魔王ちゃんの舞台設営
「リョカ」
準備をしているとミーシャが頬を膨らませてやってきた。けれどどうにも怒っている感じはなく、別の感情が見え隠れしているような雰囲気があった。
「僕がミーシャに変なもの食べさせるわけないでしょ。あれだけ小さな爆弾を作るのは今の僕には無理だよ」
「ん――」
特に返答もなかったミーシャだったけれど、彼女が手を差し出してきた。僕は首を傾げてその手に自分の手を重ねるのだけれど、幼馴染が首を横に振った。
「お弁当」
「あ~はいはい、お腹空いたのならお腹空いたって言ってよ。ミーシャが暴れる時は大体お腹空いてるんだから、殴る前にまず食べる。はい、復唱」
「殴る前にまず食べる。そして殴る」
「余計な行動は聞かなかったことにしてあげるよ。さて、オタク3連星、ちょっといい――」
僕が手を叩き、オタクどもに声をかけると彼らがすっ飛んできた。
「我らリョカ様から承ったっ!」
「オタク3連星っ!」
「貴方様に仇なす敵を討つ!」
「あ~うん、ちょっと僕は忙しいから、ミーシャにご飯食べさせてあげて」
「承知したでござる!」
「ささっこっちですぜミーシャ様、敷物を引いたのでどうぞ」
「お茶も用意しましたから、ゆっくりしましょう。お腹が空くと調子でないですよね」
オタクたちの渾身的なもてなしに、ミーシャも気をよくしたように言われるがままになっている。流石オタクたちは丁寧だなと感心したところで、彼らに僕は声を掛ける。
「ああそれと、ミーシャのお弁当は別で作ってあるから、そっちのお弁当は君たちが食べちゃって。セルネくんとかソフィアも呼んで良いからみんなでゆっくりしてな」
喜ぶ3人を横目に、僕は運動場に魔王オーラと現闇の結界を設置していく。
大分運動会味が増してきたけれど、こういうイベントの真ん中でライブをやりたいと思ってしまうのはちょっと高望みし過ぎだろうか。
それにしてもいくら急に決まったこととは言え、当日に準備するのはどうなのだろう。しかも最初の案では安全面がまったく考慮されておらず、それを教員たちに指摘したところ、大丈夫だろう。という呑気な言葉が帰ってきたために、僕が見学席に結界を張るという提案をして無理矢理意見を通した。
というか設備諸々の設置は、僕とヘリオス先生だけしか行なえず、今朝の説明が始まってからすでに1、2時間は経っている。
こうして僕が準備を進めていると、ガイル、テッカ、アルマリアが近づいてきた。
「お前さんは働き者だな」
「生憎ながら、こと戦いに関して3人を全く信用してないからね」
「おいおい、これでも一応名の通った勇者一行だぜ? 力不足なんてこたぁないと思うぜ」
「そっちは信用してる。僕が言っているのは手加減の方、相手が学生だっていうことをちゃんと汲んでよね」
「将来有望な学生だろう? わかっている」
「そうですよ~、後々ギルドで活躍するかもしれない金の卵をみすみす危険な目に這わせませんよぅ」
3人がまるで得物を見つけたサイコパスな殺人鬼みたいな顔で一瞬嗤った様を僕は見逃さなかった。結界の強度をさらに上げることを決め、ため息を吐いて止めていた手を動かし始める。
「まあそんな心配すんなよ。ある程度お前が面倒見てんだろ?」
「そうだけど――あ、アルマリアが見てくれるジンギくんとランファちゃんなんだけれど、この2人に関しては僕はまったく関与していないから、本当に加減してあげてね」
「え~……」
「ふ~ん、そういうこと言うんだ。うんわかりました、アルマリアに関しては何かしらの対策を設けておくよ」
「あれ? 私もしかして余計なことを言いましたかぁ?」
「楽しみにしていてね」
げんなりとするアルマリアを一度撫で、軽めにギュッと抱きしめた後、僕は3人用のお弁当も作ってきたことを教え、もう少し待っているようにお願いした。
「おう、弁当ありがとな。そんじゃあ後でな」
僕は3人に軽く手を振って別れ、結界の最終調整をする。
設置した結界に魔王オーラや現闇を当て、強度の確認をしながらどこかに漏れがないかを念入りにチェックする。
「リョカ=ジブリッド、こちらは終わったぞ」
「ああ先生、お疲れ様です。僕の方もあとは確認だけです」
「随分と念入りにするんですね」
「そりゃああの3人の戦いを間近で見ていましたからね。ちょっとでも隙間があったら多分怪我だけでは済まないと思いますよ」
「なるほど、流石金色炎の勇者一行と褒めるべきかな?」
「大人げないと笑ってやってくださいな」
そうして最終チェックが終わり、僕は大きく伸びをする。すると首筋に冷たい感触がし、僕はビックリしてしまう。
「ひゃぅっ」
「おっと失礼、冷たい飲み物でもどうかと思ったのだが、余計なお世話だったかな」
「……飲み物は有り難いです。渡し方に不満が出ただけです」
「いや、年相応の可憐さが出ていた。君が望むところではなかったかな」
意地悪く微笑んでいるヘリオス先生に僕は頬を膨らませ、照れ隠しのために受け取った飲み物を飲む。
様々な果物の味がするミックスジュースで、疲れた頭と体に冷たいスッキリと爽やかな酸味と甘さが広がっていく。
大人しく飲んでいると、先生が頭に手を置いて撫でてくれた。
「先生のなでなでは貴重ですよね」
「こうして頑張っている生徒を労うのも教師の役目だと思うがね。確か君はこうされると喜ぶと小耳に挟んだのだが」
「それはガセ情報を掴まされてますよ。一体誰がそんなこと言ったのやら」
「昨夜酔っぱらった大商会の主と話したのですが、彼曰く小さなころの魔王様と聖女様はそれはもう女神の使いのようだったと――」
「ああもう! お父様はお酒弱いんだから人前で飲まないでって言ったのに!」
「久々に愛娘たちと会えて嬉しかったのでしょう。ここは目を瞑るべきだと思うが」
楽しそうに笑うヘリオス先生に恨めしい気持ちを込めた目線を送り、僕は肩を竦ませる。
「さて、では私は今回参加することになった憐れな――おっと、いや、勇敢な生徒たちの様子でも見に行くことにするよ」
「はいはい――っとそうだ先生」
「ん、なにかな」
「どうせだったらあれを使ってみません? せっかくオタクたち……オルタくんとタクトくん、クレインくんも出るんですから」
「んー? ああ、あれか。うむ、確かに君の言う通りだ。ならば準備しておこう」
「よろしくです」
そう言って先生が去って行くのを見送り、僕は仕上げとして現闇で闘技場のようなステージをセットする。
中央に舞台を設置して、周りには観客席、そして結界を観客席と舞台の間に生成して、今回のイベントの設備の設置を完了させる。
「う~んっ――終わったぁ」
生徒たちの驚く声が聞こえてきたけれど、先生が冷静に対応してくれ、彼らが観客席に進んでいくのを横目に、僕はある種の達成感を覚えながら大きく伸びをする。
すると、背後から飛び込んでくる気配に瞬時に振り返り、その幼い少女のような姿の影を抱きとめる。
「捕まえました」
「きゃぁ~」
ルナちゃんが首に腕を回してぎゅ~っと抱き着いてきた。
僕もお返しに彼女を軽く抱きしめ、ゆっくりと頭を撫でてあげる。
「リョカさんお疲れ様です。これだけの設備を1人で作っちゃうなんてすごいです」
「ありがとうございます。今日はルナちゃんもしっかり楽しんでいってくださいね」
「はい、そうさせてもらいます」
と、ルナちゃんを甘やかそうと思ったのだけれど、彼女の服がロリータファッションで、クリーム色のフリルとリボンが、金色のフワフワヘアーのサイドポニーを引き立てており、とても可愛らしい仕上がりになっていた。この服のデザインは僕がした。
「とっても似合っていますよ。やはり僕の目に狂いはなかった」
「本当ですか? とっても素敵な服をありがとうございます」
「……あの、ところでその手に持っている紐? リードは一体」
「ああこれですか?」
ルナちゃんの首元を撫でながら褒めていたのだけれど、彼女がしっかりと握って離さないペット用のリードにも見えるそれに嫌な予感がしつつ、僕はそれについて話を振った。
するとルナちゃんがリードの先を指差したのだけれど、そこにはきっちり首輪をされたアヤメちゃんが涙目で佇んでおり、僕はつい「oh……」と声を漏らしてしまう。
アヤメちゃんは僕の宣言通り、カラフルなソックスに、ミニスカート、わたあめにカラフルな飴玉を散らしたような色合いのTシャツ、青系統のジャケットで、髪はツインテール。まさに女児服。これも僕デザインである。
「アヤメったら、全然着替えてくれなかったので、無理やり着せて連れてきちゃいました」
「止めろっ! 離せぇ! 殺せぇ、俺を殺してくれぇ!」
何とも不憫な獣の女神さまに想いを馳せながら、後でテッカに抱っこさせようと僕は決め、アヤメちゃんの頭も撫でる。
「……おいリョカ、あんたのことは過去最高に極悪非道だと後世には伝えていってやるからね」
「いやいや、似合ってますよ。神獣の女神さまはとっても可愛いって先に広まると思いますよ」
「ですよ。アヤメも戦いばかりではなく、たまにはこうして一緒に可愛くなりましょう。せっかくの女神なんですから」
「お前は女神を一体何だと思ってるのよ」
「わたくしのことですよ」
さすが最高神の月神様だと感心すると同時に、アヤメちゃんが普段からどんな扱いなのかを垣間見た一幕であったけれど、そろそろ今回のイベントが始まるらしく、2人に席に行くように提案する。
そしてアヤメちゃんへ悪戯っぽく笑うルナちゃんに多少の恐怖を覚えながらも、僕は2人を連れて観客席に行くのだった。




