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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
8章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、学園でのんびりする。

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勇者くん、第一歩を踏む

「やっぱり、リョカとミーシャはすごいな」



「そう? ありがとうセルネくん。でも君だってちゃんと成長しているでしょ」



「いや、俺は……」



 可愛らしい顔でそう断言してくれるリョカから、俺は顔を逸らしてしまう。



「なにかあった?」



「……」



 心配げな顔が目の前にきた。

 甘えてしまいたい。きっとこの可憐な魔王様なら、俺に的確な助言をくれる気がする。

 けれどそれでいいのだろうか。これは俺の問題で、しかもリョカが加わってしまうと話がこじれる系の問題だ。

 このことを話すのを躊躇していると、リョカを呼ぶ声が聞こえた。



「おいリョカ! アルマリアがお前に話があるってよ――っと、今はマズかったか?」



 ジークランスさんとヘリオス先生を冒険者ギルドに連れて行った金色炎の勇者・ガイル=グレッグさんが現れた。



 彼は優れた勇者だ。

 先ほど視た戦いの記録でも、魔王に後れをとっていたけれど、それでも俺の目には彼を勇者として捉えていた。

 もし俺があの場にいたとしても、あれだけの覚悟は持てなかったと思う。



「え? あ、え~っと」



 リョカが俺をチラチラと見ながらガイルさんに体を向けた。

 俺は首を横に振り、ガイルさんに顔を向ける。



「いいえ、俺は大丈夫ですからリョカと一緒に行ってください」



「でも、セルネくん――」



「おうわかった。それじゃあちょっと借りてくな」



「ちょっとガイル」



「いいから行くぞ。そんじゃあな」



「はい、それでは――」



「ああそうだ。おいセルネ」



「え? あ、はい!」



「勇者っつうのは、1人で強くなるもんでもねぇぞ。それを忘れんな」



「……はい、ありがとうございます」



 リョカは心配していそうな顔を崩すことはなかったけれど、ガイルさんに引っ張られていってしまった。

 これで良かったのだ。冷血で強大な魔王である血冠魔王を倒すという偉業をやってのけた彼女には、こんな些細な問題に付き合わせる必要もなく、何よりあれだけのことをした彼女に今必要なのは休息だろう。



「いいのセルネ? リョカ様なら色々助言をくれると思うよ」



「大丈夫さ。それに発端は俺だし、俺が何とかするべきだろう?」



「そうかもだけれど……いや、うん。でも俺たちだっていつでも力を貸すからね」



「ありがとうクレイン」



 こういう時、本当にクレインはよく気を回してくれる。

 冒険者になってからオルタとタクト、クレインと一緒になることが多くて、今ではすっかり仲良しというか、俺は彼らを信頼している。

 実力の面でも、友としても。

 入学したての俺では考えられなかったかもしれないけれど、今ではこういう感じに落ち着いて本当に感謝している。



「セルネ様、あまり思いつめないでくださいね。あれは起こるべくして起きたことです、セルネ様に責など一切ありません」



「ソフィアもありがとう。あ~やっぱ駄目だな俺は、少しは力も付いてきたけれど、勇者としてはまだまだだ」



「そんなことはないでござるよ。セルネは一所懸命でござる、拙者たちが証人でござるよ。勇者セルネ=ルーデルは立派であるって」



「そうですぜい、お前はちと責任感が強すぎる。抜ける時に抜いておかないといつかぶっ壊れちまいますぜい」



「みんな……ああ、そうだね。俺がしっかりしていないと、リョカにもミーシャにも笑われてしまうからな」



 そうだ、ガイルさんが言っていた通り俺は1人じゃない。

 リョカもミーシャも、今は俺がどれだけ手を伸ばしても届かないところにいるけれど、いつかきっと、2人に届くように精進しなければならない。

 だからこそ、この問題は俺が――。



「セルネセルネ」



「ん? 何カナデ」



「決意を固めているところ申し訳ないですわ。でもそこのミーシャが早く喋らないと殺すわよみたいな顔をしているから教えておいた方が良いと思いましたの」



「……」



 背筋が凍るような感覚がした。

 俺はガチガチと固まってしまった首を不自然に動かして、カナデが指差す方に顔を向ける。



 そこには頬杖をつき、相変らず不遜な顔つきをした聖女様がおり、俺に向かって顎をくいと動かし、早く喋れと催促しているようだった。



「え、いや――」



「……」



 記録で見たような赤い圧力がチリと彼女からほんの少し漏れていた。



「い――」



「あ?」



「一番ヤバいのに知られてしまった!」



「セルネ、今のは聞き流してあげる。もう一度言っても良いわ、誰が何だって?」



「許す気は更々ありませんよね!」



「あるわけないじゃない。誰がヤバいって?」



「いや、そのあの……」



 本当に厄介すぎる。

 彼女はリョカと一緒に出て行ったとばかり思っていたけれど、そもそもそんな都合のいいことはなかった。いつも一緒だったからそういうものだとばかり。



 しかし聞かれてしまった。正直これなら最初からリョカに話しておいた方が良かった気さえする。

 なんせ今目の前にいるのは聖女・ミーシャ=グリムガントだ。穏便に済むことではなくなった。



「ほら、さっさと口を開く。あたしが欲しいのは謝罪でも懺悔でもないわ」



「いや、だからその」



「あたし、あの戦いを経て10連程度なら瞬時に込められるようになったのよね。あんたに喰らわせたのって1連チャージだっけ?」



 拳に信仰を込めるミーシャだったけれど、橙色の輝きが上書きされるたびに濁っていき、終いには黒く見える拳を向けてきた。

 その拳を見て確信する。



 死ぬ。



 届く届かないの問題ではない。この聖女、土台も地力も何もかもが規格外すぎる。

 俺が口を閉ざしていると、クレインがバッと手を上げ、果敢にもミーシャに向かって口を開いてくれた。



「あ、あのミーシャ様! せ、セルネにも色々ありますから、その」



「それがあたしになんの関係があるのよ。それはセルネの都合で、あたしの勝手ではないわ」



「で、でもミーシャさん、セルネ様はその、色々考えてくれた結果、お2人には黙っていることを選択したわけでして」



「そう、ならその決意を抱いて蒸発なさい。あんたに与えられた選択肢は2つ――あたしと会話して殴られるか、あんたのどうでも良い都合を押し通して消し飛ぶか。選びなさい」



 聖女の目は本気だった。

 ここでも、俺は貫き通すことが出来ないのか。と、力ない自分を責めていると、そっと俺の手に誰かの手が添えられた。



「勇者・セルネ=ルーデルさん、こういう場合、わたくしは口を挟むべきではないのかもしれませんが、もう少しあなたの学友である聖女の声に耳を傾けてください」



「え?」



「彼女は、あまり素直ではないですから」



「えっと」



 俺の手を掴んだのは、月の女神・ルナ様であった。



「あれは彼女の勝手です。つまり、彼女には彼女の理由があります。あなたの隣人である聖女は、わけもわからず、理由もなく友人を消してしまうような方ですか?」



「……いいえ」



「乱暴で、強引なところはありますけれど、わたくしは、しっかりと聖女としての心を彼女は持っていると思っています」



 ルナ様の言う通りだ。

 そりゃああれだけの力を見せつけてきて怖くないと言えば嘘になる。俺は2回ほどあれにブッ飛ばされているわけで、その威力は知っている。

 けれどその2回とも俺がリョカを傷つけたからで、敵だったから。



 でも、そうじゃなくなった今、ミーシャはいつだって先頭でその拳を振るっていた。自分が出来ることだからと誰よりも最前線で敵に向かっていった。



 あの拳だって、多分本当は俺に向けていない。

 俺が対峙している敵に向けてくれているのだと今ならはっきりと断言できる。



「……わかった、わかったからそう真剣な顔で睨まないでください聖女様。俺は別に、傷ついているわけじゃない」



「それならそんな情けない顔を晒すのは止めなさい。あんたはあたしの幼馴染に約束したんでしょ? そんな奴が、弱さを盾に逃げるな。逃げるのならせめて誇りを盾になさい」



「耳が痛いな。ああうん、わかったわかった。2人がいなかった時に大きな問題が起きたのだけれど、それを隠しただけだよ」



 俺はついに両手を上げた。これ以上隠しても無駄だろう。



「何があったのよ。首謀者をボコボコにすれば解決する?」



「いや、しないかな。ミーシャ、以前起きた魔王討伐を企てた事件を覚えている?」



「当り前でしょ。あんたが先頭に立っていた奴よね」



「そう、それの延長って言えば理解してくれる?」



「……ああなるほど。頭を失くしても動くって厄介ね。いいわ、リョカには黙っていてあげるからあたしは勝手に動くわよ」



「それは困るんで俺たちと行動してくださいね!」



「信用ないわね」



 やっと拳の黒い圧を消してくれたミーシャが大きく伸びをした。

 するとやり取りを見ていた獣耳の少女、神獣様が呆れたような顔をしていた。



「お前は何と言うか、聖女らしさが本当に皆無ね。もう少し世の聖女と同じように方々に媚でも売ったらどう?」



「イヤよ」



「でしょうね。まあ俺はそっちの方が好みだからこれからもその方向で行きなさいよ。それと名無しの勇者、あんたも厄介なのに纏わりつかれているわね」



「いえ、とても頼りにしていますよ。見習うべきも多いですし」



「そっ、謙虚なのは良いわね。俺も応援してあげるわ」



 神獣様――アヤメさまの激励に俺は礼を言い、小さく息を吐いた。



「明日もこれを止めるためにみんなと話し合いに行くんだ。ミーシャは……来られるとこじれるけれど、来ないでって言っても来るだろう?」



「ええ、当然ね。オタクたち……オルタとタクトは明日リョカを足止めしていなさい。クレインは来なさい。カナデとソフィアもこっち」



「俺も面白そうだしついていこっ」



「アヤメ、あまり皆様に迷惑をかけてはいけませんよ?」



 さっきまで悩んでいたのが嘘のようにさくさくと予定が決められていく。

 何を悩んでいたのかと馬鹿馬鹿しくなったし、それにこうして口にしてしまって、心が大分軽くなった。

 リョカも凄いけれど、その魔王の隣にいることを決意した聖女も、やはり並大抵ではないな。と、俺は感服する。



 明日から忙しくなりそうな気配だけれど、俺は何故だか予感していた。

 大丈夫だと言い聞かせて、明日に備えようと思うのだった。

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