魔王ちゃんとなめっくな大魔王
「ああもう鬱陶しいな!」
僕はロイ=ウェンチェスターが放つ蝙蝠の形をした生物を躱しながら悪態を吐く。
この蝙蝠は絶慈とは違い、黒い色をしていることから現闇で形作られたものであり、さらにこれらを動かしているのが絶気だということがわかる。
その証拠に、一度蝙蝠が掠った腕を見てみると、血液が灰に変わってサラサラと宙に舞っており、この灰を蝙蝠が蓄えているのだろう。
しかしいくら鬱陶しいといってもあの蝙蝠の攻撃を受け続けるわけにはいかない。あれらが蓄えた血が絶慈の威力を上げてしまう。
出来ることならば攻撃はかわし続けたい。
「これだけではまだまだ、あなたの力は引き出せないですか」
「冗談、これでもいっぱいいっぱいなんでね!」
ニヤリと笑うロイに僕は舌打ちを1つ。
こうやって僕に攻撃を繰り出しながらも、いくつかの蝙蝠をガイルたちに放っているけれど、それを全てミーシャが撃ち落としているのが見えた。
「すまんミーシャ、戦闘に参加してぇが、俺たちはまだ動けそうにねぇ」
「黙って大人しくしていなさい! この程度、怪我しててもどうにでもなるわ」
ガイルとテッカ、アルマリアさんが満身創痍であるけれど、ミーシャも万全ではない。先ほどまで指のほとんどが折れていたにもかかわらず、幼馴染は果敢にも勇者一行を守ってくれている。
あまり時間をかけてもいられない。
僕は大きく息を吸うと、真下に指を弾き、現闇で大口を開けた巨大なワニのようなものを形作り、飛んでいる蝙蝠を一度に捕食、そしてワニで視界を奪っておき、ロイへ一気に距離を詰める。
「む――」
「分体、50はいるみたいだね」
今対峙しているロイの首を素晴らしき魔王オーラで落とすと、その人型が灰になって消え、新たにロイの形をした血思体が現れた。
「現闇と絶気で作れる数が極端に多いのは、単純にその技を使える人数が多いから。それなら数を減らしてしまえばこのわずらわしさから解放されるんだと思うんだけれど、どうかな?」
「……金色炎ですら手こずったことをあなた1人で出来ると?」
「当然!」
「いい、いいですねぇ! ああ、やはり貴女は特別だ! 最速で至り、最速でこの古い魔王に牙をむく。あなたこそ、まさに魔王! この世界に希望をもたらす者――」
「魔王に希望とか求めんな! 僕は希望だの絶望だの、そんなこと興味もない。可愛くありたいだけなの! さっきから聞いていれば、救世主面して大気名分を語るばかり。いい加減現実を受け入れろ老いぼれ!」
「――」
ロイの目元が一瞬ヒクついた。
触れられたくない現実を無遠慮に素手で触られ、気に障ったのだろう。
もっと本性をさらけ出せ、もっと心を表に出せ、もっと、もっと――。
「もっと素直になれよ血冠魔王! あんたが奇跡を願うのは、世界のためじゃないだろう!」
「……いやはや、あなたに、あなたになにがわかりますか」
「知らない! 僕はあんたのことなんて微塵も知らないし、どれほどの絶望を体験したのかもはかり知ることも出来ない。でも、魔王になったのに、いつまでも世界に甘えてんな!」
僕は地に手をつけると、大袈裟に蝙蝠を避けている間に設置した大量の現闇を上空へと撃ちだす。
「現闇・闇雨――ガイル、盾!」
「は? って! カノンアダマント!」
咄嗟にガイルが反応し、ガイルとテッカ、アルマリアさん、ミーシャにも降る上空から落ちてくる鋭い闇の雨を防いだ。
「てめぇリョカ、もうちっと事前に――」
「本当にお転婆ですね。私の娘が生きていたら、あなたみたいに育ってくれたでしょうか」
「……それはわからない。けれど、少なくてもこんなことはさせなかったと思うよ」
闇の雨によって、次々と隠れていた血思体が雨を避けるために湧いて出てきた。
「さて、こうして炙り出されたわけですが、ここからどうします? 血思体の現在の数は32、随分と減ってしまいました。しかしこの数をあなたは1人で相手するのですか?」
「当然って言ったでしょ」
僕は駆けだすと同時に雨を止めて指を鳴らし、血思体の一体に向かって攻撃を繰り出す。
「まだまだ遅いですよ――」
「避けたな? グリッドジャンプ」
回避行動をとったロイの血思体へ――ではなく、明後日の方向に指を鳴らし、グリッドジャンプを使用、そしてそのまま素晴らしき魔王オーラを転移させ、ロイの血思体の首を落とす。
「なんと――」
「死角から飛んでくる不可視の刃、躱せるかにゃ?」
僕は踊りながらあちこちに素晴らしき魔王オーラを放つ。
でもこれだけでは火力が心もとない。魔王オーラだけでなく、現闇も併用して使用し、次々と血思体を減らしていく。
「……アルマリア、お前はグリッドジャンプをああやって使えるか?」
「む、無理ですよぅ。そもそもグリッドジャンプは転移先を大雑把にしか指定できないので、あんな的確に相手に技をぶつけるなんて不可能ですぅ」
「ありゃあ躱せねぇなおい。見えない攻撃で、しかも発生場所もリョカ次第、常に守るためのスキルを使用するか、気合で耐えるしかねぇな」
先輩冒険者たちの驚きが耳に入ってきているけれど、僕は構わずに血思体を消し去っていく。
「いやはや、これではせっかく集めた血液が枯渇してしまいますね。そして最終的に、あなたは私に辿り着いてしまう。しかしこうもあっさりとここまでこられてしまうと意味がない。少し守らせてもらいますよ。凝血体」
ブラッドヴァンのスキル、血思体の体を硬くするというスキルだったはずで、ロイの姿をした何かが、一体を除いて姿を変えた。
岩石のようなゴツゴツした体が、姿の変わらない1人を守るように佇む。
姿の変わっていない1人、あれがロイ=ウェンチェスター本人だろう。
僕は魔王オーラを投げつけるけれど、それが何もしていない血思体の体で防がれてしまい、僕の攻撃が通らないことを察する。
「これは困った」
ガイルにやった時のように重量を増やしてもいいのだけれど――。と、僕は現闇で生成した巨大槍を射出する装置を試しに撃ってみたけれど、蝙蝠たちが大量に槍に纏わりつき、勢いを殺され、血思体に届いた時には、ただの重い槍となっていた。
本当に困ってしまう。
こうして考えている間も、ロイの本体から放たれる蝙蝠絶気があちこちから襲い掛かってくるから、ゆっくりもしていられない。
せめて少しだけ時間を稼げれば。
「リョカ――」
「待てミーシャ、俺が行く」
「……あんた動けんの?」
「盾になるくらいは余裕だ。お前さんはテッカとアルマリアを頼む」
そんな声が聞こえてきて、ガイルがこちらに駆けて来た。
「大人しくしてなよもう」
「苦戦してるように見えたぜ? なんか手があんだろ、俺にも一枚噛ませろよ」
「……ちょっと時間を稼いでくれる?」
「任せろ――聖剣顕現・ファイナリティヴォルカント!」
ガイルが一目散に飛び出し、ロイの蝙蝠を聖剣で落としていく。
僕は二本の指を額に当て、これでもかと魔王オーラを込めるのだけれど、多分これだけでは足りない。喝才で勇者を選択、聖剣生成に使用するそのエネルギーだけを抽出し、魔王オーラの上からエネルギーを溜める。
まだ足りない。
「金色炎の勇者ですか。あなたの出番はすでに終わりましたよ。あなたでは希望を引き寄せられない」
「そうかよ! お前さんの希望はそうかもだが、生憎ながら今しっかりと俺の希望は後ろにいるんでね! ちっと退屈かもしれんが、まだまだ俺と遊んでもらうぜ!」
「勇者が魔王に救いを求めるというのもおかしな話ですが……いいでしょう、その思惑に乗ってあげます」
聖女を選択、小さな声で言葉を紡ぎ、ミーシャがやるほど巨大ではないけれどリリードロップのエネルギーを指に上乗せする。
貫通攻撃というのは案外難しい。ただ尖らせればいいというものでもなく、巨大なエネルギーがあってこそ成り立つ。
そして僕はおよそ世界で最も強力な貫通攻撃を、私は知っている。
あとは集中して気を込めるだけ。
「まだまだ傷が痛むのではないですか金色炎の勇者よ」
「るっせぇな! この程度の傷引っ提げねぇとてめぇには届かねぇだろうが!」
「今まで出会ったどの勇者も、最後には根性論を振りかざし、結局は敗北していきました。あなたがたでは私に勝つどころか、世界はこの絶望も認めずに、救いを下してはくれないのですよ。弱者は所詮、淘汰されて誰にも知られることなく、世界から見捨てられるのです」
「頂点にでも立ったつもりか欠陥野郎! てめぇが何を考えてるかなぞ知らねぇが、絶望も希望も、てめぇにも、世界にも委ねる気はねぇ! 俺が決めることだ!」
「……あなたが、決める? それならば私があの時に願った救いは何故成就されなかったのですか! 私が、あなたがそれを決めたところで、希望も絶望も、救いすらもたらされない! 血が足りないのですよ、絶望が足りないのですよ。主は、真の絶望にこそ救いをもたらしてくれる」
「わけのわからんことを――」
「アークブリューナク」
気を込めている間、横目でロイを見ていたけれど、やはりあの在り方は魔王として許容できない。さっきからずっと、彼が求めている救いは、彼のためではなく――。
少し悲しくなり、頭を振って思考を切り替えようとすると、ロイがアークブリューナクを自身に使用して、身体能力を向上させてガイルに突っ込んだ。
「うをっ!」
「私は接近戦も出来ない魔王とでも思っていましたか? あまり年寄りを舐めない方が良いですよ若いの」
蝙蝠を駆使して視界外からの攻撃を混ぜながらの接近戦、長く生きているだけあるのか、流石に戦闘が上手い。
いくら万全な状態ではないとはいえ、近接戦闘が得意なガイルを圧倒しており、彼の拳が勇者の顎を捉えた。
「が――」
「そろそろお開きにしましょうか。ああ、私はまた、救いをもたらせなかった」
ガイルが倒れ掛かり、ロイが僕に攻撃対象を移したのがわかる。
まだ足りないけれど、ここで放つべきかとも考えたけれど、不屈の炎が消えることはなかった。
ガイルが失いかけた意識を手繰り寄せ、歯を食いしばってロイにしがみついた。
「待てやオラァ。まだ終わっちゃいねぇぞ」
「しつこいですね、もう終わったんですよ。金色の希望もここで潰えたのです」
「うるせぇ、まだリョカが立ってんだろうが、勝手に終わらせんじゃねぇよ」
最強の貫通攻撃、どこぞの元大魔王が初めて出会った野菜人を屠った必殺技。確かに溜めるのに時間がかかり、普段使いはとてもではないが出来ないけれど、それでも威力は保証できる。
時が経つにつれマスコットのようなヒロインのような可愛らしさがピックアップされている大魔王、私もあのキャラクターが大好きだった。
そして僕はニッとガイルに笑みを向ける。
「待たせたね」
「おおう! やっちまえ」
ロイが血思体を集めて自身の前に立たせた。
けれどもう遅い、例えどれだけ守りを固めようとも、この技で貫けないものはない。
「魔貫光殺ぽ――魔王オーラ・螺旋貫」
込めに込めた様々なエネルギーが螺旋状に動き、まるでドリルのような光線となってロイ目掛けて放たれる。
「これは――」
凝血体となった血思体を一直線に貫き、背後に控えるロイ=ウェンチェスター本体にやっと攻撃を届かせた。
血冠魔王の肩を撃ち抜き、全ての血思体を破壊した僕は勝気な顔で、その魔王の正面に立つ。
「ピッコロさん舐めんな!」




