魔王ちゃんと真剣()な戦い
アルマリアのギフトがまだわからない以上、攻めるべきではない。のだけれど、ある程度の予想は出来ており、どうやって彼女にスキルを使わせないかで僕の頭はいっぱいである。
あれこれ考えてはいるけれど、やはり空を超える者の存在が大きく、自分もグリッドジャンプを多用しているが、本当に厄介なギフトだ。
「私も~、結構やるんですよぅ」
「そりゃあもう天下のギルマスですもんね? 僕だってアルマリアが弱いなんて思っていないよ」
「ウソですね~、さっき油断しましたよね?」
「……そういうのは野暮ってものだよ。今現在舞台は整ったんだから、何を言わずに臨戦態勢を維持するべきじゃない?」
「だってリョカさん、いっつもびっくりさせてくるんですもの~。力んでいると対応出来なくなっちゃいます~」
よく言う。常に隙だらけのミーシャと違って本当に攻め入る隙がない。これが経験の差なのだろうか。
ガイルとテッカはある程度腹を開けてくれていた。
いや、2人に限ってはあれが通常なのかもしれない。わざと隙を誘っている……そんな頭は持ち合わせていないか。
「なんかリョカに馬鹿にされている気がするんだが?」
「気のせいでは? リョカはお2人のことを尊敬しているように見えましたけれど」
ナイスフォローだお父様。
と、あまり生産的ではない思考に頭が支配され始めている。
そもそもの話、今までと同じような戦いをしたら先ほどのような超火力が飛んでくるのではないか。
「……」
「あら~手詰まりですかぁ――」
「うん、や~めった」
「はい?」
ガイルにやったような戦い方では駄目だ。
あの金色炎の勇者には火力がなければ勝てなかったけれど、そもそもの話、アルマリアにそれほどの火力は必要ない。
いや、火力はあるに越したことはないのだけれど、あんな重量級の手数で押さなくても勝ち筋はある。
僕は辺りに控えさせていた現闇を全て傍に引き戻した。
「わ、わ――って、こんなに設置していたんですかぁ?」
現闇を僕の下に戻し、改めて彼女と対峙する。
「そういえば、僕ちゃんと宣言してたんだよね。アルマリアと戦う時は移動先に先回りするって」
僕は小さなクマを新たに呼び出し、それを肩に乗せる。
「一体何をするんですか――っ!」
アルマリアを中心に、直径3メートルほどの現闇と絶気、そしてクマの持つ聖剣を流し込んだ球状の膜をグリッドジャンプによって移動させた。
「え――?」
ピピピと機械音が鳴り、膜に描かれた数字がゼロになった瞬間、膜が金色の炎を上げた。
僕は舌をベッと出す。
「――ッ! グリッドジャンプ!」
何が起きるのかを察したアルマリアがグリッドジャンプで転移した。その瞬間、膜は金色の炎の爆発を起こした。
僕はすぐにアルマリアが転移した箇所に指を鳴らし、さらに膜を生成。
アルマリアがまたすぐに空間転移し、それを避けるのだけれど、僕は宣言通り、彼女の点居場所に先回りし、そこに膜を生成した。
「ふぇっ!」
「衝撃、吸ってみたら?」
絶気と現闇によって逃げられない空間を爆発させる。その爆発はアルマリアの全方位から放たれるもので、防御などさせない。
いや違う。攻撃に触れることで衝撃を吸収するスキルを持っているギフトなのだろう。
吸収する暇も与えず、尚且つグリッドジャンプでも逃がさない。
アルマリアが歯を食いしばり、グリッドジャンプを使用したけれど少し遅い。
何とか空間転移によって体半分は膜から抜け出せたようだけれど、残っていた半身が爆風を受け、転移したと同時にアルマリアが壁に吹っ飛んでいった。
「あぐっ!」
幼くも見える小さな体が壁に激突し、地面に落ちたアルマリアが体を引きずるように立ち上がった。
観客席からは息を呑む音しか聞こえず、冒険者たちがアルマリアに目をやった後、僕のことを引き攣った顔で見ていた。
「おいおい、ありゃあ俺のファイナリティヴォルカントか?」
「……絶気と現闇の膜に、ガイル殿の信仰――その爆発する炎だけを抽出して膜に加えて爆弾を生成、それをグリッドジャンプでアルマリア殿の周囲に移動させた。随分と恐ろしい技だ」
「う~ん?」
僕はそんな解説をしたヘリオス先生に一度目を向けたけれど、今気にすべきは先生ではないために、とりあえず頭の隅に留めておく。
「まともに喰らっちゃうと、すぐに意識が飛びそうです~」
「それでどうする? また僕とグリッドジャンプ合戦でも繰り広げる?」
「……無理ですよぅ。だって今の時点で、リョカさんの方が速いですもの~」
「それじゃあどうする? 僕はここで止めてもらっても構わないよ、アルマリア強いから怪我したくないし」
「まさか~、こんないいところで止めるわけないです~」
「この戦闘狂め」
アルマリアの空気が変わった。
あれは覚えがある、テッカがミーシャと戦っている時の空気で、同じ目をしている。
厄介なスキルが発動される予感に、否応にも体に力が入ってしまう。肩にいるもう一体のクマがどことなく心配げな表情をしていた。
「リョカさんが悪いんですよ~、そんなに強いから、私も殺す気にならないとですしぃ」
空気が揺れる、揺らぐ。
空間が先ほどからビリビリと音を鳴らしている。
「――『神装・鏡哭』」
アルマリアがスキルを発動――瞬時に僕はそれを避けた。のだけれど、通り過ぎていった何かが、空間を揺らしたように感じた。
僕はポケットに忍ばせた時計に目をやる。
ミーシャのように僕は勘を働かせられない。けれどこの一瞬、僕の体中、頭中、魂すらが突然総動員されたようにあちこちを叩いているかのような錯覚を起こす。
僕はそれを避けた。
「やっぱすごいですよね」
「そんなもの出しておきながら僕のことを褒めるの?」
「普通は躱せないので~」
アルマリアの背後にはグレイ型の宇宙人のような、関節もないような顔のない真っ白な3メートルほどの人型がいた。
しかし奴は指に光を込めており、先ほど僕が避けたのはきっとあの光線だろう。
さらに気が付いたのだけれど、あの光線、多分空間転移というか、亜空間を自由に飛び越えることが出来るのか、先ほど僕が躱した後、空間転移をして僕の死角から再度襲って来た。
「空を超える者の最終スキル……」
「ですよ~。今度はぁ逃がしませんよぅ~」
アルマリアと宇宙人がグリッドジャンプによって消えた。そしてそれと同時に高速の光線があちこちから僕に向かって襲い掛かる。
僕はグリッドジャンプを連続で使用しながらそれを避け、そしてアルマリアを見つけると同時に空間爆発を使用してあちこちに煙を発生させる。
「ああクソ、マガジン作品も大好きですって締めようと思ってたのに! それだけ戦えてどうしてロイさんに負けたのさ!」
「前半は意味がわかりませんけれど~、攻撃を当てても無傷だったので~」
「分体と戦ってるからでしょこの脳筋ども!」
光線を避け続け、軽口なんかを言ってみたけれど、このスキルは強い。避けるので精いっぱいだし、読み合いが少しでも遅れるとすぐに貫かれそうなほど僕は切羽詰まっている。
けれど今の時点では避けることが出来ている。と、安心したのも束の間、アルマリアが前線に出てきた。
何をするのかと光線に注意しながら観察していると、僕が躱した光線に大槌を構えていた。
僕はすぐに彼女が何をしようとしているかを察することが出来た。
「ヤバ――」
「『集えや衝撃』」
光線を大槌に当て、その衝撃を吸収したからなのか大槌がキラキラと光っている。
「どいつもこいつもジャンプ作品みたいな技を使ってきよって! 僕も好きだけどなぁ! でも今日はマガジンで勝つよ!」
「リョカさん私を揺さぶろうとしてません~?」
「してるよ! 思った以上にいっぱいいっぱい! こうやって時間を稼いでるんだよ!」
「そうはさせませんけれどね~」
アルマリアがグリッドジャンプで飛んで来て、僕に大槌を振りかぶってきた。
けれどすぐに舌をベッと出し、先ほどやったように素晴らしき魔王オーラを大槌に当て、衝撃を発生させグリッドジャンプで転移させるのだけれど、今回転移させたのは――。
「うぐっ」
「衝撃ならどこへだって移せるよ!」
さらに僕は飛んできた光線をグリッドジャンプで転移させ、次々とアルマリアへと逸らしていく。
「そっちは届きませんよ~」
アルマリアの言う通り、光線だけはどうあっても逸れて行ってしまう。
「どんどん攻めていきますよ~! これが、ギルドマスターの実力なんですから!」
あちこちからくる光線と衝撃を溜めた大槌を持っての空間転移、ガイルとは違って脳筋の癖に戦闘のテンポが変則的。
こりゃあマズいな。と、僕が苦笑いを浮かべると、我らのギルマスはその隙を逃さなかった。
「いい加減終わらせますよ~! 全力全開ですぅ!」
「ちょ、ちょっと待って――」
光線の数が増え、僕も防御が追いつかなくなってきており、ついに懐にアルマリアを招き入れてしまっていた。
「威力は押さえてありますから、ね」
アルマリアの大槌が僕の体を貫く。
体は壁へと飛ばされて、ついに僕はその四肢を床に投げ出していた。
そして一瞬沈黙が訪れ、戦いに見入っていた冒険者たちがわっと声を上げた。
歓声、歓喜、様々な感情の声が闘技場を包んでいく。
その中心でアルマリアが胸を張る。
そう、彼女は勝利した――わけない。
僕はそこでため息を吐き、歓声にも負けないほどの声を張るために大きく息を吸った。
「夢はみれた? まあ現実だけれど。ああいうスキルもあったらほしいんだけれどね」
「へ――」
アルマリアの背後に回った僕は彼女のこめかみに中指の第二関節を曲げた状態でグリグリとする。
「痛い痛い、痛いですぅ!」
「ウチのギルマスは何度同じ過ちをすれば気が済むんだろうね?」
「え? え?」
先ほど飛んでいった僕が血液に戻った。
「け、血思体!」
「僕は悲しいよアルマリア、今まで僕ってこんなに真正面から戦っていることなんてなかったでしょ?」
「あ、あのリョカさん、どうして私を捕まえてるですか~?」
「可愛い子だからかな?」
僕を中心に現闇爆弾の膜が生成される。
「あ、あの! これじゃあ逃げられ――あれ~? これ本物ですかぁ?」
ガイルの隣で巻き薬の煙を吐く僕は、指を鳴らす準備をする。
「3、2、1――」
「ま、待って」
「ゼロだ」
僕はウインクをしながら指を鳴らす。
「ぴ――」
可愛らしい断末魔は、爆音の中に消えていったのだった。




