聖女ちゃんと死線を潜り抜けた男
「死ぬくらいなら逃げろよ!」
「駄目だ、逃げたらカナデとヴィがやられてた」
「なら一緒に逃げろ!」
「うんな甘い相手じゃねえ! お前勇者だろう、魔王がどれだけの力を持ってんのか知らねえのか!」
「知らないよ! 俺が知っている魔王はリョカとロイさんだけだ!」
セルネが飛び出し、周辺に剣を生成して次々とジンギへと切りかかるのだけれど、ヴィヴィラの未来視がなくともジンギはそれを躱していき、ただ正面を、セルネたちだけを見つめていた。
「……怒りのはけ口がない。でしょうか」
「そうね、セルネなんか特にその気が強そうだわ」
あたしとロイでそんなことを話していると、暴風のような戦闘圧がタクトから発生し、その身に大地を纏う。
「『大地の魂の極光・極限突っ張り』」
「『発破・天凱、六光絶技・腕力強化』『天翔・一夜――強化一閃」
タクト、クレインからの高威力の突進と連撃、しかしそれもジンギのリョカ曰くショートジャンププラス分子分解による回避によって躱されている。
「あのぅ、止めなくていいですか?」
「あ? ああ、好きにやらせてあげなさい。ヒナ、お前にあれがどう見えているのかわからないけれどね、あれはただジャレてるだけよ」
「そんな可愛げのある感じじゃないですよぅ」
あたしはアヤメに引っ付いていたピヨ子もベンチに座ったまま引き寄せると、そのまま彼女をあたしの正面に立たせ、ヒナリアの頭に顎を乗せる。
「ねえピヨ子、ジンギは何か悪いことをした?」
「してないです。でも、自ら進んで死の淵に立つのは、ダメですよぅ」
「そうね、なまじ見えているからジンギはその選択をした。けれど実際ジンギがしたのはカナデ――友だちを助けただけだわ」
「それは――」
「当然、セルネもタクトもクレインも、そのことはわかっているわ」
「じゃあなんで喧嘩し始めたです?」
ピヨ子が顔を上げ、真下からあたしを見上げてきたから、その頬にそっと手を添える。
「エンギ=シラヌイはお前に何をした!」
「燃やされたよ。スキルも効かねえ、打撃もほとんど通らねえ。殴られりゃあいてぇ――セルネ、あの時は本当に最悪の気分だった」
「……それは、辛かったでしょ」
「当たり前だ。でもなクレイン、俺は満足してた」
「馬鹿ですぜいお前、そんな格好つけて、生き急いで――お前はいったい、どこを目指しているんですぜい」
「一歩を踏み出した先に!」
どこか眩し気にジンギを見つめたセルネとクレイン、タクトの3人だったけれど、すぐに銀狼の勇者が動き出した。
「死んだら先にも行けないだろうが! 『聖剣発輝・銀に掲げる誓いの希望』」
金色に輝く巨大な剣の柄を飛び上がって口に咥えたセルネが、空中で回転しながら遠心力をつけ、それをジンギに向かって振り下ろす。
それと合わせるように、タクトとクレインもジンギに同時攻撃を仕掛けるのだが、鋼鉄のライダーの雰囲気が一瞬で変わる。
「『厳願兜凱――」
ジンギのそばに突然本が現れ、そこから大量の紙があふれ出してセルネたちの周囲を覆う。
一体なんだと注意深く紙を見ていると、セルネたちに触れた紙に文字が刻まれ始めた。
「写し知識の権限聖典』」
「は――?」
アヤメが目を点にしてジンギを見つめている。
文字が刻まれた紙たちが一斉に本の中に戻る。のだけれど、その時点でジンギの信仰が跳ね上がったのがわかる。
「『頑強凱武・守り抜け月光色の聖盾』」
今は日中だ。月など出ていないし、月神の加護なんてどこにもない。
けれどジンギ=セブンスターの出すその盾は確かに月だった。
「なに――」
「うそっ」
「――っつ」
3人から放たれる一斉攻撃、それを鋼鉄のライダーはその小さな盾を添えるだけで、とんでもない量の信仰を爆発させ、セルネとタクト、クレインの腕を弾き上げた。
パリィ――リョカが話していた盾での攻撃逸らし。月の信仰を一点に集中させ、攻撃を弾いた。
いや、驚きべきは信仰をただ弾くことにしか使っていない点だろう。防御に使うのでもなく、盾を強化するのでもなく、ただただ弾くことに特化された盾。
それがジンギの持つあの盾なのだろう。
「アヤメ」
「……セルネたちの戦闘圧を知識として吸収、その知識を別の信仰として、知識を披露した。馬鹿かあいつ、あの一瞬で、三柱の女神の加護を使い分けやがった」
「3――?」
体勢を崩され、すぐに姿勢を正そうとするセルネたちだったけれど、途端にジンギの姿がくらみ、その姿が消えた。
3人とも驚き目を見開いたけれど、すでにセルネたちの射程外から拳を構えて狙いを定めていたジンギの姿が現れた。
「ヴィヴィラの加護――」
「『厳剛拳王・撃ち抜け極光色の聖剣』」
拳から放たれた聖剣はそれぞれが極光を放ち、セルネ、タクト、クレインへと光線となって襲い掛かる。
セルネとクレインはその光線を自前の脚とスキルを駆使して躱していくのだけれど、タクトの場合、スキルの影響で体が大きくなっていることもあり避けきれずに、たまらずに大きく飛び上がった。
「なんつう追尾機能ですぜい――」
「『我が歩み止める者なし』」
飛び上がったタクトをジンギはリョカからの福音で作られたバイクで追いかける。
踏み出した先が道になる。ジンギのバイクは空だろうと海だろうと、そこにすべて道が出来るというものであり、空高く飛び上がったタクトだろうとも追いかけていく。
「冗談だろ」
タクトがそんな驚きの声を上げてジンギを迎え撃とうとするのだが、先に放たれた光線でろくに身動きもとれず、ジンギの正面に誘い込まれているようにも見える。
タクトがバイクにまたがるジンギに攻撃を繰り出そうとしたが、バイクに乗っていたはずの鋼鉄のライダーの姿はすでになく、辺りを見渡すタクトだったが、すでに間合いに入られている。
「『厳々脚王――」
「しまっ――」
「打ち砕け緋色の聖槌』」
「がぁぁぁぁぁっ!」
上空からの踵落とし――タクトが頭を撃ち抜かれ、そのまま地上へと叩きつけられた。
ジンギは再度上空でバイクに跨ると、そのまま地上へと降りてきてセルネたちに目をやった。
「――」
「――」
セルネとクレインは驚きからかジンギをじっと見つめた後、大地に叩きつけられ気を失っているタクトに目をやっていた。
ベルギルマに行く前のジンギとは何もかもが違い過ぎている。
その心根も、その覚悟も、その瞳が見つめる意味も、何よりも――その持ちうる力も。
あたしは疼く拳を無理やり握って抑え、ただただ彼らの行く末を見守るのだった。




