聖女ちゃんとお説教したい大人たち
「……」
ルナの持っているよくわからない道具から流れるガイルとテッカ戦から魔王城での戦いの記録。
そしてたった今、リョカの歌――絶慈によって戦いが終わったとこまで見たのだけれど、全員が口を馬鹿みたいに開けたまま、記録が消えた鏡を見続けていた。
「案外、さっぱりと終わったわよね」
あたしがそう言うと、頭を抱えたリョカがあたしの頭を軽くはたいてきた。
「あによ?」
「いや、僕はゲンジと戦っている時いなかったから、なんとなく気配で規模を予測はしていたんだけれど……ミーシャ、お願いだから危ないことしないで」
「ん~?」
あたしが首を傾げていると、おじさんが泣きそうになっている顔が見えた。あたし、何かしたのかしら?
「あ~その、まあなんつうか、リョカは基本的に戦いも戦術も洗練されているから、どうにか違和感なく見られるが、ミーシャはなぁ、あれだ、本当に予測できねぇ。まじで戦闘中はなに仕出かすかわかんねぇんだよ」
「奇をてらっているってことでしょ? 上々じゃない」
「いや違うぞミーシャ、奇をてらっているのはリョカだ。そもそもお前は戦士ではない。それなのに熟練の戦士どころか、戦士希望の子どもですら避けることをお前は当たり前のようにやってのけるんだ」
「何が悪いの?」
誰もやらないことをやってそれで勝てるのなら何も文句はないはずなのだけれど、どうにもみんなの認識は違うらしい。
「違うのよ聖女ミーシャ=グリムガント、みんな濁しているようだから俺が言ってやるわ。あんたは本来人が持っている危機感知をどこかに置いてきたんじゃないかってくらい頭おかしいのよ。大教会もそうだが、そもそもあの赤い状態……リョカ曰く神獣拳か? あれだって聖女の持つ活性の力を無理くり身体強化に使い、生命力を無理矢理体に詰め込んで、魔王の力で有耶無耶に整えているのよ。少しでもその均衡が崩れたら普通は死ぬ」
「生きているでしょ? それにあたし以外こんなことしていないんでしょ、それなら死ぬかなんてわからないじゃない」
「どうしてお前はそう、足元の転ぶかもしれない石を見ずに、眼前にある岩を上ることばかり考えるのよ」
カナデ以外の心配気な顔が少々居心地が悪く、特にルナの顔が横目で視えるだけだけれど、一番頭に残る。
「……ミーシャさんは、死が、恐ろしくないのですか?」
「は? それがあたしのことを殴ってくるの?」
「へ? い、いえ、それそのものはいますけれど、そんなことはないと思います」
「殴って来ない相手を恐れてどうするのよ。あたしの目の前にはそんな奴いないわ」
そいつがあたしを殺しに来るのならそれなりの危機感は持つつもりだけれど、襲ってこない奴の話をして一体何の意味があるのかわからない。
「……おいリョカ、お前は娘2人が今にも崩れそうな橋を喜々として爆走する親の気持ちがわかるか?」
「あ~うん、僕も気をつけるし、ちゃんと妹のことも守りますから」
「誰が妹よ。ほんのちょっと早く生まれただけでしょ」
姉面するリョカにあたしが頬を膨らませていると、神獣改め、アヤメが手を叩いたのが見える。
「とにかくだ、お前は大教会を使うな。あれはそんなばかすかやって良いもんじゃない。神獣拳はまあ、用法容量を守ってってやつね」
「なんであんたに命令されなきゃ――」
「ところでミーシャ=グリムガント、私との約束を破ったな?」
あたしがアヤメを睨もうとすると、ヘリオス先生が嫌味な笑みを顔に張り付けたままあたしにそう言った。
「あの薬は1日1回だと説明しなかったか?」
「たくさん飲めたわ。でも飲んだら体が動かなくなるのはちょっと改善してほしいです」
「だから1本だと言ったんだ。あれは生命力を摂取する薬ではなく、生命力を作らせるのを早める物でしかないから、本来人が稼働するのに必要な生命力まで使っているだけです。だから動けなくなる」
どうにもあたしの説教会になりそうな空気を払拭するために、あたしはカナデの背に移動し、彼女を盾にするようにした。
「カナデ、今あたしを救えるのはあんただけよ。アホみたいなことを言って場を和ませなさい」
「そうなんですの? わかりましたわ! わたくし、皆さんの話はよくわからないですけれど、リョカもミーシャも、とっても頑張ったんですわ! 偉い偉いですわ!」
「……カナデちゃん? そういう話ではないことは理解しようよぅ」
「そうですの? だって2人は無事に帰ってきて、それですっごい戦いをしたって話ですわよね? リョカは凄く上手く戦える。ミーシャはハチャメチャだけれど、全力で戦って勝った。これだけの話ですわよね?」
頭を撫でてくるカナデがくすぐったいけれど、相変らずこの子の言葉は素直だ。心に一直線に伸びてくるというか、とても心地が良い気がする。
「それに皆さま、さっきからあれ止めろこれ止めろみたいな話をしていますけれど、ミーシャですわよ? 止めるわけないですわ! ミーシャは目の前に敵が現れたのなら絶対に勝ちますわ、だって聖女ですし」
カナデの言葉に、みんなが呆れながら頷いていたけれど、最後の言葉にガイルが噴き出した。
「いや感心して聞いてたが、聖女関係ねぇじゃねぇか」
「――? 聖女はえっと確か、さーちあんどですとい? なんですわよね?」
「……リョカ、説明」
「見敵必殺、かな? 敵を見たなら必ず殺す。的な?」
「いいわねそれ、今度から使っていくわ」
「いやだから聖女……ああそうか、この世代って聖女がいなかったせいか基準がいねぇのか」
「その基準がミーシャというわけか」
「新たに誕生する聖女が挙って見敵必殺なんて唱え始めたら俺はこの世界を滅ぼすわよ」
ルナが苦笑いで、アヤメが心底いやそうに頭を抱えている。女神に人生を決められるほど、あたしは弱いつもりはないのだけれど、せっかくカナデが和ませてくれたこの空気を壊すつもりもなく、あたしは口を閉じる。
すると、リョカが手を叩き、みんなから視線を集めた。
「ほい、それじゃあ今日はこのくらいにしておこうか。ミーシャだって本当に危ないことはしないし、本当に嫌がったならちゃんと手は止めてくれるからさ。とりあえず学園に戻って、ガイルとテッカは色々な手続き、お父様とヘリオス先生にはアルマリア……ギルドマスターからの依頼についての相談、僕たち学生組は――僕たちがいなかった間に起きたことを話してくれると嬉しいかな」
「結局あんたが指揮をとるのね」
「別に僕は良いんだよ? このままミーシャ大反省会に誘導しても」
「お腹空いたわ、帰ってご飯にしましょう。ルナとアヤメも来なさい」
「はい。ご一緒します」
「お前本当に偉そうね」
「話のそらし方が下手過ぎるけれど、まあこれ以上は言わないよ。お父様とヘリオス先生はこの手紙を。というか今アルマリアに会っていきます?」
「……まあいいでしょう。リョカ=ジブリッド――リョカさんの思惑に乗ってあげましょう。それに私の力が必要で、尚且つジークランス殿もかり出すということは、それなりの商売の話なのでしょう。近頃誰かさんたちのおかげで出費が多くなってしまいましたからね、丁度良いです」
「いや、本当に娘たちがご迷惑を――ああそうだ、ガイル殿とテッカ殿は寝泊まりするところは決まっていますか? まだなのでしたら、ジブリッド商会が用意しますよ」
「そりゃあ助かる。プリムティスは学園都市だからな、宿がなかったのなら街の外で寝泊まりしようと思っていたところだしな」
「ああ、流石にあの激戦の後で野宿は堪えるからな。助かります」
大人たちが和気藹々と予定を決めていく中、あたしたちは学園と同じ空気でテーブルを囲んだ。
ああ、なんだかやっと帰ってきたという実感がわいてきた。
テッカの言う通り、激戦であったしそれなりにあたしも疲れがたまっていたのだろう。
あたしはリョカ指導で動き出す面々に頬を綻ばせながら、あたしたちがいる日常を眺めるのだった。




