魔王ちゃんとVS金色炎の勇者
困ったな。やはりこの勇者に上辺だけのフリは通用しない。
そもそもの話、アルマリアさんが抱いている僕への評価は間違っていない。ミーシャほどはっきりとした強さがあるわけでもなく、敵を倒すための絶対的な必殺技なんてありもしない。
今現在は、僕がまったく気配を変えないことに驚いているようだけれど、そんなものはただのはったりでしかない。
何度も奇襲を仕掛けているけれど、そのどれもガイルにことごとく防がれている。
「さぁリョカ、もうちょい楽しんでいこうぜ」
「はいはい、これだから脳筋は困る。もうちょっと周りを見てよね」
「何の話だ?」
首を傾げるガイルだったけれど、よもやテッカすら気が付いていないとは。僕は肩を落とす。
この状況で、正直手の内を明かしたくはないんだけれど、そんなことも言っていられない状況だろう。
幸運だったのはこの知らない気配がミーシャの戦闘後に現れたことだろうか。
正直テキトウに流して終わらせたいところだけれど、ガイルはやる気満々だし、手なんか抜いたら何を言われるかわからない。
けれど速攻で倒せる程やわな相手ではない。
さてどうしたものか。正直ガイルに本当のことを伝えても良いのだけれど、それはそれで勿体ない気もする。
僕自身、そこまで戦闘民族思想を持っているわけではないけれど、ここまで楽しそうなガイルを放っておくのは、アイドル志望のリョカちゃんとしては納得出来ない。
どんな理由であれ、対面の人間の顔を曇らせることはあってはならない。
ならばどうするか。
簡単なことだ、見られているのなら見せつければ良い。
「うっしまあいいよ、僕も腹を括った。かかっておいでよガイル=グレック、誠心誠意お相手するよ」
「そこは全力全開で相手してもらわなきゃ困るんだが、なっ!」
脚に爆発を纏って突っ込んできたガイル、僕も踵に設置した現闇の球を魔王オーラで操って高速回転させるという、私の世界で昔流行った車輪付きの靴みたいなことを自動でやっているのだけれど、少し足先を浮かせなければならないために、足がつりそうになるのが難点。
滑るようにガイルの攻撃を躱したり、時折浮かせた脚の腹辺りにバネの形の現闇を設置して飛び上がって避けるという動作も混ぜたり、とにかく僕の戦いにおいてはったりがばれるのはよろしくない。
そして攻撃を避けつつ、素晴らしき魔王オーラを投げつけるけれど、あのファイナリティヴォルカントとかいう聖剣、ふざけた火力があるくせに防具としても優秀で、付け入るスキがない。
本当に出し惜しみしている場合ではない。
僕はガイルの攻撃を誘うように動き、さっき彼が殴った際に地面に出来た出っ張りに足を絡ませてみる。
「俺ばかり見てっからそうなるんだぜ!」
ガイルが拳を振り上げ、僕もさっきやったような魔王パンチをしようとする。しかしガイルは聖剣を使ってリーチが伸びているために、僕がパンチしたところで届くわけもなく、悔しがった顔を見せながら破れかぶれ風を演出する。
「残念、届くんだよ」
「は――」
パンチではないけれど、ガイルの足元に設置した箱状の闇に魔王オーラを当てると、箱からバネの付いたクローブが飛び出した。
「ぐあっ!」
「僕のことばかり見ているからこんなことになるんだよ。そんなに魅力的だったかにゃ?」
ウインクを投げながら素晴らしき魔王オーラで追撃をするために指を数回鳴らしたけれど、体勢の崩れたガイルが地面を殴りつけた。
「しゃらくせぇ!」
爆発によってガイルが宙に飛び上がり、僕はそれを追って彼に指を弾くのだけれど、この戦いで目が慣れてきたのか、炎を纏わせた聖剣でそれらが弾かれてしまった。
「ありゃ、もう見切られちゃったかにゃ?」
「本当にやり難いなお前さん。力で圧倒も出来ねぇ、技で揺さ振れねぇ。ここまで調子の狂う戦いは初めてだ」
「ガイルみたいなのは調子に乗らせたら面倒になるのはわかりきっているからね。とことんペースを崩させてもらうよ」
「ちょっと何を言ってっかわかんねぇけど、とにかく俺が出来ることは真正面から戦うことだけだ! ちとやり方を変えるぞ」
何が始まるやらと悠長に構えようとしたけれど、すぐに嫌な予感が頭を過ぎり、僕は全力で眼前に魔王オーラの壁を張った。
「俺はミーシャほど緩くねぇぞ!」
「ちょ――」
ガイルが片手で生成した明らかに熱エネルギーで出来たサッカーボールほどの球体を宙に投げて、それを拳で殴って撃ちだした。
球体は躱した僕を通り過ぎ、背後で大爆発を起こした。
魔王オーラの壁はその球体の速度を多少遅くしてくれ、それがなければ直撃だったかもしれず、引き攣った顔をガイルに向けるのだけれど、彼は次々と球を射出し、あちこちで爆発を起こさせる。
僕はそれを躱しながら何度も地に手をつけ、最善の回避行動をとっていくけれど、厄介なことにガイルのそれはミーシャの神だま以上の速度と連射力、そして小回りの良さがあり、弾幕を作られたら逃げ場がなくなってしまう。
「おいおい! 逃げてるだけじゃ戦いは終わらねぇぜ!」
「止めてって言ったら止めてくれるの!」
「止めるわけねぇだろうが!」
ですよね。と、僕は現闇でボールを幾つか作り、ドリブルしながら炎の球体を掻い潜る。
「ボールは友だち!」
地に手を付けて躱し、そして隙間を見つけるとボールをガイルに向かって蹴り飛ばす。
「そんなもので――」
「このボール、伸びるよ」
魔王オーラをボールに当て、ボールを変形させて先ほどやったように中からグローブを飛び出させる。
けれど何度も同じ手は通用しないらしく、そのグローブは聖剣によって弾かれてしまう。
「そんな技じゃ、俺には届かねぇぞ!」
「クッソ……うわっと」
避けて走りながら蹴っているためか、ついに体勢を崩してしまい、1つは上手くガイルに向かっていったけれど、もう1つのボールが明後日の方向に飛んで行ってしまう。
「どこ狙ってんだ! まだまだそんなもんじゃねぇだろ!」
「うん、そこ狙ったもん」
僕はベッと舌を出し、1つ目のボールをガードしたガイルの傍でもう1つを破裂させた。
それはサッチャー討伐の時にやって見せた球の中に小さな球が大量に入ったもので、それを人間相手に使ってしまった。
「んな――」
最初のボールで防御を崩したことから、聖剣によるガードは間に合わないだろう。
これでやっと終わると胸をなでおろすと、歯を食いしばったガイルが大きく口を開けたのが見える。
「あぁぁっ! 『威光を示す頑強な盾・祝福された金剛の書』」
ガイルの片方の聖剣が姿を変え、真っ白な、どこか神聖なガントレットに姿を変えた。そしてそのガントレットは膜を生成し、飛び出ていったたくさんの球を全て防いだ。
「な、な……」
とても強力な武器だった。けれどそれは聖剣ではない。
僕はわなわなと肩を震わせ、頬を膨らませる。僕はあれの正体を知っている。というかガイルがそうなら僕にも使える。
「あーっ! 第2ギフト使わないって言ったじゃん! それ聖騎士だよね! 何で使うのさ!」
「……クソ、適正あったか。勇者のスキルで通そうとしたんだがな」
「通るわけないでしょ! ガイルもテッカも、僕たちが学生ってことちゃんと頭に入れてる? まだか~よ~わ~い~ん~で~す~」
「るせぇ、か弱い奴があんな殺人的な球飛ばしてくるわけねぇだろ。お前ら2人はどうして殺傷能力のある球ばかり飛ばしてくるんだよ」
その盾を解く気もなければ、戦いを終わらせる気もない。正直最悪である。
それは約束を破ったからではなく、ただでさえ防御性能の高い大きなガントレットで、片方は高火力、もう片方が防御特化、こんな戦闘普通ならやっていられない。
「続けるぜ。もう使っちまったから、こっちも全開だ! 『分け与える信仰』」
「盾を使えよ!」
聖騎士についての知識は持っている。そもそもお父様が聖騎士だから、スキルについては聞いている。スイッチグロウ、それは聖騎士の力の源である神々の信仰を、別の信仰に切り替えるというもので、これ単体ではあまり役に立たず、最初に聖騎士を選んだ者は失敗すると、経験してきたお父様が話していた。
けれどこのスキル、勇者や聖女が使うと本当に化ける。
信仰の変換、つまり早い話が攻撃に回せるエネルギーが2倍になるということだ。
聖騎士としての力を丸々勇者の力にして、容量だけではなく出力すら上げられる。
僕はガイルに目を向けると、ファイナリティヴォルカントがさらに強く輝き、離れているのに肌が焼けるほどの熱を放っていた。
「乙女の柔肌をなんだと思っているんだ!」
僕は魔王オーラで再度ガイルを攻撃するけれど、片手を振っただけでオーラの衝撃が掻き消えてしまい、最早僕とガイルの火力の均衡が崩れていることを察する。
純粋に僕の魔王としての力量がガイルの信仰に届いていない。
これはマズいな。と、大きく伸びをして肩を鳴らす。
「お、降参か?」
「降参って言ったらもう終わってくれるの?」
「まずは本気にさせてからだな」
「これでも本気なんだけれどなぁ。いいよ、本当に出し惜しみしていられないし、かかっておいでよ。真正面から戦うことしか出来ないんでしょ」
「それで何度引っかかって奇襲を喰らったかわかんねぇな」
「全部防ぎ切ったくせにさぁ」
クツクツと笑うガイルに膨れ面を僕は見せる。
そして一頻りに笑ったガイルが全身に金色の炎を纏わせて飛び出してきた。
僕は魔王オーラで彼を迎撃するけれど、止まるそぶりは見せず、最早切り裂けてもいない。
「どうしたどうした! 本当に打つ手がなくなったか!」
ボールや素晴らしき魔王オーラ、そのどれも効かない。火力が足りていないのだ。
「ここまでのようだな」
「ええ、でもリョカさんって本当に策略家というか~、頭が良いというかぁ、目まぐるしいほどに変化する戦いは本当に見どころがありました~」
テッカもアルマリアさんも僕を称賛してくれる。それなら戦果は上々だろう。これなら、満足――。
「あんたたち、リョカをまだまだわかっていないわね」
「む?」
「えぅ?」
「あの子の行動に無駄なことなんて1つもない。でも、こうして寝ながら見ていたけれど、1つだけ結果が出ていない行動があるのよ」
僕は逃げ回りながら、地に手を付けて近接攻撃を仕掛けてきたガイルの攻撃を躱す。
ミーシャは本当に僕のことを見ている。
負けても別に良かったんだけれど、誰か知らない気配はともかく、幼馴染が見ている。そして勝って来いと言われた。
「こればっかりはしょうがないよね」
「あ~?」
「火力を上げるためにはどうしたら良いのか。単純に出力を上げる。切れ味を上げる。素敵なスキルを習得して不思議パワーで火力が上がる。ノンノン、どれも今の僕では難しい。でも1つだけ、割と簡単に出来ることがある」
ガイルの攻撃を躱しながら、僕は両手で指を弾く構えを取り、その場で立ち止まり踵同士を当てて音を鳴らした。
「それはもう効かねぇ!」
僕は歌を唄う。
けれどこれは僕自身への歌、体を回復させながらクルクルと回って歌を唄い、あちこちに魔王オーラ放って行く。
「持久戦でもしようって――」
「ガイル右だ!」
「は――」
途端、ガイルの側面から真っ黒で巨大な球体が直撃した。
「これはっ」
その球をガイルが弾き返したから、僕はそのはじき返された箇所に魔王オーラを放つ。
するとその場所から巨大な装置が出てきて、その装置に取り付けられた棒が球を撃ち返し、またもガイルに直撃。
「ぐあっ! クソ、一体どこから」
「火力を上げるもう1つの方法、簡単だよ。重量を上げれば良い。そして僕にはそれを可能にするおあつらえ向きなスキルが何と2つもある」
驚愕した顔のテッカとアルマリアさん、混乱しているガイル、そして勝気な顔を浮かべているミーシャ。
僕はすでに準備を終えた。
「細工は流々、仕上げは……君の敗北でね」
突っ込んでくるガイルに、僕は唄を再開し、次々に指を鳴らす。
すると、あちこちに闇を設置した甲斐があり、魔王オーラが当たった現闇が形を変え、1つは大砲のような形で、巨大な砲弾を撃ってガイルを攻撃し、別の現闇は大きな先端の尖った棒を飛ばし、そしてある現闇は中から小さな球を射出する球を何発も放つ武器となっていた。
「クソ! 手数が足りねぇ!」
止むことのない攻撃に、段々とガイルが追いつけなくなっていた。爆発で散らそうにも圧倒的な質量と物量に負けて散らしきれていない。
ならば次のガイルの行動は簡単に予想できる。
「ああもう! 本体を叩くのが早え!」
思惑通りにガイルが突っ込んできた。
僕は唄いながら地を蹴って後退する。
「逃がすか!」
「前も言ったでしょ。逃げないって――」
僕は指を真下に向かって弾くと、僕の真下から大口を開けた龍を模した現闇が生成された。そしてその龍がガイルを噛もうとしたけれど、寸前で彼が両手で上あごを押え、脚で下あごを押さえて踏ん張り、噛まれることなくそのまま宙へと上がって行った。
「こいつは……聖剣か!」
半分正解で、もう半分は聖騎士の盾。
とはいえ、僕はこの2つを武器生成に特化させた。
そもそも聖剣顕現然り、シールドオブグローリー然り、どうして他人からのエネルギーを使って武器を作らなければいけないのか。
武器を作る工程があるということは、別のエネルギーでも実行が可能な設備は整っているということで、現にガイルはスイッチグロウでその役割を任せている。
それとミーシャが見せた界王拳改め、神獣拳。これなんて色々なエネルギーをごちゃまぜにして出来たものだ。
エネルギーの在り方が問題ではなく、製造過程が重要なのだ。
だから僕は、現闇を聖剣と掛け合わせ、他からの信仰を補って重量のある武器を生成、それをあちこちに設置しただけである。
「いつまで口の中にいるつもり? そいつは生き物じゃないんだよ!」
指を鳴らして龍に魔王オーラを当てると、その口から大口の銃口が顔をのぞかせた。
「んな――」
「ラストスパート!」
射出された砲弾をガイルは寸でのところで口から手を離し、両手で受け止め砲弾もろとも撃ちだされた。
けれど僕はその先にさらに指を弾き、バッターよろしく、大人気の野球選手を模した人形がバットでガイルと砲弾を打ち返して、彼が宙へと放り出された。
そうして頭上高くいる彼を見ることなく、後ろ手で指を4回鳴らし、彼の手足に鎖が射出され、動きを封じた僕はガイルより高い場所に設置した闇を作動させる。
「これぞギガントスタンプ」
鎖で防護行動もとれないガイルの真上から巨大な拳を降らせて、さらに彼の真下から足を生やせた。
「ではでは、リョカ=ジブリッドの素敵な活劇をご覧いただき、誠に感謝いたしますわ。これにて終演でございます、またのご来場をお待ちしておりますわ」
テッカ、アルマリアさん、ミーシャに向けてカーテシーを繰り出し、上品な笑顔を浮かべてみた。
「あぁぁっ!」
ガイルの叫び声と同時に、上下から迫る拳と脚が彼を押し潰した。
僕は振り返ることなく、最後に指を鳴らして舞台から離れるのだった。




