魔王ちゃんと挑む者たち
「やっ、憐れな子羊たちよ、調子はどうだい?」
舞台設置が終わり、僕はルナちゃんとアヤメちゃんを連れて待合室――というより仮で設置した個室に入り、今から金色炎に焼かれる定めにあるワンコ系勇者と忠臣オタクたちに声を掛けた。
「お前もっとかけるべき言葉があるんじゃない?」
「アヤメは何て声を掛けるのですか? 上手に焼けますよ?」
「トドメじゃねぇか」
ルナちゃんとアヤメちゃんの言葉に、さらに肩を落としたオタク改めオタクセたち。
「……ねえリョカ、やっぱりガイルさんたちは」
「ミーシャと同族のあれに手加減なんて器用な真似出来るわけないでしょ。それに僕からの話や、マナさんの話もちゃんと聞いているから、むしろ楽しみにしているよ」
チーン。という音が聞こえそうな空気感で、セルネくんが座っている椅子から四肢を力なく放り出した。
「あのリョカ様、その、どうして俺たちまで?」
「そ、そうでござるよ。拙者たちまだ冒険者になって日が浅いでござる」
「ええ、どうしてあっしたちまで気に入られているですぜい? セルネならまだわかるんですが」
「……逃がさんぞ。俺たちはオタクセなんだろう? ここはみんなで協力すべき場面でしょう?」
オルタくんとクレインくんの袖を掴んで離さないセルネくんから距離を取ろうとするオタクたちを僕は苦笑いで見ていたけれど、ふとテーブルに置かれた幾つかのアイテムを発見し、それを手に取る。
「ああそういえば、ヘリオス師が来てそれを置いて行ったのですが、あとでリョカ様が説明してくれると」
僕はヘリオス先生が置いて行ったアイテムを手に取る。
1つは透明な水晶のような短剣、もう1つが自己注射型の注射器、もう1つがまん丸な一口大の飴玉のような錠剤。
「オタクたちは、今スキル幾つ扱える?」
「えっと、3つです」
「うん、すっごく成長しているね。偉い偉い」
どのようなスキルかはわからないけれど、きっとこれらは役に立つだろう。けれど少し危険なものでもある。
どう説明したものかと考えていると、ルナちゃんとアヤメちゃんが興味深そうにそれらを見ていた。
「なるほど、これは血液変換ですか」
「あのヘリオスって奴、随分器用な物を作るのね。こっちは~……体を侵されないようにするものね」
「こっちは、飴玉ですか? これだけはよくわからないです」
ルナちゃんとアヤメちゃんを撫で、僕はオタクたちに手招きする。
「……オタクたち、これは僕とヘリオス先生が共同開発したものでね、君たちの能力を向上させる道具だ」
オタクたちが目を輝かせて身を乗り出してきた。
けれど僕は首を横に振り、真剣な表情で彼らを制した。
「話は最後まで聞く。正直、楽して力を得られるなんてそんな上手い話はない。僕たちが作るものはいわば欠陥品だ。それを頭に入れてよく聞いてね」
そうして僕は彼らにこの道具の使い方と注意点について話していく。
最初こそ新しい玩具を喜ぶ幼子のような反応だったオタクたちだったけれど、話を聞くにつれて顔を険しくさせ、渡されたアイテムをそれぞれがジッと見つめていた。
「ねえリョカ、それを今ここで使って良いの?」
「さあね、それを決めるのはオタクたちだよ。僕たちはただ、彼らに選択肢を与えただけ」
「……」
「……」
「……」
あれらのアイテムは、本当に欠陥品だ。先ほど軽く使わせてみるかと先生に提案したけれど、本来ならそんな軽いノリで使って良いものではない。
けれど、今回の戦いは本当に都合がいい。
もし彼らが僕たちのいない場所であのアイテムを使い、そして事故を起こしてしまった場合、本当に取り返しのつかないことになる。
「脅すつもりはないけれど、もし今回の戦いに真剣に臨むのなら、きっとオタクたちは自分の力不足に悩むと思うよ。そして、金色炎の勇者・ガイル=グレッグはその人の覚悟を見る。覚悟を認める。そんな勇者なの」
「覚悟……」
セルネくんが自分の手に視線を落とし、拳を強く握りしめた。
「別に使う必要がないのなら使わなくても良い。それだけみんなが強くなった証拠だ、それを誇るといい。もし力が足りないことを自覚したとして、その道具を使ったとしても、それは君たちの力だ、その覚悟に胸を張るといい」
「……リョカ様、拙者はあまり頭が良くないでござる。でも――もし、この戦いで殻を破ることが出来たら、拙者たちはもっとリョカ様の役に立てるでござるか?」
「僕のためって言われるのはくすぐったいし、正直自分のために強くなってほしいけれど、君たちはもうそれを出来ないよね」
「そうですぜ、あっしたちはミーシャ様ほどとまではいわねぇが、リョカ様と共に歩むことを決めたんですぜい」
「……うん、リョカ様は俺たちの憧れなんです。あなたの進む先に、きっと俺たちが輝ける場所があると思いますから」
僕は「ありがとう」と礼を言うと、オルタくん、タクトくん、クレインくんを順番に撫でていく。
すると、彼らに負けず劣らずに神妙な顔をしていたセルネくんが、何か覚悟を決めたように控室の扉をジッと見つめていた。
それを追うようにクレインくんもそちらを見ていたけれど、本当に2人とも成長しているなと嬉しくなってしまう。
「オルタ、タクト、クレイン、君たちが覚悟を決めたというのなら俺も、全身全霊を以ってその覚悟に応える。この戦い、勝てるなんて驕ってはいない。けれど――せめて一度くらいは、ブッ飛ばしてやろう!」
セルネくんの言葉に、オタクたちが好戦的に嗤った。
戦いに赴く戦士の顔をし始めた。
「うん、やろうっ!」
「そうでござるな、拙者たちのことを金色炎の勇者様に刻むでござるよ!」
「だな! 舐めてかかることを後悔させてやるですぜい!」
決意を新たにオタクセたちは互いに拳を差し出し、4人でその拳に拳を軽くぶつけあった。
扉の先、しっかりと閉めているはずなのにここまで漏れている戦闘圧。舞台は離れているはずなのにすでにここから戦いが始まっているかのような感覚すらある。
セルネくんが先頭に立ち、扉に手をかけたけれど、その手が震えており開けるのを躊躇している。
しかしオタクたちがセルネくんの手に自分の手を重ね、笑みを浮かべていた。
「さあ、挑む者たちよ。君たちが開け放ったその先には、君たちがまだ想像すらできない力を持った怪物がいる。その扉を開いた瞬間、君たちはきっと絶望する――君たちは、挑み続ける覚悟を持っているかな?」
オタクセたちが互いに頷き合い、大きく息を吸った瞬間、その扉を開け放った。
その刹那、まるで雪崩のような戦闘圧が暴力の錯覚を伴って駆け抜けていく。
歯を食いしばるオタクセたち、しかし彼らはただ一歩、さらに一歩と歩みを進めていく。
僕はそうして、彼らの背中を見送った。
「男の子ですね~」
「ね、終わったら精一杯甘やかさなきゃ」
彼らの背中を見送っているとルナちゃんがそう話しかけてきた。ルナちゃんを抱き上げると、心底嬉しそうにしているアヤメちゃんが目に入る。
「おいおいリョカ=ジブリッド、今の前口上は良いわね。挑む者、挑む者ね。これよこれ――俺が心躍る瞬間よ、戦いはこうでなくちゃ面白くねぇ。若い、若いが、あの勇者も、周りの剣も盾も、良いじゃないの! おいリョカ、始める前に俺がまず出るわよ、いいわね?」
「あらら、アヤメったら」
「まあいいですけれど、あんまり僕とミーシャと関わりのあるようにはしないでくださいね? ただでさえ目立っているんですから」
「わかっているわよ。ああ楽しみ過ぎて暴れたいわ!」
「あんまり暴れるとアヤメの姿を自国に晒しますからね」
瞬時に顔を背けたアヤメちゃんがルナちゃんを一切見ずに扉から飛び出して行ってしまった。
僕はそれを笑いながら見て、ルナちゃんを連れて観客席まで向かうのだった。




