が映った。青く短い髪も土埃が付いて本来の色から遠ざかっていた。

 昔は色々と余裕があったが、今はかなりギリギリな状態が続く。自分の実力が足りないのが原因だ。パーティーの足を引っ張っている事もある。けど、イルズや皆の為にこの身を削る事ぐらいは出来る。だから、もう少し頑張らないと。


 日が沈んだ頃に宿に着いた。ドアを開けると丁度食事時でテーブルには人で溢れていた。私はひっそりと宿のカウンターへと向かった。

「いらっしゃ……あぁ、ニーシェか。おかえりなさい。」

「ただいま、ケティアさん。これ、2日分の宿泊代です。」

そう言ってお金をカウンターに置いた。ケティアさんはそれを取るとお金を数えた。

「またアンタ、身体中が汚れてるけど無茶してんじゃないだろうね?」

「あはは……、後で水を貰ってもいいですか?」

「好きにしな。いつも通りに井戸から自由に取って来な。……っん、お金丁度頂いたよ。後は……」

《ドスンッ!》

 カウンターに大きな音が鳴り響いた。音鳴った方を見ると袋を持った巨漢の男性が居た。そして、

「いつもの。」

そう言って袋を手放した。

「あ、ありがとうござ……」

「アンタ!いつもいつもそうだけどね、もっと丁寧に置きなさいよ!カウンターがぶっ壊れるじゃないか!」

ケティアさんはそう言って旦那さんの肩を叩いた。旦那さんは小さな声で「ごめん」と言い、そのまま奥の部屋へと戻っていった。

「全く、毎度毎度……。」

「ケティアさん、いつもありがとうございます。」

「うん?あぁ、どうせ誰も食べないくず物だし、こっちも処分に困らないからね。ほら、さっlさと持ってきな。」

 私は頭を下げて袋を持った。いつも通り片手で持つにはかなりずっしりとした重さがある。私は疲れで少しふらつきながら階段へと向かった。すると、丁度上から私達のパーティーの一人、エルフの『アイリス』が下りてきた。あちらはまだ気付いてなかったようで、私が「アイリス。」っと声を掛けると私に気付いた。

「……ニーシェ、帰ってきてたんだ。」

そう落ち着いたような冷たい口調で返事をした。

「うん、さっきね。ところで、イルズ達は部屋にいるの?」

「ガイゼルは外に行った。イルズ達はあそこ。」

そう言って指を指した。宿の窓際、周りのテーブルより広く取られている。そこに沢山の料理が並べられており、三人の男女が食べていた。`真ん中に居る金髪の青年が『イルズ』、そのイルズにくっついている黒髪の小柄な少女が『マリシア』、コートを着たやせ型の男性が『ローマン』。

「……行かないなら部屋で休んでいたら?」

アイリスはそう言い、彼らの元へと向かった。……私は一度深呼吸をした。別に同じパーティーだからそんな必要はないはずなのに、いつからかイルズ達と会う時は深呼吸をしてしまう。私は皆の元へと向かった。

「ただいま。」

 そう皆に声をかけた。しかし、イルズは一瞬こちらを見ただけで、そのまま料理を食べ続けた。

「あら~、ニーシェさん。随分とお身体が汚いですね~。あまりこちらに来ないで頂けます?料理にゴミが入ってしまいますから。」

そうマリシアが嫌らしい笑みをした。

「分かってる。ただ帰ってきた事を伝えたかっただけだから。」

「クスッ……そうですか。てっきり、いつものクズ物以外の料理を食べたそうに見えたので。たまには恵んであげてもよろしいですわ?」

 マリシアは料理を切り分けているふりをした。マリシアがこういう事を言うときは大概、自分の嫌いな物を食べさせようとしている時しかない。それか、ただ馬鹿にしたい時だけだ。

「別にいい。私は満足してるから。」

そう言って断った。すると、

「おやおや、聖女様の施しを断るなんて、随分と罰当たりな方ですね~。」

ローマンがそう言いながら笑っていた。そんなことで罰が当たってるなら、とっくに罰は当たっている。私はそう心で思った。

「しかしまあ、まだそんな小遣い稼ぎをしているのですかニーシェさん。少しは懐が厚くなりました?」

「…………」

「ローマンさん。そんな意地悪しないで差し上げまして。ニーシェさんも精一杯頑張ってるんですから。」

 いつもの事だ。いつもの様に流せばいい。そう頭では考えているのに、心は苛立ちに満ちている。

「二人とも、からかうのは程々にしな。」

そう言ってイルズが止めてくれた。しかし、彼が私を見るその目は冷たさを感じる。そして、

「用がないなら部屋に戻れよ。」

冷たく言い放ち食事を続けた。私は小声で「分かった」と言い、その場から去ろうとすると、

「おぉ?薄汚い何かがいると思ったら、ニーシェさんじゃねぇか。」

 後ろから大柄の男がやって来た。彼は『ガイゼル』。同じパーティーのメンバーだが、私はこの男が嫌いだ。とにかく下品で馬鹿にしたり暴れたりする。しかし、それ以上に別の何かを悪い感じが取れる。

「相変わらず小銭稼ぎでもしてたんか。そんなチマチマ稼ぐより、娼館にでも入って稼いだらどうだ?客ならいくらでも紹介できるぜ。なぁ、誰かコイツを買う客はいないか!?」

大声を上げて笑いながら言った。すると、周りの常連達はそれに乗って、「いらねぇよ!」「安いなら買ってやるよ!」などと笑い出す。

「ハハハッ!残念だったな。お前さんの貧相で汚い身体はいらないとさ。せめてマリシア、一級品でアイリス位じゃないと汚くても買ってやるさ。」

「……下品、不快。」

アイリスはガイゼルに見向きせず言った。アイリスのスタイルが良いのは確かにそうだ。自分より人気はあるだろう。だが、この男にここまで言われるのは不愉快だ。

「そいつは悪かったな、アイリス。だが、俺は事実を言っただけだ。」

そう言って席に着くと、豪快に料理を取り食べ始めた。

「取り過ぎですわ、ガイゼルさん。」

「いいじゃねぇか。良い依頼を見付けてきたんだから、ほらイルズ。」

 ガイゼルが渡した依頼書をイルズが受け取った。イルズが読んでいる所をローマンが横から見始めた。そして、

「新たに出現したダンジョンの調査……。」

そう小声で喋った。

「そうだ。最近何組かが調査に出ているが、ろくに成果も挙げられてねぇ所だ。報酬はかなり良い。当分は贅沢してられるぜ。」

 その情報でどこのダンジョンか分かった。カルワトからそう遠くない場所。私達よりベテランの調査探険歴のあるパーティーがいくつも行ったが、重傷者が多数出た上死者も出た。ダンジョンの攻略はいくつもやってきたが、それも事前の調査があっての事。流石に危険すぎる。

「ちょっと待ってよ。いくらなんでもダンジョンの調査なんて早すぎる。まだ調査報告が出来上がってない以上、そのダンジョンに行くのは……」

「ニーシェ。」

 イルズが私の話を遮った。彼を見るとその目は冷たく嫌な目をしていた。そして、他の皆も同じ様な目をしている。

「高ランクの依頼をいくつもこなせてきている。ワイバーンやオクトロスも倒せた。今の俺達なら、ダンジョン攻略ぐらいやれる。」

「イルズ様の言う通りですわ。そろそろ私達も次の段階に進むべき時ですもの。」

「私も賛成です。アイリスさんはどうします?」

「……行くなら行く。」

「だとさ。ま、これもイルズが英雄になる為だ。ついでに大金を稼がせて貰うがな。」

皆の行く意思は強いようだ。私はまだ迷っていた。すると、

「自分の身を心配してるなら来なくても良い。ただ……。」

そうイルズが途中で言葉を詰まらせて言った。なんとなく私はその言葉が理解できた。

「……分かった。そのダンジョンに行こう。」

「わかった。それじゃあ明後日……、いや入念に準備をして3日後の朝に出発しよう。1日野営し、その次の日にダンジョンに入る。」

イルズはそう決めた。皆はそれに納得し気合が入ったように見えた。私はそれを見て静かに自分の部屋へと戻っていった。


 部屋に戻り、着けていた盾と着ている防具を机の上に置いた。そして、部屋に置いておいた荷物からいくつか道具を持ち、椅子に座った。剣とナイフを鞘から抜き、剣とナイフ、盾、そして防具の表面の汚れを布で拭き取る。そして、汚れを取った表面を眺める。防具には古い傷から今日出来た新しい傷まで多くある。でも、まだ防具が壊れる程の傷はまだない。盾の表面はかなりボロボロになっており、いい加減に買い替えなければそろそろ壊れるかもしれない。拭った剣の表面も、自分の顔がぼやけて見えない程曇っている。剣と布を一旦机に置き、私は部屋に備え付けてある2つのバケツを持って部屋を出た。

(ダンジョン調査が上手くいけば、一式買い替えることが出来るかな。そのためにも、必要な物を見繕っておかないと。)

 井戸へと着いた私は、不安と達成できた時の事を考えながらバケツに水を満たしていた。外は既に暗く月もくっきりと出ていた。……今日は取り敢えず、装備の点検と必要な物を見繕って早めに寝るとしよう。明日はポーションを作れるだけ作り、足りない薬草や道具は買いに行こう。そう明日の計画を立て、水で満たしたバケツを持ち部屋へと向かった。

 部屋に戻る途中、イルズ達の部屋から光が漏れていた。どうやら既に戻っているようだった。中からイルズとマリシアとの楽しそうな会話が聞こえる。その声を聴いていると、どうしようもなく胸が締め付けられる。昔はお金がなくイルズと一緒の部屋で過ごしていたが、稼ぎが増えてから別々になり、イルズは今はマリシアと一緒の部屋で過ごしている。もうこの気持ちはどうしようもないと分かっている筈なのに……。

”グゥー……”

そう思っていると私のお腹が鳴り、私は駆け足で自分の部屋へと戻っていった。

 部屋に戻ってからバケツを隅に置き、机の荷物を片付けてから、ケティアさんから貰った袋から旦那さんが作った料理を見た。中には紙で包まれた肉と野菜がパンに挟まれた大きいサンドイッチと、いつもの燻製された肉と野菜が入っていた。燻製された物は明日の朝にして、私はサンドイッチを取り出し食べ始めた。一つだけだが、かなりの大きさで食べきったら満足した。バケツからコップ一杯分の水を取って飲み、残った水は体を拭くのに使おうと布を水に入れた。本当は暖かい水で拭きたいが、今はそんな贅沢はしていられない。私は服を脱ぎ、布を絞って体に付けた。

「うぅ、冷たい。」

そう声を漏らしながら体の隅々まで汚れを拭き取った。その後、土埃でガサガサになっていた青い髪を、顔ごとバケツに入れて髪を濡らして洗った。


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