魔王ちゃんと戦闘訓練というお祭り
「元気だなぁ」
翌日、僕たち1期生は学園の所謂運動場に集められ、そこで今日行なわれる行事についての説明を教員から受けているのだけれど、偉いだろう教員のお話の最中、金色炎の勇者様と風斬り、鈍器幼女の3人が運動場でどっかんばっこん喧しくしていた。
「おいアルマリア、昨夜は食事の席だったから控えていたが、リョカと戦ったというのは本当か」
「え~駄目なんですかぁ? 別にリョカさんは誰のものでもないですし~、テッカさんが先に戦うって決められてたわけじゃないですし~」
「……まずはお前から泣かせてやろうか?」
「……出来るものならぁ」
「おーおーやれやれ、俺は酒でも飲んでるわ」
いや止めろよ。と、僕はガイルを軽く睨むと、視線に気が付いた彼が瓢箪のような入れ物に入ったおよそ酒だろう液体を呷った。
偉い教員は話をしながらも脂汗をかいており、段々と声が震え始めていた。
まったく進行しない運営と、テッカたちの戦闘圧にすっかりと怯えてしまっている生徒たちに僕は頭を抱える。
すると突然袖を引っ張られ、僕はそちらに目を向ける。
「あの、リョカ」
「ああセルネくん、おはよう」
「うん、おはよう。えっとこれはどうしたら良いの?」
「僕が聞きたい。っと、えっと……」
子犬のような目のセルネくんに話しかけた僕だったけれど、彼の背後には2人の生徒がおり、どうにも居心地が悪くなる。
もちろんその2人が悪いわけではないけれど、どう接していいかわからず、僕は2人――ジンギ=セブンスターくんとランファ=イルミーゼちゃんを控えめに見た。
「あ~えっと、おはよう、ございます?」
「魔王が気を遣うなよ」
「ジンギ、リョカは結構そういうの気にしちゃうんだよ。だからあんまり強く当たらないであげて」
「これが血冠魔王を倒した魔王なのかよ」
「がっかりさせちゃうようで悪いけれど、戦って解決する方が楽な場合もある。それが血冠魔王との戦いに当てはまっただけだよ。正直2人は魔王より厄介かなぁ」
敵意を向けられる場合、こちらも敵を剥き出しにすれば戦闘になるだろう。けれど2人に関してはそれをしたら色々と水泡に帰すだろう。
「魔王なら魔王らしくもっと敵意でも振り撒いたらどうだ?」
「僕をどこぞの聖女様と一緒にしないでくれる? ジンギくんに差し向けるよ」
「……いや、それは、ああ、勘弁しろ」
すっかりミーシャにトラウマを植え付けられてしまっている模様で、僕はつい口を覆いながら笑ってしまう。
「なんだよ。お前普通に会話できるんだな」
「あのね、僕は確かに魔王を選んだけれど中身はか弱い女の子なの。それに、なにも魔王だって道楽や快楽で選んだわけでもない。僕はただ自分勝手に生きたいだけ」
「……それは、世界に害を成す勝手か?」
「それはわからない。ただ、この世界に生きている人には笑っていてほしいかな」
「そうかよ――おいジブリッド、俺はいつかお前を超えるぞ」
「それは楽しみだ。それじゃあ今日のアルマリアとの戦闘訓練、期待してても良いんだ」
ジンギくんが顔を逸らしたために、再度笑ってしまうのだけれど、彼が何か言いたげに半目で睨んできたから謝罪する。
そうして和やかな空気になったのだけれど、ふと先ほどから黙っているランファちゃんが気になり、彼女に目を向けるのだけれど、彼女は肩を跳ねさせ、一歩下がってしまった。
「……ランファ」
「あ~、俺はまだマシだからな。おいジブリッド、ランファのことはあまり気にするな」
「う、うん」
深い傷があるのだと僕はこれ以上踏み込まないように、ランファちゃんから少し距離をとった。
「……彼女は、魔王で、私は――」
そんな呟きが聞こえたけれど、僕は聞こえないふりをして顔を伏せて周囲の喧騒に集中する。
しかしふと、さっきまで僕の隣にいたはずの幼馴染の気配が近くにない。
こんな時にどこへ行ったのかと悪態を吐きたくなるのをぐっとこらえ、彼女を探すとすぐに見つけることが出来た。
だけれど、ミーシャの拳に込められた信仰に僕はぎょっとする。
「あの~リョカ、ミーシャを放っておいても良いの?」
「いいわけない!」
テッカとアルマリアの喧嘩に混ざろうと2人に徐々に近づこうとしているゴリラを発見する。
「ミーシャステイ! 君まで混ざったら収拾つかなくなる!」
僕はまたしても頭を抱えると、クツクツと笑っているヘリオス先生に目を向ける。
「ヘリオス先生! いいからさっさと進行してくださいな! 学園がぶっ壊れますよ!」
「ああそのようだな。では生徒の皆々様、今日は金色炎の勇者殿一行が君たちの戦闘を指南してくれるそうだ。まあもっとも、対峙しただけで腰を抜かすのなら今日は見学に徹するといい。今日彼らと訓練するのは、ガイル殿と訓練するのは、セルネ=ルーデル、オルタリヴァ=ヴァイス、タクト=ヤッファ、クレイン=デルマ、テッカ殿と訓練するのは、ソフィア=カルタス、カナデ=シラヌイ、アルマリア殿と訓練するのは、ジンギ=セブンスター、ランファ=イルミーゼ。以上だ。もちろん飛び込みで参加も許可されている。自分に自信があるのならぜひ参加しましょう」
「2人纏めて訓練してもらうことも可能よね? 顔面2枚抜きももちろん許されるわよね!」
「ミーシャぁ! こっち戻っておいで! お弁当も作ってあるから!」
「……お前とも再戦したかったところだ、アルマリア共々切り裂いてやる」
「私は逃げますけれどね~。でもミーシャさんにはちょっかいを一度かけておきたいです~」
「まとめて消し炭にしてやるわよ。亜空間に逃げようが、最速で逃げようがどこまでも追い詰めて顔面歪ませてやるわ」
ミーシャの体から赤いオーラが漏れ欠けている。それどころか、この間やって見せた覇王さんの覇気――聖女オーラで周辺の生徒が泡を吹いてぶっ倒れ始めていた。
しかし、そのオーラに対抗するように一際大きな金色の戦闘圧がある個所からぶつかった。
「おいおいミーシャ、今日お前は俺とやり合うんだろうが、うんなところで油売ってんじゃねぇよ」
「まとめてボコボコにしてやるわ。あたし昨日は誰も殴っていないのよ、だから今殴りたいの、今ブッ飛ばしたいの、今顔面に狙いを定めたいの」
僕の幼馴染が相当怖いことを言っている。
今日お父様が仕事で良かったと思う反面、お父様がいたらミーシャを止められたのにと頭を抱える。
「は~……」
あまりにもグダグダになってきたために、いい加減僕も我慢の限界だった。
ミーシャのように爆発的に戦闘圧を発生させることは僕には出来ない。何度も言っているように僕はか弱く、ただのアイドル志望の魔王だ。そんな可愛くないことは出来ない。
でも、怖がらせるだけなら誰よりも得意な自覚がある。
僕は小さく指を鳴らし、ミーシャ、ガイル、テッカ、アルマリアの口の前にグリッドジャンプを使用した。
「ん――」
「うぐ――」
「む――」
「みゅ――」
大口を開けていた4人の口の中に放り込むのは容易かった。
「……リョカ、今なんかした?」
「うん、今君たちは小さな爆弾を飲み込んだよ。起爆しようか?」
「お、おま」
「笑顔でなんてことするんだお前は」
「あ、あのリョカさん、えっとその――」
「大人しくしようねぇ?」
笑顔で言い放つと、膨れて不貞腐れたミーシャ以外の3人がススと戦闘圧を押さえ込んだ。
「それじゃあ先生、準備しましょう」
「……流石魔王様だ、こうもあっさりとケダモノを黙らせるとはね――それでは係の者はすぐに準備を。参加しない生徒はリョカ=ジブリッドの指示の下動いてください」
やっとイベントが進むことに安堵しながら、僕はセルネくんたちと協力しながら不参加生徒たちを安全のために少し離した場所に集める。
僕のことを知っている生徒は、僕がこうして前に立っていることに安心してくれたのか、しっかりと指示を聞いてくれ、先ほどまで怯えきっていた空気はなく、上位の勇者であるガイルたちの戦いを楽しみにする余裕も生まれてきたようだった。
とはいえ、やはり一部の生徒が僕への不信感を向けてきているけれど、ジンギくんとランファちゃんが協力してくれ、なんとか形に出来た。
まだまだ不安はあるけれど、これでやっと始められることに僕は肩を竦めながらため息を漏らすのだった。




