聖女ちゃんのお説教会
「……」
「おいセルネ、ついに聖女さまに泣きついたか? 随分と貧弱な勇者になったじゃないか」
「ジンギ……」
昨夜学園の寮に戻ってきたあたしたちだったけれど、翌日になってすぐに学園に行き、昨日話した通りあたしとセルネ、カナデとソフィア、プリマとアヤメ、そしてクレインで空き教室の1つに集まっている。
対峙するのはジンギ=セブンスターとランファ=イルミーゼ率いる新生魔王討伐隊。
あたしは教室に入って早々、すぐに椅子に座って腕を組んで全体を眺める。
「セルネ様、目をお覚ましになってくださいませ。あなたは魔王を倒す者です」
「でげすって付けろって――」
「カナデちゃん、シッ」
「……昨日の飯の時から予感していたんだが、もしやカナデはシラヌイなのに阿呆なのでは?」
「よくわからないですけれど、わたくし生まれた時からこんなのですわ」
「生まれた後くらいは成長しようよぅカナデちゃん」
獣陣営の話はこの際聞き流すとして、もうだいぶ殺気立っているわね。これじゃあ埒が明かなければ話すらままならない。もしかしてセルネたちはずっとこの状態を続けていたのかしら? だとしたら情けないにもほどがある。
「ジンギさん、とりあえず話だけでも聞いてください。私たちは何もあなた方と敵対したいわけではないのです」
「そうだよ、俺たちは争いを望んでいるわけじゃない。元々セルネと一緒にいた君たちならわかるだろ? セルネは君たちと戦いたくないんだよ」
「知るかよ! そいつはすでに魔王に毒された。しかも挙句の果てにその従者どもを引き連れて俺たちの前に現れやがった。それがどういう意味かわかるか」
セルネの方に目をやると、歯を噛みしめて俯いている。
本当に精神が脆いというか、基本的に優し過ぎるのかしら。まあ勇者になるくらいだし、そのくらいの甘さは標準装備なのかもしれない。
ただ、ここに立っている以上いい加減苛立ってきた。
あたしは特に何の気なしにセブンスターに目をやる。すると彼の肩が一度跳ねたのがわかる。
「さっきからセルネセルネって、あんたそんなにあたしが怖いの? あたしと目も合わせないじゃない」
「み、ミーシャ!」
「セルネ、あたしに弱者のご都合主義を求めるんじゃないわよ。おいセブンスター、この際だからはっきりと言ってやるわよ。あんたたち兵隊はどれだけ集めたのよ、100? 200? それともそれ以下?」
「……あんたに関係あんのかよ」
「あるわよ。さっきどういう意味かと聞いたわよね? ええじゃあ戦争でもしましょう。でもね、あんたたちが全勢力を投入したところで、ソフィア1人にすら勝てないわよ」
「なんだとっ――」
あたしは拳に信仰を込めて黒くなった信仰をセブンスターやその他に見せつける。
「あたしなら一瞬よ。地面殴っただけで全員ブッ飛ばせるわ」
信仰の圧に、セブンスター側に生徒たちの幾人かがその場で泡を吹いて倒れた。
そして当のセブンスターとイルミーゼが体を震わせながら血が出るほど拳を握りしめ、歯を鳴らしながらもそれに耐えていた。
「相変わらずえげつねぇなぁ俺の聖女は。信仰を圧に変えるなんて、あれじゃあまんま絶気じゃないの」
誰がいつあんたの聖女になったのかと声を上げたかったけれど、あたしはそれを流し、立ち上がって震えている2人に近づき、至近距離でその顔を覗く。
「敵にここまで近づかれ、戦意すら見せないのなら戦うのを止めなさい。あんたたちは向いていないわ――」
すると突然あたしの腕が捕まれる。反射的に振り返り、つい圧を漏らしてしまう。
「あッ?」
漏れ出た殺気は腕を掴んだセルネを通り抜け、教室の外にいた生徒すら気絶させてしまう。
それだけ濃い圧を放ってしまったことを少し後悔したけれど、その圧の中でも学園の勇者は震えながらも手に聖剣を握り、あたしにその戦闘圧を放っていた。
「ミーシャ、お願い、それ以上は」
「……ハ~、そうねやり過ぎたわ」
あたしはセルネの頭を撫でると改めてセブンスターたちに目を向ける。
「おいセブンスター、あんたはセルネが敗北したと思っているでしょうけれど、それだけは撤回しなさい。あんたたちとは違ってこの子は強敵相手にも向かっていける強さがあるわ。あんたは否定したいだろうけれど、それだけで十分立派な勇者よ」
あたしは少し移動してさっきから覗いているそれに近づく。
「エレノーラね」
半身が出ているクマのぬいぐるみを持ち主から引っぺがし、そのままそのあくうかん? だかに手を突っ込む。
「うわぁっ! ちょミーシャ何やって――」
「これかしら」
「ぐぉっ! おいミーシャ何をする!」
「ちょっとミーシャそれテッカ――」
「おいセブンスターとイルミーゼ、今から学園を出るわよ。ついてきなさい」
テッカを引っ張り出し、あたしは2人に顎で外を指す。
「え? え? 今のなんだ?」
「空間係のスキルでしょうか? というかテッカさん?」
「ミーシャ様、せめて説明を」
「……マジかよあいつ。いや、まず驚くべきはリョカか? グリッドジャンプを連続で使用して空間と空間を繋げやがったな。んで聖女の方は亜空間をぶち抜きやがった」
アヤメがよくわからないことを言っているし、セルネたちは驚いているし、リョカの姿は見えないけれどなんとなく動揺しているのはわかる。あくうかん? も消えて場の収集が付かなくなっているけれど、もう終わったことで次の段階に進むべき。
あたしが行動しようとすると、引きずられているテッカが何か言いたげにしていた。
「お前はそうやって突発的に動く癖を何とかしろ」
「イヤよ。あんたが必要だと思ったから引っ張ってきただけだし、そもそも覗き見しているリョカにも問題があるわ。だからあたしは悪くない」
「……はいはいわかったわかった。俺で良ければ手を貸そう聖女・ミーシャ=グリムガント」
「ええそうなさい。勇者の剣をやっているくらいですもの、聖女だって当然守れるわよね」
「守り甲斐のある聖女ならいくらでもな」
テッカの軽口を流し、あたしはドレスを着たフワフワ髪の生えたクマのぬいぐるみを肩に乗せる。
渋々ながらセブンスターとイルミーゼが立ち上がって教室から出たことを確認すると、セルネたちにも外に出るように言い、あたしは足を動かす。
わからないのならわからせればいい。
勇者という存在と、魔王という存在、あたしの幼馴染について。
あいつらがどういう思想を持っているのかは正直興味もない。けれどせっかくその資格があるのに、それを知らないままでいるのは不平等だ。
あたしが奴らに教えてやれるのは闘争心、戦って、戦って――最後まで足掻き続ける。あたしの魔王様の隣にいるために辿り着いた結論。
それを知ってその後どうするかは2人次第だろう。
大きな問題ではないと思っていたけれど、勇者がそう望んだ。それならば聖女が出張るのも道理でしょう。
と、こう言うとまた素直ではないと言われるだろうから、しっかりと言葉にはしておこう。
「セルネ」
「え? あ、はいなんです?」
「勇者を守ってやるのも聖女の役目よ。胸を張って堂々としていなさい、あたしが何とかしてあげるわ」
「……心強いな本当」
「これもあんたの力よ。自分が弱いなんて思うな。あんたがあんたを信用できなくなったのならあたしを思い出しなさい」
「ああ、そうする」
あたしはセブンスターとイルミーゼも抜かし、先頭を歩んでいく。
これがあたしの世界の歩み方よとただただ、そう伝えるように、あたしは足を止めずに進んでいくのだった。




