魔王ちゃんと神々とあれこれ
「大変お見苦しいところをお見せしました」
「いいえ、とても素敵な光景でしたよ。それでジークランスさん、わたくしの謝罪は――」
「滅相もございません!」
お父様が頭を下げようとするルナちゃんのさらに下、地に頭を伏せる所謂土下座スタイルで彼女に頭を下げさせないようにした。
「お父様ルナちゃんのパンツでも見るの――うぉっあぶね!」
「お前ちょっと黙ってろ。というかこれは一体どういうことなんだ」
「どうって言われても」
可憐に微笑むルナちゃんを横目に、なんて説明しようか考えていると、ガイルとテッカの間にまた美少女が生えたのが見えた。
その少女は獣耳の女の子で、魔王城で出会った子だった。
「ありゃアヤメちゃんも来てたんだ?」
「おう、ちょっとミーシャに説教しようと思ってな。テッカとガイル、この間ぶり」
「……神獣様」
テッカの呟きにお父様だけでなく、ヘリオス先生も頭を抱えた。
「……場所を移しましょう。お2方をこんな往来に晒したままでいるわけにはいきませんから」
ヘリオス先生は頭を抱えたまま、女神2柱を学園内に招き入れ、僕たちはいそいそと先生が学園で割り当てられている部屋へと足を進めた。
「テッカは緑茶だよね。今日はお父様も緑茶にしておく? 先生とミーシャは紅茶で、ガイルも紅茶で良い? ルナちゃんとアヤメちゃんはどうする?」
「わたくしも紅茶でお願いします」
「俺は緑茶。あと菓子くれ菓子。お前の菓子を一度食ってみたかったのよ」
「はいはい」
先生の部屋に来ることが多いために自宅から持って来ていたお茶のセット一式を取り出し、これもまた自宅から持って来ていた茶葉を使って各々にお茶を淹れて、お茶請けの菓子を幾つか皿に盛る。
あまりにも気安い光景に、ミーシャ以外の面々があんぐりとしている中、僕はお父様の隣に腰を下ろした。
ちなみにガイルとテッカ、ヘリオス先生は立ちっぱなしで、部屋にある2つのソファーは僕たちが占拠した。なおミーシャは誰よりも先に座ったのだけれど、それを見たお父様が一度ミーシャを睨みつけたのを見逃さなかった。
並び順は、上座にお父様で隣に僕。上座など並び順などを考えていないミーシャが下座で僕の正面、順番にアヤメちゃん、ルナちゃんである。
「おいリョカ、いつからだ?」
「ルナちゃんと知り合ったのは僕が生まれる時かなぁ。再会したのは最近だよ」
「……女神に見初められていたのに、お前は魔王になったのか」
「ビックリしましたけれど、リョカさんならきっと魔王という枠組みを取っ払った別の何かに成ると信用していましたので、わたくしからは何も言いませんでした」
ルナちゃんがフォローを入れてくれたけれど、お父様は相変わらず頭を抱えたままである。
「もうおめぇに関してなにも驚かないつもりでいたが、改めて目にすると困っちまうな」
「あんだよ金色炎、俺が出てきた時より驚いてんじゃねぇか」
「そりゃおめぇ、俺はこっちの生まれだ。中心にいたのは月神様だからよ、神獣様より身近にいたんだよ。テッカはお前さんに驚いてただろうに」
「というかガイル、お前その言葉使いを止めろ。俺たちにとっては神獣様は偉大な御方なんだ」
「お~お~言ってやれテッカ」
「アヤメちゃんに似合う服をデザインしたんだけれど、これだけ早く再会するんだったらゼプテンのおばあちゃんのところに寄っておけば良かったよ」
「……おいテッカ、この魔王様にも俺の偉大さを説いてくれない? このままだと女児服を着させられる」
「リョカさんの服は可愛いものばかりなので、アヤメにも似合うと思いますよ」
「ルナが出てきたらテッカは口出しできないわね。おい獣、逃がさないわよ」
「この聖女怖い……」
ルナちゃんとアヤメちゃんの扱いをどうすべきかを決めあぐねている面々を横目に、ヘリオス先生が紅茶を口に運んだあと、口を開くのが見えた。
「状況が混とんとしてきましたね」
「まったくです。ヘリオス殿、うちの娘とミーシャはいつもこうなのですか?」
「ええまあ、驚かされてばかりです。2人ともこの学園創立以来の優等生ではあるのですが、やはりやることなすことの規模が他とは比べ物になりませんね」
「おおそうだそこのマルティエーター」
「こらアヤメ、ヘリオス先生でしょう。他人をギフトで呼ぶなんて失礼ですよ」
「……ヘリオス、お前一体どんな教育してんのよ。リョカはともかく、ミーシャは多分頭の中に化け物を組みこんでるわよ――ふにゃぁぁぁっ!」
「次余計なこと言ったら全て奪うからね」
「だからそれ止めろって!」
ミーシャのフォーチェンギフトがアヤメちゃんの何かを吸い取って行ったのだけれど、お父様とヘリオス先生が僕に耳打ちをして、一体今聖女は何をしたのかと尋ねてきた。
「神様の力を奪っているそうですよ」
「あれ、本当によくわからない作りなんですよね。命を吸っているわけではないみたいなのですが、一体何を吸収しているのか」
「いやお前らこの聖女を止めてくれない?」
「マジで吸い取ってたのかこの脳筋聖女」
「お前ら、俺たちの故郷の女神をいたぶらないでくれ」
お父様が立ち上がり、一度ミーシャの頭に拳を軽く落とすと、アヤメちゃんに謝罪をした。
「ミーシャ、神獣様は商人にとってとても御利益のある女神さまなんだ、あまり無碍にしないでおくれ」
「む。まあおじさんが言うなら」
「ジークランスあんたいい人だな! 俺の加護をやろう」
「光栄です」
「ああそういえば、戦いを司る神獣様は、行商中の戦闘すら受け入れて、何事も起きないようにしてくれるっていう言い伝えもあったんでしたっけ? 本来なら荒魂の面が強い神獣様も、商人の間では和魂の面を持つ女神になるとかなんとか」
アヤメちゃんがお父様の手を握って何かをしている間、僕はミーシャたちにそう説明する。立場が違えば別の面が出てくるといういい例だろう。
「荒魂ってなによ?」
「神様が持つ2面性を形にしたものだね。読んで字の如く、荒っぽい魂と、穏やかで優しい魂のこと」
「随分詳しいじゃない。2つの面って言うのは、大体が人間の願望だけれどね。でも俺の名前で力を貰っている以上、俺は大事にするけれど、そう言うのは稀だな。大体は姉妹とかで分けられちゃうし」
「……」
アヤメちゃんの言葉に、一瞬だけルナちゃんが顔を伏せたように見えた。けれどすぐに可憐な笑顔を浮かべたから僕はそれ以上何も聞かなかった。
「ああそうです。よろしかったら血冠魔王城での戦いを保護者の皆様も見ますか?」
「え? いつカメラ回していたんですか」
「そんな機械的な物ではないですよ。ほら、この間遺跡でリョカさんに見せた鏡があるじゃないですか。あれには録画機能もあるのですよ」
「便利だなぁ」
僕たちの雄姿をお父様に見せるのは少し気恥ずかしいけれど、まあ自慢にはなるかな。と、僕は胸を張るのだけれど、ふと部屋の外の気配が見知ったもので、ルナちゃんを抱き上げて扉を指差す。
「きゃぁ」
「ルナちゃん本当に可愛いなぁ。ってそうじゃなかった。ルナちゃんうちの期待株たちが来ましたよ」
お父様の何してんだ。という視線を躱し、僕は彼女がノックする前にどうぞと声を出した。
「えっと、失礼します。リョカさんたちが帰ってきたと聞いたのですが……って」
相変わらずクリクリした瞳を、大きな眼鏡が覆っている小柄な少女。ソフィア=カルタスが部屋に入ってきて、僕たちを見渡した。
そしてルナちゃんとアヤメちゃんに1回ずつ目を止めると息を吐き、僕とミーシャの間、テーブルの端まで駆け寄ってきた。
「お2人とも、ご無事で何よりです。魔王の1人に挑むと聞いてみんな心配していたんですよ」
「心配かけてごめんねソフィア、でもこの通り無事に帰ってきたよ」
「あたしが負けるわけないでしょう。全力で捻ってやったわ」
僕たちの言葉に、目に涙を浮かべて安堵するソフィアを僕とミーシャは撫でた。
「これはこれはカルタス様、愛娘がお世話になっています」
「お久しぶりですジークランスさん。いえいえ、私の方がいつもリョカさんとミーシャさんにはお世話になっています」
「おうソフィア、大分力をつけたそうじゃねぇか。今度やり合おうぜ」
「お前彼女がカルタスの令嬢だということを覚えているのか? 怪我でもさせたらどうなるか」
「ミーシャなんてグリムガントだぜ? お前傷つけたとかいう範囲を超えて殺そうとしてたじゃねぇか」
目を逸らすテッカに、ソフィアが微笑んだ。
そして彼女はルナちゃんとアヤメちゃんに視線をやったまま、そのまま膝をつき頭を下げる。
「月神様に神獣様、お初にお目にかかります。ソフィア=カルタスと申します。わたくしたちが清く正しく生活できるのも女神さまのお力があってこそでございます」
「育ちの良さがもろに出るよねぇ」
「まったくね。ガイルとテッカも見習いなさい」
「……お前たちにも相応の礼儀作法を叩きこんだはずなんだけれどな」
お父様の言葉に僕たちは顔を逸らし、ミーシャはアヤメちゃんを抱きかかえた。
「はい、ソフィアさん。わたくしのことはルナとお呼びください。わたくし、ソフィアさんと会いたかったのですよ。なんだかとっても弄り甲斐――可愛らしい方だなって」
「お前小動物系の人間本当に好きだよな。あんまりイジメてフェルミナみたいな忠犬を作るんじゃねぇぞ」
ルナちゃんが目を逸らしたとこで、僕は外で入りたそうにしているセルネくんとオタク3連星、カナデとプリマに手招きをした。
「私の部屋はたまり場ではないのだけれどね」
「確かにちょっと手狭ですね。チョイと失礼して――グリットジャンプ」
絶慈でアルマリアを呼び出し、喝才でグリットジャンプを選択、そしてゼプテンにある僕とミーシャの拠点に移動した。
「お前今何した?」
「グリットジャンプかこれ? アルマリアはいねぇよな?」
「ルナちゃんの不思議パワーでグリッドジャンプを使いましたー」
お父様とガイルの疑問を適当な言い訳で躱し、僕はそそくさと準備を始める。
そうしていると、セルネくんとオタク3連星、カナデとプリマが何かを言いたそうに僕とミーシャを見ており、苦笑いで見つめ返す。
「リョカ、ミーシャ、君たちがやることに俺は何も言えないけれど……いや、その、無事でよかった」
「本当ですわ! 魔王に、しかもすっごく強い魔王に戦いを挑んだってプリマに聞いた時はぶっ倒れるかと思いましたわ!」
「うう~、リョカ様無事でよかったでござる~」
「そうですぜい。まだあっしたちは何も返せていないですぜい。もう無茶は止めてくだせい」
「……まだまだ、俺たちはリョカ様とミーシャ様に教えてもらいたいことがたくさんあるんです。どうか、どうか危険なことをする際は一言声を掛けてください」
僕とミーシャは顔を見合わせて笑い合い、みんなと手を合わせた。
「随分と慕われているじゃないか」
「ギルドでもこんなもんだぜ。どうにもおたくのお嬢さんは人を惹きつける何かを持っているらしい」
「商人の親としては、娘にも辿ってほしかった道があったのですがね」
「そりゃあ無理ってもんだ。すでにリョカ=ジブリッドは、魔王として人々の心に残り過ぎた。商人だけじゃ収まりきらねぇよ。もちろん冒険者としてもな」
生暖かい視線を感じていると、ガイルが意地悪そうな顔を浮かべたのがわかる。
「それにしても先輩勇者に目もくれず、魔王に釘付けなのは勇者としては正しいんだろうなテッカ」
「そうだな。これでも名は通っているはずなんだがな」
「へ?」
ニヤニヤとガイルが見ていたのはセルネくんで、彼がついに金色炎に気が付いた。
「が、ガイルさん!」
「おうルーデルの坊ちゃん、魔王まっしぐらなのは勇者としては正しい対応だぞ。その中身がどうあれな」
「あ、いやその……すみません」
「謝らなくてもいいだろう。お前も、リョカにやられたんだろう? 俺たちもそう変わらんよ」
ガイルたちから顔を逸らしてプルプルと震えている様がチワワのようで、セルネくんが可愛らしい。
すると同じようなことを思っていたのか、アヤメちゃんも1匹の獣を見ていた。
「ああまったくだ、お前も俺に気が付くべきなんじゃないかチビ……いやプリマか」
「うわぁっ! 神獣様がいる!」
「誰ですの?」
「なんでカナデちゃん知らないの! プリマたちの故郷の女神さまでしょぅ!」
「知りませんですわ!」
「……ああうん、シラヌイはしょうがないわね。というかなんでシラヌイが精霊使いになってんだよ、ロクに見えもしないでしょうに。まあいいや。お前たちにはあとで話があるからどこかに行かないようにな」
今とてつもないことをアヤメちゃんが言っていなかったかと彼女とカナデも見るのだけれど、ガイルがオタクたちに絡んでおり、そちらに目をやってしまう。
「お前たちがオタク3連星ねぇ。中々いい連携を見せるそうじゃねぇか。お前たちも今度俺とやろうぜ」
「えぇ……」
「へ? いや、なぜ?」
「こ、金色炎の勇者様だよね? え、どうして?」
「が、頑張れオルタ、タクト、クレイン」
顔を逸らして言うセルネくんの肩にガイルは腕を組み、好戦的な笑みを浮かべる。
「お前もだセルネ。リョカとの約束でな、お前たちに闘いを教えてやってほしいと言われてな」
「ほお、随分と高い講師を雇ったものですねリョカ=ジブリッド。これはこれは面白いことになりそうだ」
「ほら、うちの学校ってスキルは丁寧に教えるけれど、戦闘の方はからっきしじゃないですか。だから現役の勇者に教えてもらえたらすっごくいいなって」
「学園には私から伝えておこう。ガイル殿、テッカ殿、どうぞ生徒たちを可愛がってください」
「おう、手加減するつもりはねぇから安心しろ」
「なら俺はこっちの女生徒を相手にするか」
「私もですか!」
「やってやりますわ! ボッコボコですわ!」
カナデ以外の面々がげんなりとしている中、ルナちゃんの準備が出来たのか、鏡の設置が終わったと教えてくれた。
「それじゃあ参考になるかわからないけれど、魔王城での戦闘を流していくよ。あ~ルナちゃん、戦闘以外はその……」
「はい、あれはまだ学生には早いですから、ちゃんと編集済みです」
余計な心配事を抱えてほしくなく、魔王に理由があるなんて知って揺らいでほしくもない。
だが、お父様とヘリオス先生が僕を見ており、僕はため息を吐いて2人にはあとで教える旨を小声で伝えた。
こうして、僕たちはあの時の戦いの上映会を開始したのだった。




