勇者のおっさん、魔王ちゃんの強さを暴く
「で、実際どうなんだ?」
「どうって?」
リョカとアルマリアの戦いに幕が閉じた。
未だ煙でアルマリアの姿が見えないが、あの規模の爆発なら致命傷にはならないだろう。
それよりも俺には気になることがあった。
今の戦い、どうにも合点がいかなく、隣で大きく伸びをしている若い魔王様に尋ねる。
「俺の直感なんだが、お前本当に戦っていたか?」
「……戦っていたでしょ? 現にアルマリアは負けを受け入れた」
「言い方を変えてやろうか? お前血思体なんて使ってねぇだろ」
「これだから直感で動く人たちは戦いにくいんだよねぇ。多分ミーシャにも効かないし」
俺はリョカの肩に乗っている金色炎のクマではない方に目を向ける。
「エレノーラ、だったか? いつその子が戻ってきたんだ?」
「さっきミーシャから引っ張ってきた。可愛いでしょ」
ドレスを着せられ、フワフワとした長い髪が生えたクマをリョカが撫でている。
確かアウフィエルっつったか。他から視界を盗むギフトと話していたが、最初聞いた時、それが一体何の役に立つのかと興味すら持っていなかった。しかしもし他人の視界を自分以外の誰かに付与できるとすれば、相当厄介なスキルになるだろう。
そして湧いて出たもう1つの疑問。血冠魔王との戦闘中に見えていたエレノーラという少女は、明らかに戦いをしてきた人間の空気など纏っていなかった。
そもそもリョカの話ではギフトを得る前に亡くなっているはずで、血操糸で動かされていてはギフトなぞ得られるはずがない。
ではエレノーラクマのあのギフトはどこから湧いてきたのか、それとこれだけ大規模なスキルとなると最終スキルほどの格が必要なのだが、戦いに身を置いておらず、そもそもスキルを使う機会もなかった少女が、一体いつあれだけのスキルを習得したというのか。
「……魔王リョカちゃんの秘密を知りたい?」
「一応聞いてやるよ」
クスクスと笑い声を漏らしたリョカが薬草を巻いた物を口に咥え、俺クマに火を点けてもらっていた。
「確かにエレノーラはギフトなんて持ていなかったんだけれど、でもギフトを得る素質はあった。それに女神が2柱もいたからね」
「それでもギフトを得るのは無理だろう。ギフトには教会で保管されている石碑が絶対に必要だ、あれがなければどうやっても習得出来ねぇ」
「うんにゃあれってさ、実はあの石碑の素質を引き出しているだけなんだよね。簡単に言うと、全てのギフトを記録している石碑から、素質に合わせたギフトをコピペしている……引っ張ってきて張り付けているだけなんだよね。ルナちゃんとアヤメちゃんにそれを説明したら凄くびっくりしていたっけ。人の身でそれを知るんじゃねぇって」
「答えになってねぇぞ」
「だから、ようは石碑に記録されたギフト並みに素質がある人間でも石碑の代わりになるってこと。ルナちゃんに聞いたら、僕の素質は全ギフトの7割ほどらしいからね。そこからエレノーラの素質を照らし合わせて女神さまたちによってギフトを引き出してもらえたってわけ」
「……お前、それ絶対に教会に言うなよ」
「ルナちゃんたちのこと?」
俺はリョカの頭を軽くはたく。
石碑代わりになる、ましてや魔王がそれを成せると知ったら、奴らは全勢力を投入してでもこの最速の魔王を殺しに来るだろう。
石碑はいわば教会と女神を繋ぐ唯一のもので、教会が力を持てるのもそれがあるおかげがほとんどだ。
「わかってるよ、心配してくれてありがとうね」
「で、スキルの方はどういうことなんだ?」
「あああれ? 僕の絶慈ってさ、実は成長するタイプのスキルなんだよね」
「どういうこっちゃ?」
「ガイルのクマ、これ今はまだ第2スキルまでしか使えない」
「待て待て、こいつは俺なんだろ?」
「ちょっと違う。ガイルの魂を模倣してギフトを受け継いだぬいぐるみ。だけどこの子自身は勇者じゃないから、この子がいくら信仰を集めたところで金色炎の勇者にはなれない」
「じゃあ弱っちいままなのか?」
「ううん、ガイルが僕にもっと夢中になってくれたらこの子も強くなっていくよ。魔王城で言ったでしょ、これはある種の決意表明だって」
「……」
「僕は愛されれば愛されるほど、最強の魔王になるんだよ」
唇に人差し指をくっ付け、どこか色っぽく笑う魔王に、俺は一瞬だけ目の前の少女に見とれた。しかしそれが癪だったために、俺は無表情に徹しながらリョカの頭にげんこつを落とした。
「いったぁっ!」
「生意気言ってんな。まだまだ色気の欠片もねぇガキなんだからよ、もうちっと子どもらしくしてやがれよ」
「ぶーぶー」
「そんで、っつうことはエレノーラクマの場合は」
「僕への信仰が凄く多いから最終スキルまで使えるよ。今のところ最高好感度はミーシャとエレノーラがトップだね。次にセルネくん」
「……あんまり思春期の男をイジメるんじゃねぇぞ」
「は~い」
若い勇者を不憫に思いつつ、ふと首を傾げる。
「おい、ミーシャが好感度最大なのはわかるが、エレノーラもなのか? ちょっと話しただけなんだろ?」
「あ~……エレノーラはちょっと別でね、他とは違うんだよ」
「どう違うんだ?」
「エレノーラはどういうわけかあの場に魂が戻ってきちゃったんだけれど、ルナちゃん曰く正規の方法でないせいか戻る場所もないらしいの。だからこのクマの中に、ほぼ完全にエレノーラがいるってわけでね、それが魂を捧げたみたいなことになっちゃっているみたいで、それだけで信仰が大量に入ってきちゃったみたいなの。ちなみに――」
すると突然、リョカがもう1体クマを取り出した。
そのクマは神官のような服を着ており、どういうわけか見ているだけでムカムカしてくるクマだった。
「これロイさんなんだけれどさ」
「燃やすか」
「エレノーラが泣いちゃうからだ~め。元々意思が強い人だったのか、戦いには一切参加してくれないんだよ。誰も見ていないところではエレノーラを可愛がってくれているんだけれど、こうやって誰かの目があると動いてもくれないんだよ」
「……血冠魔王、随分丸くなったんだな。まあもう死んでるし、お前のところにいりゃあ悪いことも出来ねぇか。なんだか扱いに困ることばっかだなお前は」
「ロイさんに関しては魂の半分はルナちゃんとアヤメちゃんが管理しているみたいで、一応罰は与えているそうだよ。それでも、本人は足りないと女神さまたちを困らせているみたいだけれど」
「なるほどね」
すると、リョカが闘技場に目を向け、微笑みながら中央を指差した。
なんだと俺も視線を追うと、小動物のように頬を大きく膨らませた所々焦げているアルマリアが何事かを言いたそうな面で、グリットジャンプを使用してやってきた。
「再戦! 再戦を希望しますぅ!」
「だめで~す。アルマリアはもう少し周りに目を向けられるようにならなきゃ」
「だな、火力ばっか上げてっからうんなことになんだよ」
「ガイルさんには言われたくないです~」
涙目で膨れているアルマリアをリョカが抱き上げ、膝に乗せると頭を撫で、そのまま抱きしめていた。
どちらが年上なのか考えたくなる光景だが、それを口にしたらこの小さいギルドマスターにどやされることは確実だから口を閉じる。
「アルマリア強かったよ」
「ウソですよぅ、全然相手になってなかったんじゃないですか~?」
「そんなことはないよ。どの攻撃も当たったらマズいと思ったから、戦闘に参加しない戦法をとったんだもん。僕からこの戦い方を引き出すなんて大したものだよ」
「私ギルドマスターですよぅ」
「はいはいわかってるわかってる。っと、ほらマナさん来たからそんないつまでも可愛い顔していないで、ギルドマスターとしての役目を果たそうよ」
「む~」
リョカの言う通り、マナが近づいて来ていた。
俺も膨れているアルマリアの頭をポンポンとはたき、立ち上がってジークランスとヘリオスのいる席まで戻る。
「いやはや、ガイル殿は随分と娘を期待されているのですね」
「ん~、そりゃあな。あんな魔王様は初めてだからな」
「金色炎の勇者殿でも、リョカ=ジブリッドを金色の炎で晴らすことは出来ませんか」
「あいつ自身がもう晴れ渡っちまってるからな。金色よりも尚輝く魔王か。恐ろしいやら先が楽しみやら」
「これからも見守っていてあげてくださいね。あれだけの力を持っていますが、今はああしてただの女の子ですから」
「女神さまに頼まれちゃあ勇者の俺は断れねぇなぁ。まあ、これからも面倒を見ていくぜ。再戦もしなくちゃだしな」
ジークランスとヘリオス、月神様が笑う中、マナがリョカを鬱陶しいまでに凄い凄いと褒めているのが聞こえた。
「リョカちゃん本当に強いよね、マスターをああも簡単に倒しちゃうんだもん」
「マナさん、アルマリアが泣いちゃうからそのへんで」
「ああうん、仕事サボるマスターにはいい薬だよ。はいそれじゃあマスター、ちゃんと宣言してくださいね」
「む~、マナが意地悪します。わかりましたわかりました」
アルマリアが立ち上がり、観客席にいる冒険者の視線を集めた。
「それでは、リョカ=ジブリッドをAランク冒険者として認めます! この国21人目のAランク冒険者です! みなさんもリョカさんを見習ってくださいね~!」
「うんうん、ミーシャより一足早くAランクになったからとりあえず自慢してやろ」
「あ~そうでした~、ミーシャさんの試験もあったんでした~。う~私ミーシャさんには何かできる気がしないんですよね~。リョカさんとは違った意味で圧倒されそうというか~」
「おいアルマリア、ミーシャの試験は俺がやる。あいつとは殴り合っとかねぇと思っていたしな」
「……女の子だからね? そこんところちゃんと覚えておいてよ」
「獣の間違いだろ。それに約束もしたしな、あいつとは真っ向からぶつかってやるよ」
「あ、あのガイル殿、確かにミーシャはメチャクチャですが、可愛いところも本当にあるんですよ。好物を食べている時は小動物のようで――」
「後で聞いてやっから」
頭を抱えるジークランスを宥めつつ、俺は後に控えているケダモノの聖女との戦いに胸を躍らせるのだった。




