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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
7章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、世界の敵と対峙する。

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勇者のおっさん、その強者に聖女を抱く

「なんだ?」



 眠ったように穏やかな気配だったミーシャだったが、先ほどから1人でぶつくさと喋っていたかと思うと、突然彼女の方から底知れない何かを感じる。



 俺は周囲の傀儡どもを殴る手を止め、ついあの聖女に目をやってしまう。



「……テッカ」



「ああ、何かが変わった。あいつ、また無茶なことをしようとしているんじゃないだろうな」



 テッカの言う通りだ。

 ミーシャ=グリムガントという聖女は全てにおいて規格外の力を見せる。潜在能力だけならば、俺を打ち倒した新米魔王、リョカ=ジブリッド以上の逸材かもしれない。



「止めるか?」



「……いや、少し様子を見ようぜ。もしかしたら本当に信仰を貰えたのかもしれない」



 と、俺にしては悠長な提案をしてしまったが、それは突然の轟音によって遮られる。




「ガイルさん! テッカさん!」



 アルマリアの珍しい叫び声に振り返ると、大量に呼び出された怪物たちが、彼女を狙うのを止め、大群でミーシャに襲い掛かろうと突っ込み始めている。



「うぉ! なんだ一体――」



 怪物たちに驚いている最中、俺の目はゲンジ=アキサメに向けられていた。



 あの一切表情を崩さなかった老人が、まるで何かに怯えるような表情でミーシャを睨んでおり、まるで魔王の人形とは思えないほどはっきりとした憎悪を感じ取ることが出来た。



「ぬし、お主……それは、フェルミナの」



「フェルミナ? 勇者・ルイス=バングと一緒にいたっつう大聖女フェルミナ=イグリーズか――っ!」



 ゲンジの言葉に驚いたその瞬間、俺もテッカも、アルマリアさえその気配に体を震わせた。



 ミーシャからとてつもなく濃い気配が放たれている。

 殺気、戦闘圧、戦いに関わる全ての気配があの聖女から一斉に放出されており、俺が生きてきた中であれほどの闘争心は見たことがなかった。




「アルティニアチェイン――」



 ミーシャが確かにそう言葉にした。

 聖女の第4スキル、アルティニアチェイン。聖女が場所や物にその力を付与し、そこに生きる者や住む人々、誰かに奇跡をおすそ分けするスキルだったはずだ。



 だが、これはなんだ? その聖女から放たれているものは奇跡とは向かい合うことすらできないような位置にある圧倒的暴力。しかしその圧からは確かに神聖なものを感じ、ひれ伏すことを強要されているかのように錯覚する。



 俺が驚いていると、かすかに耳に届いてくる幼い声に気が付く。



『――ッカ、テッカ=キサラギ! 俺の加護を受けし獣の末裔よ!』



「おいテッカ」



「……ああ、聞こえている。これは……神獣様か?」



『やっと繋がった。おいテッカ、そのバカを止めろ! あり得んだろ、自らを教会にすることで俺の信仰を模倣しやがってやがる』



 神獣の神託、神託は何度か受けたことがあるが、神獣とこうして話すのは初めてだ。しかもその神獣が随分と焦っている。



「おいコラ獣、おめぇミーシャに何しやがった」



「おいガイル」



『……金色炎か、俺は何もしちゃいないよ。ただそこのバカが曲解しただけだ。俺だってまさか聖女と最も相性の悪い(・・・・・・・・・・)俺の信仰を模倣するとは思わなかったんだよ。ていうかそうか、さっきミーシャは俺から力を奪っていったな、それを核にしてんのか』



 何を言っているのかはわからないが、ミーシャは神から力を奪っていったらしい。何をしているんだあの聖女は。



「それで神獣様、止めろというのは?」



『あ? ああそうだった、あの状態はマズい。だからさっさと意識を奪うなりなんなりしてくれ』



「気絶させろつったってなぁ――」



 俺もテッカもアルマリアも、傀儡にされた冒険者とさらにゲンジが召喚した化け物をミーシャに近づけないために動いており、あの聖女を止められるだけの余裕はない。



 何とか隙を見つけてミーシャに近寄ろうとすると、彼女が大きく口を開けたのが見えた。



「ガイル! テッカ! アルマリア! あたしたちが今やることは、そこのジジイをブッ飛ばすことだけよ」



「で、でも~ミーシャさん――」



「アルマリア、悪かったわね。あたしが暴けなんて言ったから、戦闘に集中できなかったでしょ? その責任は取るわ」



 ミーシャの意識がゲンジに向いたことで、彼が奥歯を噛みしめた表情で、激情をうかがわせる雰囲気で大袈裟に体を振った。



「忌々しい大教会(・・・)か! クソクソ――貴様さえいなければ、わしは、わしは……フェルミナ、次こそは貴様を仕留める!」



「誰と勘違いしているか知らないけれどねクソジジイ、あたしは最初から引くつもりなんてないわよ」



 ミーシャの体が、さっきテッカに見せたように赤く輝き出した。



 瞬間、聖女の姿が忽然と消えた。



「し、ねぇッ!」



 ミーシャの拳がゲンジに放たれ、城を破壊するほどの衝撃が辺りを覆った。



「さっきより速くなっているぞ!」



「みりゃあわかる! アルマリア! そこから離脱――はもうしてるな」



「はい~、ミーシャさんが目で合図をくれたので~」



 戻ってきたアルマリアとテッカと3人で、衝撃で倒壊したせいで舞った粉塵を見つめる。



「決まったか?」



「いや」



 粉塵の中で、ミーシャの拳をゲンジの怪物である角の生えた巨人が腕で受け止めていた。




「その程度じゃ――」



「十連チャージ」



 眩いまでの信仰がミーシャの拳に集中したと思うと、その拳が次の瞬間には一角の化け物を腕ごと打ち抜き、拳圧によって化け物を粉々にした。



 しかし、俺はそれよりも気になることがあった。

 今あの聖女、十連といったか? ミーシャのパンチは信仰を重ねがけすることで威力が増す。だが、今まで十回も信仰を込めることはしていなかった。

 そもそも信仰を込めるには時間がかかるはずで、あの一瞬で10回も拳に信仰を込めたのならば、それは強力すぎる力なのではないだろうか。



『……金色炎、お前信仰を込めるのが早いとか思ってんだろ。ちげぇぞ、あれは一度に込める信仰が多すぎて一瞬で10回も込めることが出来ただけだぞ』



「信仰が多い? それじゃあミーシャの奴、ちゃんと信仰を回復させたんだな」



 それならこの戦いを有利に進められるかもしれない。

 この土壇場でも成長する聖女に戦くべきか、感心するべきか、それとも畏怖すべきか。どれにしたって末恐ろしい。

 と、俺が安堵の息を吐くと神託からひどく呆れたようなため息が鳴った。



『なに安堵してんだよ、馬鹿かお前は』



「あ?」



『いいかよく聞け勇者、ゲンジのクソ野郎はあれのことを大教会と言った。そりゃあルナがフェルミナに知恵と少しばかりの力を貸したことで形成された疑似的神域だ。その領域の中で術者は一時的に神と同等の力……つまりほぼ無限の信仰を得られるっつうぶっ壊れスキルだ。けどな、それは四方を聖女の祈りで固め、尚且つエネルギーを流しても壊れない(・・・・)土地を対象にしたから出来たことで、そんなもんを生身の体に使ったらどうなるかなんて考えなくても察しが付くだろう』



 俺はハッとなり、ミーシャに目を向けた。



 すると、怪物を殴ったミーシャの拳が血を噴き出し、何本かの指が折れているように見えた。しかし聖女はその折れた指を無理矢理握り、再度握り拳を作ると、ペッと血が混じった唾を吐き捨てた。



『大教会と、しかもあのわけのわからない赤いエネルギー、あれだけで並の人間なら死んでるわよ』



 俺は聖剣と盾を同時に生成すると、体中に熱を纏わせる。



「テッカ! アルマリア! 無理にでも間に入るぞ」



「は、はい――ふひゃぁっ」



 アルマリアへミーシャが何かを投げつけた。

 それはリョカが持っていた時計のようなもので、砂が落ちる時間で、時を計ると話していた道具だった。



「アルマリア! あたしはその砂が落ち切るまでしか戦えない! 戦闘はあたしがやるから、さっきから言っている通り、あんたが暴きなさい」



「で、でも」



 ミーシャが、リョカから貰ったリリードロップを染み込ませた布を拳に巻き付けた。そして俺をキッと睨みつけてきた。



「そこの勇者、あんたは魔王を倒しに来たんでしょうが! あんたが使い物にならないと後々あたしの幼馴染が危なくなるのよ」



「……」



 俺は歯を食いしばり、聖剣と盾を消し、リョカから貰った非常食を口に放り込み、布で体力を回復する。



「……アルマリア、頼む」



「はいです。これ以上の醜態は見せられません、ですので全力全開です――『空ろから覗く眼(パーフェクトサテラ)』」



 アルマリアの周囲にある幾つかの空間が歪んだ。それと同時に彼女から金属を擦り合わせたような音が鳴り、目を見開いたまま微動だにせずにその歪んだ空間を目だけを動かして見つめ始める。



 あれは自分の傍にある空間と範囲内の空間を幾つも繋ぎ、そこから生命力や信仰、温度等々様々な情報を見通すことが出来るようになるスキルだと聞いたことがあったが、アルマリアはどちらかといえば俺寄りの頭なために、この手のスキルは扱いが得意ではないと言っていた。

 だがアルマリアはスキルの扱いが苦手でもこの状況を終わらせるために、全身全霊で臨んだ。



「テッカ」



「ああ、俺はこの部屋に入った時と役割は変わらん。任せろ」



 テッカと頷き合い、俺たちも戦闘態勢に入る。

 しかし恐るべきはゲンジ=アキサメ。アルマリアの言う化石と侮っていた。まさかここまで強力な人物だとは思いもよらなかった。



「フェルミナ、フェルミナ――ああ! お前が、お前がいたから!」



 先ほどまで冷静沈着だったゲンジの姿はすでにそこにはなく、正しく狂った人形のようにフェルミナと叫んでいる。



「『六つに別れし最後の扉(ゲートオブパラディス)』ああそうだ! わしはやっと至った! これで、これで――」



 鍵師の最終スキル、扉の先にいる最も強大な怪物を召喚するというスキルだったはずで、ゲンジが呼び寄せた魔物はまさに化け物。

 人だった物の肉塊や怪物を幾百幾千も取り込み、その肉塊たちがまるで列を成しているような大きく長い魔物が一直線にミーシャへと伸びていった。



「鬱陶しいわね! あたしはミーシャ=グリムガントよ!」



 突っ込んでくる長大な怪物目掛けてミーシャが拳を放った。

 強大な力と力のぶつかり合いに衝撃が広がったために、俺はアルマリアの前に立ち盾になり、衝撃を防ぎ、それでも聖女から一切目を逸らすことはしなかった。



 力と力は均衡している。ように見えた。やはりというべきか、ミーシャが徐々に押され始めている。それどころか、ギチギチと筋が切れるような音と体中から血液を噴き出す聖女に、俺は目を覆いたくなる。



『だから言ったでしょうが、さっさとあの聖女を回収しろよ』



「……うるせぇ」



『はぁ?』



「黙ってろクソ神! 俺たちはここに遊びに来たんじゃねぇんだ! 横やり入れるだけなら何も喋んじゃねぇ!」



 強く、強く拳を握る。

 俺は勇者だ、今ここには魔王を倒しに来た。その家来1人に遅れをとっている場合ではない。



 だが、だが――仲間が1人傷つく様を見て、ましてや成人を迎えたばかりの女子どもが傷ついているこの状況で、一体どこに勇者などいるのか。



 噛みしめた奥歯から血がにじみ出る。



「アハハハ――フェルミナ、ついに、ついにお前を! 『揺らぎ真似る者(エンプルアルコーン)』」



 またしてもゲンジが同時召喚を繰り出した。しかも今度は鍵師のスキルを全て使用したのか、大量の怪物たちがミーシャに向かって飛び出していった。



「――テッカ!」



「もう準備は整っている。『神装・百壊』」



 すでにミーシャの背中に待機していたテッカが百壊を使用し、追加で召喚された化け物を切り刻んでいく。



「すまんなミーシャ、さすがにそのデカブツを消し去る術を俺は持っていない」



「……ならさっさと退きなさい。巻き込まれるわよ」



「言っただろう、俺は今お前を守るためにここに立っている。俺はお前を巻き込んだりはしない」



 手は尽きたか。と、聖剣を取り出そうとする俺の背後で、アルマリアが顔を上げた。



「影!」



「アルマリア――」



「ミーシャさん影です! ゲンジの影からスキル使用の痕跡が出ました!」



 俺は辺りを見渡す。

 確かにこの部屋は異様に光源が多く、ゲンジはあまり移動していない。そしてよくよく見ると、彼の影と本体の動きが一致していない。

 さっきミーシャが撃ったのは確かに光源だった。



「テッカ、ちょっと気張っていなさい」



「なにをするんだ」



 途端、ミーシャが片方の拳を床に向けて放った。

 すると床が崩れ、ゲンジ共々下の階に落下した。



「ミーシャ!」



「これで邪魔が入らないわ」



 空中で長大な怪物が襲い掛かっている最中でも、ミーシャが嗤った。



「十連、二十連……三十二連――し、っねえぇ!」



 ミーシャの32回信仰を込めた拳が長大な怪物を穿った。



 それはまるで流星のように、怪物を貫きながらゲンジに目掛けて降り注ぐ。



「これで――」



「まだ、まだじゃ!」



 ゲンジの影が動いたような気がした。

 まだ影が残っていたかと俺は駆けだそうととしたが、それは通り名のように風斬り、鋭い声が遮った。



「だから遅いと言っただろう爺さん。お前に光は届かせない」



 剣を壁のようにしたテッカの百壊がミーシャとゲンジを覆い、外から零れる光を遮った。



「やれミーシャ! その耄碌ジジイをぶち殺せ!」



「フェルミナ! わしは、わしは……ああ、この光――」



「ミーシャ=グリムガントよ! 覚えておきなさいこのクソジジイ!」



 眩いまでの信仰の流星が、長大な化け物とゲンジに放たれると同時に爆ぜた。

 2つの怪物をとてつもない速さで穿ったミーシャもまた光に飲まれ、俺は目を覆ってしまうのだった。

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