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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
6章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、新たな場所で目にする。

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勇者のおっさん、好敵手と認める

 決着は、まさかのミーシャ勝利で幕を下ろした。



 あの聖女の実力を知っていたつもりだったが、それ以上の力を持っていた。

 俺はつい、頬を綻ばせる。

 これほどの強敵、最近では出会うこともなかったし、何よりミーシャは俺と同じく戦いを楽しむ心持ちを持っている。



 テッカに譲ったのは失敗だったか。と、魂が歓喜に震えだすのを無理矢理抑え込み、俺は目の前の魔王、リョカ=ジブリッドに目を向ける。

 お前は一体、どう俺を楽しませてくれる。と、期待していると、彼女が一度切羽詰まったような顔を見せると、今戦いが行なわれていた方に顎を指した。



「――」



 俺は肩を竦ませる。

 どうにも魔王らしくはない。だが、それでこそ。とも思える。

 俺はリョカに頷き返すと、彼女が飛び出すようにテッカとミーシャに駆け寄って行った。



 俺はのんびりとその背を追おうとしていると、アルマリアが何か言いたげにしており、俺は彼女に首を横に振って見せる。



「……道中も思いましたけれど~、本当にリョカさんは魔王ですかぁ?」



「そうらしいぜ。お前さんの目に、あいつはどう映る?」



「実力はあると思いますよぅ。広範囲の探知、聖女の癒し、器用なスキル運用。でも――」



 アルマリアの言葉を待つ。いや、言いたいことはわかるし、上位の戦士であるのならリョカの評価というのはミーシャほど高くはならないのも理解している。



「正直期待はずれというかぁ~、そのぅ……」



「強さが見えないんだろう? 当然だ、あいつは強くなろうとしてるわけじゃねぇしな」



 しかし、俺は肌で感じている。あいつの力とあいつのやり方って言うのは、今までどの魔王よりも狡猾で、そして何かは知らないが、得体のしれない強いものを持っている。



 納得のいっていないアルマリアの頭に手を置き、ポンポンとしてテッカたちの元に辿り着くと、ちょうどミーシャがボロボロになって倒れているテッカに飛び乗り、口角を吊り上げていつ生えてきたのかわからない牙をむき、まさにケダモノのような顔を浮かべて拳を構えていた。



「や、止めろミーシャ! 今度こそ死ぬ!」



「顔面はあたしとの戦闘料よ」



「何故お前はそこまで顔面パンチに執着するんだ! おいリョカ、このバカを止めろ!」



「ミーシャ、それより怪我の治療を――」



 フーっと全く話を聞かずに威嚇しているミーシャに笑いを溢した俺だったが、テッカに睨まれてしまい、そろそろ止めようと彼女の肩に手を置く。



「おいミーシャ、その辺に――」



 と、何の気なしに言おうとしたが、突然ミーシャがバタンと横に倒れた。



「お、おい!」



「ミーシャっ」



 駆け寄ってきたリョカがミーシャの頭を抱えて、心配げな顔を見せるのだが、ミーシャの目は開いており、ただ倒れただけだったようだ。



「リョカ、おかしいわ。全く体が動かない」



「でしょうね。もう! ミーシャのバカ! 先生からあの薬は1日一本だって言われたよね! それを何本も飲むなんて、考えて行動してよぅ……」



 泣きそうな顔で頬を膨らませているリョカに、ミーシャが目だけを向けた。



「わかった、わかったわよ。でもこうでもしないと勝てなかったのよ。あいつ無駄に強かったし」



「そうかもだけどぅ」



「頑張った幼馴染に言う言葉はそれだけ?」



「……さっすが僕の幼馴染だよ。強くて格好良かった」



 2人のやり取りに和んでいた俺はチラとテッカに目を向ける。



「やらんぞ」



「まだ何も言ってねぇけど」



 すると、リョカがミーシャを引きずり、テッカの隣に移動するとそのまま膝の上にミーシャの頭を置いたまま、大きく息を吸った。



 そして突然歌いだすリョカに、俺とテッカが呆然とするのだが、その歌がテッカとミーシャの傷を徐々に癒していき、さらに俺の体力まで回復する。これが聖女のリリードロップであることを理解した。



「範囲回復、リョカ、お前さんちょっと見ない間に聖女らしくなったな」



「まあ、まだあたしの足元にも及ばないけれどね」



「お前の聖女像がどこぞのわからん場所に吹き飛んでいったという意味なら、確かに足元すら見えていないな」



 ある程度傷を治したリョカが、抉れているテッカの腕を優しく持ち、現闇でその傷跡を覆った。



「これでばい菌も入って来ないと思うけれど痛む?」



「いや、ずいぶん楽になった。的確な治療だ、助かったよリョカ」



「どういたしまして。もうあんな無茶しないようにね」



 そう笑うリョカに、テッカがミーシャに言ってくれとぼやいた。そうしてリョカが怪我人たちの傍に食い物と飲み物を置き、息を吐いて立ち上がった。



「お2人は私が見ておきますからぁ、思う存分に戦っちゃってくださぃ」



 リョカが頷き、そして俺を見る。

 やっと始められるのかと嬉しくなると、ミーシャが彼女を呼んだ。



「リョカ」



「なぁに?」



「そんな筋肉おっさん、ぶっ倒しちゃいなさい」



 リョカが笑顔を返して、そのまま広い場所まで進んでいくのだが、一度だけ立ち止った。



「アルマリアさん、僕のこと弱いと思っているでしょう」



「え? あ~えっと、そうではなくて~」



「ミーシャほど派手さがない。さっきの剣の扱いは素人並みだった。身体能力が高いとは思えない。見ても脅威を感じない。魔王なのに恐怖を覚えられない。ざっとこんなものですか? ええ、その認識で間違っていないです」



 リョカは確かに、戦士としての圧もなければ、戦いに向かう心意気がまったく見えない。本当に戦っているのかとすら錯覚するほどだ。



 だが――。



 振り返ったリョカが俺と対峙する。



 その顔は相変わらず、彼女風に言うのなら可愛らしく、俺と戦うのがまだ幼い学生だというのを否応なく意識してしまう。

 ミーシャのように殺気を漏らすこともなければ、リョカが纏っている気配は今から散歩にでも行くような、そんな気軽なもので、ここが戦場というのを忘れてしまう。



 確かにアルマリアがいうように、リョカを見ただけでは期待はずれだと言わざるを得ない。しかし、だからこそ、こうして目の前で対峙したからこそ、その異常(・・)に気が付ける。



「それじゃあ始めようか」



「……ああ」



 戦いの気配などない。

 その証拠に、そう認識しているアルマリアも、気配には鋭いテッカすら普段通りの顔をしてぼーっと見ていた。



 馬鹿かお前らは。俺はそう思わざるを得ない。



 瞬間、緩い戦闘空間の中で、構えも取っていないリョカがいつの間にか俺に向けてその最速を放った。



「聖剣! ファイナリティヴォルカント!」



 防がなければ切られていた。

 聖剣を顕現させるのが少しでも遅かったら、俺の首から鮮血が流れていただろう。



「ありゃ?」



 リョカにはこれがある。

 普段通りの当たり前の空気で、俺の首を切り裂いてくる。予備動作なんてあったものじゃない。



 どれだけ優れた戦士でも、攻撃をする時や敵と対峙した時、何より戦いには戦いに相応しい空気を纏う。しかしリョカにそれはない。

 つまり、殺気もなしに、あいつは人が殺せるし、何よりあいつは先ほどやったように、他人を癒す空気感で、他人の首に刃を入れられる。



「……何がその認識で間違っていないだ。お前はそれがあるからやりづれぇんだよ」



「え~、だってリョカちゃん一般的なか弱い女子高生だもん。殺気なんて放てなければ、戦いの圧なんて怖くて怖くて」



 話している最中にも関わらず、魔王オーラが的確に俺の急所を狙って放たれた。

 俺は聖剣でそれを防ぎ、先ほどとは違う縫い攻撃ではなく、脚に聖剣からの炎を込めて爆発させ、瞬時にリョカに突っ込んだ。



「ブッ飛ばす!」



「や~ん、怖い――なんてね」



 いつの間にかリョカの足元に真っ黒な球があり、俺は不審がる。しかしもう止まることも出来ずに彼女に爆炎を振りかざす。

 はずだった。



「ぐぉっ!」



 足元の球を見ていたら、突然顔の側面に衝撃が走り、俺は吹き飛んでしまう。



 よく見ると、リョカの足元の球と同じものが俺に飛んできたようだった。

 一体いつあれを生成した。俺は追いつかない思考に混乱するが、すぐに体勢を立て直して彼女と対峙する。



「ボール遊びって楽しいよね、良い運動になるし、バランス感覚も身に付く。今度ガイルもやってみなよ」



 足元の球を蹴って宙に浮かべるという行動をするリョカに、俺の額からは冷や汗が流れる。



 チラとテッカとアルマリアに目を向けると、2人も混乱しており驚いた表情をリョカに向けていた。

 やっと気が付いたか。特にテッカなら、これがどれだけ異常なのかわかるはず。



「おいミーシャ、リョカはいつもああなのか?」



「別段変わったことはないけれど」



「気配を隠すことは出来ますぅ~、でもこれは異常です~」



「よくわからないけれど、あんたリョカのことバカにしてる? ここに来る時だって魔物を全滅させてここに来たんだから、それなりに評価しなさいよ」



「……全滅? 魔物とは一体も遭遇しませんでしたよ~」



「だから、全部リョカが倒したって言ってるでしょ。数十匹はいたんじゃない? この辺り魔物がたくさんいるみたいだったし」



「それを、一切の予備動作もなく、同行者に察知もさせずに行なったと~?」



「俺よりも暗殺者に向いているぞあいつ。実家に連れて帰れば大歓迎されるな」



 首を傾げているミーシャ。ずっと一緒に行動してきたからか、このヤバさに気が付いていない。いや、ミーシャはリョカの行動に気が付けているのか。

 本当に、この2人はあり得ない。

 だからこそ燃える。



 本当は魔王討伐に行ける実力かを計るための戦いであったが、そんなものどうでも良い。



 俺は口から流れた血を拭い、歯を見せて笑う。



「女の子に向ける顔じゃないと思うの」



「今さらか弱い女扱いなんてしねぇよ。それにやっぱり本気は出しとかねぇとな」



「手加減してよ。僕はまだ、最終スキルもまともに使えない一般魔王だよ」



「ヤダね。その顔を焦りに変えてやるよ。『聖剣発輝(せいけんほっき)壊炎解気(かいえんかいき)』勇者の第4スキルは聖剣からさらに力を引き出すスキルだ。これも個人によって形が違う」



 ファイナリティヴォルカントから金色の炎が上がる。

 俺は大きく深呼吸をすると、握った拳に勇者としてのこれまでを乗せる。



 ガイル=グレック、金色炎の勇者と呼ばれてどれほどの時が経ったか。そんなことは一々覚えていないが、俺に向けられる人々の声はよく覚えている。



 その声が俺の聖剣を作り上げた。

 何物にも負けない希望の炎、どんな闇をも照らしてはらう黄金色、ファイナリティヴォルカントは負けることを許されない覚悟の聖剣。



 ならばこそ、手加減も言い訳も無意味だ。

 相手が魔王とは思えないほど良い奴だとしても、ここで俺が聖剣を振るうのであれば、俺は俺の覚悟を覆すわけにはいかない。



 グっと拳に力を込める。



「行くぞリョカ!」



 両手で地面を叩き、俺はリョカまで続く火柱を発生させる。そしてその火柱で出来た道を、脚に爆発を起こして飛び出し、彼女の体に聖剣を打ち付ける。



「逃げ道塞ぐとか、通報されるよ。っと、脚を爆発、便利だねそれ」



「あ?」



 一撃目を躱され、次の攻撃は現闇で作った手甲で弾かれ、そんな折にリョカが言った。

 なにをするのかと身構えると、リョカの脚に嫌な気配を覚えた。



「魔王オーラのちょっとした応用だよ」



 リョカの姿が一瞬消え、俺の背後に移動した。

 何が起きたのか瞬時に考えるが、きっと魔王オーラを俺がやったように脚に込め、撃ちだす時と同じように破裂させたのだろう。



 原理は簡単だが、やろうと思ってやって、それを1回で成功させるのは至難の業だ。



 背後から鋭い魔王オーラが俺に襲い掛かるが、何とか聖剣で防ぎ、攻撃に移ろうと拳を振り上げた。しかしすでにリョカの姿はなく、代わりに俺の腹部に衝撃が走る。



「魔王パンチ、とかどうかな?」



「……いい、パンチじゃねぇか」



 結構の威力があり、あの細腕からは考えられない威力だったが、殴る瞬間、腕にも魔王オーラを込め、爆発的に威力を上げている。



「本当、お前は天才だな」



「そうかな?」



「ああ、だが……まだ負けてやんねぇぞ!」



「おっと――」



 俺の威圧を爆炎に変え、周囲全てを燃やし尽くすためにその場で爆発を起こした。



「避けんなよ!」



「当然避けるよ」



 左右も火柱で塞がっており、どう逃げるのかと見ていると、足元に魔王オーラを破裂させて飛び上がり、空中に現闇を生成して足場にして上へと逃げていったリョカ。

 さすがにこの程度の攻撃で勝てるわけもないか。と、左右の火柱も、爆発も腕を振るうことで消し、やれやれと言った風に肩を竦ませて、降りてきたリョカと視線を交える。



「このままこんな戦い方をしていたら埒が明かねぇな」



「もう僕の実力わかってくれた? それじゃあ終わりに」



「アホ言ってんな。ここからは、もう一段上げていくぜ」



 げんなりとするリョカに、俺は笑みを向ける。



 久しぶりの戦闘らしい戦闘だ。こんな機会を逃すわけにはいかないと、俺はそろそろ最高まで高ぶってきた魂を、抑えることを止めるのだった。

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