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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
7章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、世界の敵と対峙する。

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魔王ちゃんと戻らない幸福

「ん~? 終わったみたいだね。1人、2人が置いて行かれているみたいだけれど」



「ミーシャさんとアヤメですね。は~……無事に終わってよかったです」



 まだ終わっていないけれど、ゲンジ=アキサメとの戦いにミーシャたちは勝利したらしい。

 けれど、ミーシャが置いて行かれており、尚且つ動かないところを考えると、僕の幼馴染は相当のダメージを負って戦線を離脱したのだと推測出来る。



「敵が強かったと感心すべきか、僕の幼馴染が無鉄砲なことを咎めるべきか。判断に困るなぁ」



「圧倒的後者です。リョカさんはミーシャさんをしっかりと叱ってください。大教会は、それほどに危険なんですから。しかもそれを自分自身になんて」



 顔を伏せるルナちゃんの頭を撫でていると、エレノーラがある部屋の前で止まったのが見える。



「エレノーラ?」



「あ、うん。ここ、私の部屋なんだけれど……」



「寄り道くらい大丈夫だよ。誰かの時間を潰してまで急いでいるわけでもないしね」



 今の話を聞いていたから躊躇してしまったのだろう。彼女が深く頭を下げ、その部屋の扉に手をかけた。



 中に入ると可愛らしい部屋で、エレノーラのイメージにピッタリな子ども部屋となっていた。

 しかしふと、鼻を掠める甘い匂いに首を傾げる。



「ああ、お父様ったら、またこんなに大量のお菓子を」



 部屋の中央にあるテーブルに、大量の色とりどりなマカロンのようなお菓子が積まれており、僕はそれを1つ手に取った。



「中々上手に作っているね。僕もお菓子作りが得意なんだけれど……ああそうだ、エレノーラも食べる?」



 僕は鞄から焼き菓子が入った包みを取り出し、彼女に手渡す。



「わ、良いんですか?」



「どうぞ。ルナちゃんも食べる?」



 僕たちはテーブルに腰を下ろすと、それぞれ手に菓子を持ち、口に運んだ。



「ん、これ美味しいです。あ、よかったらこちらもどうぞ」



「うん、いただきます。おおぅ、意外と家庭的な味。でもなんというか、慣れてない? 味がちょっとぼやけているね」



「ああはい。元々はお母様が作ってくれた物をお父様が無理して真似てくれているみたいで。私がこのお菓子が好きって言ったから、これしか持ってこないんですよ」



 エレノーラがクスクスと幼く笑い、マカロンを1つ手に取った。

 その表情は、どこか愛情と懐かしさを含めたような優しい表情で、大事にするようにそれを彼女は口に運んだ。



「私のお母様は随分と前に亡くなりました。とっても優しいお母様で、お父様も私も、お母様が大好きでした」



「……」



「私が大好きだと言ったこの焼き菓子、退屈そうな私のために、お父様はきっととても頭を悩ませてくれたのだと思います。だからこそ、あの頃のように、私が笑っていた時にはこのお菓子が傍にあったから、だからこれを作ってくれているんだって。不器用なお父様ですよね」



「うん、父親ってなんでか子どもの好物を、子どもの時のまま年をとっていくんだよね。味覚だって変わっているのに、それでも子どもの時に好きだったそれを今でも好きだと信じて疑わないんだ」



「はい、しかも大量に作ってくるから、私も消費しきれないんですよ。それにしてもお父様ったら、この辺りでは貴重なこんな大量のお砂糖をどこで手に入れたのかしら?」



「ん~……」



 僕はその大量の砂糖の出所に心当たりがあるために、口をつぐんだ。

 さすがジブリッドと取引があった商人が仕入れた砂糖だ、味がとてもいい。と、適当なことで頭をいっぱいにし、顔に出さないように勤めながらマカロンを口に運ぶ。



「ねえリョカさん」



 和やかな雰囲気の小さなお茶会だったけれど、エレノーラがふいに顔を伏せ、僕を呼んだ。



「過去を……いいえ、幸せだったころに戻りたいと思うのは、罪なのでしょうか?」



 彼女の問いかけに、僕が思案顔を浮かべると、隣でお菓子を口に運んでいたルナちゃんが身を乗り出した。



「あ、あの!」



「……」



「あの、わたくしは、それは、罪では――」



「ううん、それはいけないことだよエレノーラ」



「わぅ、リョカさん?」



「僕は聖職者ではないから、罪も罰も計ることなんて出来ない。でもね、過去はやっぱり、過ぎて行った時間でしかないんだよ。僕たちはそこに戻れなんてしない」



 僕は薬草巻きに火を点し、ジッとエレノーラを見つめる。



「それにねエレノーラ、過去に戻りたいなんて、まるで今を否定しているみたいじゃないか。僕はこの世界を愛している。どれだけの悪意に身を焦がされようとも、どれだけの悲しみに身を打ちのめされようとも、僕は、僕と、僕が生きているこの世界を、この軌跡を否定したくない」



「リョカさん、それは、とても――」



「そう、残酷だよ。僕は僕の立場だからこんなことを言える。僕の立っている場所には、私しかいないのに、それでも僕は大きな声で言う」



 僕はエレノーラの頬に手を伸ばし、彼女の顔を両手で優しく包む。



「僕はエレノーラと出会えて、とても幸せだよ」



 エレノーラの表情が、奥歯を噛みしめて歪む。



「……あなたは、とても強いんですね」



「うん、だって僕は、魔王だもん。そして、僕は君――エレノーラのお父様……ううん、ここにいる血冠魔王を倒しに来たんだもん。強くなければ務まらない」



 ついに、大粒の涙を瞳から溢しながら僕を見つめるエレノーラ。

 その見つめる瞳から僕は顔を逸らしたくなる。でも、それは出来ない。

 アイドルが目の前の人を曇らせてしまうなどあってはならないけれど、これだけは、今回だけは引くわけにはいかない。



 それだけではない。否、そうではない。

 もしここで僕が彼と彼女を見逃したとしても、それは結果事態を先延ばしにしただけで、きっとこの物語の登場人物の顔は曇ってしまう。



 ならば、その可能性があるのなら、それが出来るたった1つの道筋があるのなら、僕は、私は、彼と彼女に知ってもらいたい。



 過ぎ去った時を想うよりも、この先に続くその道筋に、どうかどうかと道標を立てたい。



「ねえエレノーラ、遠くからでも良い。僕のライブ――歌を、見てくれない?」



 彼女が強く強く拳を握った。そして一度息を吐くと、相変らず可憐な、とても強い覚悟を秘めた瞳で頷いた。



「ありがとう」



 僕はエレノーラに手を差し出し、3人でこの部屋と別れを告げるのだった。

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