魔王ちゃんと待ってくれている人
「う~ん、あれだけの激戦を繰り広げた後だと、ここプリムティスも故郷って感じがしちゃうなぁ」
「随分としみったれたこと言うなお前は」
昨日ゼプテンに帰ってきた僕たちは、冒険者ギルドでの熱烈な宴を経て翌日にはこうして学園のあるプリムティスへとガイルとテッカの勇者一行を連れて帰還していた。
アルマリアも来たがっていたけれど、マナさんに引っ張られていってしまい、今回は一緒に帰ってくることが出来なかったけれど、ヘリオス先生への手紙は預かっており、帰宅ついでのお使いというところとなっている。
「リョカ、お腹空いたわ。早く帰って肉を焼いてちょうだい」
「ミーシャ、ずっと気になっていたのだが、お前もしかして生活のほとんどをリョカに頼り切っているんじゃないか?」
「悪い?」
「女だからとかそういうことを言うつもりはないが、冒険者をやっていくのならその辺りは必須だぞ」
「やれる奴を雇えば良いし、そもそもあたしはリョカ以外とどこかに行くつもりはないわ。そもそもガイルだって出来ないでしょ」
「出来ない奴を真似てどうする。そもそもガイルは見たこともない適当な食い物だってまず口に入れて、腹にまったく異常を起こさない異常者だぞ。それと違いお前はリョカに頼りっきりで舌が肥えているだろう」
最近はテッカがミーシャの面倒をこうして見てくれるから本当に助かっている。
こういうことを言ってくれる人は本当に貴重だと思うし、何より今言われた通りミーシャは生活能力が皆無で、食事の支度どころか掃除も出来ないし洗濯も出来ない。いや、だからと言って部屋を汚しっぱなしかと言われればそうではなく、ゴミが溜まってきたら殴って消し飛ばし、部屋もろともなくそうとするために、僕がやるしかないのである。
「テッカもっと言ってあげて。最近はその拳の何かしらのエネルギーが熱を持っていることに気がついたからか、肉ですら殴って炭を作ろうとする始末なんだよ」
「ガイルと同じようなことをしようとするな。いいかガイルとミーシャ、物事は殴っても解決しないことばかりなんだぞ」
「何言ってるのよ、あたしに降りかかる物事なんて殴って解決出来ること以外はあり得ないわ。だってあたしに降ってくるのよ?」
「右に同じく」
テッカが頭を抱えたことで、これ以上は無意味だろう。
僕も2人には何も言わず、やっと見えてきた学園に頬を綻ばせる。
「そういやぁ、学園のお前さんら以外の冒険者は昨日いなかったんだよな」
「うん、ちょうど報告に戻っちゃったみたいで昨日は会えなかったんだよね」
「ソフィアは最初にあった時も中々な物だったと記憶しているが、あれからさらに腕を上げたようだな」
「おりゃあルーデルの坊ちゃんに会ってみたいね、どの程度の勇者なのか見極めたい。それと個人的にだがオタク3連星? のクレインっつたか、健康優良児なんて珍しいギフトを選んだ奴だ、ちと気になっているな」
「別に戦いに来たわけじゃないでしょうに」
「だが鍛えてほしいんだろ? それならある程度実力は知っておかなきゃだしな」
その通りではあるけれど、この金色炎の勇者が言うとどうにも戦いたいだけに聞こえる。いや事実そうなのだろう
こういう時は頭が回るというか、その回転を強敵にも発揮してもらいたいけれど、藪蛇だろうし黙っておくことに決めた。
そんなことを話していると校門が見え、僕は少し早足になるのだけれど、校門に2人の男性が立っていることに気が付き、歩みを緩め首を傾げる。
「あら、ヘリオス先生と……おじさんじゃない」
「お父様?」
ミーシャの言う通り、そこにはヘリオス先生とジークランス=ジブリッド、僕のお父様がいた。そして僕たちの声に気が付いたヘリオス先生が呆れたような顔を浮かべ、お父様は僕の姿を瞳に捉えると、すぐに近寄ってきた。
「パッパやっほ~、もしかして僕に会いに来ちゃった? 可愛い僕が恋しくなった――ふぇあっ」
と、どこか空気の重かったお父様に軽口を挟もうと軽快な声色で話しかけたけれど、そのお父様に、僕とミーシャは2人揃って抱きしめられてしまい、僕たちは揃って首を傾げる。
「え、あのお父様? 確かに久々だけれど、いくらなんでも熱烈過ぎでは? というかこの年になってちょっとこれは照れるというかなんというか――」
「お前がゼプテンを立ってから俺の右鼓膜はずっと痛んでいた!」
「え、あはい」
抱きしめられて突然叫ばれ、僕は困惑してしまう。
怒っている風とも違く、どうにも感情が読めない。ただ一瞬、ガイルたちを睨んだことだけはわかっており、ガイルは首を傾げていたが、テッカはその視線を理解したのか、ばつの悪そうに顔を伏せていた。
「今度は何をしたのかとわびの品を用意して学園に来てみれば冒険者をやっていると言われ、ギルドに行ってみりゃあギルドマスターと勇者一行の依頼を手伝っていると言われ、家に帰ってきてみりゃあラットフィルムの商人からお前からの手紙を受け取り、命の恩人だと言われ、すぐに風の噂でお前が魔王に挑んだと聞かされた!」
ああ、やっと理解した。ミーシャもそうなのか頭を掻いている。
私の時分では体験したこともなかったこと。こちらの世界に来て、初めてこういうことになったのは、幼い時に2人揃って門限を破った時で、その時もこうしてお父様に抱きしめられたことを思い出す。
「お前たちが強くなったという話は、何度も聞いていた。けれど、けれどな、魔王だぞ……お前とは、根底の違う魔王だ。どれだけ、どれだけ――」
「えっと、その」
「馬鹿娘がっ。せめて、せめて俺がわびの品を持って済む程度のことで、右鼓膜を痛ませてくれ」
「ごめんなさい。それと、えっと……お父様、ただいま戻りました」
涙声のお父様の頭を一撫でした。
魔王というのはそれほど恐ろしい存在なのだと改めて自覚する。戦いに赴いたあの時、僕とミーシャはこれほど待っている人が心配するとは思ってもいなかった。
よくよく考えたら、ゼプテンのギルドでも、涙を我慢していた人がちらほらいた。
魔王に挑むということは、帰って来ないかもしれない。そんな絶望的なことなのだと、僕たちは自覚しなければならなかった。
僕がお父様を撫でながら考えていると、普段通り厭味ったらしい顔をしたヘリオス先生がガイルたちに目を向けたのが見えた。
「こうして帰ってきてくれたのですから、教員として私からいうことは何もないですが、冒険者ギルドというのは随分と人手不足な様ですね。2人がどれだけの力を持っているのか、正直私たちでは計りしれませんでしたが、少し時期尚早では?」
嫌味たっぷりな言葉に、僕は急いで反論しようとしたけれど、ガイルとテッカが歩みを進め、すぐに勢いよく頭を下げた。
「申し訳なかった!」
「ちょ、ちょっとガイル――」
「あんたの言う通りだ。リョカとミーシャを戦いに巻き込んだのは俺たちだ、だからどんな非難も受けよう。だが、これだけは知っていてほしい。勝手なことを言うが、リョカとミーシャがいなければ俺たちは死んでいた。だから、どうか2人の名誉だけは否定しないでくれ!」
「……」
顔を上げたお父様がジッとガイルたちを見ていた。そして先生も息を吐き、同じく顔を見ている。
そして大きく息を吐いたお父様が僕とミーシャを離し、ガイルたちに近寄った。
「……頭を上げてください金色炎の勇者殿と風斬りのテッカ殿。今期最良の勇者と言われているあなた方に頭を下げられてしまっては、私も何も言えません。それに心配はしましたが、それを選んだのはリョカとミーシャです。こうして無事に帰ってきたのなら、これ以上あなた方に私が投げつけるべき言葉はありませんよ」
「お父様」
「それに、あなた方にそこまで言わせるなんて、中々に誇らしいではないですか。阿呆で馬鹿で向こう見ずですが、どうかこれからもよろしくお願いします」
「え、言い過ぎじゃない?」
お父様に頭をはたかれ、僕はミーシャと顔を見合わせて笑みを浮かべる。
ガイルとテッカも、お父様の言葉に安堵の息を漏らし、改めてお父様とヘリオス先生に自己紹介を始めていた。
どうにか和やかな空気で終わりそうな気配に僕も肩を竦めるのだけれど、ふとペンダントから鈴の音らしき音が鳴った。
僕とミーシャが首を傾げていると、美少女がお父様の袖を引っ張ったのが見えた。
「わたくしからも謝罪を。遅かれ早かれ、血冠魔王・ロイ=ウェンチェスターには、わたくしからリョカさんたちに何らかの協力を頼む予定でした。どうか、わたくしの謝罪も受け入れてくれないでしょうか?」
「はい?」
ガイル、テッカ、お父様、ヘリオス先生が呆然とした顔で頭を下げる美少女――ルナちゃんへと一斉に目を向けていた。
「……すみません少し時間を貰っても?」
「え? ええ、はい」
お父様が張り付けた笑顔でルナちゃんにそう言うと、僕の下に早足で歩んできて――ヘッドロックをかましてきた。
「いだだだだだだっ!」
「説明!」
「タイトルが先でしょ! 可愛い・女神に・花を添えて!! 説明! でしょうが!」
「知るかボケェ!」
「だから痛い痛い!」
首を傾げているルナちゃんを横目に、僕は校門でお父様と過激なスキンシップを繰り広げるのだった。




