暗殺者と先輩冒険者としての意地
「ガイル、テッカ、アルマリア、全く体が動かないわ。というか、少しでも動かすと激痛が走るのだけれど」
「……当たり前だろう。まったくお前はすぐに無茶をするな」
俺は安堵の息を吐き、無事ではないようだが何とか生きているミーシャを持ち上げて抱える。
「痛いわ」
「少しは我慢しろ」
2次被害に遭わないように、ミーシャを瓦礫などが落ちてこないような箇所に移動させ、リョカから渡されていた布と持って来ていた薬で治療を始める。
するとミーシャが空けた大穴からガイルとアルマリアが降りてきた。
「おい無事か」
「ああ、ただミーシャの状態はあまり芳しくないようだ。体は動かず、少しでも動くと痛むとのことだ」
「ったくおめぇは、どうしてそう俺よりも傷ついて戦闘を終わらせんだよ」
「今回のことはあたし、悪くないわよ。あの獣に煽られたんだもの、出来ると言われたからやっただけよ」
俺はミーシャの頭に軽くげんこつを落とす。
神獣様が何と言ったのかは知らないが、それでも止める機会はいくらでもあったはずだ。あの大教会とかいうそれが、どれだけ体に影響を及ぼすかなど使用した時点でわかっていたはずで、それでも使用を強行したのはこの聖女の選択だ。
「止め時がわからんお前ではないだろう」
「……それでも、あたしが戦う方がマシでしょ。この先には魔王がいる、リョカ――あたしの幼馴染は絶対にあいつと戦うわ。だからあんたたちに何かあると困るのよ」
リョカも大概だが、ミーシャもよっぽどだ。2人揃って互いを大事にしているせいか、優先順位に必ず2人が一番上にいる。
しかもこの2人、歳と経験の割に達観した考えを持っているせいか、自分を犠牲にすることを簡単に決断する。
若い冒険者がそんな考えを持っていたらすぐに命を落とす危険な思想ではあるが、この魔王と聖女に至っては、その考えに実力がついてきてしまっている。だからその考えを覆すことが出来ない。
「強すぎるのも考え物だな。おいミーシャ、今から俺はお前に説教を――」
「て、テッカさんとガイルさん! ゲンジが」
アルマリアの声に視線を向けると、そこには顔のないゲンジがゆらりと立ち上がっていた。
いや、顔がないとは言い過ぎかもしれないが、それほどまでにあの凶悪だった老人の顔には、なにもなかった。
「テッカ、こりゃあ」
「ああ、完全に折れているな」
視線はどこにもあっておらず、虚ろな顔をしながら口をモゴモゴと動かしていた。
この抜け殻が、先ほどまで俺たちと激戦を繰り広げていたとは到底信じられないだろう。
「フェル、ミナ……ああ、フェルミナ、わしは、私は、また、お前に――」
相変わらずミーシャをフェルミナ=イグリーズだと勘違いしているらしいが、こんな聖女が過去にも先にもいてたまるか。と、およそまったく似ていない稀代の大聖女に想いを馳せる。
と、そんなことを考えていて油断したのか、横にしたはずのミーシャが体を抱えながら立ち上がり、老人のもとに歩き出そうとしていた。
「お、おい!」
しかし駆けだそうとする俺の肩をガイルが掴んできた。
俺は首を傾げて長年の友人に目を向けるのだが、奴は首を横に振り、まるでそれを見届けろとでもいうような視線を向けてきた。
「さっきから聞いていれば、フェルミナ、フェルミナって、あたしはミーシャだって言ってるでしょうが」
「フェルミナ、お前はまた、私の前に立つのか。何度も、何度も言っただろう。私は私を止めるわけにはいかんと。ルイスをこの手にかけて尚、お前は私に……」
「ああもう鬱陶しい! あんたがしてきたことなんて知らないわ! あんたがあたしの前に立つ限り、あんたがあたしに挑むのなら、あたしは何度だってあんたに裁きを下すわ。それが、ミーシャ=グリムガントよ!」
どこまでもミーシャらしい宣言に、俺とガイルは顔を見合わせて笑みをこぼした。
「……ああ、やはりお前はフェルミナだ。お前はそうやって、何度も罪を重ねる私を、何度も前に現れて、いつだって、お前が私に、罰を。ああロイ、すまなんだ。わしは一足先に、お前さんに、奇跡は、起こせそうもない」
徐々に徐々に灰に変わっていくゲンジの体、血冠魔王がどのような傀来を使用したかはわからないが、最早人ではない英雄と呼ばれた者の最後。
敵ではあるが、それでも奴は奴なりの軌跡を歩んできていたのだろう。
同情などしないが、それでも過去の栄光に想いを馳せずにはいられなかった。
「ったく、ずっと勘違いしたままだったわねこのジジイ。って、ああもう駄目」
フラと倒れ掛かるミーシャを俺とガイルが支え、そのまま横にする。
「とりあえず休め。お前が動けるようになるまで休んで、ここでリョカを待つのも良いし、その前に体が動くようになったのなら先に進めばいい」
「ん、とりあえずちょっと寝るわ。すぐに動けるようになるから、ちょっと待っていなさい」
「ああ、起きたら説教だからな」
ミーシャが小さく手を振ったと思うと、すぐに寝息を立て始めた。
「まったく」
「まだまだ俺たちは不甲斐ねぇなこりゃあ」
「ですよぅ。結局ミーシャさんに無理させてしまいましたぁ」
「老人だからと侮ったな。それと、俺たちは少し魔王を意識し過ぎているようだ。最初から第2ギフトを使っていれば、ここまで追い込まれることもなかったかもしれん」
「だな。ミーシャの方がよっぽど先を見据えている。なっさけねぇ」
「ならばこそ、魔王の相手は俺たちがするぞ。これ以上、若い芽に無理はさせられん」
「ああ。というわけだアルマリア、ミーシャのこと頼むぞ」
するとアルマリアが寒い土地の動物が頬に食料をため込んでいるかのように、ぷっくりと頬を膨らませた。
「私、今回本当に役に立ってないんですけれどぉ」
「うんなことねぇだろうが」
「そんなことありますぅ。私だってギルドマスターとしての意地がありますぅ、これ以上、私のギルドの誰かを傷つけるわけにはいかないんですぅ」
懇願するようなアルマリアの視線に、俺もガイルもたじろいでしまう。
『……おい、テッカと金色炎。良い、そいつを連れて行け』
「あ?」
「神獣様?」
ずっと黙っていた神獣様が突然声を上げたと思うと、ミーシャの傍に光が現れた。
そしてその光が消えて行くと同時に、その場所に獣の耳を持った少女が座っていた。
「ミーシャは俺が見ていてやるわ。ここにいりゃあどうせ魔王――リョカとルナがやってくるだろうし、このバカに言いたいこともあるからな」
俺とガイル、アルマリアは口を半開きにして彼女を見つめた。
いやまさか。しかしこれは、本物なのだろうか。
「おいおい、たかが1人の人間に女神が出張んのかよ。そりゃあミーシャはすげぇ奴だが、まさか女神が姿を現すほどなのか?」
「この2人に関しては月の最高権力者であるルナがしょっちゅう顔出してるし、今さら文句言う奴はいないのよ。まあルナのお気に入りはあの魔王だけれどね」
俺とガイルは揃って頭を抱える。
「神々は2人をどうしたいんだよ、ったく」
「どうにもしないっての。ただ2人が面白いから神々からの注目も大きいってだけ。それにリョカは完全にルナの管轄だけれど、他の神々はミーシャをとんでもなく気に入ってる。これから先も、ギフトの管轄を賭けて色々とちょっかいかけるはずだぜ」
どうにも情報量の多い神獣様の言葉に目眩がするが、今はその事は頭の隅に置いておこうと思う。
「では神獣様、ミーシャのことを」
「ああ任せなさい。これでも今は俺の信者だし、さっき良いもの見せてもらったからな」
神獣様の頼もしい言葉に、俺とガイル、アルマリアは頷き合った。
そして俺は持っていたマントをミーシャにかけてやる。
「おいテッカ、それと金色炎と鈍器幼女、確かに俺たちはこいつらを気に入っているが、それでも俺たちは平等だ。勇者も魔王も、そこに違いなんてねぇ。けれど俺は戦う者の味方であり続けている。お前たちの戦いは、ここ最近では特に輝いてるからな、死ぬんじゃないわよ」
俺たち3人は勝気な表情で頷き、上に昇るために駆け出した。
「まさか神獣から直々に応援されるとは思いもよらなかったな」
「ですねぇ。リョカさんとミーシャさんと一緒にいると驚きがたくさんですぅ」
「まったくだ。だからこそ、今回は俺たちが守るんだ」
「おいテッカ、そう言うのは勇者が言うべきじゃねぇか?」
「お前はそんなこと口にしたことがないだろうが」
軽口を叩きながらも、戦いの気配を体中に纏わせた。
この戦いに負けるわけにはいかない。
相手は長年世界を苦しめた古い魔王の1人だ。とんでもない強敵だろう。
しかしここで立ち止まるわけにはいかない。
俺たちは血冠魔王の待つ最上階へと駆けていくのだった。




