勇者のおっさん、全てをかけて尚――
俺たちが戦いを始めてどれだけの時間が経っただろうか。
下に置いてきたミーシャは無事だろうか。リョカと合流できただろうか。
そんなことを考えながら、俺は背後で伸びているアルマリアをチラリと見た。
「テッカ」
「……ああ、本当に、今回は目測を誤ってばかりだな。俺たちなら出来ると、若い頃のように驕ってしまっていた」
「本当に情けなくて涙が出るな。未だ敵の力は計りしれず、第2ギフトを使用しても尚、届かない」
「致命傷を与えられないのも問題だな。どれだけ強力な技を持っていようとも、当たらなければ意味がない」
「当ててんだけどなぁ」
俺はテッカと共に、戦いの影響で崩れて吹き抜けとなり、空を臨める最上階、そこで月の光を身に受けて立ちふさがる血冠魔王に目を向けた。
「あぁ、ああ――まだ、まだです。これでは、奇跡は訪れない」
第2ギフトまで用いても、目の前にいる魔王は傷1つなく俺たちと対峙している。
何が起きているのか、本当に理解出来ない。
先ほどまで戦っていたゲンジ=アキサメのように影のギフトでも持っているのかとも考えたが、そのような素振りはない。
そもそもリョカの話では、奴は魔王と神官、ブラッドヴァンの3つのギフトを保有しているという話だった。
この3つのギフトであるのなら、スキルは頭に叩き込んである。
だが、そのどのスキルを使用してもこんな結果になるはずがない。
しかし実際にそうなっている。
リョカの推測が外れているのかもと考えもしたが、アルマリアのパーフェクトサテラを使用しても状況が覆ることはなかった。
「……おいテッカ、なんでミーシャに負けちまったんだよ」
「勝つつもりではいたさ。だが無理だった」
「あの2人、俺たちが持っていないものを持っているから、いいチームになっただろうな」
「だな。前衛をお前とミーシャ、中衛を俺とアルマリア、後衛をリョカ。負ける気がしないな」
リョカとミーシャに再会した時にした賭けの話に、俺とテッカは互いに喉を鳴らして笑い合う。
すでに満身創痍、せめてアルマリアだけでも逃がそうと考えたが、この状況でどう彼女を逃がせるのかを考える余力すら残っていない。
「さてさて、さて……希望の勇者、そしてその勇者と歩む風鳴りの刃よ。ここまでのようですね」
血冠魔王の言う通り、俺たちはここまでなのだろう。
どれだけスキルをぶちかまそうがが届かない。どれだけ力を入れても、風を殴るかのように素通りしていく。
まさに万策は尽きた。
「テッカ」
「ああ」
だが、だが――金色炎の勇者・ガイル=グレッグ、このままで終わらせるつもりは毛頭ない。
「最後まで付き合わせてわりぃな」
「ハッ、お前と歩むと決めたその日に、覚悟などしている」
頼もしい相棒の言葉に、俺は嗤う。
俺は聖剣を床に突き立てる。
「さあ、あなたたちも主へと願いなさい。乾くほどの奇跡を、滴るほどの奇跡を、切望なさい。その願いは、きっと主が奇跡を――絶望に身を焦がし、そして主へと捧げる聖なる血を流せ。我こそは奇跡を望む者、希望の勇者の死を以って、世界に奇跡をもたらす者! 絶慈」
魔王の最終スキル・絶慈。厄介なことに、勇者や聖騎士のように使用する者によって形が変わるスキルだ。
しかもそれは剣や盾などという生易しいものではなく、使用者によって姿が変わるスキル。つまり、魔王は魔王ごとに唯一無二のスキルを必ず1つもっているということになる。
血冠魔王が放った真っ赤な羽の生えた生物。リョカはあれを蝙蝠と呼んでいたが、その生物が次々と隊列を組み、まるで光線のように突っ込んでくる。
だが数が異常で、何百、いや何千もの生物が空を赤で覆っていた。
本当に嫌になる存在だ。
だが、俺を倒してくれたあの変わり者の魔王様は、一体どんなスキルになったのだろうか。
それを見届けることが出来ないことに、多少……いや、大分後悔はあるが、そうも言ってはいられないだろう。
「テッカ! せめてリョカとミーシャに楽させる程度にはこいつをボコボコにすっぞ!」
「ああ! 神装・百壊――」
俺は突き立てた聖剣・ファイナリティヴォルカントに力を込める。
強く強く。
熱く熱く。
それが希望になるというのなら、この身をその炎に燃やし尽くされようとも、俺は引くわけにはいかない。
「神気一魂!」
テッカのスキルで血冠魔王の絶慈を防いでいる間に、勇者の最終スキルを発動させる。
俺が持つ人々からの希望も、俺が築き上げた勇者としての全てを、このスキルは力に変えて放出することが出来る。
力が溜まるまでまた地道にやらなければならないが、強力な勇者であるのならその力はどのギフトでも超えることは出来ない一撃必殺。
これが通らなければ、最早あれに勝てる者は存在しないだろう。
俺はこのスキルを、テッカの百壊もろとも撃ち放つ。
巨大な力の奔流が、その赤を飲み込もうと大きな波となる。
「これで終いだぁ!」
血冠魔王もろとも輝く黄金の波が覆う。
そして俺の視界から赤色が消えた。
俺は肩で息をしながら膝に手をつき、自分で放った力の波を呆けた表情で見ていた。
すると前にいたテッカが息も絶え絶えに振り返り、笑顔を見せてくれて俺もそれに返そうとした。
しかし一瞬目の端に映る赤い一閃。
「――あ、は?」
「テッカぁ!」
テッカの肩に赤い光線が奔ったことで、俺は奥歯を噛みしめる。
金色の波から次々と赤い生物たちが、まるで俺たちしか狙っていないかのようだった。
俺はテッカに駆け寄り腕に抱く。
「……まいったな」
「だな。完敗だ」
すでに俺の眼前に生物たちが突っ込んで来ようとしていた。
ああ、終わるのだ。
握りしめた拳に、もう力は入っていない。
やれることはやった。
後悔はあるが、悔いはない。
「ああいや、リョカとの約束、守れねぇなぁ――」
ふと湧いた宿敵との約束だけが、心残りであった。
俺は、目を閉じた。
「それは困る」
しかし突然響く指の鳴る音。
俺は目を開いてみると、向かってきていたはずの生物が血液へと戻って地に落ち、そしていま最も聞きたかった声が、確かに俺の耳に届いた。
「ガイルとテッカには、うちの友人たちのいい先生になってもらわなくちゃなんだから、こんなところで終わってもらうわけにはいかないの」
「ああ、いくらでも見てやるよ。先に行っておいてなんだが、おせぇじゃねぇかお前ら、待ちくたびれちまったよ」
「それはなにより。疲れた心に、可愛いリョカちゃん、参上だよ」
リョカ=ジブリッド、最速で至った魔王で、そして彼女風に言うのなら、最も可愛い魔王の登場に、俺と、腕の中のテッカも、安堵の笑みを浮かべるのだった。




